もう一度俺と――結婚してくれるか

 邪神の瞳が、グリンディアナに襲い掛かった。




「なっ!?」




 邪神の瞳が、それも大型が複数、グリンディアナに触手を伸ばす。




 飲まれていく。絡まれ、喰いつかれ、飲み込まれていく。その凄惨な状況の中で笑っていた。




「お前――何を」




「邪神の瞳は記憶を食べる。そして我々が改良した邪神の瞳は、記憶を食べるだけでなく移す――流し込むことができる。


 そして、記憶とは情報、データですわ」




『……まさか』




 映像の中の殿下が、何かに気づいたようだ。




『情報……遺伝子情報とでもいうつもりか!> 大量の複数の遺伝子情報を流し込む、と』




『く――くくく、その通リですワ。皇太ゐし殿下』




 グリンディアナが変貌していく。




 邪神の瞳が絡まり合い、取り込み、一体の巨大な化け物になっていく。




『ふふふふふふ』




「な――」




 何だこれは。




『ふ、うフフ、グハハハ、GAHAAAAAAAAAAAAA!!』


「――――――」




 言葉が出ない。




 ただただ、圧倒されていた。




『コレが――私たちの切り札、究極の生命、究極の生物兵器――』




 グリンディアナは、邪神の瞳と融合した姿になっていた。




『あの姿は――』




 それをL3を通じて見ていた殿下が言う。




『ガタノ=ゾア……』




 それは外宇宙の邪神と呼ばれる伝説上の存在。




 巨大な触腕と無数の触手、蛸の目を持ち、鱗と皺に覆われている半ば不定形のおぞましい姿と言われている。




 まさに、それと酷似していた。




『ふふ、ふふふ、ふふふふふふ、キヒヒヒヒヒヒヒ』


「……」




 グリンディアナは、いやグリンディアナだったもの――ガタノ=ゾアは、全身のあらゆるところから触手を伸ばし、振り回す。




『さあ――殺して差し上げますわ』


「ちぃっ!」




 俺は床に落ちている銃を拾い、構えた。




 エネルギーはチャーじされてる。ただの飾りではないらしい。




 俺はガタノゾアに向かって引き金を引いた。




『ふふふ、ふふふふふふ』


「くそ、こいつ!!」




 だが、こいつの身体に触れるだけでこちらの光弾が無効化される。




 邪神の瞳にそういう力はなかったはずだが……単純に出力の違いか?




『無駄ですわよ』




「ぐ――」


『さあ――死んでくださいまし!!』




 そしてガタノ=ゾアの触手が迫る。




「ぐ――」




 咄嵯に銃で受ける。




「くぅっ!?」




 重い。




 一撃で吹き飛ばされそうになる。




 歯を食いしばり何とか耐えた。




『ふふ、ふふ、ふふ』


「このミドリムシ野郎……!!」




 しかし次の瞬間には、別の方向から触手が飛んでくる。




「ぐぁ――!!」




 避けきれない。




「ぐ――」




 何とかガードするが、それでも弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。




 ダメージは大きい。




『さあさあ!! まだまだ!! ぎゃははははは!!!!』


「が――ッ!」




 触手が次々と鞭のように、こん棒のように襲って来る。




 防戦一方だ。反撃も出来ない。




『ああもう、大丈夫かしっかりしろユルグ!


 くそっ、外もこいつの触手が出てきている!


 こう来るとは――想定外だ!』




 殿下が、配信の向こうで焦っていた。




『軍には出動を命じてある。


 助けがくるまで耐えろ、友よ!!』




「――友じゃ、ない……ッ」




 皇太子殿下に友達認定されたら酷い目に合う事確定なのでそれは避けたいと思う。




 だが――それすらももう……




「がっ!!」




 触手か巻き付いてくる。




 魔力を流し込んでくる。だめだ。さんざん殴られてダメージを負った今の俺には、フェリスを助ける時にやったように、魔力を流し込み返して自壊を誘う事も――出来ない。




『aha、はは歯ははハハは母は爬AhAAHaha』




 意識が――遠くなる。




 まずい。このままじゃ死ぬ。




 だが、力が入らない。




 死ぬ。死んでしまう。




 だけど、まあいいか。




 フェリスの嫌疑は、首魁の自供、殿下の配信で――みう晴れた。




 だったら……目的は果たした。これで、思い残すことは――












 ――――いや。




 俺は首を締めあげる触手を掴む。




 その掴んだ左手の指には――結婚指輪が輝いている。




 そうだ、まだ終われない。終われないんだ。




 親父。母さん。兄さんたち、義姉さんたち、ユクリーン。




 故郷の星に残されたひとたち。俺がいなくてもやっていけるタフな連中だけど、だからといって俺が死んで悲しまないわけじゃあ、ない。




 そしてフェリス。俺のフェリシアーデ。




 遺して、いけるかよ。




「俺は……」




 全身に力をこめる。右腕もあげ、首を絞めつれている触手を引き剥がそうと掴む。




『無駄deAthわ、ゆル具――さあ、わた死とひと津に』




「誰が、お前となんか。


 俺がひとつなりたいのは――」




 それは、たった一人の、俺の妻。




「フェリスだけだ!!!」






 そう叫んだ瞬間――




 ガタノ=ゾアの触手が爆発した。そして俺の身体は投げだされる。




 いったい、何が――




「――全く、無茶をする。確かに期待していたが、ここまでやるとは思ってていなかったぞ、馬鹿者が」




 爆発によって生じた煙の中。




 懐かしい声が聞こえた。




 ほんの十日足らずあっていない、聞いていないだけなのに――とても懐かしく感じる声。凛とした気配。




「殿下やアリスには後で文句をいわばな。


 ここまでユルグを巻き込むなどと――


 だが見事だ。敵の正体を突き止め、目的を暴く。実に見事だ、流石は私の夫だ。


 しかし……」




 煙が晴れる。




 そこにいたのは。




「――フェリス!!」






 俺の妻。




 フェリシアーデ・フィン・イナーカスだった。




「ユルグよ、感謝する。


 お前と、あと殿下の配信のおかげで、私は自由に動けるようになった。


 だが、な」




 フェリスは顔を紅くして言った。




「馬鹿かお前は、お前も馬鹿か!!」




 というか、怒鳴った。




「奴の悪事を暴くまではいいが、その後のはその……さすがに恥ずかしいぞ!


 俺はフェリスを愛しているとか、最高の嫁だとか、世界一の妻だとか、子供は三人欲しいとか、一体何を考えている!!」




 ……そ、そこまで言ったっけ?




 だけどそんなに怒る事じゃあ……




「あのバカが帝国公式チャンネルとか使って全銀河に!! 配信していることを!! 忘れたのか!!!!」




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。




 え?




「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!??????」




 俺は叫んだ。




 いやちょっと待て!?




「マジで!?」


『ああ、マジだぞ。いい数字いただきました!!』




 バカ殿下は最高の笑顔で答えた。


 


 今はっきり理解した。




 こいつは俺の敵だ。




「配慮しろよ!! 自重しろよ!!! 目的は達しただろ!!


 なんでだらだらと中継してんだよとっとと放送切れよ馬鹿野郎!!! クソバカ皇子!!! アホ皇子!!!!!! クソタワケ皇子!!! スカタン皇子!!! ボンクラ皇子!!!!!!! ほんっといい加減にしろよ!!!!!!


 銀河中に惚気ちまったじゃねーか!!!


 空気読めよ!!!


 なんだよこの羞恥プレイは!!!!!!!!!!」




『リスナーの意見汲んで空気読んだからな。


 すごいぞー、「爆発しろ」「ち●こもげろ」のコメントが無茶苦茶流れて来てる。特別にあつらえた帝国公式チャンネルの回線でにければとっくにパンクしてるな。


 さて、リスナー代表して、俺からも言わせてもらおう』




 そして、奴は言った。






『末永~くカップル爆発しろ』






「……」




 いかん、怒りで眩暈がしてきた。




 怒りが頂点を超えると、表情筋が笑顔しか形作らないって本当なんだな。






「……フェリス」


「なんだ」


「お前は学園でずっとコレの相手してきたのか」


「――ああ。何度絞め殺してやろうと思ったか」


「そうか。本当に大変だったんだな……」




 俺は泣いた。




 妻の今までの苦労、心労を偲んで泣いた。




 ユクリーンたちに見せられた映像では、まだ他人事の範疇だった。だけど自分で体験して分かる。




 最悪だよこのバカは!!!!!!




 嗚呼――――恥ずかしい。穴があったら入りたい。そして消えたい。




 その前にコイツぶん殴りてぇ。




『GrUuuuu……あ、ア゛ア゛ア゛』




 ガタノ=ゾアが唸りをあげる。




『フェ……り死aーで……


 フェリシアァアアアアアアデェエエエエエエエエエエ!!!!!!!!』




 憎悪と嫉妬の咆哮だ。




 憤怒に巨体を震わせ、触手を叩きつけてくる。俺とフェリスは走りながら逃げる。




「あのミドリムシ、本当にお前の事嫌いなんだな!」


「まったく、普段は仲の良い友達のような顔をして、どれほど私を憎んでいたのか」


「何したんだよお前は」


「記憶にないな。全く、貴族社会は嫉妬と怨恨にまみれているとはいえ――」


「嫌だな本当に、煩わしい」


「全くだ。辺境の暮らしは気楽で過ごしやすかったぞ、ユルグ」


「ああ――とっとと終わらせて帰ろう!!」




 俺は走りながら、銃を拾って撃つ。




 やはり効かない。実体弾じゃないとだめとかか?




「それではだめだ、単純に威力が足りんぞ!」




 フェリスが言う。




「なら威力のある武器を――!!」




 俺は地面に落ちている武器を拾う。




「これならどうだ!!」




 銃がダメなら爆弾だ。




 グレネードを投げる。直撃し爆炎が広がった。




「よし、いいぞ!!」




 ダメージは通っている。俺は次のグレネードを拾う。しかしこれは――しまった、グレネードじゃない。




 だが、ガタノ=ゾアの動きは止まらず、待ってはくれない。そして触腕が大きく振るわれ――




「しまっ――」




 壁が粉砕されれる。




 そして俺とフェリスは外に投げ出される。




 やばい。


 


 このままでは死ぬ――!!




 そう思った時、L3がな何か言い出した。




「Pi―PuPi!」




 そして、空中から飛来する影。




 宇宙船――じゃない。その動きは有機的、生物的だ。




 それは触手を回避しながら、俺たちの所に来る。




 その姿は――おいおいおい。




「――はは」




 フェリスが笑う。ああ、まさかそう来るか。というかどうやって来たんだよ。




「私達の、“娘”だぞ、ユルグ」


「ああ……!」




 それは、邪神の瞳に寄生され暴れていた――俺たちが助けて連れ帰った、宇宙ドラゴンの幼体だった。




 俺たちはドラゴンの背に降りる。




「大丈夫かフェリス」


「問題ない」




 そして、俺はフェリスに手を貸す。




「ありがとう」


「いいさ。それより――」




 俺たちは前を見る。




 そこには、巨大な化け物がいる。




『GuoooOOO……』




「さて、覚悟はいいな?」


「もちろん。行こう、フェリス!!」




 そして――俺とフェリスは、ドラゴンの背に乗り、ガタノ=ゾアへと飛び掛った。




「――」




 俺は息を呑む。




 目の前にいるのは、あまりにも強大な敵だ。




 ガタノ=ゾア。




 侯爵令嬢グリンディアナが変貌した怪物。もはや、自我を失くしている。




『GruaAAAA!!』




 ガタノ=ゾアは叫ぶ。そして触手を振り回す。




 まるで竜巻のように荒れ狂いながら襲い掛かるそれを、俺とフェリスは回避し続ける。




「ユルグ! 気をつけろ!! 奴の攻撃は――」


「分かっている!!」




 触手だけではない。奴は口を開く。そしてそこから光線を放つ。


 光は闇夜を切り裂き、空を焼く。




「くっ!!」




 その攻撃をなんとか避ける。が、避けた先には触手が迫っており、俺とフェリスはそれをかわすために距離を取らざるを得なくなる。




 そしてまた、ガタノ=ゾアは攻撃を繰り返す。無限に続くかと思われるような、一方的な猛攻が続く。




『GRUAA!!』




 ガタノ=ゾアは叫び続ける。




 そして俺とフェリスを追い詰めていく。




「くっ……」




 まずいな。このままじゃジリ貧だ。どうにかして奴を倒さないと……。




 俺は考える。




 倒す方法。




 そうだ、あいつが無敵なのはあの巨体故だ。いくら攻撃してもすぐに再生してしまうから、ダメージを与える事ができないんだ。




 なら――




 強力な一撃で薙ぎ払う。




 しかし、そんな武器がどこにある。




「さっき拾ったグレネードじゃあ……」


「む? ユルグ、それは……」




 フェリスは俺の手にあるそれを見る。




「グレネード――ではないぞ。


 もしやそれは、勇者の杖……アエティルケイン」




 フェリスが驚きの声をあげる。俺も聞いた事がある。




 宇宙勇者のみが使えるという、神聖な伝説の武器。魔力――エーテルを光の刃に変換する武器。




 強大なエーテル力と、精密な操作力が必要とされるという。




 つまり、




「俺には無理だな」


「なぜだ。お前はあの時――」


「ああ、確かに俺の魔力量は多い。だけどそれを操る技術に欠けているんだ。


 兄さんが似た原理の銃を作ったことがあるが――撃ったらぶっ壊れた」




 だから――使えない。




 だが。




「ならば、私も使おう」




 フェリスは、勇者の杖を持つ俺の手に、その手を重ねる。




「私は、アリスやユクリーンほどではないが、エーテル操作には長けているつもりだ。


 お前がエーテルを勇者の杖に注ぎ込む。私がそれを制御する。


 ……出来るかどうかわからないけれど……やってみる価値はある」


「……」




 俺は逡巡する。だが、迷っている時間は無い。




「わかった」




 俺は頷く。






『GRUAAAAAAAAAAAA――――!!』




 ガタノ=ゾアが光線を吐き出す。




 だが、ドラゴンが俺たちを守るように、火を吐いて光線迎撃する。




 ――流石、俺たちの娘だな! 終わったら名前つけてやらないと。




 俺は、勇者の杖を握る手に力を込める。そして、フェリスも俺の手を握る。




 ヴゥン――!!




 巨大な光の刃が、生まれた。




 あとは。




「あの――中心の巨大な瞳だ」




 俺は言う。




「弱点か」


「ああ。そこにこの光の刃で、最大魔力を叩き込めば――あの女も解放出来るかも」


「……まさか、助けるつもりか」




 フェリスの声の温度が下がる。




「俺は、あの女を認めない、嫌いだし受け入れられない」




 正直に言う。




「だったら――」


「だが、あの時一瞬、パスが繋がり、見てしまった」




 彼女の孤独。




 誰も自分を見てくれない孤独、そこから来る嫉妬、憎悪、憤怒、焦燥――絶望。




 愛して欲しいという渇望と狂気。




 認める事も受け入れる事も、出来ないけれど。でも。




「誰かを狂いそうなほど好きになったことは……今までなかったけど。


 お前と出会って結婚して、知ったからな。




 だから――このまま終わらせたくない」




「まあ私とお前は離婚したわけだが」




 笑いながらフェリスは言う。




「そういやそうだったな。そもそも俺との結婚自体……」


「確かにあのバカとの婚約破棄からの追放は、私が命を狙われていたから。そして犯人をあぶり出すための計画だったが手……


 お前を結婚相手に選んだのは、私だ」


「……え?」




 それは……初耳だ。




「かつて一度、私はお前に助けられた。


 お前は忘れているだろうが、な。


 だから――この男なら、と思ったのだ。


 そして胸を張って言えるよ。それは間違っていなかった」




「フェリス……


 もう一度俺と――結婚してくれるか」




「喜んで。


 ――なあユルグよ。あれはでかいな。まるでそう……


 ウェディングケーキだ」




「全っ然美味そうじゃないけどな。ああ、二人の共同作業ってやつだ、な」




 俺はドラゴンの背中で立ち上がる。フェリスも同じだ。




 何だろう。失敗する気がしない。




 俺は深呼吸をして、勇者の杖にさらなる魔力を込める。




「いくぞ、フェリス――!!」


「ああ、ユルグ!!」




 ドラゴンが一声鳴き、そして飛翔する。




 俺たちを乗せ、ガタノ=ゾアに向かって突撃する。




『GruAAAAAAA!!』




 ガタノ=ゾアが叫ぶ。そして触手を伸ばしてくる。だが、それはドラゴンが炎のブレスを吐き、焼き払う。




『GruaAAAA!! フェリシアァアアアアアアデェエエエエエエエエエエ!!!!!!!!』




 憎悪を、ただただ憎悪をぶつけてくるガタノ=ゾア。




 対して、フェリスは――静かに言った。


 


「グリンディアナ――いや、グリンダ。


 私はな、それでも――お前の事は、嫌いではなかったよ」




 俺たちは、勇者の剣を、その巨大な光刃を、ガタノ=ゾアの巨大な瞳に突き刺した。




 瞬間、光が溢れる。




 眩い光は俺たちを包み込み、そして――




 ガタノ=ゾアの巨体は、ゆっくりと――崩れ去っていった。


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