あなたさえ、あなたさえいなければ

 その時、ドアがけたたましく開いた。




「先輩の旦那が来てるって本当ですかー!?」




 やかましく登場したのは、栗色の髪をポニーテールにした小柄な少女だった。




 アリシア・ルインフォード。




 フェリシアーデから皇太子殿下を奪った女……という触れ込みになってる女の子だ。もう流石にこの段階でそれを鵜呑みにするほど俺もバカではないけど。




「って、トリさんもいる。おひさ! 元気だった?」




 L3、この子からもトリさんって呼ばれてたのか。あ、嫌がってる嫌がってる。




「アリシアさん、客人の前ですよ」




 取り巻きの一人が注意する。しかしアリシアは聞く耳を持たない。




「えー。いいじゃん無礼講だよ。


 えっと、あなたがフェリス先輩のらぷらぶダーリンですか?」




「らぶらぶダーリンって……」


「いやだってそうでしょ? 銀河の辺境からわざわざ危険を顧みずやってきておいて、別にらぶらぶじゃありやせん……なんて通用しませんよ!」




 拳を握って力説する。というか近い。




「いやーしかしすごいなー。私と殿下もらぶらぶだけど先輩もこんな大恋愛してるなんて隅におけにいなー。


 私達ゴタゴタしてたし表向きが表向きだったから二人の結婚式いけなかったけど、もー行きたかったなー!


 それでお二人はどんな新婚生活してるんですか、先輩は言う事けっこう主観で偏ってるからダーリンさんの話からも聞きたいです!!あとユクちゃんって田舎でどんな子だったんですか? 本人はめちゃくちゃモテてたって言ってたけど本当ですか? ユクちゃん確かにかわいいけどあれで恋愛にうといっていうかそういう所あるから、男性経験豊富ってのも嘘だと思うんですよね、好きな人はいるっぽいけど、私の見立てではここだけの話おそらく……」


「だー!!! ちょっと落ち着いて!! あと近い!!」




 引き剥がす。




 これが聖女か。ユクリーンが犬か猿だって言ってたのよくわかる。




「アリス。今シリアスな流れだったんだぞ」


「そうなんですか?」


「そうだ。不穏分子の特定がようやくできそうでな。そこのユルグが役に立ってくれた」


「へえー。流石先輩が惚れただけの人はありますね! 宇宙山賊ぶっ潰すほど強いし」


「俺じゃなくて俺の家族……ん?」




 なんでそんなの知っているんだ?




「あー、先輩と時々こっそり連絡取ってたんですよ私。よくノロケ聞かされています、ごちそーさまです」


「……」




「とにかくだ。


 あのミドリムシ女は、俺に皇太子と聖女に会わせると言ってきたんだ」


「今、会ってますよね」




 いや、それはそうだけど。




「ふむ、使えるな」




 殿下が言う。




「何を企んでいるか知らないが、確実に罠だな」


「でしょうね」


「……ユルグよ。提案がある。これは決して命令ではない」


「なんでしょう」


「そのヴァナルディース公爵家の娘の誘いに……罠にあえて乗ってみる気はないか」


「ちょ、殿下!?」


「まあ聞けアリス。


 これは実に好機、一気に一網打尽に出来るやもしれん。虎穴に入らずんば、だ。


 だが、確かに危険でもある。その女が何の為にユルグを誘っているかわからんからな」


「先輩は、緑豚がユルグを狙ってる許さんその縦巻き草ロールを毟ってやる、とか言ってましたけど」




 緑豚って呼ばれてたのか。




 しかしまさか帝国に仇なそうとする叛逆者をそれと知らず嫌っていたとは、見る目があるんだな。




 流石だ。




「そしてユルグは、相手からとにかく情報を引き出すんだ。それを俺に送信してくれればいい」


「送信……どうすれば」


「なぁに。そいつがやってくれるさ」




 殿下はL3を扇子で指す。




「そいつくらい高性能なら映像記録送受信機能ぐらいついているさ」


「最近ついたって言ってましたもんね先輩も」


「そうなのか。すごいなL3」


「Pi!」




 L3が誇っている。最近バージョンアップしたらしい。




 そうか、しかし高性能だが悪用されると盗聴盗撮も自由自在だな。まあ高性能なのでハッキングされることもないだろうし安全だけどな。




 フェリスのロボットだ、セキュリティは万全だろう。




「そしてそれを俺が放送する。


 何しろ俺はバーチャルウーチューバーとして幾つものアカウントを持っているからな。一番ファンが多いのは登録者数二千万行ってるぞ」




 何やってんだ銀河帝国皇子。




「ひとつアカウント捨てるのは残念だが、中身が俺だとパラして帝国公式チャンネルに誘導する。


 テレビでもライブ放映だ。


 ククククク、数字滅茶苦茶取れるぞぉ」


「殿下、目的すり替わってます」




 取り巻きの人が突っ込んだが、殿下は聞いていない。




「ともあれそうやって言い訳の出来ない生放送を帝国皇太子が行うのだ。


 ユルグがやってくれれば、の話だがな。


 どうする?」


「……」




 俺の答えは決まっている。




「やります」




 まっすぐに答えた。




 あのミドリムシが反逆者で襲撃者なら、確かに危険だ。張り巡らされた罠に自ら飛び込む。それがどれだけ愚行か、理解している。




 だけど、ここで戦わないと――フェリスを助けられない。




「フェリスが待っている。だから、行きますよ」




「そうか」




 殿下は笑う。




「その勇気と決意に敬意を表する。


 この件が無事に終わったら……対等な友と呼ばせてくれ、友よ」




「殿下……」




 その殿下の言葉に感じ入った俺は、乗っ直ぐに言った。






「まっぴらごめんです」




 









「……まあ、そういう感じかな」




 そしてミドリムシの誘いのまま、路地裏に行ったら、殿下とアリシアの偽物が現れた。




 明らかに俺を殺そうとしていたので反撃したら、冗談のようにあっさりと――死んだ。




 別に俺は親父やケルナー兄貴のように強靭な肉体は持っていない。おそらくあの偽物は、整形した人間などではなく、そういう目的のために作られたホムンクルスか何かなのだろう。




 俺を、皇太子殺しの犯人に仕立て上げるために。




 しかし流石にその時は動揺した。




 殿下に渡された小型通信機を耳にセットしていなければどうなっていたか。殿下の指示に従い、俺はそのままここに、ミドリムシの邸宅にやってきたのだ。




 そして、狼狽える事で情報を引き出した。




 その光景は全て、L3が録画して殿下に送っていた。




 そして殿下は見事にライブ配信していたのだ。




 全銀河に。




「そんな――そんなこと!


 そもそもおかしい話ですわ、あなたは……フェリシアーデの夫なのでしょう!


 あの女を裏切り棄てた男と!!


 横から男を奪った女!!


 その言葉を信じるですって!?」




 グリンディアナはやれを糾弾する。




 フェリスの夫であるなら、殿下たちを信じるのはおかしい、それは裏切りだと。




 夫ならば、妻を裏切った男を憎み、怒り、倒すべきだと。




 ――確かにそれはそうかもしれないな。




 だけど。だけどさ……




「フェリスは、さ」




 俺は思い出す。そう……




「フェリスは、一度たりとも。


 二人への悪口も、恨み言も――口にしなかったんだよ」




 その言葉に、グリンディアナは黙る。 




「そ――それだけ、で?


 たったそれだけで、あの女を信じ、皇太子たちを信じたというの!?」




「妻の言葉だよ。


 それで、信じるに値するだろう?」




「離婚されたんですのよ!! 一方的に!!」




「ああ、そりゃびっくくりしたさ。


 急に掌返されて混乱した。だが……」 




 俺は視線で、L3を指す。




「だけどこいつを残していった。


 そしてこいつは俺の言うことを聞いてくれている」


「それが――たかがガラクタ一体が何の保証に」




「二人の共同財産ってやつだよ。


 夫婦である限り、俺の命令も聞く――ってな。


 だからわかった。


 フェリスは俺を信じて託してくれた。


 だから俺も信じて、助けに行く。


 それが全てで、それだけでいいんだよ」




 俺の言葉に、グリンディアナは震える。




 怒りと屈辱で、だろうか。




「そんなことで――


 そんなくだらない事で、私たちの計画が崩れたと言うんですの!?


 ふ――ふざけるな!!


 なんで、なんで、ああなんで!!!」




 周囲の調度品を床に、壁に叩きつけ、叫ぶ。壁に飾られていた武器が地面に落ちる。あぶない。




 醜いヒステリーだ。




 まだ妹が暴れてた姿の方が品があったぞ。




「私の欲しいものは、全て――全て全て全てあの女が持って行く!!


 なんで!!


 なんでよ!!!! なんであの女が!!!!! あの女だけが!!!!」




 なんでって、そりゃあ――




「品性の差?


 他人を妬み、貶め、奪おうとするだけの女にはわからないよ。


 俺んとこみたいな田舎の貧乏貴族に嫁ぐことになっても、あいつは文句も愚痴も言わなかった。


 自分を悔やみ戒めはしても、誰か何かにに怒りをぶつける事はなかった。


 公爵家育ちの御嬢様には耐えられそうにない、農民と変わらないような生活でも――楽しそうに笑ってたぜ。


 あれこそが、真の淑女ってやつだよ。


 心からその姿を尊敬する」




「~~~ッッ!!!」




「フェリスは、俺の妻はな。


 少なくとも俺にとっては、宇宙一いい女だよ。


 俺の妻を――舐めてんじゃねえ」




 グリンディアナの歯ぎしりが響く。今にも歯を砕いてしまいそうなほどに、怒りに顔を歪ませていた。






「ふざけんじゃない……!! 黙って聞いてればさっきから惚気垂れ流して、状況わかってんの!?」




「惚気? 事実を言ってるだけだが?」




 何を言ってるんだろう。




「……ふん。


 ですが、あなたがべらべらと喋っている間、私が何も手を打っていないとでも?


 ヴァナルディース公爵家を舐めすぎですわ」




 語尾が戻る。少し冷静さを取り戻したらしい。




 ……ここからどうやって巻き返すつもりなのか。




「あなたたちを殺して、全てをなかったことにして差し上げますわ」




「……」


『……』




 俺も殿下も黙る。




 その事実を突きつけられて恐れ、焦って黙る……わけではない。




 いや無理だろ。お前が言ってたんだよ、世間の民衆が真実を決めるって。




 その民衆が、殿下の配信見てるんですが。お前らのやってること全部見てるんですが。今更俺たちここで殺して、「全部ドッキリでーす」とでも言い張るつもりか?




 どう考えても仕切り直しは無理だよ。




 しかし……後先考えない開き直った馬鹿程厄介なのも事実だ。




「……ほーっほっほっほ!! 命乞いするなら今のうちですわ!!


 ……」




 勝ち誇るが、その動きが止まる。




「……来ませんわね、トルーパーたち。


 ちょっと、どうなってますの!?」




 通信機で手下に連絡を取るグリンディアナ。




 しかし通信機からの返答は無い。


 


 代わりに答えたのは殿下だ。




『言っただろう。我が聖女が結界を張っている、それは通信障害だけではない。


 それに、俺の頼れる部下たちも当然動いているとも』




 そして映像が切り替わる。




「な――」




 そこには、武装した学生たちかヴァナルディースの私兵たちを制圧している姿が映し出されていた。




 それに――あれは。




『――全く、次から次へと!』




 剣を振り、レーゼンがヴァナルディースの宇宙トルーパーをなぎ倒す。




『ユルグさんに渡した俺の風紀委員IDカードの追跡装置を追ってきたら、こんなことになるとはな!!


 流石はユクリーンさんの兄貴だ、退屈させないな!!』


『ちょっと一緒にしないでよ!!』




 見た顔も二人いた。レーゼンとユクリーンだ。




 あいつら……本当に頼りになるな。




『あ、コメント来てる。


 当局に通報しました。


 その言い方、俺が悪いことしたみたいだぞ。いやちゃんと意味わかってるけどな。


 近所なので参加しにいきます。


 気持ちは嬉しいが危ないのでやめとけ!


 こういう暴力は貴族や兵士たちに任せてリスナー諸君は自分たちの戦いをするのだ、それが帝国臣民だぞ!


 えーと、あの告白めちゃくちゃ尊い……


 うん俺もそう思うな!』




 殿下は相変わらずマイペースだ。




「な……


 ふふ、ふははははは、あーっはっはっはっはっは!!!!」




 グリンディアナは笑い始めた。




 先程の余裕を取り戻した高笑いではない。自棄なんった哄笑だ。




「そう――ですわね。


 これではもう巻き返しなど不可能なのでしょうね。


 ――ですが」




 そして、グリンディアナは指を鳴らす。それに合わせて部屋の壁、天井が開き、宇宙モンスター邪神の瞳がずるずると這い出てきた。




 何をする気だ。




「俺には通じないぞ、それは」




 先程も見ただろうに。




「え、ええそうですわね。計算違いでしたわ。


 全く――私の計画の全てを狂わせるなんて、にくい人。


 あなたさえ、あなたさえいなければ。


 ですから――」




 グリンディアナは目を見開いて笑う。




「最後の手段――ですわ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る