その結婚、ちょっと待ったぁああ!!!!!

 最初に覚えているのは、痛みと喪失感だった。


 何かから逃げていたのもなんとなく覚えている。悲しい出来事、つらいことが起きたのも覚えている。

 だけど、それが何だったのか、もうわからない。


 わたしという存在が、わたしにからみついた何かに食べられ、消えていく……それだけがわかってて、それしかわからなかった。


 もう、わたしがだれなのか、なになのかもわからない。


 ただ、いたい。


 だから、わたしはないた。

 鳴いて、啼いて、哭いて、泣いた。

 そして、わたしが消えようとしていたとき……。


 痛いのが、なくなった。

 食べられて消えていくのが、止まった。


「……本来はおとなしいみたいだな。もう大丈夫だぞ」


 そう、声が聞こえた。


 とてもやさしい声だった。


 わたしは、ゆっくりと目をあける。


 そこにいたのは、やさしい顔をしたひとだった。



 それが。

 わたしにユリシアというあたらしい名前をくれた、パパとママとの出会いだった。




「……」


 私は目を覚ます。そこは知らない場所。見たことのない部屋。

 どこか懐かしく、そしてどこか恐ろしい……そんな部屋だった。

 ……窓には牢屋みたいになっている。いや、ここは紛れもなく牢屋なんだろう。

 私を閉じ込めておくための。


「目が覚めたか」


 声が聞こえる。見ると、そこには一人の男がいた。

 私をさらった男だった。名前は確か……。


「ファーヴ……ガン」

「ほう。覚えているか、まだ幼体にしては聡いな」


 ファーヴガンはそう笑い、わたしの顎をつかむ。


「随分と回復しているようです。あと一週間ほどで、繁殖可能になるでしょう」


 後ろにいた男が言った。はんしょく……?


「それまで待てというのか。俺は一秒でも早くやりたいんだがな。今まで待ったのだぞ」

「なればこそ、あと一週間にございます、ファーヴガン様。

 ファーヴガン様の個人的欲求を満たすだけなら良いでしょうが、氏族の未来もかかっておりますので」

「では他の氏族からもメスを連れてくればよいだろうが」

「もちろん、そう動いております。しかし、他氏族にも事情がありまして……あまり強引な手は使いたくありません」

「ふん。まあいい。なら待ってやろう。

 だが俺一人でやるぞ? お前らは手を出すな」

「それは構いませんが……」

「ふん、お前らが手を出しては意味がないからな。これは俺が楽しむものだ」

「……」

「なあに、一週間後が楽しみだ。

 この女をどう犯してやるか考えるだけで興奮するわ!」

「……」


 そう言って、ファーヴガンは出ていった。 

 よくわからないけど、ひどいことをされるだろうというのはなんとなくわかった。


「まったく、ファーヴガン様にも困ったものだ。道具の使い方を心得ていない。

 壊してしまっては元も子もあるまいに……」


 後ろにいた男は、そう言いながら、私の腕に注射器を指す。


 痛い。

 シュミットおじさんのように、痛くないようにしてくれるわけでも、やさしく声をかけてくれるわけでもない。

 注射器から血を何本も取られた。

 何をされているのかわからない。こわい。


「……ふん」


 だけどその男は私に視線すら向けず、去って行った。


 一人になった私はまた横になり、天井を見る。


 その色は……黒かった。

 わたしは、その色を知っている。

 わたしを食べようとしたのも黒。私を消そうとしたのも黒。

 黒、黒、黒、黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒。


「いや……だ……」


 ここにいたら、きっとわたしはたべられて無くなってしまう。

 たすけて。

 たすけて……。


「パパ……ママ……」


 私の小さな叫びは夜の闇に消えていった。



 ドラゴニアン達の故郷である小惑星帯、【竜星群】は滅びて久しい。


 のこされたドラゴニアンたちは、定住する星を探し、宇宙を旅している。ドラゴニアンは宇宙ドラゴンの亜種、眷属であると呼ばれるだけあり、真空中でも生活出来る。

 それゆえに、一般的な生命体が住めない小惑星などに居住するのが一般的であるが、そういった場所は得てして、大気というバリヤーが無いために宇宙線や宇宙デブリなどの危険物に常に晒されておりも危険である。


 故にドラゴニアン達は漂流する。常に安全な、そして他種族の目に触れぬ場所を求め、転々と。


 だが――スヴァル氏族、黒いドラゴニアンたちは違った。

 自分たちがオメガケンタウリ条約によって保護されている事を逆手に取り、自然豊かで好ましい惑星に降り達、そして権利を主張し、先住民族を追放し、わが物としたのだ。

 惑星『シュ=ラーシト』。かつては標準型人間種が住んでいた惑星は、黒いドラゴニアンたちの楽園となっていた。


 そして、今日。


 この惑星でドラゴニアンの歴史に新しい1ページが加えられる。

 スヴァル氏族は、オスしかいなかった。それも、成体ばかりである。

 女子供は、先の混沌の氏族との戦争で真っ先に死んでいった。これでは氏族に未来はない。

 ゆえに、繁殖のためのメスが必要とされた。

 そして、それに選ばれたのが、ファムレ……ユリシアだった。


 戦争中の盟約を逆手に取り、脅し、両親を殺害してまで手に入れた、次代の母体、スヴァル氏族の希望である。

 氏族の当主ファーヴガンの花嫁となり、よき仔を産んでくれるだろう。

 そして、記念すべき婚姻の儀が、今日――始まる。



 宮殿に集ったドラゴニアンの数は八十体。全てスヴァル氏族だ。彼らはこれから起こる事に期待を寄せ、ざわめきながらも、静かにその時を待つ。

 彼らの目の前には祭壇がある。そこにはファーヴガンとその妻となるべき女がいる。


 純白のウェディングドレスを着た少女、ロート氏族より盟約にて捧げられし人身御供、ファムレ。

 ユルグとフェリスによってユリシアの名を与えられた少女だ。


 ファーヴガンは上機嫌であった。今宵は最高の夜になるだろうと。

 そしてファーヴガンは言う。この場にいる全員に宣言するように。


「皆の者、よくぞ集まってくれた! 我らが悲願、ついに成就するときが来た!!」


 おおお、という歓声が上がる。


「聞け!! 我は、ファムレ・ロートを娶り、そして我らは新たなる命をこの地に授かるであろう!! それは、我らが悲願が果たされ、この銀河に再び繁栄をもたらす事を意味する!」


 おお、という歓声がさらに大きくなる。


「この日の為に、我がどれほど努力してきたか、それはお前たちも知っているだろう。

 我はお前たちに感謝している。お前たちがいなければ、我はここまで来ることは出来なかっただろう。

 だが、我はこの瞬間のために生きてきたと言っても過言ではない!」


 ファーヴガンはそう言って、高らかに笑う。


「さあ、婚姻の儀をここに――」


 まさに最高潮のその時。



「その結婚、ちょっと待ったぁああ!!!!!」



 惑星シュ=ラーシトの空に、声が響いた。

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