たすけて……パパ!


「その結婚、ちょっと待ったぁああ!!!!!」



 俺は宇宙船ウィンドブルーム号の中から、スピーカーの音量全開で声を張り上げた。

 いやまあ、こういう演出は必要だよね? だってこれ、結婚式なわけだし。結婚式ならぶち壊すのは父親の義務であり権利だ。


「おいコラァ! そこの変態トカゲ野郎ォオオオ!! 俺の娘に手を出そうとはいい度胸だな!?」


 俺は叫ぶ。

  ちなみに今現在、俺は船の中にいるわけではなく、外に立っている。


 なぜなら俺は誘拐された娘を助けに来た父親だからだ。ならば娘をさらった相手に対して言うセリフは決まっているのである。俺は宇宙船の甲板の上で腕を組み、仁王立ちしていた。

 そんな俺を見て、ざわつくトカゲ達。そりゃそうだろう。奴らは自分たちを特別だと思っている。

 銀河の法に守られ、保護され、何でも出来る何でも許される絶対的強者だと。事実、奴らがユリシアの両親を殺害したことも、保護されたドラゴニアン種族の中の問題であり、銀河の法は手出しをできない、治外法権だ――そうニーズフォングは言っていた。


 同じドラゴニアンなのに、銀河の法はあの変態トカゲだけを守り、慎ましく正しく生きたユリシアの両親をを守らなかった……。


 法律とは弱者の味方ではなく、それを知り利用する者の味方だとかいう話は本当だな。


 いいさ。だったらこっちもそれ相応のやり方を、こっちの流儀で行うまでだ。


 俺の姿を確認し、トカゲのトップ――あのクソむかつくファーヴガンが声を上げる。

「これはこれは、お義父上殿ではないですか。祝福の言葉でも述べにはせ参じられたのですかな?」


 笑っている。

 どうあっても自分たちに手は出せない――そう確信した顔だ。


「ああ、そんなところだよ」


 ウィンドブルーム号がゆっくりと降りる。俺はそれに合わせて飛び降りる。着地した俺の周りをファーヴガンの部下達が取り囲む。


「では、邪魔をしないでいただきたいものですな」

「邪魔するに決まってるだろーが」


 俺は即答する。


「俺は娘を助けに来たんだよ。お前みたいな奴に娘は渡さん」

「その話はついたはずですがね。

 なによりこれはドラゴニアンの氏族間どうし、そして男女間の話。我が妻ファムレは今回の婚儀を喜んで受け入れています。 

 ……そうだろう?」


 ファーヴガンは傍らにいるユリシアに言う。彼女はこの一週間で少し成長しているようだった。人間でいうと八歳ぐらいだろうか。兄さんに言わせたなら、彼女の肉体は回復しているということのなだろうか。

 だが……その表情は暗く沈んでいるように見える。


「はい……」


 消え入りそうな声でユリシアは言った。その声に反応するように、周りにいた部下のドラゴニアンたちが騒ぎ立てる。


「ほら見ろ!」

「部外者が口を出すんじゃねぇ、猿が!」

「とっとと出ていかねえと喰っちまうぞ!」


 口々に俺を罵る。だが……そんな言葉で怯む俺じゃない。


「黙ってろ」


 俺ははやし立てるトカゲどもに静かに言う。迫力に押されたのか、奴らは黙る。


「……ユリシア。本当にそう思っているのか」

「……うん、パパ。わ……私は、みんなのために……。

 ファーヴガン様の妻になるって決めたから……」


 震える声と体で、それでも気丈に振舞う娘の姿に、俺はつらくなる。


「そういうことです。貴方の娘はもう私のものだ。諦めて帰ってくださいませんかね」

「お前とは話をしていない」

「なっ……」


 絶句するファーヴガンを無視し、俺はユリシアを見つめる。そして言った。


「ユリシア、ちょっとみないうちに大きくなったな。驚いたよ。

 その様子だと、もう色々と思い出した、っと感じなのか」

「……」

「話はニーズフォング……お前の爺さんから聞いた。

 お前の……本当の両親のことも」


 その言葉に、ユリシアはびくっと身体をこわばらせる。

 ……やっぱり、思い出していたのか。悲しい記憶を。


「ユリシア。そういった事を思い出して、背負い込んで……強い子だな、尊敬するよ。

 さすがは俺の……俺とフェリスの子だ」

「……パパ」


 本当の両親。その言葉を言ってなお、俺はユリシアをユリシアと、娘と呼ぶ。当たり前だ。


「ユリシアだけどな、お前は……子供なんだ。そう、子供なんだよ。

 お前があと何年生きるとか、本当は何年生きて来たとか。そういうことは関係ない。

 お前は、子供だ。

 子供はな、わがまま……言っていいんだよ。

 他の事なんか考えるな。自分が我慢しないと誰かがどうなるとか、そんなこたあどうでもいい!

 お前は、どうしたい。何をしたいんだ、何をしたくないんだ。

 自分の事だけ考えていいんだよ、子供なんだから」


 俺の言葉に、ユリシアの顔が歪む。今にも泣きだしそうな顔で、しかし必死にこらえている。


「私が……したいこと……?」


 ユリシアは呟く。


「そうだ。お前は何がしたい?」

「わ、わたしは……」


 何かを言おうとして、やめる。きっと心の中で色々な葛藤があるのだろう。

 しばらく待つ。そしてユリシアは口を開く。


「……たい」

「ん?」

「わたし……家に帰りたい……!」


 絞り出すように、叫ぶように、その小さな口から言葉が漏れる。

 そしてその言葉をきっかけにしたように涙があふれ出す。


「こんな所いや! パパとママと一緒にいたい、家に帰りたい!

 たすけて……パパ!」


 その言葉に。




「当たり前だろうがあああああ!」


 俺は叫んだ。

 そして駆け出す。


「なっ――!」


 ファーヴガンは一瞬のことに驚き、対応できなかったようだ。慌てて周りの護衛たちに命令しようとするがもう遅い。

 俺のパンチはファーヴガンの顔面にめり込んだ。


「がっ――!」


 ぶっ飛ぶファーヴガン。その巨体が宙に浮き、地面へと落下する。


「ファーヴガンさま!?」


 慌てふためく部下たちを尻目に、俺は地面に横たわるファーヴガンの元へ近づく。 

 そして胸倉を掴み上げた。


「おい、起きろよ」

「くっ……ふふ、ふははははははは!」


 しかしファーヴガンは笑う。


「殴ったな、この俺を! 貴様は終わりだ、オメガケンタウリ条約で保護種族指定されているドラゴニアンに手を出すと言う事は全銀河を敵に回すということだ!」

「……」

「覚悟してきたつもりだったのかもしれんが、だがな!

 貴様にはこれから地獄が待っているぞ、二度と! 日の当たる道は歩けん! 未来永劫、関係者、血縁者、全てが銀河の法を犯した犯罪者として――」



 その時、ウィンドブルーム号から映像が空中に投影された。

 生中継だ。


『――かくして、以上のデータから、ドラゴニアン種のオメガケンタウリ条約保護指定生物からの除外をここに提議いたします』


 そう壇上で真っすぐに声を上げるのは、フェリスだ。


「……ママ?」


 ああ、そうだ。ここに来ているのが俺だけなのがおかしいと思わなかったか?

 フェリスも、ママも戦っているんだ、お前のために。


『かねてよりの生態調査の結果、ドラゴニアン種の個体数の増加と、そして――一部のドラゴニアン氏族の、帝国及び諸王国連合、共和国の――ここに挙げられた貴族たちとの不正取引の証拠もここに』


 そう答えるのは、シュミット兄さんだ。頼りになる。

 辺境伯様や親父たちが駆り出されていた星間会議、そこにフェリスたちは出席した。

 理由は――もう説明するまでもないだろう。


「な……何を」


 ファーヴガンが狼狽える。流石に気づいたようだ。だが数千光年も離れた場所で行われている会議を止められるはずもない。


『――決議の結果、ドラゴニアン種をオメガケンタウリ条約の保護対象から除外することを決定いたしました』

『異議なし!』

『賛成します』


 喝采が巻き起こった。


「ま、待て! そんな馬鹿なことがあってたまるか! これは何かの手違いだ、何かの間違いだ!!」


 狼狽するファーヴガン。だがこれは事実だ。


「認めろよ、そして喜べドラゴニアン。

 お前たちは認められたんだ。

 保護されないと生きていけない「弱者」ではなく、個々の足で立ち、自ら生きていく力を持つひとつの知的種族――人として、な。

 立てよドラゴニアン。俺たちはもう対等だ。

 そして――」


 それを合図とするかのように。

 空に、魔導転移航法の魔法陣がいくつも展開され、宇宙船が現れる。


 いくつも、いくつも。

 それは辺境伯様の部隊だったり、宇宙冒険者や宇宙賞金稼ぎ、宇宙狩人だったりの船。


 そういうことだよ、ドラゴニアン。


「対等な種族どうし、戦争をしようじゃねえか」


 そして――宇宙船から幾つものブラスターやミサイルが火を噴く。



 殺戮が、始まった。





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