もっともっと楽しんでくださいね、フェリスせーんぱい
「じゃあね兄さん。お義姉様を泣かせたら承知しないから」
惑星イナーカスに―唯一の宇宙港。
……と言うにはあまりにも何もないそこは、いうなればバス停もたいなものだった。
あるいは、駐車場だろうか。
数日、あるいは数週間に一度、定期便が不定期に来る。
不定期に来る宇宙船を定期便と言うべきかどうかはともかく、田舎とはそういうものだ。
ユクリーンは。ここからシヴァイタール辺境伯の住む惑星を経由し、いくつか船を乗り継いで銀河中枢にある帝都惑星へと戻るのだ。
ユクリーンは、宇宙船に乗り込む時、そうユルグに言った。
対して兄は、わかったからとっとと行け、と手を振る。
野良犬を追い払うように仕草に、ユクリーンは舌を出して威嚇する。だが、いがみ合っているようで、基本的にイナーカス一家は家族仲は良好である。
……特に、ユクリーンとユルグは仲が良い。それも、妹から兄への。
それはつまり、
(あーあ。失恋しちゃったかあ)
宇宙船の座席でため息をつくユクリーン。
そういうことであった。
(まあ、貴族だしそういうこともあるとは思ってたけど。フェリシアーデ様なら……なあ)
正直、諦めもつく。
これが、罰ゲームの結婚なので、フェリシアーデが平民に毛が生えたような田舎貴族を嫌っている……というのなら、まだ手はあっただろう。
針の筵の夫婦生活の苦痛と孤独を、優しい妹が癒してあげる……という展開もあったかもしれない。
たがしかしユクリーンには解ってしまった。
フェリシアーデは、兄ユルグを嫌ってはいない。
元々、学園でもそうだったのだ。フェリシアーデは確かに厳しかった。
しかし、厳しいと言う事は、他者を上段から見下し侮蔑しているということと同じとは限らない。
(アリスにも、優しかったもんね)
平民であるアリシア・ルインフォードを、フェリシアーデは邪険に扱うどころか、優しく面倒を見ていた。
結果として、それが婚約破棄騒ぎに繋がってしまったのだが。
ともあれ、ユクリーンには、フェリシアーデから兄を奪うという考えはなかった。そもそも、彼女自身、フェリシアーデを尊敬し慕っている。後輩として。
すでに一度、婚約者を奪われた女から、またさらに夫を奪ったりできようか。犬畜生にも劣る所業である。
……相手がフェリシアーデでなかったら、やっていたかもしれないが。
ともあれ、どんな最悪な男の所に送られたのかと案じていたら、自分の兄の嫁だった。その事実に安堵すらしたほどだ。
(……好きな二人がくっつくなら、それでもいい、かな)
強がりである。だが、本音でもあった。
(つか、そもそも結婚って、他人同士が家族になるための儀式、制度じゃん。つまり私と兄さんは結婚する必要もない、最初から結婚してるも同然なのでは?)
暴論である。
(つまり私とフェリシアーデ様は同じ立場に立ったってこと? 憧れのお姉様と一緒だなんて。やだなにこれ)
暴論の上に極論であった。
ユクリーン・ブルコンヌ・イナーカス。
恋する乙女であった。変な方向に。
(しかし……アリスか)
ユクリーンは、フェリシアーデについて考えると。どうしても彼女の事も頭に浮かんでしまう。
聖女アリシア・ルインフォード。だが、ユクリーンにとっては、今でも困った友人のアリスのままだ。
そう、困った友人だった。
明るく天真爛漫で人懐っこく、そして……破天荒な少女だった。
ユクリーンもフェリシアーデも、よく振り回されたものだ。
(そう、アリスはみんなを振り回してる)
皇太子オルトリタールに近づき、恋人となり、そしてフェリシアーデとオルトリタールを婚約破棄させた。
そしてそれが回りまわって、ユクリーンの兄、ユルグとフェリシアーデが結婚するという、予想できなかった展開になった。
(アリス、あなたは何が目的なの?)
宇宙船の中から、ユクリーンは星々を見ながら、友人へと思いをはせた。
◇
「あーっはっはっは! まじ? これまじなの、すんごく受けるんだけど!」
銀河帝国帝都惑星センントラリア。
帝国学園の女子寮の自室で、アリシア・ルインフォードは笑い声をあげる。
アリシアが見たのは……宇宙山賊たちがおもちゃのようにに蹴散らされる光景――その記録映像だった。
「いや、辺境を守る貴族たちが強いというのは聞いていたけど、ここまでなの?
もはや笑うしかないわね。ルクちゃんのお兄ちゃんたちって、化け物じゃない」
宇宙山賊を惑星イナーカスに誘導したのは、アリシアだった。
別に、直接山賊の仲間だということではない。しかし、宇宙山賊というは愚か者が多い。
多少の情報操作で容易に誘導できる。
「あの人のアドバイスもあって仕組んだけど……こんな結果になるとはね。予想外だった」
いくら残党にすぎなすとはいえ、こんなにも簡単に全滅するとは。
「まあ、先輩の困り顔が見れて、よかったかな?」
フェリシアーデの呆然とした姿が、とても笑えた。
アリシアにとって、フェリシアーデは先輩である。そう、ずいぶんと“可愛がって”もらった。だからこそ、今のアリシアがある。
皇太子殿下の婚約者にして、宇宙聖女――という、今のアリシアの立場が。
「まあ、聖女の立場なんてそんなものに興味はないけど。ただ、私の本当の目的のためには、聖女の肩書きは必要だったのよね」
正直面倒くさかったが、仕方ない。
「さぁて……」
アリシアき立体映像を見る。そこには、フェリシアーデの姿があった。
「先輩には借りがある。それをしっかりと返させてもらわないとね。
全てはあの人のおかげね。計画通り」
そう、全ては計画通り。
公爵令嬢フェリシアーデ様は全ての悪事が露見し、多潜在され失脚、田舎送り。
これはアリシアにとっては予定通りだったが……
「さぞかし、困っているでしょうね、予定が外れて」
その相手のことを思うと、同情してしまう。
全ては掌の上で転がされていると、きっと知らないままだろう。それほどにアリシアたちの計画は完璧な進んでいるのだから。
「だけど、先輩のお婿さんが、あのユクちゃんのお兄ちゃんとはね。笑えるわ。
ああ、ユクちゃんにもずいぶんと迷惑かけたっけ。ごめんね」
でもそのおかげで、アリシアは聖女になった
計画通りに皇太子の婚約者の地位を手に入れた。
オルトリタール皇太子はアリシアの思い通りだ。
彼は実にアリシアの理想通りの人間だった。そえ、望み通りに、動いてくれている――
「そう、私の望みが叶う日も近い。待ち遠しくてたまらないわ」
その日が来たら。どんなに楽しいだろうか。
「さて――と。次の手は、どうすっかなー?」
アリシアは、うーんと背伸びをして考える。
宇宙山賊の次は宇宙海賊だろうか?
だめだ。つい今しがた見た通り、辺境の連中は化け物だ。そんじょそこらの宇宙海賊を釣って誘導したところで、ユクリーンの兄たちの餌にしかならない。
「となると、絡め手――かな」
オルトリタールの地位やアリシフの聖女としての発言力を使えば、貴族を動かす事は簡単だ。
「精々、踊ってもらおっと。あの人はそれを望んでいるしね」
あの一帯を支配する辺境伯――確か、シヴァイタール辺境伯だったっか
まずはそこにちょっかいをかけよう。
かつてのローエンドルフ派閥で、フェリシアーデと仲が良かった令嬢がいた。そこを使えば、きっとフェリシアーデも予期せぬ再会を喜んでくれるだろう。
本当に友達なら、田舎でひどい暮らしをさせられている先輩の現状に我慢が出来ないはず。
きっとかき回してくれるだろう。そう想像すると、同情してしまう。
「よし、それで行こうっと。あの人にもちゃんと相談しておかないとね」
そしてアリシアは。通信機を起動させた。
「プレゼントです。もっともっと楽しんでくださいね、フェリスせーんぱい」
アリシアは、親愛の情を込めて、尊敬する先輩の名を呼んだ。
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