ずぅーっと、待っておりましたのよ。 私のユルグ様
「どういうことだよ、これは」
グリンディアナの別宅のひとつに、ユルグはいた。
今ユルグがいるのは、広間だ。数々の立派な調度品、絵画、それに武器の数々飾られている。
様々な銃器や剣、槍もそして――勇者の杖と呼ばれる、持ち主の魔力を光刃に変える伝説の武器まで並んでいた。
その煌びやかな広間の中で、ユルグだけが浮いている。汚れているからだ。
その服には泥や埃だけでなく、返り血がべったりとついていた。
「どういうことなんだよ、これは!!」
もう一度、ユルグは叫んだ。明らかに狼狽していた。
その足足元ではL3があわてている。
「何が、ありましたの」
グリンディアナは心配そうにユルグに声をかける。その態度と表情は優しげだ。しかし、不自然に、不釣り合いに落ち着いているように見えた。
「あ、ああ――」
そのグリンディアナの態度の違和感に気づいていないのか、ユルグは続ける。
「皇太子に――襲われたんだよ!!」
「まあ」
「お前に言われた通り、学外の指定された座標に、皇太子殿下と聖女に会いに行った。
確かにいたよ。
だけど様子が変だった。なんというか……無機質? いや違うな。変な人形みたいな反応……いや、それはどうでもいい。
いきなり襲ってきたんだよ、確実に俺を殺すつもりだった。
そして……」
ユルグは身震いし、自分の手を見る。
「取っ組み合いになって……
聞かせつけば、死んで――!」
「ユルグ様……」
「教えてくれグリンディアナ。
何がどうなってる。
お前が、皇太子と聖女を匿っているから会わせると言って、その場所に行ったらこれだ!
俺は――皇太子を殺した。もう終わりだ」
ユルグは頭を抱える。
「俺は――どうすればいい」
「ユルグ様」
グリンディアナは、そんなユルグをそっと抱き寄せる。
「大丈夫。大丈夫ですわユルグ様。フェリシアーデ様と違って、私は――私だけは、あなたの味方です」
「……なんで」
「お慕いしております。初めてお会いしたときから。
私――グリンディアナは、ユルグ・ノンヴィ・イナーカスを愛しております」
頬を赤らめ、目を閉じて唇を突き出すグリンディアナ。
「だから――それでどうなる、どううしろって言うんだよ」
ユルグはそのグリンディアナの動作に対して、言葉を続けるのみだった。
「……落ち着いて。
よく聞いてくださいまし、ユルグ様。
これは――ローエンドルフ家の陰謀なのです」
「なん……だって」
「銀河帝国の皇帝の座を狙うローエンドルフ公爵が、フエリシアーデ様の嫉妬の激情を利用して――
皇太子殿下と聖女様を亡き者にしようと企んでいたのです」
グリンディアナは、恐るべき計画を告げる。
「そんな……」
「真実ですわ。フェリシアーデ様が帝都惑星を離れたのもその準備――ユルグ様は隠れ蓑として利用されたのです。
その結婚に――愛など最初から、存在しなかった」
「……」
グリンディアナは続ける。残酷な真実を語りながら。
「事実を知った我々は殿下たちを匿いました。
ですが――殿下たちは、ユルグ様がフェリシアーデ様の夫であると知っていたのでしょう。
手先だと――刺客だと勘違いして、このような悲しい事故に。
殿下たちに上手く連絡が届かなかったのでしょう、おそらくはローエンドルフ公爵の手が伸びていたのですわ。
私たちの――力不足でしたわ」
「――っ、そんな事で……取り替えとがつくとでも!」
「大丈夫ですわ」
グリンディアナは立ち上がる。
「そうですわね。こういたしましょう。
――亡くなられた皇太子殿下たちは、実は偽物だったのです」
「なん――だと? それはどういう」
「一言でいうなら、替え玉を用意するのですわ。
整形した影武者を。
そして、その影を本人だと――我々が証言すればよろしいのですわ」
「それは――」
それはおかしい。
それではまるで、皇太子の偽物を立てて乗っ取るようなものだ。
「ローエンドルフが、まさしくそれを企んでいたのですわ。
皇太子を暗殺し、すり替わる事を」
「……本当なのか」
「はい」
グリンディアナは笑いながら言う。
「ですから。私たちがその計画をそのままいただくのです。
死んだ殿下は殿下ではなく、偽物だった。
すべては、ローエンドルフの悪事の証拠をつかむためだった――と」
「それは、あまりにも……都合がよすぎる筋書きだ。だいたい、遺体を調べたら本物か偽物かなんてすぐに」
「遺体は。私たちが確保しおりますもの」
「……なんだって」
ユルグは狼狽する。
全てが――最初から準備されてたかのように手際が良すぎるのだ。
「ご安心くださいまし。死体ならばいくらでも用意できます。
私たちが、そう言えばいいのです。
これは殿下の死体ではない。殿下はここに生きておられる。
ローエンドルフの派閥を――あの女を始末すれば全ては上手くいきますわ」
「お前……」
「上手く行くはずがない。帝国は馬鹿じゃない」
「そうですね。ですが、聡いからこそ――私たちの同志はたくさんいますわ。
皇帝陛下は、歳をお召しになり過ぎました。
あの方が何歳だと思われますか?」
「……さあ、それは」
「五百歳とも千歳とも言われていますの。
今まで何人の皇太子殿下が、皇帝の座に付けずに老衰で亡くなられたか」
「……」
「オルトリタール殿下は、それでいいと仰いましたわ。野望も野心も持たない皇太子など――ただの無能な飾りに等しいと思いますわよね?」
「まさか、最初――から、そのつもりで」
「言ったでしょう。味方はたくさんいますわ。
そして――世間はフェリシアーデ様を、もはや信じない」
「まさか……」
「皇太子と聖女のせいで全てを失い、恨む女。
あの婚約破棄は想定外の出来事でしたが――おかげで全てが予想より早く、うまく行きましたわ。
ねえユルグ様。
宇宙の真実を決めるのは何だと思います?
それは――愚かで無知蒙昧な、平民たち、民衆ですの。
彼らが信じれば、白は黒となる。
正義も悪となる。
そして――死者も、生者となる」
そう言って、グリンディアナは微笑んだ。
その瞳の奥には、狂気があった。
狂喜の色が浮かんでいるのが見えた。
「嗚呼――やっと、やっとあの女を破滅させられる
、私の手で!
聖女の小娘に破滅させられるなど、私は許さない!
そう、あの女を、フェリシアーデを破滅させ――全てを奪ってあげるのですわ。
命も、愛する人も――全て」
グリンディアナは、笑顔のまま、ユルグに近づく。
「ありがとうございます、ユルグ様。
あなたの存在は私にとっても救いでしたわ。
婚約破棄と追放で全てを失ったフェリシアーデ様、あの女か手に入れた最後の希望、最後の幸福。
それを――私の手で奪えるなんて、ああ――夢のよう」
そして、グリンディアナは、その両手でユルグを抱きしめる。
「ずっと、ずぅーっと、待っておりましたのよ。
私のユルグ様」
「お前は……!」
ユルグがグリンディアナを突き放すより一瞬早く。
「――!!」
巨大なヒトデのような何かが、触手をユルグに巻き付かせた。
「……っ、これ、は……!!」
「邪神の瞳……そう呼ばれる宇宙モンスターを、品種改良し手懐けたものですわ」
「ぐっ……がああっ!!」
「邪神の瞳は生物に寄生し、体を奪い、見聞きした物を邪神に送ると言われていますわ」
それはかつて、惑星シヴァイタールでフェリシアーデが遭遇したそれだ。
だが――一般的に伝わるその話は、事実とは多少異なる。
「邪神の瞳は――記憶を食べる。
そういう生き物なのです。
そして空っぽになった宿主を操るのですわ。
それを生物兵器として利用したのが、この子たちですのよ「
「ぬ……ぐううっ!」
「記憶をすぐに食べず、保管するように品種改良を施しておりますわ。
こうやって記憶を奪い尽くし、それを別の者に移植することで替え玉をつくりますの。
同じ記憶を持った、完璧な複製ですわ」
「まさ、か……!!」
ユルグは理解する。
「そのために、皇太子を……殺そうと」
「ええ。完璧な替え玉を作り、そして皇帝陛下に近づき、殺す。
そして私たちが銀河を支配するのですわ。
ユルグ様が殺したアレも、実は私たちが用意した替え玉の試験体ですの」
「じ……じゃあ、なんで」
「中々皇太子が捕まらない時に、ユルグ様が現れたからですわ。
フェリシアーデ様を陥れるには、ユルグ様が皇太子と聖女を殺すのが最も効果的ですものね。
たっぷりとドラマチックに演出した動画がもう出回っていますし……ユルグ様もフェリシアーデ様も、もう逃げられない」
「……」
「安心してくださいまし。
ユルグ様は私のものです。あなたの替え玉を作り、奪った記憶を定着させ、処刑する。
ユルグ様は決して死なせない。
あの女との記憶を全て奪い消し去り、そして私のものになるのですわ。
ああ――あの女がギロチンで処刑される時、二人であの女の前に現れて口づけをいたしましょう。
どんな素敵な表情を見せてくれるのかしら!!」
「そのために最初から仕組んでいた――
それが計画か」
「ええ、そうですわ――」
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