11  壬生来沙羅の話 前編

 なんだか最近、視線が気になる。なにしろ学校裏サイトのランキングで僕の名前が掲載されていたのだ。それもスケベなランキングの上位だ。そら変な目で見られて当然である。


 幸いと呼ぶべきか、市川さんによるとこの裏サイトは招待制であるため、サイトにアクセスするためにはこのサイトの管理人か、それに準ずる人からの招待が必要らしく、誰でも簡単に閲覧できるわけではないってことだ。要するにごく一部の人にしか見られてないってことだよね。


 というかこれ、本当に素人が作ったサイト?なんかとんでもなく綿密に作られたサイトなだけに、ちょっとした恐怖を感じた。


 ちなみに裏サイトというとなんか治安が悪そうなイメージだが、うちの学校の裏サイトは意外と治安が良いらしい。その代わり内容のほとんどが性的なエロコンテンツと化しているのだとか。


 なんでやねーん。


 いや、いじめとか自殺とか、そういう負の面の強い裏サイトと比べるなら、エロに舵をきってくれた方がよっぽど安全で平和的だとは僕も思うけどね。


 まあ、こういう不満のはけ口があるおかげで学園の治安が守られていると思えば、裏サイトそのものはそんなに悪いものではないのかもしれない。


 そんな益体のないことを考えていると、やがて授業終了のチャイムが鳴り、今日の授業がすべて終わったことを教えてくれた。


「根東くん、また明日ね」


「え、あ、うん、また明日ね」


 隣の席にいる市川さんが声をかけてきたので、僕も挨拶をする。というか、彼女が僕に挨拶をしてきたことなんて、これが初じゃないのか?一体彼女の心境にどんな変化が訪れたのだろう?


 僕は鞄を持って教室を出ていく市川さんを見送った後、壬生さんの方を見やる。なんだか彼女の視線が冷たい。


 あれ、怒ってるかな?違うよね?ちょっと、勘弁してよ!今日は大事な日なのに!


 ぷいっと僕の方から視線を外すと、壬生さんは鞄を持って立ち上がり、「私、かーえろっと」と帰宅を宣言する。


 ちょ、ちょ待てよ!


 僕は慌てて鞄を持って教室を出ていく壬生さんを追いかけた。


「ま、まって壬生さん!」


「うーん、なにかな?」


 やっぱ怒ってね?口元にこそ笑みが広がっているものの、壬生さんの眼差しが今日はやけに冷たい。


「一緒に帰ろうよ」


「なんで?」


 なんでって、恋人同士が一緒に帰るのに理由が必要なんですか?


「根東くんは私みたいな面倒くさい女より、簡単にエッチできそうな女の子の方が良いんじゃないの?」


「それはないよ!だって僕、壬生さんのそういう面倒くさいところが好きなんだもん!」


「…やっぱり面倒って思ってるんだ」


 やっべ。本音が出た。


「いや、違うんだって、今のはその言葉の綾であって…」


「じゃあ好きだっていうのも、言葉の綾だから本当じゃないの?」


「いや、それは本当だから!もう本当に大好き!一番好きだよ!」


「…ふ、ふふ、アハッ」


 廊下を歩く僕たち。壬生さんは慌てふためく僕を見て楽しそうに笑うと、「冗談だよ」と言う。


「根東くんが私のこと大好きなのはよくわかったよ。意地悪してごめんね。じゃあ、一緒に帰ろうか」


「え、あ、うん、そうだよね!冗談だよね!はは、よかったー」


 僕が壬生さんの手を握ると、彼女も僕の手を握り返してくれた。ちょっとハプニングがあったけど、それでもなんだか青春してるみたいで僕の心はなんだか暖かい気分になれた。


 そうだよ、こういうちょっと喧嘩したり、仲直りしたりするような青春を僕は送りたかったんだよ!僕の青春の一ページに本来、寝取りとか寝取られとかは不要なんだよ。


「それで、本当にこのまま帰る?それとも、私の寝取られ話、聞く?」


 …

 …

 …


「聞く」


「そう、やっぱり根東くんって変態だね」


 そう言って彼女は魔女みたいな顔をして嗤った。


 人生に寝取られなんて必要ない。そのはずなのに、僕はどうしても寝取られを求めてしまっていた。


 本当に、僕って変態だなあ。一応これでも期末試験の結果は学年三位だったんだけどなあ。


 おかしいよね。可愛い彼女がいて、成績も伸びて、友達も増えている。客観的に見れば僕の人生はすごく順風満帆。そのはずなのに、なんでこんなにも胸が張り裂けそうなほど痛いのだろう?


「あの日」


 壬生さんと僕は校舎を出て、正門を抜け、ゆっくりと街中を歩いていく。


「私、一体どんな目に遭ったんだろうね?」


「え、あの、温泉に浸かってゆっくりしてたんじゃないの?」


「そんなこと、欠片も期待してないくせに」


 ふふ、と壬生さんは僕の方に頭を寄せてくる。彼女の方からふわりと甘い香りが漂ってきて、握る手に力が入る。壬生さんの手はスベスベして柔らかく、握っているとドキドキと興奮させられる。


「私が根東くん以外の男に抱かれたかもしれない、そんな期待をしてるんでしょ?」


 どくん。どくん。どくん。どくん。


 僕の彼女の壬生さんは学校でも指折りの美少女だ。こんな可愛い美少女と手を繋いで歩いたら、それだけでドキドキして当然だ。


 なのに、なのに、なんで寝取られたかもしれないって言われた時の方がこんなにも激しく興奮しているのだろう?


「そ、そんなことないよ…」


「うそだよね。根東くんが寝取られに興奮していることはもうバレバレなんだよ」


 なんだと!なぜ僕が考えていることが理解できる?まさか壬生さんは神通力の使い手なのか?…壬生さんならあり得るな。


「本当は、私の体が他の男に穢されて、蹂躙されて、根東くん以外の男の色に染められる、そんな姿を想像してるんだよね」


 どくん。僕の心臓が雄たけびを上げている。


 僕は隣にいる壬生さんをそっと見やる。彼女は本当に綺麗な美少女だ。その白い肌はとても綺麗で美しく、長い黒髪はサラサラとしていて思わず触ってみたくなる。


 半袖から伸びる白い腕、ブラウスを盛り上げる形の良い胸、短いスカートから伸びる白い足。


 無駄な脂肪がない一方で、つくべきところにはしっかりと脂肪がついているせいか、女性らしいボディラインを描く彼女の体はまさに女そのもの。ただでさえモデルのような綺麗な顔に加えてこの体なのだ。


 街中を歩いていれば、通行人の男たちがチラチラと壬生さんの方を見てくるのは仕方がない。隣に僕という男がいなければ、一体どれくらいの男たちが彼女に声をかけ、ナンパをしてきたことだろう。


 そんな誰よりも可愛い美少女が、僕の彼女が、他の男に取られてしまう。


 嫌だ。嫌なのに。すごく興奮する。


「ついたよ、根東くん」


「え?」


 気が付けば、いつも利用しているネカフェにいた。彼女は僕の手をつかんで引っ張り、ネカフェの受付を済ませていく。


「さあ、行こうか」


 口元を歪め、怪しい笑みを浮かべる彼女に誘われるようにして、僕たちはカップル用の個室へと入っていった。


 なんだか本当に悪い魔女に誘われている気分だ。


 個室に入って僕たちは鞄をおろすと、壬生さんはペタンと女の子座りをする。


「ここに来て」


 可愛い声で壬生さんは隣に座るように促してくる。僕は生唾をごくりと飲み込み、彼女の隣に座る。


 僕が座ると、壬生さんは僕の肩に頭を乗せ、抱き着いてくる。反射的に僕も彼女の背中に腕を回し、この黒髪の美少女の体をぎゅっと抱きしめた。


 彼女の体が今、僕の腕の中におさまっている。壬生さんがこちらを振り向くと、その綺麗な顔がすぐ近くまで迫っている。


 うるうるとした瞳に見つめられると、僕は思わず顔を寄せてキスをした。


「ん💓」


 壬生さんの口から甘い吐息が漏れる。やがて彼女は自分もお返しとばかりに僕にキスをしてきた。


「好きだよ、司」


「僕もだよ、来沙羅」


 お互いに名前で呼び合うことで、なんだかスイッチが入ってしまった、そんな気がした。


 いつの間にか僕らはお互いに抱き合って、深く濃厚なキスをしていた。壬生さんのことが好きで好きでたまらない、もっと彼女が欲しい、僕のモノにしたい、そんな感情から壬生さんの唇を奪い、僕の味を教えるように来沙羅の口を味わった。


 それは来沙羅も同じだったようで、彼女は僕の口を貪ってくる。いや、勢いだけなら来沙羅の方が上かもしれない。なんだか今日の来沙羅はやたらと激しく僕を求めてくる。


「はあ、はあ、来沙羅」


「はあ、はあ、はあ、司」


 ようやくキスを終えてお互いに見つめあう。普段はクールフェイスを気取っている彼女の顔が、今やトロトロに甘く蕩けて、切なそうな表情をしている。


「ねえ、教えてくれる?」


「…うん、いいよ💓」


 すっかり甘く蕩けてしまった来沙羅。そんないちゃラブモードの来沙羅が、嬉しそうに僕に嘘と真実が混じった寝取られ話を語り始めた。


「あの日ね、司にいっぱいキスされたでしょ?私ね、もう本当に幸せいっぱいで、すっごく司のことが欲しくなっちゃったの。でもね、約束があるから我慢したんだよ。ねえ、私、偉い?」


「うん、偉いよ」


 よしよしと頭を撫でてあげると、「えへへ」と来沙羅は可愛く笑った。


 やばい、普段の来沙羅が超がつくほどのドSなだけに、こういういちゃラブモードの来沙羅に甘えられると、普段とのギャップのせいでめちゃくちゃ可愛く見える。


 こんな可愛い彼女がこれからハードな寝取られ話をするだなんて、もう最高だよ!


 …いや、最悪だよ。なに考えてんだ僕は。そんな不謹慎なこと考えるんじゃないよ!


「私ね、もう司のことが大好きで、好き好きすぎて、頭がおかしくなりそうなの。司のためならなんでもしてあげたくなっちゃう、司が喜ぶならなんでもしてあげたくなる。だからね」


 ——どうやったら司の寝取られ性癖を満たして喜ばせられるのか、ずーと考えてたんだよ、とまるで彼氏のためにお弁当の献立を考える彼女のような態度で来沙羅はとんでもない事を言う。


 どこの世界にそんな彼女がいるのだろう?はは、ここにいるよ!


「でね、お兄ちゃんに温泉旅行に誘われたとき、これだって思ったの。彼氏が手も足も出せない状況で、いろんな男に知り合えて、そのまま寝取られる可能性があるんだもん。ドキドキしちゃうよね💓」


 そうだね、すごくドキドキするよね。もうあまりのドキドキっぷりに心臓が破裂しそうだよ。


「でね、せっかくだから杏と瑞樹も呼んだの。最近、二人とも仲が良いでしょ?だからね、二人も一緒に寝取られちゃえば、もっと司を喜ばせられると思ったの。ねえ、どうだった?私の計画、司は喜んでくれた?」


 上目遣いで僕をじっと見つめる彼女は、なんだか甘えん坊な女の子みたいだった。


 普通に考えるなら、友達を彼氏の変態性癖を満たす道具のように扱うだなんて、ななかなかの鬼畜っぷりである。正常な思考を持つ人間なら彼女を叱った方が良いのかもしれない。


 うん、そうだね。ここは彼女のやべえ思考を矯正するためにも、叱った方が良いよね!


「すごく良かったよ、来沙羅」


「えへへ、やった💓」


 あっれ?おっかしいなあ。叱ろうと思ったんだけどなあ。なぜか僕の口からは賞賛の言葉しか出ねえよ。


 僕はぎゅっと来沙羅を抱きしめて「ありがとう」と感謝の念を伝えた。もうダメだ、僕の脳は完全に寝取られに乗っ取られてるよ。


「ふふ、もう、本当に変態だね。でも好き」


「僕も大好きだよ、来沙羅」


 そして僕たちはお互いにキスをする。彼女の柔らかい唇をたっぷりと味わった後に、「それで、なにがあったの?」と彼女の言葉を待つ。


「うん。それでね、私たち、お兄ちゃんに運転してもらって温泉旅館に行ったの。だいたい三時間くらいかな?到着したらもうすぐに温泉に入ったの。それでね…」


 ふむふむ。この辺は同じだな。確か女湯に入ったはず…


「混浴に入ったの」


 えええええええええええ…こいつマジかよ、ここでストーリー、変えてきやがった!


 そんな馬鹿な。え、どっちなの?どっちが正解なの?予想外の展開に発展したことで、僕の頭がパニックになる。


「ふふ」


 来沙羅が嗤う。


 あ、わざとなんだ。わざとストーリーが変わるように、仕向けたんだ。


「騙されちゃったね、司」


「え?」


「あの二人、本当は混浴に入ったかもしれないんだよ?嘘つかれちゃったね」


 どくん…そんな、そんな馬鹿な。


 僕は彼女たちの話は嘘だろうと勝手に決めつけていた。しかし、違うのか?抱かれた方が嘘で、混浴に入った方が本当なのか?え、もうわけがわからないよ!


「温泉に来たんだもん。女湯か、それとも混浴か、どっちかには絶対に入ったよ。だからね、どちらかが嘘をついていて、どちらかが本当のことを言っているの。さあ司、どっちが本当だと思う?」


 そんなアホな!そんな理論、あり得るの!


 やばい、これはやばい。なにがヤバいって、この寝取られ話、真実が混じってるってことがヤバい。


 一体どこまでが本当なんだ?どこまで嘘なんだ?


 来沙羅は続ける。


「混浴にはね、男の人、いたよ。なんだかおじさんが多くてね、私たちみたいな若い女の子がきて、急に色めきたっちゃって。じろじろじろ、こっちを見るの。本当に嫌になるよね。私には司っていう、大好きな彼氏がいるのに。私の体を見て良いのは、司だけ」


 ——なのに見られちゃったの、と来沙羅は頬を膨らませて、不満そうな顔をして言う。


 いや、自分で混浴に入ったんでしょ!なに言ってるの!


 くそ、まずい。今までと展開が違うだけに頭がパニックになってる。こんなの嘘だって信じたいのに、なんだか本当のことのように思えて、ドキドキと心臓が興奮で跳ね上がっている。


「もちろん、杏も瑞樹もおじさんたちに見られてたよ。司が大事に思ってるあの娘たちも、その体をたっぷり見られちゃって、視線だけで体が汚されちゃったかもね」


 そ、そんな!僕の大好きな来沙羅だけでなく、瑞樹と杏も穢されたというのか!くっそお、ちくしょう、ゆるせねえ。そのおっさんども、地獄に送ってやりてえ。でもなぜだろう。凄く興奮するよ!


「アハッ!司、すごく興奮してるみたいだね」


「…うん」


「そんなに喜んでもらえるだなんて、彼女冥利につきるね」


 ふふ、と嗤いかける来沙羅はさらに続ける。


「でね、このままじゃおじさんたちに襲われちゃうかもって思ってね、私、逃げちゃった」


「え?」


「先に温泉から出たの。でも二人はまだ残ってたよ。もしかしたらあの二人、やっちゃってたかもね」


 そ、そんな!それだと話が違うじゃないか!いやマジで!


「ふふ、ねえ、どっちだろうね?」


「え?」


「本当はあそこで何があったんだろう?知りたいね、教えてほしいね、だったらさ…」


 ——あの二人を抱いてみたら良いんだよ、と来沙羅は僕を誘惑する。


「それだけで本当のことを教えてもらえるよ」


「え、それはでも…」


「でもそうだね、司、約束したもんね。私、嬉しかったよ、あんなにも私のこと想ってくれてたなんて。すごく嬉しくて、もしも約束を破ったら、ガチで後悔するような復讐をしちゃうかもしれないね」


「あ、はい。僕、約束はちゃんと守ります」


「そう?よかった、大好きだよ、司」


 そんなん言われたら確認できないじゃん。いや、僕も来沙羅のこと大好きだから別に良いんだけどね。良いんだけどさあ、くっそー、知りてえ。すごく知りてえ。真実を教えてくれよ、頼むからさあ!


 来沙羅は僕の苦しみに悶える姿を見て、くすくすと嗤う。あれ、いつの間にかドSの来沙羅になってね?


「ふふ、ふふふ、アハ。本当に司って面白いね。そういうところ、大好きだよ」


「…僕も今の来沙羅、好きだよ」


「ふふ、相思相愛だね。私たちって本当に気が合うね」


 やがてチュっと来沙羅はその柔らかい唇を僕の唇に押し付けて、キスをしてくる。


「温泉から出た後はね、私、司のことを喜ばせたくてね、男を物色したの。司、寝取られが好きだもんね」


「…うん」


「ふふ、本当に変態。でも好き。司、喜んでくれるかなあって思いながら旅館を歩き回っているとね、マッサージのサービスがあるって旅館の仲居さんが教えてくれたの」


 …え?なんか嫌な予感がする。


「私ね、マッサージを受けることにしたんだ。部屋にあった電話でマッサージを依頼したの。そしたらね、マッサージ師のおじさんが部屋に来てね…」


 ——私の体を隅々まで、気持ちよくしてもらっちゃった、と来沙羅は言う。


「え、それはその、マッサージをしてもらったって意味だよね?」


「さあ、どうだろう?その時の私はね、浴衣だったんだけど、おじさんのマッサージを受けているうちにいつの間にか脱がされちゃってね。おじさんのごつごつした手でね、直接肌をその指でマッサージされたの」


 ——すごく、気持ちよかったよ、と来沙羅はマッサージの感想を述べる。


「そ、そうなんだ。そんなに気持ちよかったんだ」


「うん。快感だったよ。おじさんね、私の体の凝ってるところをほぐすために、しっかり時間をかけて、丹念に、丁寧に、じっくりマッサージしてくれたの。そしたらね、なんだか体温がすごく上がって、熱さのせいで体がうずうずしちゃって、私の体ね、おかしくなっちゃったんだ」


「そ、そうなの?じゃあ休んだ方がいいかもしれないね」


「そうだね。でもね、おじさん、止めてくれないの。あの、もう良いです、って断ったのに、もっとサービスするよって勝手にマッサージを進めてね、そのせいで私…」


 ——なんだか男の人が欲しくなっちゃったんだ、と艶やかな声で来沙羅が言う。


「本当は止めたかったんだよ。だって私の体は司のものなんだもん。他の男なんて嫌。でもね、ダメだった。お願いおじさん、もっと、もっとして、ってお願いしたの。そしたらね、マッサージの時間はここまでって、おじさん、マッサージを終わらせちゃったの」


 …へ?


「そ、そうなんだ。じゃあ旅館での話は、それでお終いなのかな?」


「うん、マッサージの話はこれでお終いだよ」


 な、なーんだ、それだけかあ!そうだよね、いくらマッサージが気持ち良いからって、そんな最後までやるだなんてあり得ないよね!いやあ、おじさんがプロ意識の塊のような人で助かった!


 うん、そうだよ。そんな都合よく寝取られるようなイベント、現実でそうそう起こるわけないよね!まったく、僕は一体なにを期待しているのやら。


 いくら寝取られが好きだからって、現実を見ろよ。世の中そんな上手くいくわけないってーの!


 今にも心臓が張り裂けそうなほど痛んでいたのだが、いざ終わってみればなんでこんなにも苦しんでいたんだろうって不思議に思うくらいだよ。

 

 いや、期待なんてしてないよ。ホントだよ。確かにちょっと寝取られ成分足りないかなあ、なんて思ったけど、別に良いんだよ、それで。本当に寝取られる必要なんて無いんだもん!


「それでね」


 しかし来沙羅は言葉を止めない。


「おじさんにね、あとで俺の部屋に来なさいって誘われちゃった」


 お、おおお、おじさーん!


 なんだよそれ!客に手を出すとかてめえ、頭イカれてんですか!お前にはプロ根性はないんかい!


「で、でででで、でも大丈夫だよね。部屋に行ったりしてないよね?」


「うん、行ってないよ」


 おや?それは意外な回答。…いや、意外じゃねえし。これがまっとうな意見だし。そうよだね、僕の彼女が他の男の部屋にほいほい行くわけないじゃないか。


「マッサージが終わった後は晩ご飯の時間だったから、私みんなで食事をしたの。その後は部屋でおしゃべりして、だらだら過ごして、それで就寝したんだ」


「そ、そうなんだ。それで終わりかな?」


 来沙羅はおじさんの部屋には行ってないって言ったし、ならもうこれで終わりだよね。もう何もないよね?


「それがね、夜中に突然、杏が部屋を出てったの」


 宗像さん!なにを余計なことをしてるの!


「私気になって、その後を尾行したの。そしたらね、杏がね、知らないおじさんとエッチしてたんだよ」


 そうだった、そういう話だった!


「私、その姿を見て、すごく興奮しちゃってね。ただでさえ司のキスのせいでその日はなんだか体がおかしくて、それにおじさんのマッサージまで受けたせいで体のうずうずが止められなかったの」


 な、なんだと。そんな、だってさっき、おじさんの部屋には行かなかったって言ったじゃないか!あれは嘘だったのか!


「だからね、私、その辺にいたお兄さんを逆ナンして、エッチしてもらったの」


 なんですとおおおおおおお!


「ぜんぜん知らない人だったんだけどね、でも私が声をかけたら、酔っぱらってたのかな?なんだか上機嫌でいろいろ話してくれてね、それでそのままその男の人の部屋に行って…」


 ——いっぱい、いろいろなこと、しちゃったよ💓


「酔ってたせいか、もう理性なんてまったく無かったみたい。なんだか動物みたいに私に貪りついてきて、まるで私のことを道具みたいにぞんざいに扱ったの。こんなひどいやり方、好みじゃないんだよ?でもね、司のせいで私、体が発情しちゃってたでしょ?だからね、こんなひどいやり方なのに、なんだか体が熱く興奮しちゃって、ああ、知らない男に支配されてるみたいって思って…」


 ——すごく喜んじゃった、と来沙羅は熱っぽい瞳を僕に向けながら甘い声で囁いた。


「そ、そんな…」


「それもこれも、ぜんぶ司のせいだよ?」


 来沙羅は言葉を止めない。


「だって私、司が大好きなんだもん。司が喜ぶことはなんでもしてあげたい。喜ぶ姿を見てみたい。だからね、司が喜ぶことをしてあげたの。それもこれも、全部司のため。司が寝取られ性癖なんて変態趣味を持ってるせいで、こんなことになったんだよ」


 そんな、そんな、僕のせいで、僕が変態的な性癖を持っているせいで、大事な彼女が寝取られてしまったというのか…


 最悪だ。最低な気分だ。吐きそう。頭がガンガン痛み、胸が張り裂けそうだ。僕の大事な彼女が他の男に穢されてしまった。


 しかも今の話を聞く限り、マッサージ師のおじさんまでついでに寝取られてる…これもうダブル寝取られじゃないか。


 僕だけじゃなく、マッサージ師のおじさんにまで寝取られを味合わせるだなんて。さすがは来沙羅だ。校内トップクラスの頭脳を持つのも納得の所業である。


「なーんてことがあったかもね」


「へ?」


「ほら、涙を拭いて」


「あ、うん、ありがとう」


 来沙羅はハンカチを取り出すと、優しく僕の涙を拭いてくれる。その時の彼女はなんだかとても可愛く見えた。


「今の話、どうだった?」


「…うん、すごく良かった」


「そう?確かめたいって気分にはならないの?」


 うん?ああ、そういうことか。この話がフィクションかどうか確かめたいなら来沙羅を抱いて確かめろってことだね。


「いや、それは大丈夫だよ。だって僕、来沙羅を信じてるし…」


「…なんで?」


 なんか、雰囲気が変わった。今までの甘い声から一転、来沙羅の声が硬質を帯びて怒気を孕んでいる。


 あれ、なんか怒ってね?僕、地雷踏んだか?

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