8

 まさか再びここに来てしまうとは。


 普通のホテルでは絶対に採用しないような淫猥な色のライトに照らされるその部屋の中で、僕と百崎さんは今、同じベッドの端で隣り合って座っていた。


 本当は距離を離した方がいいのだろうが、百崎さんが僕の腕を掴んで放してくれないのだ。


 もちろん本当に嫌なら強引に振り払えばいいのだが、今の傷心中の百崎さんにそれやったら絶対心的な外傷負いそうだし、とにかく今は冷静になるまで待つのが懸命だろう。


 百崎さんは僕の方をチラチラ見る。僕が彼女の方を見るとたまに目と目があって、その度に「へへ」と笑いかけてくる。


 くっそ、可愛いな。これは浮気症の彼氏が手放さない理由がよくわかる。


 ラブホテルに入ってからすでにある程度時間は経過しているが、いまだに僕らは一線を超えず、こうして恋人気分を満喫していた。


 大丈夫。大丈夫だ。なにもしなければいいのだ。


 なにもせず、手を出さず、ただ時が来るまで待てば良い。


 慌ててなにか余計なことをするから問題が発生するのだ。ここれは冷静に、ただ時が過ぎるのを待とう。


「な、なあ、司」


 もじもじと両足を動かし、まるでなにか我慢するかのような動作をする百崎さんがこちらを見てくる。その瞳はうるうるして涙っぽいのだが、先ほどのような悲壮感はない。どちらかといえば、その瞳は熱く、甘く蕩けてしまいそうな雰囲気がある。


 これさあ、僕以外の男だったら確実に一線超えるパターンじゃないの?


「え、な、なにかな?」


「呼んでみただけ💓」


 そっかあ、名前を呼んでみただけかあ。ちっくしょー、可愛いなあ。こんな可愛い女の子を前にして絶対に手を出しちゃダメだって言うんだから、なんかもうこれ拷問じゃねえの?


 いや、いいんだけどね。出さなくて。だって手を出したら壬生さんが寝取られちゃうんだもん。だから耐えるよ、ちゃんと我慢するよ。


「そ、それで百崎さん」


「違うだろ」


 あれ?なんか地雷踏んだか?今まで甘々な雰囲気だったのに、急に声が固くなって空気が冷える。


「ちゃんと名前で呼べよ。お前、俺の彼氏だろ?」


 ぜんぜん空気冷えてないわ。髪をいじりながら口を尖らせて不満を述べる百崎さんの姿は、もう完全に彼氏といちゃラブする時の彼女そのものだ。


 ははーん。百崎さんは彼氏といる時、こういう感じで甘えてくるんだあ。最高の彼女じゃねえか。


「はは、そうだね。ごめんね。謝るから許してほしいな、瑞樹」


「!…もう、しょうがねえな。許してやるよ💓」


 ふう、よかった。どうやら彼女の機嫌を損ねずに済んだようだ。


 …いや、違うし。彼女じゃねえし。今はたまたま彼氏のフリをしているという設定なだけで、本当の彼女じゃねえし。


 まずい。このラブホの妙な雰囲気に飲まれて頭がおかしくなっているかもしれない。冷静になれ、僕の彼女は壬生さん一人だけ!それだけ覚えておけば問題なし!


「へへ」


 百崎さんははにかむような笑みを浮かべてより一層、僕の傍へと近づく。もう完全に体は密着しており、横から百崎さんの甘い女の子の香りと暖かい体温、そして柔らかい体の感触、そして焼肉の香りがほんのり漂ってきた。


 そうだった、さっきまで焼肉食べてたんだ。


「くんくん、あ、ごめん、俺、ちょっと臭いかな?」


「いや、大丈夫だよ。そこまで匂わないから」


「やっぱり匂ってるじゃねえか!もう最悪だぜ。俺、ちょっとシャワー浴びてくるから待ってろよ」


 焼肉の香りのおかげで甘々な空気が消失。冷静さを取り戻したのか、百崎さんは立ち上がってシャワールームの方へ向かう。


 ああ、よかった。なんとか冷静になってくれた。ふう、焼肉に行ってよかったー…ああ、これはまずい。とんでもない事態が発生してる。


 そういえばここのラブホってマジックミラーだった。


 僕からはシャワールームの中が丸見えなのだが、百崎さんからは外が見えないのだろう。


 彼女はブレザーの制服を脱ぎ、下着姿になる。青いブラのホックを外せば、彼女の形の良い胸が…


 僕は慌てて方向転換。ただただ、なにもない壁を見るに務めた。


 あっぶねえ。今のあっぶねえよ。


 あやうく彼女の恥ずかしいところまで全部見えるところだった。


 それにしても凄く綺麗な体してるな、百崎さんは。


 スレンダーなのは制服の上からもわかっていたのだが、いざ脱ぐと綺麗な女子の肌が露出し、しなやかで丸みのある体はいかにも女らしさ満点だった。


 細いウエストにくびれのある腰回り、そしてしっかり自己主張する胸、丸みのあるお尻などなど、男が欲情しそうなポイントを完全におさえている。


 こんな美少女が抱けるのに、なんで浮気したかなあ、竜二くんはさあ。


 その時、僕のスマホに着信を知らせる音が鳴った。


 ん?誰だ?


 ポケットからスマホを取り出すと、壬生さんからメッセージが来ていた。


 ドクン!あまりにもタイミングが良すぎる壬生さんからのメッセージに、嫌でも動悸が激しくなる。


 ぐ、偶然だよね?たまたま僕に用があってメッセージを送っただけだよね?まさか僕が今、どこにいるのか、把握してるとかないよね!


 …壬生さんならありえるな。


 そういえば以前、壬生さんと一緒に恋人専用のアプリをインストールしたような気がする。あれを使用すれば、彼氏が現在どこにいるのか、スマホのGPS機能を通じて知ることができるとか。


 …じゃあアウトじゃん。知ってるわ、壬生さん。僕が今どこにいるのか、完全に把握してるわ。


 やっべえ。絶対これ、よくないメッセージだわ。


 彼女からのメッセージから発せられる圧に僕の心臓が鷲掴みにされるような恐怖感がある。しかしなぜだろう、同時に体内を流れる血液が激しさを増し、興奮と高揚感までもたらしてくる。


 この感覚は、まずい。僕の寝取られ性癖が伊吹をあげている。


 スマホのロックを解除し、メッセージを確認した。


 ドクドクと心臓の鼓動が激しさを増す。


『わたし、来沙羅ちゃん。今、あなたの部屋の隣の部屋にいるの』


 …え?


 壬生さんはなにを言っているのだろう?ここはラブホですよ?ラブホの隣の部屋ということは、つまりそこもラブホということだよ。


 来沙羅ちゃんさあ、ラブホはビジネスホテルじゃないんだよ?そんなところに入ったらさあ、強制的にエロいイベントが発生するよ?わかってる?そういうこと、ちゃんと理解してるかな?


 …いるな。壬生さんなら、やるわ。


 僕はもしかしたら壬生さんという女性のことを甘く見過ぎていたのかもしれない。


 彼女はとても優秀な女の子だが、所詮は学生だ。忍者のような隠密行動なんていくら優秀だからって、たかが女子高生ごときにできるわけがないと思っていた。


 しかし壬生さんは例外だ。彼女はやる。それが目的達成のために必要なことなのであれば、やるのだ。


 ははは、壬生さんは本当に行動力の塊だなあ。やべえよ、マジでやべえよ。これさあ、あれだよね。もし僕が百崎を抱いたら、即座に壬生さんもやるってことだよね!


 しかしそこで一つ、妙なことに気づく。


 僕はあえて竜二くんとは別のラブホを利用した。つまりここに竜二はいないはず。では一体誰だ?


 ドクン、と心臓が盛大に鳴る。


 おい、嘘だろ。壬生さん、まさか、僕がまったく知らない男をひっかけてやるっていうのか!


 そんな、そんな、そんなのって、すごく興奮するじゃないか!


 …いや、違う。なに喜んでの?違うでしょ?すごく辛いの言い間違いだよね?


 ダメだよ、壬生さん!そんなの絶対ダメ!壬生さんが、他の男に抱かれちゃうよ!それもすぐ近くの隣の部屋でやられちゃうよ!


 ぶーぶー。


「うわッ!」


 突然、スマホが振動する。画面を見れば、やっぱり壬生さんだった。


 どうしよう?取りたくない。でも僕の寝取られ性癖が、取れよ、絶対興奮するから取れよ、と命令してくる。


 この通話は出てはいけない。出たら、きっと脳が破壊される。それも粉微塵に破壊され、ごりごりに潰される、そんな気がしてしょうがなかった。


 怖い、恐ろしい、手が震える。動悸がおさまらない。まるで氷点下にいるような悪寒を感じ、体が震える。


 なのに、興奮だけは止められない。壬生さんが、寝取られるかもしれないという恐怖心が、僕の興奮に油を注いで火力を上げる。


 ダメなのに、絶対悪いことが起こるのに、見てみたいという好奇心が止められない。


 震える指で画面をタップし、通話を始めた。


『………』


 通話を開始したのに、なにも音が聞こえない。僕は思わず、声をかける。


「もしもし、壬生さん?」


『…ん、ね、根東、くん💓』


 なんでちょっと艶のある声を出すのだろう?


『おめでとう、瑞樹を連れ込んだね…ちょ、今はダメ💓』


 え、なにがダメなの?っていうか壬生さん、君は今…


「壬生さん?まさか、近くに誰かいるの?」


 どくんどくんと動悸が激しくなり、頭が破裂しそうな圧迫感に襲われる。


『ん、あん…ふふ、どっちだろうね、ん💓』


「壬生さん!」


 通話越しから漏れ聞こえる壬生さんの声は、いつものクールな感じとは違って、甘く媚びたような女っぽさがある。


『ちょ、待って、今はそこダメ💓』


 壬生さんの淫らな言葉が止まらない。


 違うよね?壬生さん、今、近くに男なんていないよね!


『ふ、ふふ、根東くん、良いんだよ、瑞樹を寝取っても…あん💓』


 ブツ、通話が切れた。


 …え?嘘だろ?壬生さん、やってないよね?いつもの壬生さんならではの寝取られトークだよね?


 だって壬生さん、言ったじゃないか。僕がゴーサインを出すまでは絶対にやらないって。だからこれも嘘だよね?


 壬生さんのことを信じるなら、今のは壬生さんのただの虚言、つまり芝居ってことになる。でも本当にやっていたら?壬生さんならあり得る。


 どくん、どくん、僕の心臓がいつまでも激しく鼓動を打って止まらない。


 どうしたらいいんだよ?こんなのってないよ!


 もし、もしもの仮定の話として、壬生さんがすでに他の男に寝取られていたとしたら、どうなる?


 壬生さんが他の男に寝取られてるなら、もう僕が他の女性に手を出しても契約違反にはならない。つまりルール内ということになる。


 …手を出して、いいのか?


 壬生さんが寝取られてるなら、僕もエッチして良いということになるのか?


 やばい。感情がバグって頭がおかしくなりそう。全身の血液が激しく体内を巡っていて、僕の体をずたずたに引き裂きそうだった。


 キュッと、シャワーを止める音がする。百崎さんはシャワーを浴び終わり、扉を開けて、部屋に戻ってくる。


「ふぅ、さっぱりした」


 彼女はバスローブを着ていたようで、そっと僕の傍に寄り添う。僕と腕を組み、頭を垂れて僕の肩に乗せる。


 いつの間にかポニーテールを解いていたようで、彼女の綺麗な黒髪がさらりと落ち、僕の背中にあたっていた。


「なあ、司は今日、俺の彼氏なんだよな?」


「…うん」


「彼氏なら、俺のこと、抱けるよな?」


 百崎さんが僕の背中に手をまわし、抱きついてくる。僕は思わず彼女の背中に手をあて、そんな彼女を抱きしめる。すると、そのまま勢いがついて、ベッドの上に仰向けのまま倒れこんだ。


 今、百崎さんは僕の腹の上にいる。体は完全に密着しており、バスローブ越しに彼女の柔らかな胸の感触と温度が伝わる。


 とくん、とくん、彼女の心音まで伝わってくる。。


 彼女の顔は赤く染まり、はあはあと甘い吐息が口から漏れる。その眼差しは甘く蕩け、女の顔をしている。


 これは、抱ける。やろうと思えば抱ける状況だった。


 一体、なにが正解なのだろう?


 すでに壬生さんが寝取られてるなら、もう抱いてもいいのかな?


 でも嘘だったら?壬生さんの虚言だったら、どうする?僕は壬生さんを裏切ることになるのでは?


 僕は…僕は…


「…ごめん、抱けないよ」


「なんで?」


「だって僕、壬生さんの彼氏だから。裏切れないよ」


「なんでだよ!」


 それは空気を裂くような、苛烈な怒りの声だった。


 百崎さんの僕を抱く腕に力が入る。なんだか子供みたいだった。


「なんで来沙羅だけ幸せで、俺はダメなんだよ!俺は、なにか悪いことしたか!なあ、俺の何がダメなんだ?教えてくれよ!」


「ダメじゃないよ」


 僕はそっと百崎さんを抱きしめ、その頭にそっと手を載せる。


「瑞樹はダメじゃないよ」


「嘘だよ」


「本当だよ」


「だって性格悪いし」


「僕は瑞樹の性格、好きだよ」


「可愛くないし」


「違うよ、瑞樹は可愛いよ」


「彼氏は他の女と浮気するし」


「それは瑞樹のせいじゃないよ。男のせいだよ」


「…じゃあ私、なにも悪くないじゃねえか」


「そうだよ。瑞樹は悪くないよ」


「じゃあ、なにがダメなんだよ」


 百崎さんは顔をあげ、涙で潤んだ目で見る。


「男が悪いんだよ」


「じゃあお前が悪いってことか?」


「うん、そうだよ。僕が悪い。ごめんね」


「ダメだ。誠意が足りない。もっとちゃんと謝れ」


「ごめんね、瑞樹。許してほしい」


 僕は百崎さんをしっかり抱きしめ、彼女の頭をそっと撫でる。彼女は僕の胸に顔を埋め、――そして泣いた。


 そんな状態でどれくらい時間が経ったのだろう。しばらくすると、百崎さんもようやく泣き止んだようで、目を赤く腫らしながら「ごめんな司、迷惑かけちまって」と謝ってきた。


「ううん、いいんだよ。それで、もう平気そう?」


「ああ、なんか泣いたらスッキリしたわ」


 はあ、と溜息をつく百崎さん。


「お前が彼氏だったらなんの不満もなかったんだけどなあ」


 と悪態をつく百崎さん。どうやらちゃんと立ち直ったようだ。


「それで、さっきのは本当か?」


「うん?どれのこと?」


 いろいろありすぎてどれのこと言ってるのかわからない。


「だから、俺のこと、可愛いって言っただろ?あれは本当か?」


「ああ、うん、本当だよ」


「ふーん、じゃあさ、来沙羅より先に俺が告白したら、俺と付き合ってたか?」


「うん?」


 ちょっと想像してみる。


 もしも壬生さんに告白する前、百崎さんに告白したら、どうなっていただろう?


「その前提だと、付き合ってたね」


「お前、来沙羅ってもんがありながら正直すぎるだろ」


 ―悪い男だな、お前、と百崎さんは無邪気そうな顔で笑いかけてくる。


「そうだね、悪い男に引っかかったらダメだよ」


「へ、そうだな。……はあ、ったく、どうしよっかなあ」


 バスローブ姿の百崎さんは、口を尖らせてなにか思案にくれる。


 うん?ひょっとして、まだ竜二と別れるつもりはないのだろうか?一体、なにがそんなに引っかかるのだろうか?


 正直な話、もう別れたらいいだろって思ってる。


「あんな男でも、優しいときがあるんだぜ?それに付き合ってた思い出だってある。そういうの、全部無駄にしていいのかなって思うんだよ。一応、あんなのでも人生で初めての彼氏なんだぜ?そんな簡単に別れていいのかな」


「そっか、なかなか難しいね」


「ああ、難しいぜ」


 うーん、こればっかりは当事者でしかわからないことだからな。部外者の僕が別れちまえよって言うのは無責任だろう。


 ただ、とりあえず峠は超えたと思う。いまさら百崎さんが僕とエッチをするつもりはもうないだろう。


 ふぅ、一安心だ!よかった、セーフセーフ!壬生さんを裏切らずに済んでセーフだぞ!


 そう思うとホッとした気がする。確かに壬生さんの電話は不穏だったが、改めて考えるとやっぱりアレは壬生さんの芝居だったような気がする。うん、そうだよ。絶対そうだって!


 うう、安心したら急にどっと疲れが。すごい喉が乾いたし、なにか飲みたいな。


「なんか、喉乾いたね」


「おう、そうだな。なんか飲むか」


 百崎さんはベッドから起きて備え付きの冷蔵庫に向かう。冷蔵庫から水のペットボトルを取ると、僕に放り投げる。


「ほれ、受け取れ」


「うわ、危ない!」


「あ、ごめん」


 あらぬ方向にペットボトルが飛んでいき、盛大にジャンプして僕はそれをキャッチした。


 ぽとり。


「うん?おい、なんか落ちたぞ?」


 ベッドの上で激しく動くから、ポケットからなにか落ちたらしい。


 しかし、そんな場所になにか入れてたっけ?


 百崎さんはそれを拾うと、まじまじと見つめて言う。


「うーん?これって…おい、お前これ、やっぱりやる気満々だったじゃねーか…Lサイズだと?」


 見れば、百崎さんがとても真剣な顔で拾ったものを見つめている。


 あ!それは!宗像さんからもらったゴム!


 やばい、もうエッチする気なんて全然ないのだが、あんなもの見られたらなんか変な誤解されそう。ああ、絶対なんか誤解してる。だって顔色がおかしいもん。


 百崎さんはごくりと唾を飲み込むと、僕の下半身の方を見る。


「おい、司。お前、ちょっと焼肉くせえぞ。シャワー、浴びてこいよ」


「え?そう?ごめん、気づかなかった」


 もう時間も経ってるし大丈夫だと思ってたんだけどなあ。やっぱり焼肉の匂いはキツイか。


「うん、じゃあちょっとシャワー、浴びてくるよ」


「おう、じっくり浴びてこいよ」


 僕はシャワールームの扉を開け、服を脱ぎ、シャワーを浴びる。


 ふぅ、爽快だねえ!ちょっと汗をかいていたせいか、シャワーが気持ち良い。


 十分ぐらいシャワーを浴びた後、タオルで体を拭き、着替えをすると、僕は部屋に戻る。


 あ、そうだった。ここマジックミラーだった。百崎さんに見られたかもしれない。恥ずかしいなあ。


 そう思いつつ部屋に戻ると、百崎さんが目を大きく見開いて僕の方をガン見している。


「そんな…あいつの3倍デカい…」


 ん?なんか言ったか?小さくて聞こえなかった。しかしすっごい見られてる。なんか、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。


「あ、あのさ」


「わりい、ちょっと待ってて」


 うん?なんだろう?


 百崎さんはスマホを取り出すと素早くタップして誰かに通話する。


「…あ、俺だ。おい、竜二、今日で俺、お前と別れるから」


 どうやら相手は彼氏の竜二くんらしい。しかしいきなり別れの電話とは、一体どういう心境の変化だ?さっきまで踏ん切りつかなそうな顔してたじゃないか。


『はあ!ちょっと待てよ!急になにいってんだ!そんなこと言ってお前、俺と離れられるのかよ!』


 なんかすごい怒ってる。当たり前か。


「いや、もう無理なんで」


『いいから、落ち着いて話そうぜ!そうだ、今から会おうぜ。お前のこと、気持ちよくしてやるよ!』


 おいおい、竜二くん、すごい自信家だな。そんなに上手いのだろうか?


「いや、もうお前のじゃ満足できないから、いいわ。もう話かけんなよ」


『ハア!おいちょっと待て、それどういう意味だよ!お前、まさか他の男…』


 ブツ。百崎さんは最後まで聞かずに通話を切った。


 うん?なんだか妙なやり取りだったな。満足とは一体どういう意味なのだろう?


「よっしゃー!ようやく別れることができたぜ!ったく、なんだよ、こうやってみるとあいつ、ただのクズだな!ハハ!おい、司!帰ろうぜ!」


「え、うん、そうだね」


 一体百崎さんの中でなにがあったのだろう?よくわからなかったが、とりあえずなにかが円満に解決したようだった。


 そしてもう一つ、解決せねばならぬ問題がある。


 部屋から出て隣の部屋の前を通りすぎると、内側からコンと扉をノックする音が聞こえた。


 …マジでここにいるよ、壬生さん。


 彼女の行動力の高さに、戦慄を覚えた瞬間だった。


「あ、ごめん!部屋に忘れ物がある!取りに戻るから待ってて!」


「うん、おお、待っててやるから急げよ」


 ラブホの外で百崎さんを待機させ、急いで先ほどの部屋の前に戻る。


 すると扉が開き、壬生さんが現れた。


「根東くん、どうしたの?」


 壬生さんは怪しく微笑む。彼女に近づき、部屋を見る。そこには誰もいない。


 壬生さんは、どうやら一人だったようだ。


 やっぱり、あれは演技だったんだ。僕はあらためて壬生さんを見やる。彼女は笑みを絶やさず、僕の方をじっとその綺麗な眼差しで見返してくる。


「百崎さんのこと、なんとかしたよ」


「ふーん、そうなんだ。じゃあ瑞樹のこと、抱いたのかしら?」


 僕は壬生さんをそっと抱きしめ、彼女の唇にキスをした。やがて唇が離れるも、彼女はそっと僕の背中に手を回して抱き着いてくる。僕もそんな彼女を抱きしめた。


「抱いてないよ」


「そうなの?抱きしもないで寝取るなんて、どんな手品を使ったのかしら?」


 それについては僕もわからない。一体なにがあったのやら?どんな種があるんだ?


「外で百崎さんを待たせるから、行くね」


「うん。私はちょっと時間置いてから帰るね」


 そう言うと壬生さんは僕の方に顔を寄せてキスしてきた。なんだか甘えているように思え、とても可愛かった。

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