9

 薄暗い部屋の中。少女はブレザーの制服を脱ぎ、ブラウスのボタンを外していく。スカートをおろすと、床にばさりと落ちて、彼女の体を覆うものは下着だけとなる。


 とても綺麗な体をした少女だった。まるでモデルみたいに整った顔立ちに、意思の強そうな眼差し、それでいて体の方はどこまでも女そのもの。柔らかく、しなやかで、丸みのあるその体を見ればどんな男だって欲情することだろう。


 少女はその柔らかそうな唇を動かす。


「根東くんが悪いんだよ」


 白く綺麗な肌をした少女はベッドの上の男に抱きつく。男は少女の背中に腕をまわし、ブラのホックを外す。


「彼氏の分まで気持ちよくしてやるよ」


「うん、お願い」


 少女は男の足に自分のその白くしなやかな足を絡ませ、濃厚に…



「夢か、助かった…」


 目を覚ましたら、自分の部屋だった。危なかった。僕の脳はなんて危険な夢を見せるのだろう。


 そう、これは見てはいけない夢なのだ。にも関わらず、僕の心臓の鼓動はとても激しく躍動し、体は高揚感で満たされる。


 ダメなのに、こんな夢は見てはダメなのに、なぜこんなにも僕の体は喜んでいるのだろう?


 もしも今回の寝取り競争で僕が敗北していたら、こういう未来もあった。壬生さんが他の男に体を差し出し、抱かれ、寝取られる、そういう未来もあった。


 だからこそ防げてよかった。そのはずだ。こんな未来は訪れなくて良いのだ。なのになんで僕の体はちょっと残念そうなのだろう?


 見たかったのか?僕の大事な彼女の壬生さんが他の男とくんづほぐれつの濃厚なまぐわいをする場面を見たかったのかな?でも見せねえよ、そんな未来はごめん被るよ!


 僕はベッドから降りると洗面所に向かって今朝見た夢を忘れるつもりで顔を洗う。


 着替えをし、朝食を済ませ、家を出て、学校に向かった。


 通学路の途中で、壬生さんを見つけた。


 ブレザーの制服を着ている彼女はまさに美少女そのものだ。風に吹かれてサラサラと揺れる黒い髪に、白く透き通るような美肌、スカートから伸びる太ももは触り心地が良さそうで、そんな彼女がこちらに笑顔を向けて「おはよう」と優し気な声をかけると僕はとても元気になって癒される。


「おはよう、壬生さん」


「なんだか元気そうだね」


「そう?うん、そうかも」


 この美少女を寝取られることがなくて本当によかった。僕は寝取られ性癖の持ち主かもしれないが、だからといって本当に寝取られて良いわけないもんね。そんなのライン越えだよ。


 僕らは自然と手が伸びて、お互いに指を絡ませて手を繋ぐ。彼女の手の感触は心地よく、ただ触れあっているだけなのに僕の脳が癒されていった。


 学校に到着するまでの間は、最近ハマッてるネットの動画やら受験勉強の話など、あえて百崎さん関連の話を避けて別の話題をしていた。


「瑞樹の話は放課後にしようか」


 僕の意図を察知したのか、壬生さんは自分からその話題に触れてくる。


「うん、いいよ」


「放課後はテニスコートに来てね」


 …うん?なぜにテニスコートへ?話をするだけなら別の場所でも良いような気がしたが。いや、話をするためだけに部活をサボらせるわけにもいかないし、たぶん部活が終わった後に話そうって意味なんだろうね。


 正門を抜けて校庭を歩き、校舎へ入り、そして教室の席につく。やがて授業開始のチャイムが鳴り、いつも通りの日常が始まった。


 昨日までかなり特殊なことをしていただけに、こういう当たり前の日常が居心地良く感じる。


 確かに僕の体が寝取られで興奮するのも事実だが、こういう日常でまったり彼女といちゃいちゃするのも悪くないよね。っていうか、本来はそういう目的で壬生さんに告白したはずなのに、一体なにを間違えてこんな目に遭ってるのやら。


 授業を受けつつ、僕はふと気づく。


 そういえば、今回の寝取り競争は僕の勝ちで良いのだろうか?


 確かに最終的に僕が彼氏さんから百崎さんを奪ったみたいな形になったが、正直実感がない。


 だって寝てないもん。百崎さんを抱いたわけではないからね。抱いてもないのに寝取りって、それは辞書的な意味として正しいのか?


 うーん、でもほら、最近はBSS、いわゆる僕が先に好きだったのに、みたいなジャンルもあるし、NTRが必ずしも相手を抱くとは限らないよね!こういう抱かない寝取りもあるんじゃないのかな!


 よし、そういうことにしよう!ということで今回の寝取り競争は僕の勝ちだよ!


 いやー、そう考えると急に達成感で満ち足りた気分になるね。やっぱり勝つって素晴らしいことよ。


 まあ勝ったところでなにも得てないのだけどね。


 むしろ僕の性癖としては、負けた方が喜んでた可能性があるというだけに、なんとも複雑な気分だよ。


 なんで勝った時より負けた方が喜ぶんだろう?これがいわゆる試合に負けて勝負に勝つということなのだろうか?


 やがて授業終了のチャイムが鳴ってお昼休みになったので、僕は壬生さんに声をかけて一緒に昼食をとる。


「あのさあ」


「うん?なにかな?」


 僕は一応、念のため寝取り競争の件について聞いてみた。


「えーと、今回は僕の勝ちってことでいいのかな?」


「うん、いいよ」


 あっけなく認めてくれた。壬生さん、あんまり勝負ごとには拘らないタイプなのかな?


 かといって、負けを認めてくれず、他の男に抱かれに行かれても困るので、そういうタイプで良かったと思うことにしよう。


 壬生さんはお弁当から卵焼きを箸でつかみ、パクリと食べる。こんな食事をしているシーンですら、彼女の顔はとても可愛いから美少女というのは不公平な存在かもな。


 もぐもぐと食べつつ、「うーん、そっか、私、負けちゃったかあ」と感慨深げに言う。


「あの、ちなみに言っておくけど、抱いてはないからね!そこは信じてほしいな!」


「うん、信じてるよ」


 ああ、よかった。いくら壁一枚を隔てているとはいえ、ラブホ越しに相手の動向は見えないからね。もし本当は抱いただろなんて疑われた、潔白なんてまず証明できないよ!


「ちゃんと隣の部屋で集音マイクを使ってチェックしてたから」


 へえ、世の中にはそんな便利な盗聴手段があるんだね。これなら簡単に身の潔白を証明できるね!よかったあ!


「み、壬生さんはなんでも持ってるだね」


「なんでもは持ってないよ。持ってるものだけ」


 僕は彼女のバッグを見る。そのバッグには一体なにが入っているのだろう?未来型猫ロボット並みの便利機能とかないよね?


「ねえ、瑞樹がデカいとかよくわからないこと言ってたんだけど、なんのこと?」


「え?さあ、なんのことだろ?僕もよくわからないかな」


 そうか、あの天才の壬生さんでもわからないことがあるのか。ただ、きょとんと首を傾げて疑問を浮かべる彼女の顔はとても可愛いかったのは事実だ。


「うーん、根東くん、そんなに身長とか大きいタイプじゃないのにね?」


「そうだよね、謎だよね」


 謎は深まるばかりだ。しかしこういうごくごく当たり前の会話をする時間、僕は好きだな。ドSな壬生さんも良いけど、普通の恋人同士みたいにいちゃいちゃする壬生さんも好きなのだ。


 昼食を終えて次の授業の準備をする時、壬生さんがぽつりと呟いた。


「そっかあ、負けちゃったかあ」


 ――初めてかもしれないね、と囁く彼女の顔はなんだか真剣そうだった。


 もしかして、僕が考えてる以上に彼女にとって負けることというのは深刻なことなのかもしれなかった。


 午後の授業を受けつつ、考える。


 壬生さんはとても成績が優秀な才女だ。その学力はガチでトップレベルで、ちょっと勉強した程度の脳みそではまず太刀打ちできない。


 スポーツに関しても同様で、高校から始めたばかりのテニスですでに経験者を負かすほどの身体能力の持ち主でもある。


 まさに神に愛されてるといわんばかりの天才っぷりである。


 そこまで完璧すぎると、確かに負けた事なんてなさそうだな、とふと思った。


 やがて午後の授業も終わり、放課後になる。


「面白そうだから先に行くね」


 と壬生さんは僕に声をかけて先に部活動に行ってしまった。


 …うん?なにか面白そうなことでもあるのかな?


 そんなふうに言われると気になるな。僕は慌てて鞄に教科書と参考書を入れて彼女の後を追う。が、もうすでにいなかった。


 すっげえ早いな。もう行っちゃったの?


 一体なにがあるというのだろう?急ぎたいけど廊下で走るのはまずいか。僕は咎められない程度の速さで歩き、靴に履き替えて校舎から出て、テニスコートへ向かう。


 女子テニスコートに向かうと、なんだか騒々しかった。女子だけでなく男子も集まってなにかを見て騒いでいる。


 いや、騒いでいるのはその中心の二人だけだろう。僕は遠くから騒ぎの中心を見る。


 百崎さんと、あれは竜二か。なんだか喧嘩してるみたいだ。


「だから、もう別れるって言っただろ!しつけえぞ!」


「なんでだよ!浮気のことか!それならもう謝っただろ!」


「チッ、うっせーな。イライラすること思い出させるんじゃねえよ。とにかくお前とはもう無理だから関わるなって言ってんだよ」


「ハア!ふざけんなよ、俺、お前のこと好きなんだぞ!」


「いや、知らねえし。こっちは好きじゃねえんだよ。とにかく、もう終わりだ。早く消えろよ」


 百崎さんはしっしっと虫でも追い払うような仕草をすると、そのまま立ち去ろうとする。


「ちょっと待てって!」


「馬鹿、やめろ、放せよ!」


 竜二が百崎さんの手を掴んで止める。それを振り払ったとき、なにかがポトリと百崎さんから落ちた。


 ん?なんだあれ?なんかどこかで見たような…


「あん?おい、なんか落とした…Lサイズ?おい瑞樹、なんでお前こんなもの」


「あ、馬鹿、返せ!」


 百崎さんは竜二からその落とし物を強引にひったくって取り返す。


「な、なんだよ、それ。どういうことだよ。なんでお前、Sじゃなくて、Lサイズを?」


「しょうがねえだろ」


 今までの勝気な態度から一転、もじもじと顔を赤くしながら百崎さんが口を尖らせて言う。なんだか恋する乙女みたいな顔してんな。


「だってあいつ、お前より大きいんだから」


「え!」


 それだけ言い残すと百崎さんはその場を去っていく。残されたのはイケメンの竜二さんだけだった。


 なぜだろう?理由はよくわからないが、今は竜二のことをさん付けで呼ばないとダメな気がした。これはきっと、病人とか怪我人に優しくする心理に似ている気がする。


 今まで喧嘩を見守っていた周りの生徒たちも、その一連の流れを見てざわざわする。


「え?竜二って小さいの?Sサイズなの?」

「ふーん、あんなにカッコイイ顔してるのに、下はそうでもないんだあ」

「イケメンなのに小さいの?それって顔面詐欺じゃないの?」

「竜二、お前二度とイケメン面すんなよ。詐欺罪で訴えられるぞ」

「そっか、私の彼氏と同じだね。彼、悪い人じゃないんだけど、やっぱり私も別れた方がいいかもしれないね」

「諦めないで、竜二さん。最新の医療整形技術ならきっとアナタを救えるよ!」


 周囲の女子たちが竜二を囲んでなにやらひそひそと囁きあっている。批判的な声もあれば、同情的な声もあった。


 うん?なにか医療的な話をしてたのかな?まあ最新の医療技術は凄いからね。どんな悩みもたちどころに解決してくれるだろう。しかし、てっきり別れ話でもしてるのかと思っていたが、違ったのかな。


 もうこれ以上ここにいても意味はなさそうなので、僕は騒ぎの中心から離れる。壬生さんの言ってた面白いことってこれのことかな?


 うーん、これからどうしよう?


 適当に校庭をぶらぶら歩いていたら、肩を叩かれた。


「よう」


「あ、百崎さん」


「昨日はありがとな」


 見ればポニーテールをたなびかせる健康的な美少女、百崎さんがいた。


「さっきの見たか?」


 なんだかニヤニヤしてる。彼女はいたずらっぽい目をして僕の反応を窺っている。


「なんだか楽しそうだね」


「ああ。ようやく開放されてスッキリした気分だよ。それよりさ、来沙羅から聞いたぜ。なんか面白いことしてるんだって?」


 うん?なんのことだろう?


「お前、寝取られプレイなんてしてるらしいな」


 なぜそれを!壬生さん、なぜ教えちゃうの!


「もし来沙羅を寝取らせたくなったら、俺に言えよ。お前のこと、慰めてやるよ」


 そう言って僕の肩に腕をまわし、百崎さんはその体を僕に密着させ、耳元で囁く。


 ―そのときは、お前のこと、いっぱい気持ちよくしてやるぞ💓


 なんだと?それは、一体どういう意味なのだろうか?


 こうして僕はいつでも呼べばエッチできる女友達、二人目をゲットした。


「あらあら、瑞樹ともそういう関係になったの?なんだか妬けちゃうわね」


 む、このお姉さんボイスは、まさか!


 ぽんと後ろから肩を叩かれる。振り返れば、宗像さんがいた。


「おう、杏じゃねえか。ってお前、まさか…」


「根東くん、ぜんぜん連絡くれないんだもん。早くしないとお姉さん、襲っちゃうぞ」


 え、なにこの状況?スポーティー系美少女の百崎さんと、フェロモン系美少女の宗像さんの二人に囲まれてる。これではまるでハーレムじゃないか。


「そういえば瑞樹、本当に竜二くんと別れたのね」


「おう、こんなことなら杏の忠告聞いてさっさと別れればよかったな!」


「もう、だから言ったでしょ。あの人、下手くそすぎて無理だからもう手を出さないって」


 ああ、そういえば相性が悪いって言ってたね。そういう意味だったんだ。


「いや、冗談だって思うだろ、普通。友達の彼氏に手を出しておいて、小さいからもう誘惑しない、だから許してほしいってお前、そんな言い訳信じるやついるかよ。バカバカしくてお前のこと、許しちまったじゃねえか!」


「あら、そんなこともあったわね。懐かしい思い出ね」


「そうだな!俺もサイズとか詳しくねえからな!まさか本当に小さいとは思わなかったぜ!」


 うん?サイズ?なんの話かな?服のサイズの話かな?


 よくわからない会話だったが、ただなんとなく、女の子って怖いなあって思った。壬生さんに悪口を言われないよう、優しくしようと肝に銘じた。


「じゃあ俺たち、部活に行くからな」


「うん、またね」


「根東くん、いつでも連絡待ってるよ」


 さんざんかしましく喋った後、百崎さんと宗像さんはテニスコートに戻っていく。それに合わせてスマホが鳴った。


『今どこにいるの?』


 壬生さんからだった。


『校庭にいるよ』


『正門に来て』


 おや?今日も部活をサボるのだろうか?


 僕は壬生さんに言われた通り、そのまま正門へ向かう。そこには退屈そうに正門の近くで待っていた美少女、壬生さんがいた。


「あ、こっちだよ!根東くん!」


 僕を見つけると、嬉しそうな顔をして手を振ってくれる。なんか可愛いな。


「壬生さん!どうしたの!」


 僕は駆け足で彼女の傍に近寄る。


「うーん、別に後でも良かったんだけど、ただ忘れないうちに言っておこうと思って」


 壬生さんは腕を組み、なにか考え事でもあるのか、眉間にしわを寄せている。一体なんだろう?


「根東くん、私との競争に勝ったでしょ?」


「え、ああ、うん、そうだね」


 寝取り競争の件かな?なんだろう?


「せっかく勝ったのにご褒美がないのは良くないかなって思って」


「え、ああ、いやそんな気にしなくていいよ」


「それはダメだよ。やっぱり勝負ごとにはご褒美があった方がいいよね」


 ――だからね、と壬生さんは続ける。


「もうすぐ夏だね。根東くんに、私が着る水着、選ばせてあげる。これがご褒美だよ」


 僕は目の前の黒髪の美少女を見る。怪しく微笑む彼女は、宗像さんや百崎さんとは異なる魅力を持つ女の子だ。


 正直な話、彼女が本当に寝取られてるのか否か、僕にはわからない。僕にできることは彼女を信じることだけだ。


 もしかしたら、すでに他の男に抱かれているかもしれない、そんな疑惑を持つ彼女。もしかしたら、すでに他の男の色に染められているかもしれない、そんな疑いのある彼女。


 そんな彼女の水着を僕が選んでいい、だと?それはつまり、壬生さんを僕の色に染めて良いということなのだろうか?僕にとって都合の良い女に変えてしまうということなのかな?


 今年の夏は、例年よりも暑くなりそうだった。

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