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 うちの学校は進学校というわけではないが、1組から3組までの進学科は大学受験を前提にしているクラス編成ということもあってか、進学科の生徒に関していえば模試を受けることを強制されている。


 まあそのこと自体は別に構わない。だってこちらは大学に進学する予定なのだから、模試を受けて自分の現在の学力を把握することはむしろ良いことだろう。確かに面倒といえば面倒だが、模試を受けるのが嫌だったら進学科なんか選ばなければ良いだけの話なのだ。


 そんなこともあってか、進学科の生徒に関していえば、学校で模試を受けることができる。


 そして8月の中旬。ついに模試の日がやってきた。


 この日に備えて僕は壬生さんと一緒にがっつり勉強してきた。確かに壬生さんとは勝負をしているが、別に仲が険悪というわけではない。むしろ壬生さんとしても全力で負かして欲しいと心のどこかで思っているせいか、積極的に僕にいろいろ教えてくれた。


 もちろん、彼女に負ける意思はない。勝負である以上、彼女は本気で僕を潰す気でくるだろう。僕はそれに応えるだけなのだ。


 そして今日。僕は杏の自宅のベッドで目を覚ます。親には友達と模試対策をしたいといって外泊をした。まさか模試対策だけでなく、エッチ対策までしてるとは夢にも思っていないだろう。


 目を覚まして隣を見れば、生まれたままの姿で杏と瑞樹がスヤスヤと眠っていた。


 昨日は凄かった。次の日が模試ということもあってか、二人とも僕を応援するためにたくさんご奉仕してくれた。ふだんは僕が彼女たちを喜ばす側なのだが、その夜は彼女たちが僕を喜ばしてくれた。


 本当に、すごく、気持ち良い夜を迎えることができた。これが幸せという奴か。


「ん、ふわあ…なんだ、司、もう起きてたのか?」


「あ、ごめん、起こしちゃった?」


「ううん、いいぞ、別に。それより今日は頑張れよ」


 着替えていると、もぞもぞとベッドで起きる気配した。見れば、瑞樹が起きて、僕に声をかけてきた。


「なあ、司」


「え、なに?」


「ほれ、頑張ってこいよ」


 着替えをして出かけようとした時、瑞樹が僕にキスをしてきた。


「へへ、好きだぞ」


「うん、僕も好きだよ。じゃあ行ってくるね」


 なんて素敵な朝なのだろう。可愛い美少女にここまで応援されたら、もう絶対に負けられないよね。


 …なんで彼女以外の女の子にキスされて応援されているのだろう?


 杏の家を出て学校に向かう途中、急に冷静さを取り戻した僕は、ふとそんな疑問を抱く。


 いやいや、おかしいだろ。こういうのって普通、彼女にしてもらうものじゃないの?なんかおかしいよなあ。


 いや、もちろん瑞樹にキスしてもらうことは僕にとって素晴らしく、そしてとてもありがたいご褒美だよ。決して瑞樹を貶すわけではない。わけではないのだが、なんだか妙な感じだった。


「そうだよ、早く壬生さんを取り戻さないと」


 そもそも何がおかしいって、他の女とセックスができているのに、肝心の彼女とセックスができていないことがそもそもおかしいのだ。


 やるのだ。今日こそやってやるのだ。そして壬生さんとセックスできる関係に発展させるのだ!


 この模試で負けたら壬生さんは他の男に寝取られてしまう。確かにそれは危機だ。なんとしてでも回避したい。

 

 だがそれ以上に、僕の中では壬生さんを自分のモノにしたいという征服欲が9割ほど占めている。


 もっとも、残りの1割は悲しいことに壬生さんを寝取らせてみたいなあ、という寝取られ欲ではあったのだが。


 ち、違うもん。確かにそういう欲望もあるけど、もっとも大きい欲望は壬生さんが欲しいという独占欲だもん。確かに寝取られ願望もあるけど、そんな願望、実行なんてさせないからね!


 ぴろん♪


 うん?なんだ?スマホに着信が…


 見れば、杏からのメッセージだった。


『ご主人様…』


 ふむ、なんだろう?


『もしも来沙羅に負けたら、私と瑞樹も他の男に抱かれてきてあげるね』


 …はあああああああああッ!


 ちょ、ちょっと待って!一体これはどういうこと?え、なんで杏と瑞樹が寝取られるの?意味わかんないですけど!


 昨日まであんなに楽しくエッチしてたじゃないですか!それなのに、なんで、なんで!?


『だってその方がご主人様、喜ぶでしょ?』


 杏はまるで僕の考えを見透かしてるかのように、抜群のタイミングで適切なメッセージを追加で送ってくる。


 壬生さん同様に、彼女たちも既に僕の性癖を熟知しているようだった。


『でも、本当に寝取られた方がご主人様の実力を発揮できるっていうなら、今すぐやって来いって命令しても良いよ』


 え、そうなの?うーん、どうしよっかなあ。命令、しちゃおっかな?杏と瑞樹に他の男とやってこいって命令してみようかなあ。


 …ハッ!いかんいかん。なにを考えてるんだ僕は。今日は大事な模試の日だよ!…いや、模試ってそもそもそんな力を入れてやるもんじゃないんだけどさ。


 なんか本番の入試以上に今日の模試、緊張してる気がするんだけど、気のせいかな?気のせいだよね。


 とにかく、こんな精神状態ではとても…あれ?おかしいな?僕の大好きな杏と瑞樹が他の男に寝取られるかもしれないという焦燥感のせいで胸が張り裂けそうなほど苦しいのに、なぜだろう?僕の脳はひどく冷静沈着だ。


 もしかして僕の脳は破壊されすぎてもうこれ以上壊れないのだろうか?どうしよう?度重なる脳破壊のせいで、僕の脳がなんか到達してはいけない領域にまで到達してしまった気がする。


 と、とにかくだ。断らないと。こればかりは本当に断らないと!


 僕は急いで返信する。


『大丈夫だから!それはやらなくて良いから!お願いだから僕が帰ってくるまでおとなしくしてて!』


『はーい。でも退屈だから街に出て遊んでくるね。でももしナンパされちゃったら…』


 おいおいおいおいおい!なに意味深な匂わせしてんの?やめてよそういうの!ただでさえおかしくなりつつ僕の脳がさらにおかしくなってしまうじゃないか!


 どうしよう?すごい胸がバクバクする。大丈夫だよね?杏と瑞樹、僕が模試を受けている最中に他の男にナンパされてそのままエッチなことしないよね?僕がマークシートに答えを記入しているときに、他の男にマーキングとかされないよね?寝取られたりしないよね!


 っていうか人が真面目に模試を受けてるときにナンパされようとしてんじゃねえよ!なにを考えてんだ、あの二人は!あ、僕を喜ばせるためにやってるのか!じゃあしょうがねえな!よし、二人の蛮行を受け入れよう!


「根東くん、さっきからなに変な顔してるの?」


「あ、壬生さん、おはよう」


「うん、おはよう。変な妄想してないで、早く学校に行こ?」


 学校へ向かう通学路にて、壬生さんと出会った。よっぽど僕は変な顔をしていたのだろうか、黒髪の美少女は僕に心配そうな顔を向けてくる。


 ふう、変な妄想か。それもこれも、すべては壬生さんと付き合うようになったことが原因なのだが。


 それにしても、彼女と付き合うようになってから、本当に中身の濃い毎日ばかりだ。


 確かに大変だけど、それ以上に楽しい。だからこそなのかもしれないね、いろいろひどい目に遭っているが、いまだに僕は壬生さんを嫌いになれないし、なんなら大好きだ。


 だから、壬生さんを喜ばせてあげたい。なんとしてでも模試に勝って、壬生さんの希望に応えてあげたかった。


 壬生さんのおかげで僕が毎日を楽しめるように、僕も彼女を楽しませたいのだ。


 僕たちは自然と手を握りあい、学校に向かった。お互いに勝負をしている最中だというのに、まるで仲睦まじい恋人同士のように隣り合って、歩いていく。


 やがて教室に入り、お互いの席につく。


 夏休みの最中だが、教室は模試を受けにきた生徒たちで満たされ、がやがやと騒がしい。


 やがて教師が入室し、模試の開始を告げる。


 ついに始まる。僕と壬生さんの、貞操をかけた模試が!


 勝たなければ。そうでないと、壬生さんが他の男に寝取られてしまう。それだけじゃない、まさかここに来て杏と瑞樹までNTRに参戦するだなんて。まさに気分は大乱交・寝取られッシュ・ガールズって感じだ。


 僕は第六感を嫌でも覚醒させて、テストに臨んだ。普段の僕なら決して壬生さんという神に愛されし才女に勝つことなんて不可能だろう。しかし寝取らレーダーを作動させ、超感覚を発揮できる僕ならば…


 できる!自分を信じろ!


 カリカリ、サッ、カリカリ、サッ…


 模試が始まることで、自然と教室は静かになる。生徒たちは問題用紙を睨みながら、頭を悩ませ、思案にくれて、そして問題を解いていく。


 問題用紙を捲る音と、ペンを走らせる音だけが教室を支配していた。無駄口を叩かず、各々が問題にひたむきに取り組む。


 それは僕とて同様だった。ただひたすらに問題を解いていく。


 …ふむ、なんだろう?まるで苦戦しない。今までであれば難問に悩み、どうすれば解けるのか四苦八苦するところだったのだが、今日はとても順調に問題が消化されていた。


 もちろん、ただ解くだけでは意味がない。正解してこそ意味があるのだ。


 だが、大丈夫だろう。答えがわかるとでも言えばいいのだろうか、これは確実に正解しているだろうという確信に満ちた解答ができていた。


 やがて時間が経過し、一つ目のテストが終わる。休憩を挟み、次のテスト。終了し、休憩し、次のテストを受ける。


 その繰り返しだ。これが本当の入試であれば、一日に全教科なんてとても受けられないので、二日に分けて試験を受けるのだが、模試は一日で全部をこなさないといけないのでかなりハードだ。


 模試にかかる時間をすべて合計すると、だいたい8時間くらいだろう。この時間、すべてテストに捧げるわけだから、並大抵の集中力ではとても保たない。


 そういえば一年の時は、勉強不足よりも集中力不足の方がきつかった記憶がある。後半なんて意識が朦朧としていたような。


 しかしなぜだろう。今回に限っていえば、後半であっても集中力を維持できていた。


 これはもしかして、杏と瑞樹とヤリまくっていたおかげで体力がついたからなのだろうか?だとしたら、あの爛れた毎日は無駄ではなかったのかもしれない。


「…よし、終了。全員答案用紙を前に送りなさい」


 やがて全教科が終了し、模試が終わる。窓の外を見れば既に日が沈み、空は紫色に染まりつつあって薄暗い。


 やりきった。ついにすべての問題を解き切った。


 いや、さすがに全問正解は無理だろう。しかし、かなり良いところまで行った。


 おそらく過去最高の出来栄えといっても良いだろう。あとは、結果を待つのみだ。


 模試の正式な結果が出るのはおそらく早くて一週間、長くて一ヶ月以上は先になるだろう。ただ解答はその日のうちにもらえるので、自己採点をすれば今日にでも結果を知ることができる。


「根東くん、お疲れさま」


「あ、壬生さんもお疲れさま」


 いくら才女の壬生さんといえど、さすがに8時間ぶっ通しで試験を受けるのは堪えるだろう。あのクールな表情も今はじゃっかん疲れているようだった。


 流石にこの後すぐに採点とはいかないよね。流石にそれは疲れるってもの…


「じゃあ今から杏の家に行って採点しましょう」


 あ、やるんだ。ええ、本気ですか?だって今、めちゃくちゃ疲れてるんですけど?


「やるよね、根東くん」


「あ、はい。やります」


 壬生さんの有無を言わせない圧力に僕は屈した。


「でも、流石にお腹が空いたし、なにか食べてからにしない?」


「うーん、それもそうだね。学食やってるみたいだし、なにか食べようか?」


「うん、そうしよう」


 やっぱり壬生さんも疲れているのだろう。僕たちは一緒に学生用の食堂に向かい、そこで300円のラーメンを食べた。疲れているからなのだろうか、それとも彼女と一緒に食べたからなのだろうか、なんだかとても美味しかった。


「ふう、美味しかった」


「うん、そうだね。じゃあ、行こうか」


「うん。行こう、壬生さん」


 食事を済ませ、学校を出ると、すっかり夜も更けている。しかし八月の夜は空気が暑く、冷房の効いていた校舎から出ると、その空気の暑さのせいで途端に汗が体内から噴出してくる。


 それでも僕らは一緒に手をつなぎ、模試についていろいろ話し合った。


 あそこの問題はできたとか、あそこは難しかったとか、ついさっきまで同じ問題を解いていただけに、話題は尽きない。


 ああ、これは青春ではないのだろうか?大好きな彼女と一緒に勉強をして、一緒に試験を受けて、その試験についていろいろ話し合う。


 杏の家につくまでの間、壬生さんと一緒に過ごすこの時間は、なんだか今までにないくらい充足感に満ちた恋人同士のひと時だった。


「ただいまー」


「あら、お帰りなさーい」


 まるで自宅のような感覚で僕たちは杏の自宅にあがる。僕たちは靴を脱ぎ、部屋に入り、鞄を下して模試の用紙を出した。


「じゃあ、お互いに交換して回答しようか」


「うん、そうだね」


 こうして僕らは問題用紙を交換し、お互いに回答をチェックする。部屋には僕たち二人だけ。杏と瑞樹はリビングでテレビを見ている。


 壬生さんの問題用紙を見て、僕が採点するのだが、うわあ、すっげえ、ほとんど正解じゃないか。これは回答のし甲斐があるね、ははは!


 はあ、やっべえ。大丈夫かな。僕、勝てるかな?


 唯一の救いは、僕の回答がそれほど間違っていなかったってことぐらいだ。さすがにすべての回答を記憶しているわけではないのだが、正解を見る限り、ふむ、そんなに間違ってはいないよね?


 赤ペンを片手にスラスラと採点をする壬生さん。彼女は採点をする姿すら美しいな。

いや、見蕩れてる場合か?僕も採点せねば!


 それにしても量が多い。採点するのも一苦労だ。全国の先生は大変だな。僕は将来の夢から学校の先生という選択肢を外すことにした。


 教師だけはやめておこう。いや、教師という仕事は尊い仕事だよ。それは認めるよ。ただね、絶対激務だよ、間違いないね。


「ふぅ、終わった」


 おそらく一時間ぐらいかかった気がする。


「じゃあ採点の結果、報告しようか」


「うん、いくよ」


 そして採点の結果をお互いに報告しあう。


 その結果、僕の点数が壬生さんの点数より高かった。


 この勝負、僕の勝ちだった。


 「アハッ、全力を出したのに負けちゃった」


 と言って壬生さんが嗤った。


 ただその瞳はひどく悲しそうで、まるで今にも泣き出しそうだった。


 壬生さんの中のなにか、超えてはならない一線を超えてしまった、そんな気がした。

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