6
一瞬、空気が凍った、そんな気がした。
女子テニス部の狭い部室で今、僕と杏は抱き合っている。二人とも汗だくで、室内は熱気に満ちており、僕たちが明らかに友達以上の行為をしていることは明白だった。
なによりテニスウェアを着ている杏に対して、僕は裸なのだ。どう見ても言い訳しようがない、事後の現場である。そもそも友達同士の間柄で、スカートを捲って女友達のお尻を丸出しにするなんてこと、するわけない。なんならあと10秒目撃されるのが遅れていれば、行為の真っ最中だった可能性すらある。
あっちゃー、やっべー、見られちゃったー…どうしよう。
突然のことで頭の中が真っ白になる。こんな状況だというのに、僕の体はすでに性行為の良さを知ってしまったせいか、僕の脳はなにも指示なんて出してないのに勝手に杏の体を揉んでしまう。
「あん💓」
「いや、この状況でやる?」
こんな状況なのに百崎さんは冷静にツッコミを入れてくる。
ガチャと扉を閉める百崎さん。見れば彼女もテニスウェアを着ており、今まで部活に精を出していたのだろう、全身が汗だくだった。
「おい、司、これどういうことだよ?」
「え、あの、こ、こここ、これというのは?」
僕はとりあえずすっとぼけてみた。
百崎さんは僕の腕を掴んで杏から引き剝がすと、僕の頬を思いっきりビンタしてきた。
ぱちん、と乾いた音が室内に響く。
「お前、俺とはやらなかったのに、なんで杏とはやるんだよ!」
「…え、いや、違うんだって…これには…」
まさか今の杏が性奴隷になっているだなんて普通の人では思いもよらないだろう。違うねん、百崎さん。あの時と状況が変わって…
「馬鹿!死ね!」
百崎さんは瞳にうっすらと涙を貯めながら僕に罵りの言葉をぶつけると、踵を返して外に出て行こうとする。
まずい。なにがマズイのかよくわからないが、今百崎さんをここから逃がすのはマズイと思った。
すたすたと歩いて扉を開ける百崎さん。彼女が扉を開けて外に出て走り去ろうとする寸でのところで追いついて、僕は彼女の手を掴む。
「なんだよ!離せよ!本当は俺のことなんてどうでもいいだろ!っていうかお前、裸だぞ!」
む、そういえば今、裸だった。
幸いというべきか、今部室の外に人はいない。今なら人に見られずに済むはずだ!
僕は瑞樹の手を引っ張り、彼女の体を抱きしめた。
「止めろって言ってんだろ!お前なんて嫌いだ!男なんてみんなゴミだ!っていうかこんな状況でデカくしてんじゃねえよ!」
瑞樹は僕の腕の中で必死に暴れるのだが、今逃がしたら絶対に後悔すると思うので、僕も必死に彼女を抱きしめ、拘束する。
「瑞樹」
「気安く呼ぶな!」
「好きだ」
「俺は嫌いだぞ!」
「え?本当に?僕は大好きだよ」
「うるせえ!いいから離せって言ってんだろ!」
「瑞樹が好き」
「死ね!」
「好きだよ」
「嘘つけ!」
「瑞樹、好きだよ」
「だから、もう、離せよ…なんだよ、もう…なんでそんなこと言うんだ?」
「瑞樹の気持ちを教えて欲しい」
「え?」
ようやく話を聞いてくれるようになったのか、瑞樹は暴れるのを止めてくれた。
「本当なのか?」
「うん、本当に好きだよ」
「じゃあなんで俺だけ抱いてくれなかったんだ?」
「え、その、あの時は本当にタイミングが悪くて」
「じゃあ今ならエッチしても良いのか?」
「…」
「なんで黙る?」
あ、やっべ。百崎さんの目に鋭さが増す。っていうか僕、まだ裸なんだよなあ。
ふむ、そもそもエッチをするだけなら壬生さんから公認されているので、別にやっても良いのだ。問題は、壬生さんの気持ちだ。
杏とエッチしているのは、壬生さんの気持ち的に問題が無さそうだったからしたのであって、瑞樹についてはまだわからない。
もちろん、勝負のルールを重んじる壬生さんのことだから、たとえ今の段階で瑞樹とエッチをしても、許してはくれると思う。そう、許してはくれるのだ。ただし、内心では激怒するだろう。
許すことと感情は別の問題なのだ。だからこそ、躊躇してしまう。
「はあ、来沙羅か?」
盛大に溜息をしてから、瑞樹が言う。
「え、あの、実は壬生さんと杏との間にちょっとしたいざこざがあって、その結果としてエッチしなければならくなったんだよね」
「そうなの瑞樹、今の私、ご主人様の性奴隷なの」
「ああ?なんだよそれ、っていうかご主人様ってなんだよ!あとお前、早く部屋入れよ、今のお前、裸だぞ!」
——デカすぎだろ、と瑞樹は小さな声で呟いた。はて、一体なにが大きいのだろう?
僕たちは部室に戻り、着替える。僕は服を来て、杏はインナーを履く。
「それで?なんでお前らエッチしてたんだ?」
扉を閉めると、瑞樹はストレートに質問してくる。
「えっとさっきも言ったけど、実は壬生さんと杏との間でちょっとした勝負ごとがあって、それで壬生さんが勝ったから、杏とやることになったんだ」
「うーん?なんだそれ?つまりアレか、俺が来沙羅に勝負して勝てばやっても良いってことか?」
え、どうだろ?そうなるのかな?逆じゃないのかな?
「ねえ、それより誰かこっちに来てるみたいよ?ご主人様、見つかったら変態扱いされて捕まらないかしら?」
「え、マジで!」
そんな!僕みたいな優良で真面目が学生がこんなところで前科持ちになるだなんて!それだけは防がないと!
「ったくしょうがねえな、ほら、司、ここに入ってろよ」
「うん!わかった!」
瑞樹は自分専用のロッカーの扉を開けると、そこに僕を押し入れる。よし、ここに入ってやり過ごそう!
「よし、杏、あとは任せたぞ」
「はいはい、ごゆっくりね」
ん?どういうことだ?
瑞樹はロッカーの扉を閉めた。その時、なぜか瑞樹も一緒にロッカーに入ってきた。
え、うそ。ちょっとまって。こんな狭いロッカーの中で二人も入ったらさあ、体が密着しちゃうよ!
「え、ちょ、瑞樹!」
「馬鹿、デカい声出すな。ほら、誰か来たぞ」
瑞樹の言う通り、やがて部室の扉が開き、女子部員が入ってくる。
「ふぅ、暑かったー。ってここも凄い暑い!」
「あ、宗像先輩!ここにいたんですね!汗凄いですね!」
「ええ、本当に暑いわね。ちょっと立ち眩みがして、ここで休憩してたの」
「そうなんですか!よかったら私のスポドリ飲みます?」
二年の杏を先輩って呼ぶってことは、おそらく一年生の後輩なのだろう。なるほど、確かにこの状況を彼女たちに見られたら、警察に通報されかねないな。
「…ん💓」
「ちょ、瑞樹、あんまり動かないで」
「だってしょうがないだろ。お前、デカいんだよ」
なにを言っているのだろう?僕はそれほど高身長ではないし、なんなら太ってもいない。どちらかといえば平均的な体格だ。むしろ大きいのは君のそのスライムみたいなおっぱいの方ではないのですかね?
できるだけ外に声が漏れないように、僕らは小声で話す。しかし、瑞樹から漂う女の子の香りのせいで、どうにも頭がくらくらしそうだった。
狭いロッカーの中で僕たちは今、わずかな隙間もないくらいに抱き合っている。瑞樹は僕の胸に顔を埋め、両手を僕の背中にまわしている。
僕も瑞樹のことを抱きしめ、その背中と腰に両手を置いている状態だ。瑞樹の、女の子の体の感触が全身を通じて伝わってくる。その柔らかな感触にドキドキと動悸が激しくなり、興奮のせいで体中の血液が沸騰しそうだ。
「なあ司」
なんだか甘い声で瑞樹が囁く。
「さっき、好きって言ってくれたよな?」
「え、あ、うん」
「本当か?」
「本当だよ」
僕は瑞樹に聞く。
「瑞樹は僕のこと、どう思ってるの?」
「え?」
「僕は瑞樹が好き。できればエッチもしたい。瑞樹はどう思ってるの?」
「そ、それは…」
「瑞樹がさ、僕のこと好きだって言ってくれるなら、このままエッチしても良いよ?」
「え、それって…」
「瑞樹の本音を教えて欲しい」
瑞樹の僕を抱きしめる腕に力が入る。彼女のお腹の辺りが僕の下腹部にあたり、彼女はすりすりと擦りつけてくる。
「言わなきゃダメか?」
「うん、だってさっき、瑞樹に嫌いって言われたから。僕、傷ついて」
「う、それはその、だってあれはお前が悪いんだぞ」
「うん、ごめんね。謝るよ。許してほしい」
「ば、馬鹿。そんなすぐに謝るなよ。卑怯だぞ」
——そんなすぐ謝られたら、お前のこと、嫌いになれないだろ、と瑞樹は呟く。
瑞樹は僕の胸から顔を離し、上目遣いでこちらを見る。ロッカーのわずかな隙間から入り込む光のおかげで、かろうじて彼女の顔を見ることができる。
瑞樹の顔は赤く、その瞳は潤んでいる。
「司」
「うん、なに?」
「…お前のことが好きだ。どうしようもないくらい好きだ。お前が来沙羅の彼氏だってことはわかってる。それでも好きでたまらない。お前がほしい、お前とエッチしたい、お前に俺のことめちゃくちゃにして欲しい。好きで好きで好きで、好きなんだよ…あ💓」
僕は瑞樹の唇を奪ってキスをする。すると瑞樹も自分から求めるように僕にキスしてきた。
やがてお互いの唇が離れ、僕も瑞樹も荒い呼吸をする。
「司、俺、もう限界だ。お腹がなんだかキュンキュンして疼きやがる。今すぐエッチしないと、狂ってお前のことナイフで刺しちゃうかもしれない」
え、なにそれ?ナイスボートは嫌なんだけど?
僕は瑞樹の顔を見る。うん、なんか目がハートマークみたいになってる。顔は赤く上気していて、はあはあと動物みたいに荒い呼吸をする。
さっきから瑞樹が下半身を僕に押し付けてきて、その柔らかな感触に僕の興奮も破裂しそうだった。
今エッチしたら、瑞樹を完全に僕のモノにできそうだな、とふと思った。
逆に瑞樹を抱かなかったら、ガチでナイスボートされそうだな、とも思う。
うん、命が大事だよね。瑞樹を前科持ちにするわけにもいかないか。
「わかったよ」
「え?」
「瑞樹、君のこと抱くよ」
「それだと約束に違反しないかしら?」
ぞわりと背筋に悪寒が走った。
ガチャリとロッカーが開き、光が差し込む。今まで暗かったせいで突然の明るさに目が眩む。
やがて光に目が慣れると、そこには壬生さんがいた。
「別にいいけどね。そういう約束だったし。でも大好きな彼氏に嘘をつかれるだなんて、なんだか私、ショックかしら?」
すでに後輩たちは部屋を出て行ったのだろう。そこには壬生さんと杏がいた。
「あ、えっと、来沙羅、その、俺…」
「瑞樹のことは気づいてたから別にいいよ。それよりほら、根東くん。どういうつもりかしら?」
え、だって僕、抱かなかったらたぶん、ナイスボートされてましたよ?命って大事なんだよ?
「うん?なにか弁明がありそうだね」
とりあえず、僕はロッカーから出る。どうしよう?この状況を挽回するなにか良い方法はないだろう?
なにか壬生さんが納得してくれそうな、そんな素晴らしい方法は…
僕は壬生さんを見る。彼女は今、テニスウェアを着ている。
「壬生さん、そのテニスウェア、可愛いね」
「あら、ありがとう」
褒められてお礼を言ってくれる壬生さん。しかし目が笑っていない。彼女の眼差しはとても冷徹だ。ダメだ。今の壬生さんにおべっかは通じない。
「なあ、来沙羅。俺とも勝負しようぜ」
と突然会話に割って入ってきたのは、瑞樹だった。
「うん?別にいいけど、なんの勝負する?」
「テニスの勝負しようぜ。来沙羅が負けたら、司と俺がエッチするのを認めてほしい」
「うん、それで?私が勝ったらなにか良いことあるの?」
「え、ああ、うん、そうだな。来沙羅のいうことなんでも聞くよ」
「本当に?」
壬生さんの目がうっすらと細くなる。なにか値踏みでもしてるみたいだ。ちょっと怖い。
「ふふ、じゃあもし瑞樹が負けたら、竜二くんとエッチでもしてきてもらおうかしら?」
「え、それは…」
「おう、いいぞ」
え、いいの!いや、よくないだろ。だってあんなに竜二のこと嫌ってたじゃないか。それに瑞樹がまた竜二とエッチをするって、それって、それって、なんだか寝取られているみたいじゃないか!なんだかそれはそれで興奮するな。
「ふふ、じゃあ決まりね。でも瑞樹も大胆ね。今まで私と勝負して勝ったことないじゃない」
「ああ、そうだな。だから今回、試合をするのは俺じゃない」
え、そうなの?一体誰だろう?
「よし、司。行ってこい!来沙羅を負かして来いよ!」
…なに言ってんのこの人?
「うん?根東くんが私と試合するの?うーん、確かに瑞樹と試合するとは言ってなかったから、それはいいけど。根東くんってテニスの経験者だったかな?」
「ううん、初心者だよ」
「へ?えーと、ああ、そうなんだ。え、本当に?なんで?」
まったくだよ。瑞樹は一体どうしてしまったのだろう?僕はテニスの初心者だよ?こんな素人に毛が生えた程度の人間がさ、壬生さんみたいなパーフェクト超人に勝てるわけないじゃないか。
「もしかして、彼氏が相手だから手加減するとか思ってる?だとしたら見当違いだよ。私、相手が彼氏だろうと全力で潰すよ?」
うん、それはそうだろう。それについては僕が保証する。壬生さんはね、彼氏が相手でも容赦とかしないよ。むしろノリノリで潰してくるよ?
「へへ、大丈夫だって司。俺、お前ならやれるって信じてるから!」
いや、信じてるって。そりゃ僕も信じたいよ。でもさ、そんな信じる心で勝てるだなんてのはね、少年漫画の世界でしか通用しない概念だよ?リアルの世界では実力と才能がモノを言うんだよ?
「じゃあ根東くん、私とテニスで勝負しようか。ちょうど部活も終わって他の部員も帰ってるし、今ならコートが使えるよ」
——ふふ、根東くんのこと、ぶっ潰してあげる、と壬生さんはまるで悪い魔女のごとくドSチックな顔で僕に不敵な笑みを向けてくる。
いやいや、だから僕、初心者だって。絶対無理だよ。勝てっこないって!なんでみんなそんなノリノリなの?
「頼むぞ司。もし負けたら、俺、竜二とセックスしないといけなくなる。そんなの、お前だって嫌だよな?」
瑞樹は上目遣いで僕を見つめてくる。そんな可愛い顔しないでよ、負けられなくなっちゃうよ。
もし、僕が負けたら、瑞樹は竜二とエッチをする。せっかく僕とセックスしようと思った矢先に他の男に抱かれてしまう。
そんなの、嫌だ。嫌だ。嫌だよ。嫌なはずなのに、なぜだろう?とんでもなく興奮する。
もしかしたら僕の中で瑞樹もまた、壬生さんに次いで大事な人になっているのかもしれない。
確かに僕は初心者だ。でも負けるわけにはいかない。寝取られだけは絶対に防がないと。
「わかったよ。瑞樹、ラケット貸して」
「おう、俺のために勝ってくれよ!」
「ふふ、ぷぷ、アハ。根東くん、ぼろ雑巾にみたいに負かしてあげるね」
なんだか壬生さんがとても楽しそうだった。さっきまであんなにも不機嫌だったのに、やっぱりなんだかんだこの人はドSなのだろう。
確かに壬生さんの機嫌を治したいと願ったが、まさかこんな方法で治さないといけないとは思ってもみなかったよ。とほほー。
そして僕らは部室を出て、テニスコートへ向かう。
「さあ、根東くん。勝負だよ。手加減とかしないからね」
「う、うん。わかった。でもちょっとぐらい手加減しても良いんだよ?」
「ダメ。さあ、試合開始だよ!」
壬生さんはボールを頭上に投げ、ラケットを高速で振りかぶる。ボールとラケットが接触し、スパンと小気味の良い音が鳴り、ボールが僕の方へ高速で向かってくる。
とんでもない速さだった。こんな速い球、初心者ではとても打ち返せない。こうなったら仕方ない。僕の第六感、寝取らレーダーを発動させるんだ!
30分後。
「ゲームセット!ウォンバイご主人様!」
杏が試合終了を宣言する。
何か知らないけど、勝てました。
「え、嘘、なんで?私が負けるっておかしくない?」
そこには絶望的な表情でテニスコートで項垂れる壬生さんがいた。
いや、本当だよね。なんで勝てたんだろう?経験も技術もまったくない僕。そんな僕が勝てた勝因があるとすれば、あの時間がゆっくり流れるようなゾーンの感覚を試合序盤から習得できたことだろう。
ゾーンが発動したとき、まるで世界が停止したかのような万能感の中で僕はプレーができた。へえ、ゾーンってすごいんだな。これを習得してるプロのスポーツ選手がとんでもなく強い理由がよくわかったよ!
あのゾーンの感覚がなかったら間違いなく負けてたね。いやー、ゾーンを習得できて良かった。それもこれも、以前竜二と試合をした時にゾーンを体験できたおかげだね!
「おい、司、やったな!」
「あ、瑞樹!」
瑞樹が走ってこちらに寄ってくる。僕は彼女を抱きとめると、彼女は「へへ」と嬉しそうに笑いかける。
「今日、俺とエッチするぞ」
「…うん、そうだね」
こうして僕は杏だけでなく瑞樹ともエッチすることになった。それより壬生さんは大丈夫だろうか?なんかぴくぴくと頬が痙攣してるんだけど?あれ、めちゃくちゃ怒ってね?
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