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「根東くん、知ってる?」
本日の本来の目的は水着を購入すること。そのため、水着をゲットした時点で目的は達成されているわけなのだが、どうせならもっと遊ぼうということで、僕らは店を出て、この駅ビルの7階へ向かうことにした。
僕の隣には現在、壬生さんがいる。そんな僕たちの前方を宗像さんと百崎さんが並んで歩いている形だ。
百崎さんと宗像さんは時折こちらを振り向いては熱っぽい眼差しを浮かべ、ふふっと笑いかけてくる。
なぜだろう?なんだか試着室の一件以来、二人の目つきが肉食系動物みたいになった気がする。
「キスって法的には不倫の要件を満たさないそうだよ」
「へえ、そうなんだ。意外だね」
キスってなんか本番に次いで不倫的な行為に思えたのだが、法的にはセーフなんだ。へえ、じゃあキスだけを理由に離婚するのは無理なんだね。
「でもやったらやったで怒る人は怒るよね、やっぱり」
「まあ、そうだろうね」
はて?壬生さんは一体、なんの話をしているのだろう?まるで僕が壬生さん以外の女性とキスをしたみたいな圧を感じるのだが。
「私もね、キスぐらいで怒ったりはしないの。私もね、いろんな男友達と遊んでるし、だからね、遊び感覚のキスぐらいで目くじらたてたりしないよ」
「うんうん、そうなんだ」
「でもね、本当に好きな人ができると、遊びのキスでもイラッとするかもね」
「壬生さん、そんなに僕のことを想ってくれてたんだ!ありがとう、大好きだよ」
「え?う、うん。私も好きだよ…本当に気づいてないのかな?」
「え、なんか言った?」
「ううん、なんでもないよ。…………寝取られのやり過ぎで認知機能が歪んでしまったのかしら?」
さっきから壬生さんがなにか不穏なことをぶつぶつ言ってる気がするが、一体どうしたのだろう?謎である。
「根東くん」
「うん、なに?」
「杏と瑞樹は私の昔からの大事な友達なの。そんな二人なら、キスぐらいなら別にしても怒らないよ」
「え、そうなの?」
まさかここにきて急展開だ。急にキスを許してくれるだなんて。ビックリだよね。一体壬生さんに何が起こったのだろう?謎である。
「でもそれ以外の人に無許可でキスしたら、私、たとえ根東くんが焼き土下座で謝罪したとしても、後悔するほどの仕打ちをしちゃうかもね」
「はは、それは怖いな。でも大丈夫だよ、僕、他の女の子にキスなんてしないよ!約束するよ!」
「え?う、うん。そこまで言うなら、いいのかな?」
なんだか壬生さんが物騒なことを言い始めたが、要はキスしなきゃいいだけだし、まったく問題ないよね!条件が軽すぎてまるで怖くないや!
それにしても宗像さんと百崎さんにキスしてOKなのかあ。なぜだろう?あんなにも可愛い美少女とキスができるチャンスが到来したというのに、すでにキスを経験したことがあるような、不思議なデジャブ感がある。一体この感覚は何なのだろう?
まあ気のせいだろ。よし、残り57回、頑張るぞい!
この駅ビルの最上階は8階で、7階はレストランやカフェなどの飲食関連の施設がメインのフロアだ。そろそろお昼だし、みんなで一緒に食事をしようということで僕らはエレベーターを待つ。
「根東くん」
エレベーターを待っていると、僕の肩に宗像さんが指をつんつんとタッチさせてきた。
「え?どうしたの?」
「さっきの、凄く気持ちよかったよ」
おや、なんのことだろう?
「勉強ができる人って、キスも上手なんだね」
「へ、へえ、そうなんだあ。毎日受験勉強に精を出した甲斐があるよ!」
「そうだな、お前、意外と情熱的だな」
百崎さんもなぜかキストークに参加してくる。なぜちょっと頬を赤くする?それに目もなんだか熱っぽい。もじもじと太腿を擦っている姿がなんとも可愛かった。
それは宗像さんも同じで、指を咥えて僕の方をじっと、甘えるような顔で見つめてくる。
なぜ自分の指をはむはむと咥えているのだろう?口が寂しいのだろうか?もともと色っぽい女性だが、今日やけに艶めかしく感じた。
「なあ杏、強引にされるのって悪くないな」
「あら、そうね。いきなりされるのって、すごく興奮するわ」
だからなんの話をしているのだろう?まったく会話についていけない。
そんな解読の難しい会話を続けていると、やがてエレベーターが止まる音がし、目の前のドアが開く。
「あ、来たみたいだね」
僕らはエレベーターに乗り、7階のボタンを押すと、「閉」のボタンを押す。
僕は壬生さんの手を握る。
「うん?根東くん、どうし…」
エレベーターが閉じる直前、僕は壬生さんの手を引っ張ってエレベーターを脱出した。
「あ!」
「え!」
「七階で会おうね!」
ゆっくりと扉は閉まっていく。急な展開で驚く宗像さんと百崎さんの顔がちょっとだけ可愛いと思ってしまった。
「ね、根東くん。急にこんなことされたら、その、びっくりしちゃうよ」
「ごめんね。でも二人っきりになりたくて」
「え、もう、しょうがないね」
僕たちは別のエレベーターに乗る。よし、エレベーターに乗ってしまえばこちらのものだ!二人にバレずにキスができるぞ!
ここで57回、達成したい。
僕はさきほどと同じ手順でボタンを押し、ドアが閉まるのを待つ。
幸いなことに、ちょうどこのエレベーターには僕以外の乗客がいないので、人目を気にせずキスができそうだ。
ふぅ、自分の機転を褒めてあげたい気分だよ。
「すいませーん、待ってくださーい」
え?
扉が閉まる直前、誰かがエレベーターに入ってきた。
今まで走っていたのか、エレベーターの中でぜえぜえと息を荒くしているのは、同じ年齢ぐらいの女子だった。
「ふう、よかった、間に合った。あ、私、5階でお願いします」
「あ、はい」
僕はつい返事をして5階を押す。
マジかよ。わざわざ宗像さんと百崎さんを振り切って別のエレベーターに乗ったのに、なんでこんなことに?
「残念だったね」
壬生さんが怪しい笑みを僕に向けて微笑んでくる。
「…うん」
もう頷くしかないよ。この千載一遇のチャンスを不意にしてしまうだなんて、なんか今日はついてないな。
僕は急に入ってきた女子を見る。まだ疲れてるのか、いまだに呼吸が荒く、はあはあと息をあらげて額の汗を拭っていた。
「あ、押してくれてありがとうござ…え、壬生さん?」
「あら、四条さん」
目と目が合う二人のガールズ。
あれ?知り合いかな?
セミロングの黒髪の女子は、壬生さんを見ると怪訝そうな顔をしてくる。知り合いっぽいけど、あんまり仲が良くない娘かな?
「試験中に彼氏とデートなんて、ずいぶん余裕だね、壬生さん」
「もう期末試験なら終わってるよ」
「え、あの、その、ふ、復習とかあるじゃないですか!」
「うーん、たぶん満点だし、復習は必要ないかな?」
「ええ、すご…いや、でもあの…彼氏とデートなんて不純ですよ!」
「うちの学校は別に男女交際は禁じてないよ?」
「え、あ、はい、そうですね」
もしかして仲が悪いのかな?この女の子、妙に突っかかってくる。もっとも全部論破されてるが。
「えっと、壬生さん、こちらの方は?」
「四条彩夢さん。生徒会長だよ」
ああ、会長さんかあ。そういえば女性が生徒会長してた気がする。まったく興味なかったから顔は知らなかったが。
僕は改めて四条彩夢さんを見る。肩まで届くぐらいの黒髪のセミロングの彼女はなんだか品があってお嬢様っぽい。もしかしたら育ちが良いのかもしれない。
真面目そうな雰囲気のある女性で、釣り目がちな目をしているので性格がキツそうに見えた。ただこういうキツそうな女の子、好きって言う男子は多そうだな。
「ああ、生徒会長さんですか。はじめまして。根東司です」
「え、あ、はい。こちらこそはじめまして。会長の四条彩夢です」
うん、やっぱり育ちは良さそうだった。挨拶したら普通に礼儀正しく返してくれる。
「えーと、二人はどういったご関係なの?」
「うん?小学校からの知り合いだよ」
「ただの腐れ縁です」
「ああ、そうなんですね」
それだけ長い付き合いなのに友達じゃないのかな?あんまり突っ込んだことは聞かない方がいいかもしれない。
まあ付き合いが長いからって別に友達にならないといけないってわけじゃないもんね。
それよりこの空気、どうしよう?こっちは壬生さんとキスする気満々だったのに、この娘が登場したことでなんかエレベーターの空気がぴりついて冷え冷えとしているよ。
こんな状況じゃあとてもキスなんてできないよ!はあ、とりあえず、ここでのキスは諦めるしかないのか。
くぅ、せっかく頑張ったのになあ。57回の壁は厚いぜ。
「あの、根東さんと壬生さんは、付き合って長いんですか?」
「え、そうですね、もう三ヶ月ぐらいですかね」
「え!そんなに!だって…」
おや、なにか知ってるのかな?ああ、壬生さんがすぐ別れるって話か。なんか有名らしいね。
まあ壬生さんの性格を知っている現在の僕にとって、そんな話は正直まったくどうでも良い話題ではあるが。
それにしても、先ほどからこちらをチラチラと窺うように見てくる四条さん。一体なにが気になっているのだろう?
「か、彼氏さんは、どういう方なんですか?」
「四条さんには関係ないと思うけど?」
「そ、そんなことないです!生徒会長として、生徒のことはちゃんと把握したいし!」
「会長だからってそこまで…そうね。教えてあげてもいいかもね」
——私たちはこういう関係だよ、壬生さんは普段とは違う、棘のある言葉を放つと、僕の頭をガシッとつかんできた。
ええ、壬生さん、そんな強引に掴まれると僕の髪の毛がやばいんですが…
壬生さんは僕の頭を無理やり振り向かせると、そのままキスしてきた。
あの、壬生さん、そんな濃厚に舐められると連続キスができないので、できればライトなキスに変えてほしいんですが…あ、ダメだ。僕の要望を聞いてくれない。
壬生さんは目の前の四条さんに見せつけるように僕の唇を濃厚にキスしてくるのだが、これはもうキスというか舐めるに近い行為だ。僕の唾液と壬生さんの唾液が混ざるような激しいキスをするせいで、それを目撃する四条さんが「あわわわ、来沙羅ちゃんが大人になってる!」とびっくり仰天、目を見開いてこちらを見る。
壬生さんに激しく強引にキスされて僕としてはもちろん嬉しい。それは間違いない。間違いないのだが、このキスってさあ、一回にしかカウントされてなくね?
「ぷはあ、はあはあ、四条さん。これが私たちの関係だよ」
ねっとり濃厚なキスをしたせいで、壬生さんの呼吸が荒い。僕もちょっと酸素が足りないので、自然と息があがっていた。
「ふ、不潔です。今のは絶対不潔ですよ!」
「恋人同士だから問題ないでしょ。これぐらい普通だよ」
「え、そうなの?恋人同士ってこれがスタンダードなの?」
「なんで根東くんが驚くの?」
だって凄い濃厚だったじゃないか。今のキスじゃなくてベロチューだったよ。もうまさにディープなキス、略してディープキスだったじゃないか。
「四条さんも彼氏ができればわかりますよ。あ、5階つきましたよ。どうぞ」
「え、あの、だって…はい」
やがて扉が開くと、四条さんはとぼとぼと歩いて出て行った。「来沙羅ちゃん、破廉恥だった」と呟きながら歩く彼女は、なんだか敗者のような後ろ姿だった。
「四条さんとは、その、仲が悪いの?」
「さあ?なんだか昔からライバル視されてて、ちょっと面倒なの。別に険悪な仲ってわけじゃないよ」
あ、そうなんだ。
「それより、どうするの?もうすぐ七階に到着するよ?」
「あ、そうだった!」
僕は壬生さんを抱き寄せてキスをする。ちゅっと唇と唇が接触するようなライトなキスをたくさんした。
「もう、ディープなキスでも良いんだよ?」
「それだと一回しかできないでしょ」
「ふふ、人前でするキスって興奮するね」
壬生さん、もしかして人前でエッチなことをすることに喜びでも見出してしまったのだろうか?
揺れるエレベーターの中で、僕たちは抱き合い、お互いの唇を奪い合うようにキスをし続ける。彼女の柔らかい唇に触れるたびに僕の頭が幸福感でいっぱいだった。
結局、7階に到着するまで、16回キスした。残り41回。
扉が開くと、宗像さんと百崎さんがいた。
「あらあら、二人っきりで楽しそうね」
「よくも俺たちを出し抜いてくれたな?」
あ、これは怒ってるかもしれない。
「ごめんね、二人とも。根東くんが私とどうしても二人っきりになりたいってしつこくて」
ええ、僕のせい?…いや僕のせいなんだけどさ。確かに僕が勝手に壬生さんを引っ張ったのは事実なのだが、なんか理不尽だな。
「あの、その、すいませんでした。謝るから許してください」
「ダメだよ」
「ダメだな」
二人が僕に詰め寄ってくる。
「あの、どうしたら許してくれるかな?」
「あら、そうねえ」
「司、奢れよ」
「あ、はい。奢らせていただきます」
とりあえず、ランチ代は僕が全額負担することになった。
僕たちはイタリアンのお店に行く。
それにしても、さっきの件といい、今の件といい、なんだか壬生さんは僕との仲を他人に見せることに対して喜びを見出すことが多いな。
なんだか僕が彼氏だと周囲に自慢しているように思えた。壬生さんにとって僕は、周囲に自慢できる彼氏なのだろうか?寝取られ性癖のある彼氏なのだが。
あと41回、どうやって達成しよう?刻々と時間が迫っている。
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