12 壬生来沙羅の話 後編
ドン、と来沙羅に胸を押されて僕は後ろに倒される。
「うわ!」
カップル用の個室といってもそれほどスペースが広いわけではない。そんな狭い個室で仰向けになる僕のお腹の上に来沙羅が座ってくる。
…来沙羅の柔らかいお尻の感触がお腹から伝わってくる。
「こんな状況でも興奮できるんだ?やっぱり変態だね」
「うぅ、すいません」
だってしょうがないじゃないか。来沙羅のスカートが短いせいで、明らかにお尻が直接あたってるんだもん。その二つの丸い尻の肉の感触のおかげでつい幸せな感情が身体全体を巡ってしまう。
「この変態」
「ご、ごめん」
僕のお腹の上で馬乗りになっている来沙羅が怜悧な眼差しで僕を見下ろして罵倒してくる。
人から悪口を言われるだなんて、普通なら最悪な経験だ。しかし相手が来沙羅という美少女なだけに、なんだかそれほど悪い感じはしなかった。むしろこれ、人によってはご褒美ではないのだろうか?
「この私がわざわざ時間と労力をかけてこれだけ誘惑してるっていうのに、いつまで待たせるのよ?さっさと私のこと襲って抱けばいいでしょ?変態のくせに一人前に我慢してんじゃないよ」
「え、いいの?抱いても別れないなら…」
「はあ?別れるに決まってるでしょ!そういう約束なんだから当たり前でしょ!」
じゃあダメじゃん。抱けないじゃないか。
「それじゃあ抱けないよ」
「なんでよ!男なんて女を抱くことしか考えてないサルも同然でしょ?お前が私で興奮してるのはもうバレバレなんだよ。さっさと本能に任せて抱きに来たらいいでしょ!」
ええ!ちょっと待ってよ。そりゃ僕だって性欲はあるし、抱けるもんなら抱きたいよ。でも約束があるから我慢してるんじゃないですか!
「他の人は知らないけど、僕は我慢するから、だからできないって…」
「どうして?」
来沙羅は前のめりに倒れこんできて、僕の顔のすぐ目の前まで近づいてくる。
「どうして?他の男だったらみんなそうするよ?偉そうに好きとか愛してるとか言っても、男なんて本当は体しか考えてないんでしょ?司もそうなんでしょ?」
「体も大事だけど、僕は来沙羅の心も大事にしてるよ」
「じゃあどうして他の女といやらしいことしてるの?」
え、そうなる?
「いや、だってそれは来沙羅が良いって言うから」
「あんた、私が死ねって言ったら死ぬの?この変態!馬鹿!常識で考えろよ!彼女がいるのに他の女に手を出すとかおかしいだろ!」
え、いまさら常識を語るの?そりゃないよ!
来沙羅はよっぽど腹が立ってるのか、バシバシと僕の胸を叩いてくる。けっこう大きい衝撃音がするが、意外と痛くない。あれ、もしかして痛まないように手を抜いてる?
「ご、ごめん、本当にごめんって!謝るから許して!」
「ふざけんな!私がどんだけイライラしてたか彼氏なら気づけよ!」
やっぱ怒ってたか。そらそーよな。
「このド変態!馬鹿!色情狂!女たらし!」
え?変態はわかるけど、僕そんな女たらしみたいなことしてたっけ?いや、とにかく今は来沙羅を宥める方が先決だ!
「なんで私ばっかりお前のことでイライラさせられないといけないの!お前も私のことで不安になれよ!」
「ご、ごめん。それは本当に申し訳ないって思うよ」
「ふざけんな!なんで私が他の男と遊んでるのに、お前、喜んでだよ!おかしいだろ!お前、本当は私のこと嫌いなんだろ!」
「違う、それはないって!来沙羅のこと、大好きだって!」
「嘘つけ!」
「本当だよ!」
「この変態!死ね!」
「わ、わかった、死ぬから許して!」
「ダメ!死んだら許さない!ちゃんと生きろ!」
「え?う、うん、じゃあ生きるから、お願いだから許してよ!」
「はあ、はあ、…司は本当に私のこと、好きなの?」
「うん、好きだよ」
「嘘じゃない?」
「本当だよ」
「でも他の男の人はみんな私と付き合うと嫌いになるよ?」
「でも僕は好きだから関係ないよ」
「関係ないの?」
「そうだよ」
来沙羅ははあ、とデカい溜息をつくと、どさりと倒れこんでくる。僕はそんな彼女を抱きしめて受け止める。
「好き💓」
「僕も好きだよ」
「大好きだよ💓」
「僕も大好きだよ」
来沙羅は僕の胸に額をくっつける。僕はそんな彼女の頭にそっと手を乗せると、よしよしと撫でてあげた。
「ん💓」
来沙羅の口からそっと甘い吐息が漏れる。なんだかいろいろ叫んでスッキリしたのか、怒りの感情が徐々に消えているような気がした。
「ねえ、司、ずるくない?」
来沙羅は顔をあげて僕の方を上目遣いで見てくる。
「私ね、ここ最近、ずっと司のことを考えてるんだよ?それこそ二十四時間ずっと。司は今なにしてるんだろう?なにをしたら喜んでくれるんだろう?司、杏と瑞樹と一緒にいて、私のこと忘れないかな、私よりあいつらのこと好きになったりしないよね、とか、いろんなことが頭をよぎる。一緒にいると嬉しいけど、一緒にいないと不安だよ。他の女と一緒にいたらもっと不安になって、怖くなる。なんで私ばっかりこんな嫌な気分にならないといけないの?」
——一人だけ楽しんでずるいよ、と来沙羅は不満を漏らす。
「それは本当にごめんね。それは僕が悪いよ」
「そうだよ。司が悪い。司が変態すぎるのが悪いんだよ」
「うん、ごめんね、でも一番好きなのは来沙羅だよ」
ぴく、と来沙羅の体が震えた。
「本当に?私が一番?」
「うん、一番好きだよ」
「本当に本当?」
「うん、本当に本当の大好きだよ」
「…私だって司のこと、大好きなんだよ?」
「そうなの?」
「うん、大好き💓」
来沙羅はゆっくりと僕の方に這いよると、そのまま甘えるように僕にキスしてくる。僕も彼女をぎゅっと抱きしめてキスをし返す。
なんだかすごく甘えてくる。これはきっとあれだ、甘えん坊モードの来沙羅になったのだろう。
頬を赤く染め、目を蕩けさせ、「好き」と囁きながら僕にキスをしてくる来沙羅は、とても可愛く、一生大事にしてあげたいという気分にさせてくる。
それにしても、やっぱり来沙羅は僕の最近の行動について、不満だったんだろうな、と改めて思う。
いくら勝負ごとは絶対で、自分で決めたルールだとしても、それでも感情的に嫌なものは嫌だったのだろう。
まあ当たり前だよね。頭と心は違うのだ。それはちょうど、頭ではダメだとわかっているのに、つい体が反応してしまう、寝取られ性癖のようなものだろう。
…いや、そのたとえはなんか違うな。というかこの状況でするたとえではないか。
やがてしばらくすると来沙羅のキスは止まり、なんだか気まずそうな顔をする。そして、
「ごめんね」
と言った。
「こんなに感情をぶちまけるつもりはなかったの。ただなんか、今まで溜め込んでたものが急に爆発しちゃって。…はあ。こんなこと、初めてだよ」
——自分が嫌になる、と来沙羅は憂いのある顔で言う。
「まあ、そういうことってあるよ。そんなに気に病む必要ないって」
「誰のせいだと思ってるのかしら?」
「ごめん」
そうだね、僕のせいだね。僕がこんなおかしい性癖を持ってなかったら、ここまで厄介なことにならなかったよね。
「はあ、違う。ごめんなさい、やっぱり今のは私が悪いよ」
「え?」
来沙羅はぐりぐりと額を僕の胸にあててきて、「んー」と唸る。
どうした?なんだか黒歴史を暴かれた中学生みたいな反応だった。
「…私ね、男のこと、見下してるの」
唐突に来沙羅が語る。
「みんな私より馬鹿だし、頭も悪いし、性欲でしか物事を判断できない低能だし、男ってどこを褒めたら良いのかわからない。だから見下してるし、実際、私に勝てる男なんて今までいなかったの」
——だからね、負けたとき、すごく屈辱だった、と来沙羅は続ける。
「私、本気で司に勝つつもりだったのに、それなのに負けた。屈辱だよね。こんなのおかしいよ。男は私より下で、馬鹿で、間抜けで、負け犬がお似合い。そういうものだったのにね、なのに負けて、すごく悔しくて…こんな気分は初めてだよ」
「うん、そっか。そんなに悔しかったんだ」
「そうだよ。司はね、私に負けないとダメだったの。私は特別、他の人たちとは違う、他の誰よりも私は優秀で、優れてる。そうでないといけないの。そんな私が負けたら、特別じゃなくなっちゃう。男なんかに負けたら私、ただの普通の女になっちゃう。そんなの、絶対に嫌。私は特別でありたかった」
「うーん、でもほら、来沙羅は僕にとっては特別だよ」
「そういう綺麗ごとは興味ない」
うっ、けっこう良いこと言ったつもりだっただけに、否定されると辛い。
「うん、だからやっぱり司が悪いよね」
「えっ?」
「そうだよ、司が私に勝つなんてウザいことするのが悪い。やっぱり司が全部悪いよ。どうしてくれるの?」
そんなー、さっき自分が悪いって謝ってくれたじゃん。前言撤回するスピード速くね?
「えーと、じゃあ今度、わざと負けようか?」
「そんなことしたら私のプライドがもっと傷つくでしょ?」
そ、そうですか。じゃあどうしよう?
「ちゃんと全力で勝負して、その上で勝ちたいの。だから次の勝負は本当にガチでやるよ」
「う、うん。わかった」
とりあえず、来沙羅がとんでもなく勝負に拘るタイプの人間だということはよくわかった。でもさあ、僕が勝たないと来沙羅、寝取られてたんだよ。そりゃ負けられないよ。
「はー、もう言いたいこと全部言えたらなんかスッキリしたよ!…ねえ、司」
「え、なに?」
「私の彼氏になってくれてありがとうね」
「え?うん、こちらこそありがとうだよ」
ちゅ、と来沙羅は僕に軽いキスをしてきた。
彼女の柔らかい唇が僕に触れて、ようやく僕らは仲直りできた、そんな気がした。
「ふふ、好きだよ」
「…うん、僕も好きだよ」
「ふふ、ぷぷ、アハ」
おや、なんだか雰囲気がおかしい。
「本当、こんなに感情を荒立てたの、いつぶりかな?」
なんだか来沙羅の様子がいちゃラブモードからドSモードに切り替わってるような気がする。なぜに?
「意外と悪くないね」
「うん?そうなの?」
「うん。確かに司に負けてね、すごい屈辱だった。もう汚辱に満ちてるって感じだよね。私みたいな、なーんでもできて、完璧で、誰も勝てない。そんなパーフェクトな来沙羅ちゃんが、よりにもよって寝取られ大好きな変態に負けちゃうんだもん、すごい屈辱だと思わない?」
ええ、うーん、まあ確かに言われてみれば、来沙羅ちゃん、とんでもない相手に負けちゃったね、って気分かもね。
天才が天才に負けるっていうならまだわかる。天才が変態に負けるって、客観的に見たらすごい屈辱かも。
「もう本当に、最悪。最低の気分。だからなのかもね、私…」
——ゾクゾクしちゃった、と来沙羅は本音をぶっちゃける。
「え、そ、そうなの?」
「うん。司が他の女と一緒にいてイライラしたのも本当だし、勝負に負けて屈辱にまみれたことも本当。全部本当で、最悪な気分にさせられた。でもね、同時にこうも感じたの。ああ、負けたときのこのゾクゾクした感じ、たまらないかも、ってね」
…やっべ。もしかして、開けちゃいけない扉、開けちゃったかな?
「ふふ、ぷぷ、ふふふ、アハ、アハハハハ!本当に最悪。こんなこと、酷すぎる。私みたいな完璧な女が、なんでよりにもよってこんな変態に負けないといけないの?嫌すぎる。最低だよ。心底からうんざりする。なのにすごくゾクゾクして、興奮しちゃう💓」
——ねえ、もっとしてよ、と来沙羅は催促する。
「えーっと、僕と勝負して勝ちたいって言ってなかった?」
「うん、言ったよ。それはそれで本当なの。でもね、負けた時のゾクゾクとした快感も、やっぱり本当なんだよ」
そ、そうなんだ。そういうことも、うーん、まあ寝取られ性癖がある世の中だ。あってもおかしくないよね!
もしかしたら来沙羅は本当はドSではなく、ドMだったのかな?ただ今まで負ける機会が無かったからその才能が開花しなかったってだけで、実はドMの才があったのかもしれないね!
「ねえ、司は本当に良い男だね」
来沙羅は口元を歪め、怪しい笑みを浮かべて僕に抱きつき、囁いてくる。
「そう?そう言ってくれるなら嬉しいかな」
「私のこと、こんなにもめちゃくちゃにできる男は司だけだよ。もう司のせいで私、どうにかなりそう。頭が狂っておかしくなりそうなぐらい、司のことが好きだよ」
そこまで好きなの?…まあいいか!好感度なんて高いに越したことないよね!
「ねえ、知ってるんだよ」
「え、なにが?」
「杏と瑞樹からエッチな講義、受けてるんでしょ?」
ああ、バレてる。
「あんなにエッチなことをさせてもらったのに、いまだに性欲を解消できないなんて、司は可哀そうだね」
「え、そこまで知ってるの?」
すっげえ詳しく知ってるじゃん。もしかしてあの二人、本当に全部教えてる?
あの二人の講座の内容は確かに大変すばらしく、とてもためになる講義だった。しかし講義は所詮、講義であって、本番ではない。
ただでさえ二人の美少女によって素晴らしい体験をさせられた挙句、今日みたいな寝取られ話で僕の性衝動をたっぷり刺激させられただけに、正直そろそろ限界だった。
どこかで解消しないと、僕の頭が興奮で狂いそうではある。今までなんとか我慢できたのは、ひとえに来沙羅とした約束を守るという、鋼の精神があったこそなのだが、その精神もだいぶすり減ってそろそろキツイのだ。
そう、僕は溜まっているのだ。すごく溜まっているのだ。もう限界だよ!
「司」
「うん、なに?」
「私が口で解消してあげようか?」
「え?」
来沙羅は人差し指と親指で輪っかを作り、口をパクパクと動かしていた。
「え、でもそれってエッチに含まれるんじゃ…」
「本番さえしなければ別にいいよ💓」
へえ、そうなんだー、それなら…
…
…
…
…
…
…💓
ふぅ。
その日。僕と来沙羅は今まで以上に仲を深めることができた。僕の来沙羅への愛情は無尽蔵に膨れ上がり、僕は彼女のことを生涯にわたって大事にしたいと思う。
次の日。
壬生さんが学校を休んだ。なんでもアゴが外れたらしい。
そのおかげで終業式に出られなかったと後で文句を言われた。こうして僕らの夏休みが始まろうとしていた。
…ごめんね、壬生さん。
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