月曜日の彼女の告白

「根東くん、一緒に帰ろ」


「うん、いいよ、壬生さん」


 それは放課後の教室。まだ生徒が残ってるというのに、スクールカーストトップの壬生さんは僕の机の前に来ると、周囲の眼を憚ることなく声をかけてきた。


 今までも校内で話すことはよくあった。しかし、ここまで堂々と人前で話すのは、もしかしてこれが初めてじゃないのか?


 なんとなく、周囲の視線が痛い。


「え、なんであいつが?」

「もしかしてあの二人、付き合ってる?」

「嘘だろ、絶対不釣り合いだろ」

「そんな!壬生さんって百合じゃないの!」

「あの壬生さんの表情、俺の彼女が弟を見る時の顔に似てるな…まさか!」


 …なんか予想とは異なる反応をする奴がちらほらいる気がするが、おおむね予想通りだ。


 これが一週間前の僕なら、周囲の眼が気になっていたかもしれない。しかし壬生さんの彼氏として心構えができている今の僕には、周囲の眼なんて些細なものだ。むしろ嫉妬の視線が心地よいぐらいだよ!


 僕は嫉妬する男子たちの視線を意に介さず、壬生さんと一緒に教室を出る。


「あれ?テニス部はいいの?」


「うん、今日はサボるから」


 そうか、サボるのかあ。それは良いのかな?


「部活より彼氏と一緒にいる時間を優先したかったの。ダメ?」


 そんな甘えるような顔しないでよ。好きになっちゃうじゃないか。あ、もう好きだったわ。


 まだ学校の廊下。他にも生徒がいる。中には壬生さんのことを好きな男子もいるだろう。そんな彼らに見せつけるように一緒に手を繋いで歩く僕らの姿は、もうどう見ても恋人同士だった。


 ああ、幸せだ。隣に彼女がいるのが当たり前の日常。そういうえば、こういう甘酸っぱい青春を送りたくて告白をした気がする。


 壬生さんは、基本的に妙なことさえしなければとても可愛い美少女なのだ。白く綺麗な肌をした黒髪の美少女の歩く姿は、まるで天使そのもの。


「今日はね、根東くんとじっくり話したいことがあるの」


 そんな天使みたいな彼女だが、ときおり悪魔みたいな表情を見せることがある。


「いいよね」


 あ…この魔性の眼差しは、絶対なにか嫌なことを考えてる。できれば断りたい。


 しかしその有無を言わせない圧に僕は、「あ、はい」と屈するしかなかった。


 といっても学校というのは基本的に公共の場。二人っきりで話せる場所って意外と少ない。


 僕は壬生さんに先導される形でただついて行くしかなかった。一体どこで何の話をするつもりだろう?


 やがて一階の食堂に到着した。うちの学校は夜まで食堂が開いているので、お昼だけでなく、夕食に食堂を利用する生徒もいる。


 部活で帰りが遅くなった人や、受験のため学校で夜遅くまで勉強している人などがこの時間帯に食堂を利用することが多い。


 多いといっても、昼食時ほど混むわけではないので、今は食堂を利用する人はほとんどおらず、まさに二人っきりでなにかを話すにはちょうど良い具合の場所だった。


 といっても流石になにも注文もせずに席を取るわけにもいかないので、適当にジュースを注文して席についた。


「もう付き合ってから一週間が経つね」


 オレンジジュースを飲みながら、ぽつりと壬生さんが言う。


「そういえばそうだね…今更だけど、どうして僕の告白、受けてくれたの?」


 ちょうど良い機会なので思い切って聞いてみることにした。今でこそちゃんと恋人関係を作れているが、それはこの一週間の経験があってこそだ。告白した時点では、壬生さんが僕のことを好きになるとはちょっと思えなかった。


「うーん、もう気づいていると思うけど、告白された時は全然好きなタイプじゃなかったよ」


 あ、やっぱりそうなんだ。


「ただあの時はちょうど前の彼氏と別れたばかりで暇だったのと、あとはそうだね、壬生くんみたいなおとなしいタイプの男の子をいじめて楽しみたいなって思ったから、かな」


 あ、やっぱりそういう一面もあるんだ。


「前も言ったと思うけど」と壬生さんは続ける。「私って良い人じゃないの」


「世間一般でいえば悪い人、なのかな?」


「ああ、そんなこと言ってたね」


 カラオケルームで確かそんな話をしていたね。あの時はなんかいろいろあり過ぎて、正直それどころじゃねえって感じだったな。


「でも本当にガチないじめなんてしたら、やっぱり世間が許さないじゃない?私、確かに男の子をいじめて楽しむ趣味があるけど、世間から悪人のレッテルを貼られてまで図々しく生きたいとは思ってないの。あくまで趣味は趣味。だから世間が許容できる範囲の、適度ないじめをして遊んであげることにしてるの」


 あれは壬生さんの基準だと適度ないじめだったんだ。


「それに、根東くんも楽しんでたでしょ?」


 とこちらに怪しい笑みを向ける壬生さん。


「うん、まあ、ぶっちゃけ楽しんでたよ」


 まさか自分に寝取られ性癖があるだなんて。確かに当時はショックな事実だった。しかし受け入れた今や、それはエロスを楽しむための新しい個性として僕の中にインストールされている。


 一度この興奮を味わったら、もう普通のエロでは生きていけないのだ。


「ほとんどの男はね、私と付き合うと三日で嫌になって逃げるの。正直な話、根東くんも三日ぐらいで逃げるかと思ってた。でも違ったね」


「へー、そうなんだ。僕は…楽しかったから、逃げたいとは思わなかったかな?」


 改めてこの一週間を振り返る。確かに心はズタボロになったかもしれない。僕の心はボロ雑巾よりボロそうだ。しかしそれ以上の精神的幸福感もあったような気がする。


 …うん、僕は壬生さんにいろいろされたけど、別に嫌ではなかったな。ただちょっと脳が破壊されただけのことだ。その程度のダメージで壬生さんとイチャイチャできるなら別に大したリスクじゃないよね!おいおい、コストパフォーマンス最高かよ。


「私、すごく嬉しい」


 その時だけ、本当に心の底から壬生さんは悦んでいたように見えた。


「私、こんな性格だからね。きっともう、普通の人生なんて歩めないと思ってた。きっと最後は一人孤独で寂しい人生を終えるんだろうなって。でもね…」


 ――根東くんと一緒なら、幸せな人生を歩めそう。


「私たち、相性がすごく良いと思うの。私の性格を悪いって言う人の中にはね、私のこの性格を治してやろうとか、たとえ欠点があってもそれ以外の良いところがあれば問題ない、って言う人もいるの。どう思う?」


「え?うーん、余計なお世話かな、って思うかな?」


 別に本人が満足してるなら性格を治す必要なんて無いし、他に良いところがあると言いながらやっぱり性格が悪いことは認めてるじゃないか、とツッコミたくなる。


 というか、そんなのは結局のところ、本人の個性なのだ。その人がどんな生き方をしようとそれはその人が決めることで、他人に自分の個性をどうこう判断される謂れはないだろう。


「ふふ、あははは、そうだよね。私って、この学校でもっとも成績が良いし、コミュ力も高いし、美人で可愛いし。明らかに私より成績が低い男がね、偉そうに私に説教している姿を見ると、虫唾が走るんだ」


 他の人がいうならすごい自信家だなって思う場面だな。ただ実際、壬生さんは成績も良いし、コミュ力も高い。美人なのはそのキュートなお顔を見れば一目瞭然。だからまあ、言ってることはまあ正しいかな。


 壬生さんは口だけではない。ちゃんと結果を残しているのだ。


 ただ今の話はなんというか、普段の壬生さんらしくはないかな、とは思うけど。


 おそらく、本音が出たのだろう。


 壬生さんは、普段はとても良い子だ。正直、完璧すぎる。でも、そんな人間はいるのだろうか?


 完璧な人間なんて本来はいないのだろう。ただ壬生さんは人より能力が高い分、完璧に演じることができるのだ。もっとも演技はどこまでいっても演技であって、本物じゃない。演じているだけで、その本性は別にある。


 だからいろいろストレスとか溜まっているのかもしれない。


「うんうん、なるほどねぇ」


「その点、根東くんはすごく良いよ。私の性格をそのまま好きになってくれるから。だから大好きだよ。だからね、聞きたいんだ」


 ――根東くんは普段の私と本当の私、どっちが好き?


 それが聞きたかったのだろうか?


 僕はちょっと考える。一体どっちの壬生さんが好きなのだろう?


 普段の壬生さんというと、いわゆる品行方正で、周囲からの受けが良い善良な女の子のことだろう。


 本来の壬生さんとは、あのサディスティックで、人が嫌がるようなことを平然とやってのける壬生さんのことだろう。


「正直なことを言えば、告白をした時は、普段の壬生さんが好きだった」


「…そう」


 あれ、なんか残念そうな顔された。


「でも今は、本当の壬生さんも好きだよ」


 壬生さんの耳がぴくんと反応してる。あれ、嬉しそうだな。


「最近はね、本当にいつも壬生さんのことを考えてる。あの僕のことを苦しめる本当の壬生さんの方をね。壬生さんのせいですごく心が苦しんでる。でもね、それがすごく快感で、もっと本当の壬生さんのことを知りたい、教えて欲しいって思ってる」


「…やっぱり根東くんって、変態だ」


「そうかもしれない。嫌になった?」


「ぜんぜん。私もね、根東くんのその変態なところ、すごく好きだもん」


 ――私たち、似てるね。


 言いたいことを言い終えたのか、壬生さんの表情はどこかすっきりしたように見えた。


「私、根東くんのことが好きだよ」


「うん、僕も壬生さんが好きだよ」


「ずっと一緒にいようね」


「うん」


 へへ、と笑った彼女の顔はとても可愛くて、僕の壊れかけた脳がちょっとだけ回復した気がした。


「えっと、今日はそれが言いたかったのかな?」


「ううん、違うよ」


 壬生さんはあっさり否定して、要件を告げる。


「来月のゴールデンウィーク、テニス部の合宿があるんだ」


「へえ、そうなんだ。女子テニス部だけでどこか行くの?」


「ううん、男子テニス部と合同だよ」


「え?」


 癒されかけた脳が、再び破壊される。


「男子テニス部と、山奥の合宿所でテニスをするんだ。よかったね、根東くん。ゴールデンウィークも、たっぷり楽しめそうだね」


 先ほどまでの可愛い笑顔はいつの間にか消え、あのドSな表情が現れる。


「それとも、やっぱりゴールデンウィークは彼女と過ごしたかった?根東くんがどうしても嫌だな、行ってほしくないって思ったら、断ってもいいよ。どうする?」


 僕は考える。せっかくのゴールデンウィークを彼女と一緒に過ごせないなんて。いくら部活の行事だからって、そんなこと許されるのか?


 普通の彼氏なら、行かないで欲しい、一緒にいて欲しいっていうべきところだよね!


「ううん、僕のことは気にしなくて大丈夫だよ。合宿、楽しんできてね」


 僕の脳はもうイカれているのかもしれない。僕は彼女と一緒にいる時間よりも、彼女が他の男に寝取られる時間の方がなんだか興奮するなぁ、と思ってしまった。


 壬生さんは僕の彼女で、そして僕のことをとてもよく理解している。

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