日曜日

 薄暗い部屋の中。そこには男と女がいた。一人は若い美少女で、もう一人はその娘の親ぐらいの年齢にあたる年頃の中年の男性。


 浅黒く日焼けした肌を持つ、男らしい筋肉質な体をした男は少女の後ろに周り込むと、その肩に両手を載せて囁く。


「やあ、お嬢さん。また来たんだね。今日は彼氏くんと一緒じゃないのかい?」


 すると、キッと睨むような眼差しを少女は向ける。


「連れてこれるわけないでしょ、この卑怯者」


「うん、なにか気に障るようなことしたかな?」


「とぼけないでよ!知ってるんだよ。おじさんが怪しいオイルを使って私の体に変なことしたんでしょ!」


 少女は怒っているのか、やけに熱っぽい表情をして男を睨む。「それ、媚薬入りのオイルなんでしょ!」


「うん?ああ、あのオイルのことかな?」


 そう言うと男は以前その少女の体に塗ったオイルの入った瓶を見せる。


「そのオイルのせいだってわかってるんだよ!あのマッサージを受けた日以来、私の体、おかしくなったんだから!」


「ふ、ふふ、あはははは」


「なにがおかしいの?」


 真剣な眼差しで睨む少女と違い、男は心底愉快そうな顔をした。


「これはね、ただのオイルだよ。媚薬なんて入ってないんだよ」


「え?」


「なるほどねえ、壬生ちゃんはなんの変哲もないオイルを塗られただけで発情しちゃう、淫乱な女の子なんだ!」


「ち、違う、そんなの嘘だよ!」


「本当だよ。そっか、そんなに前回のマッサージは気持ち良かったんだね。じゃあ、今度はもっと気持ち良くしてあげないとね」


 男のその言葉にごくりと唾を飲む音がする。男はゆっくりと少女の肩から胸へとそのごつごつした手を動かすと、そのまま慣れて手つきで服を脱がしていく。


「あ、やめておじさん」


「今夜は前より長めに本番をしてあげるね」


 男は少女を下着姿にすると、そのまま押し倒して少女をマッサージ台の上で仰向けにする。重力に負けじとたわわに揺れる少女の胸を、男は愉快そうに見つめ、腕を伸ばして彼女の黒いブラジャーに手をかける…


「……え、ブラの色、黒に変更になったの?」


 目を覚ましたら、いつもの自分の部屋だった。


 いや確かに昨日、壬生さんが持ってるブラは赤と黒だけという話を聞いたけど、その代わりピンクのブラ買ったじゃん。


 …ピンクのブラ。そうだった。嫌でも昨日の記憶が蘇る。


 僕のスマホには昨日、壬生さんから送られてきた下着姿の画像データがある。それだけなら彼氏特権のほほえましい画像ってことで済ませられるのだが、問題はその画像には僕の知らない男が写り込んでいるということだ。


 確かにそういう類の画像は前回ももらった。しかし男とカラオケで遊ぶのと、男の目の前で下着姿を披露するのでは、まったく意味が違うではないか。


 お、お兄さんとかだよね?そうだよ、きっと壬生さんには下着姿を見せてもまったく問題ないお兄さんとかがいるんだよ!そうだよ、そのはずだよ。


 そうとわかれば早速確認だ!


 僕はスマホで『おはよう』とメッセージを送った後、『そういえば壬生さんって、兄弟とかいるの?』とさりげなく質問してみた。


『おはよう根東くん」


 返事がきた。


『いるよー。大学生のお兄ちゃんと、中学生の弟。私は真ん中だね』


 思った以上に男性が多い家庭のようだ。でも、うん、兄弟ならセーフじゃね?


 それに画像を撮影された時間帯は明らかにデートの後。壬生さんはピンク色の下着は持ってなかったって言ってたから、少なくともあの画像は土曜日前の時点で撮影したものではない。つまり、あの下着姿を撮影できる時間帯は昨日の深夜ごろしかありえない。


 そんな時間帯に実家以外の場所であんなふしだらな撮影ができるとは思えない。


 つまり、あの男性の正体は家にいる男性、そう、お兄さんなのでは?


 そうだよ、そうに決まってる!それ以外の可能性とか無いよね!なーんだ、もう壬生さんったら、お兄さんを使って寝取られを演じていたってこと?もう、そういう小細工するところ、すごく可愛いよね!


 ピロン♪スマホにメッセージが来た。


『まあお兄ちゃんは今一人暮らしだから、実家にはいないんだけどね!』


 壬生さんはもしかして千里眼でも持っているのだろうか?なぜ僕の思考が読める?いや、思考を読むどころか、ダイレクトに最もして欲しくないメッセージをピンポイントで送ってくる。


 お兄さんじゃないならあの年上の男は誰なんだよ!うおおおおおおお!脳が破壊される!


 くっ、胸が締め付けられる。せっかく昨日、最後の最後でめちゃくちゃイチャイチャラブラブしながらデートを終われたのに!他の男が介入したせいでなんかモヤモヤするんですけど!


 心臓が妙にドクドクと激しく高鳴る。この謎の男性。明らかに中学生の弟ではない。お兄さんは現在は家にいない。年齢からしてお父さんの可能性も低い。そんな家族ではない男性がいる場所で、なぜ壬生さんは下着姿を見せたのだろう?


 いや、それよりもっと気になるのは、下着姿を見せた後。


 ダメなのに、嫌なのに、どうしても想像してしまう。下着姿の壬生さんは他の男に抱かれて、愛し合ったのだろうか?


 ダメだ、落ち着け。冷静になれ。大丈夫、だって。たぶん。


 とにかく、今日は壬生さんと図書館デートだ。それさえ乗り切れば、ちゃんと教えてくれる。そう言ったじゃないか!


 …教えてくれるって、どんなふうに寝取られたかを報告するって意味ではないよね?確かに僕には寝取られ性癖があるかもしれないが、そんな上級者レベルのNTRへの耐性はまだ無いんだけど!


 でも壬生さん、明らかに僕の性癖を理解してるし、なんならそれを満たすために行動してるんだよなあ。


 彼氏のことをよく理解する彼女。字面だけならとても良い彼女のように見える。しかし寝取られ性癖に対する理解がありすぎる彼女というのは実はかなり厄介な彼女ではないのだろうか?


 そんなことで悩みつつも、僕は参考書をバッグに入れて図書館へと向かうことにした。


 雲一つないよく晴れた青い空の下。僕たちは図書館の前で集合することにしていた。そしていざ図書館が見えるぐらいの距離になると、壬生さんがいた。


 あ、待たせちゃったかな?


「壬生さーん、おはよう。ごめん、待たせちゃったかな?」


「ううん、今ついたところだよ。おはよう、根東くん」


 今日の快晴のように、善意の塊のような明るい笑顔を返してくれる壬生さん。まさかこんな穢れなき笑顔を浮かべる女の子が、彼氏以外の男と一緒に下着姿を撮影するような女性だなんて、まず予想できないよね!


 そして僕は、そういうことをする彼女が好きだというのだから手に負えないよ。


 もちろん、壬生さんは大好きで大事な彼女だ。他の男なんかに寝取られてほしくない。でも心のどこかで、寝取られる姿を見てみたい、そんなピンク色の欲望がはっきりと僕の中で形作られている気がした。


 今日の壬生さんは昨日の派手なギャルファッションと違って、まるで清純な乙女のような清潔感のある服装だった。やっぱりアレはわざとナンパされやすい服装をしたのかもしれない。


「じゃあ行こうか」


「うん」


 壬生さんは当たり前のように僕の右側に来て、腕を組んで絡ませる。もう彼女がここにいるのが当たり前みたいな感覚だ。もし彼女がいなくなったら、そう思うとちょっとした恐怖でもある。


 すぐ近くに女の子がいる。だからなのか、壬生さんの方から甘い香りが漂ってきて鼻孔をくすぐる。


 壬生さんと腕を組んだ感触も心地よく、一緒にいると心の中が幸福感で満たされる。これが愛の力というやつか。


 彼女がいるって、最高だね。


 図書館に入り、ホールを抜けて二階にある図書室に行く。幸いというべきか、あまり人はいなかった。これならちょっとお喋りしても迷惑はかからなそうだ。


「じゃあ今日はなんの勉強する?」


「うーん、どうしよう?」


「苦手なものを克服するか、それとも得意なものを伸ばすか、どっちの方がいい?」


 さすが学年でもトップレベルの学力を有する壬生さん。こうやって計画的に勉強してるから効率よく学力を伸ばせるのだろうね。


「えっと、僕、英語とか歴史とか、文系の科目が得意だし、そっちを伸ばしたいかな」


「うん、ならあえて苦手な方をやろうか。根東くん、数学を勉強しよ」


「え、あの、はい…」


 さすが壬生さんだ。もう自分がドSだということがバレているからなのか、その本性を最近は隠さなくなってきている。人がやりたくないことをわざと強制する、性格が良い人じゃまずできないことだよ!


 僕は正直、数学はあまり得意ではない。でも大好きな彼女がやれって言うなら、やってやるよ!


 机に参考書とノートを置き、勉強を始めた。


 カリカリ、カリカリ、カリカリ、ぺら、カリカリ…


 …シャーペンで問題をスムーズに解く音が図書室に響き渡る。それ以外の音というと、たまに参考書を捲る時の音と、それと壬生さんがその長く綺麗な黒髪をかきあげる音くらいだ。


「集中、できてないみたいだね」


 問題を解きながら、まるで見透かすみたいに言う壬生さん。


「うん、なんか集中するコツとかある?」


「うーん、そうだね。やっぱりご褒美で釣るのが良いのかしら?」


 数学の問題を解いている時の壬生さんは、とても知的な美少女だった。しかし、そう言って僕の方を見た時、一瞬だけ表情が歪み、魔性の貌を覗かせる。


「根東くんは、私が昨夜、なにをしていたのか、気になって気になってしょうがないんだよね?」


「……はい、気になります」


「ふふ、すごい正直だね」


 ここが図書室だからだろう、声を潜めて小さく笑う壬生さん。


「私も根東くんの彼女として、できれば今すぐ教えてあげたいの。でも受験も大事だし。だからね、根東くんのために数学のテストを作ってあげたから、それを解いて全問正解だったら教えてあげるね」


 そういって壬生さんは、おそらくパソコンで作ったのであろう、自作の数学のテストを僕に渡す。


 僕はそのテストを見て思った。


 マジかよ、これ、模擬テスト並みのクオリティなんですけど?


 壬生さん、僕は君のことをすごく優秀な女性だと思っていたけど、まさか問題を制作できるレベルの優秀さだったとは予想外だったよ。


「壬生さん、これ、難易度高すぎません?」


「うん、大丈夫だよ、この参考書の範囲内だから。今からテスト勉強すれば間に合うよ」


「え、勉強時間あるの?」


 あ、よかった。そうだよね。こんなガチなテスト、勉強無しで解けないよね。


「うん。今が十一時だから、十三時にテストしようか。ねえ、一緒にごはん、食べに行こう」


「それはつまり、僕は食事をするなってこと?」


「そんなこと言わないよ」


 そうだよね。大好きな彼女がそんなスパルタみたいな苦行、彼氏に課さないよね。


「食事しながら勉強すればいいんだよ」


 ああ、課すわ。この人、スパルタ並みの苦労を彼氏に課すタイプの女の子だわ。


 僕たちはその後、図書館の近くにあったファーストフード店でお昼を過ごした。参考書を必死に読みながら食べる彼女とのランチタイムは、なんか思い描いていた恋人同士の食事風景とは違う気がした。


 まあわからないところがあったらすぐに教えてくれたし、なんだかんだ彼女と一緒に食事をする時間は楽しいものではあったけどね。


 食事を終え、僕らは再び図書館へ。いよいよテストの時間だ。まさか彼女との図書館デートでテストを受けるとは思わなかった。


「根東くん」


「うん?なに?」


「満点取れたらすっごいエッチなお話してあげるね」


「え?」


「じゃあテスト開始」


「え、ちょ、待って、そんな!」


 壬生さんはこれからテストだというタイミングでとんでもない爆弾を落としてくる。


 ちょ、エッチな話ってなに?え、マジで?もしかして、本当に昨夜、あの知らない男に寝取られたってこと?それを今から教えてくれるの?


 どういうことなの?わかんねえ。数学の公式より壬生さんの公式の方が難解だよ!


 いや、焦っちゃダメだ。今は目の前の数学の問題に集中しないと。この問題をすべて解けば、真実が明らかになる。壬生さんが寝取られたのか、その真相を確かめないと。そして彼女がどんなふうに寝取られたのか、その具体的なシチュエーションについて詳しく教えてもらうんだい!


 …あれ?結局僕は、壬生さんに寝取られて欲しいのか?いや、今はそれより数学だ!


 カリカリ、カリカリ、カリカリ…


 すごい、なんて集中力だろう。今まで感じたことのないような集中力を発揮できた。

 難しく感じた数学の問題が、今はとても簡単な問題に感じる。僕はペンを走らせ、次々と問題を解いていった。


「はい、しゅうりょー」


「ふう、終わった」


 やがて時間が経過。壬生さんの合図でテストは終了する。


「根東くん、すごい集中してたね。じゃあ採点するね」


「うん、お願い、もうへとへとだよ」


「ふふ、すごい頑張ったね。偉いよ」


「ありがとう」


 僕は机に突っ伏した。あとは結果が出るのを待つのみ。


「うん、正解、正解、これも正解。すごいね根東くん、このままだと全部正解になりそうだよ」


「え、本当に?やった!」


「あ、ここ間違えてるね」


「え?」


「あ、ここもだ。ここもダメ、と。こっちは正解だけど、これは間違いだね。うん。うーん、八十点ぐらいかな。すごいね、根東くん、高得点だね!」


「あ、うん、はい。そうだね」


 やっちまった。満点取れなかった。


「うーん、採点したら疲れちゃった。ねえ、外で休憩しよ」


「う、うん。そうしようね」


 なんか、僕もどっと疲れたし。


 図書館の前には木々が生える広場があり、そこのベンチで休憩することにした。


 僕の隣に座る壬生さん。「残念だったね、根東くん」


「うん、あともう少しだったんだけど、あのー、それでさ」


「満点じゃないからご褒美はなしだね」


「ええ、そんなー」


 ここまで来てそれはないよ。それじゃあ、壬生さんが寝取られたかどうか、結局わからずじまいじゃないですかー。


 いや、いいんだけどね。別に今更さあ、壬生さんのことを抱いて本当に寝取られたかどうかを検証しようなんて思わないよ。彼女のこと信じてるからさあ、エッチして検証しようとか絶対やらないから。でもさあ、どうせなら聞きたかったなあ。


「どうしても聞きたい?」


「…うん」


「そんな残念そうな顔されると、なんか可哀そうになってくるね。本当に根東くん、寝取られが好きなんだ」


 壬生さんは「どうしようかっなあ」と思案すると、やがて「そうだ、ヒントだけあげるね」


「え、本当?」


「うん。あの日、画像に写っていたのはね、お兄ちゃん…」


 え、お兄さん!やっぱりお兄さんだったんだ!なーんだ、もうだったらそう言ってよ!よかったー。


「…の大学の友達の的野さんだよ」


 アウトだったわ。


 しかも大学生って、なんか一番女子高生に近づけたらダメな人じゃないですか!男の大学生の前で女子高生が下着姿を披露するって、それもうエッチする前段階じゃないですか!


「はい、じゃあヒントおしまいね」


「え!それだけ!そんな、それだけで終わりって、それはないよ!」


「根東くん、そんな泣くほど嫌だったの?」


 手で目のあたりを触ると、確かに泣いている。この涙は壬生さんが寝取られたかもしれないというショックで流れたのか。それとも寝取られトークが聞けないことに対する悲しみから流れたのか。どっちだろう?自分でもよくわからない。


「どうしてもダメかな?」


「うん、だって約束だし」


 前から思っていたけど、壬生さんってかなり意思が硬い女の子だよな。一度こうと決めたら絶対曲げない、鋼の意思を感じるよ。


 なんでこんな意思が強固な女性が、僕の寝取られ性癖に悦んで付き合ってくれるのだろう。謎だよ。


 ただ僕がしょんぼり落胆している姿を見てもしかしたらその硬い意思をちょっとだけ柔軟にしてくれたのかもしれない。


「うーん、しょうがないなあ」


 にちゃあと音がしそうな邪悪が笑みを浮かべながら続ける。


「私が考えた寝取られ報告でよければ、教えてあげるよ!」


 ……なんですと?


「うん?ごめん、どういうこと?」


「だから、私が考えたお話でよければ教えてあげるってこと」


 それはつまり…


「嘘の寝取られってこと?」


「別に嘘とは言ってないよ」


「え、じゃあガチで寝取られたの?」


「本当とも言ってないよね」


 え、どういうこと?嘘でも本当でもないって。真実はいつも一つってあの国民的名探偵の台詞は実は間違っていたのか?


「私はただ話すだけ。その話を嘘だと思うか、本当だと思うか、それは根東くんが決めていいよ」


 なんですと!そ、そんなのアリなのッ!!!!


「それで良ければ、昨夜、なにがあったか教えてあげるね」


 もう魔女である。普段とは違う、蠱惑的な笑みを浮かべて僕を見る壬生さんは、とても良い人には見えない。見えないのだが、そんな危険な素顔を見せる彼女がとても可愛く、僕には魅力的な女の子に見えて仕方がなかった。


「じゃあ、それでお願いします」


「うん、じゃあ話すね」


 壬生さんは語る。


「昨夜は根東くんにすっごく激しいキスをされてね、私、なんだか体が火照ったの。もしあの時、根東くんに迫られたら、そのまま受け入れてセックスしちゃってたかもしれなかったんだ」


 なんだと!そんな美味しい状況だったの!


 え、ちょっと待って。僕、今とんでもないことに気づいてしまった。


 壬生さんは今、嘘か真かわからない話をしている。それは良い。問題はその中身だ。


 僕が昨日キスをしたというのは真実だ。そう、壬生さんは今、真実を混ぜて話をしているのだ。


 つまり、今から壬生さんが話す内容は、あながち間違ってない真実かもしれない、ということだ。


 これがもし、壬生さんが突然異世界に転生して、そこで出会ったナイスガイに寝取られたという、荒唐無稽な話なら、簡単に嘘だと断じることができる。


 しかし、壬生さんは真実を混ぜて話している。だから、もしかしたらこの内容は、本当かもしれないという可能性があるのだ。


 そんなバカな!壬生さんからすればどこが嘘なのか明確なのに、僕からしたらどれが嘘なのかわからないだなんて!


 えぐれる。そんなことされたら、僕の精神がえぐれてしまうじゃないか!


 しかしそんな僕の思惑など知るかボケといわんばかりの勢いで、彼女はニタニタと楽しそうな笑みを浮かべながら続ける。


 真実と嘘が混ざりあうその内容を、壬生さんはそっと僕に近づき、腕を絡ませた状態でぴったりと体を密着させながら耳元で話してくれる。


「そうだよ、本当に危なかった。根東くんが冷静にエッチを断ってくれたおかげで私たち、別れずに済んだね。でもね、私の中の体の疼きは止められないの」


 ――だからね、呼んじゃった。


「的野さんはね、お兄ちゃんの大学の友達でね、サーフィンが趣味の大学生なの。普段から運動をしているから、すごーく逞しい体をしているんだよ。でね、すごく性欲が強くて、それでいてチャラい感じのする男の人で、女の子を見るとすぐに口説こうとするんだって」


 さ、サーフィンをやっている大学生のチャラ男だと!そんなん絶対女子高生に近づいたらいけない人種じゃないか!


 え?ていうかそれは嘘なの?本当なの?どっちなの?


「その夜はね、両親は出かけていなかったし、お兄ちゃんは大学で一人暮らししているし、弟は友達の家に泊まりにいっちゃってね。私一人だったんだ。でね、的野さんてたまにお兄ちゃんと一緒にうちに遊びに来てたんだけど、そのときの連絡先を交換したの」


 ――呼んだらすぐ来たよ、と彼女は囁く。


「的野さんとはたまに会うぐらいの関係だったの。ただね、家に遊びに来るとき、いつも私の方を見てね、胸とかお尻とかじっと見ることが多いんだ。あれって絶対、私のこと狙ってるよね」


 そんなの、確実に壬生さんのこと狙ってるじゃないか!もう壬生さんのことを友達の妹じゃなくて、ただの一人の女として扱ってるじゃん!


「でね、家にやって来たんだ。最初はね、一人で暇だから一緒に遊びましょって言ったの。それでね、彼氏に下着姿を見せたいから、スマホで私を撮影してって頼んだんだ」


 ――そのとき、私の下着姿を見られちゃったんだ。


「的野さん、すっごい顔をして私の方を見てたよ。あ、この人、オスになったってすぐわかっちゃった。そんな的野さんを私の寝室に連れ込んでね。一緒に楽しいことしようって誘ったの」


 ――そのまま押し倒されて、抱かれちゃったよ、根東くん。


 そんな、そんな、まさか。それじゃあまるで壬生さんが誘惑したみたいじゃないか!


「ねえ、どっちだと思う?」


 壬生さんは僕のアゴを掴み、自分の方を無理やり向けさせる。僕の目の前に、トロンと蕩けたような眼差しをする、頬を赤く染めた美少女がいる。


 なんて、いやらしい顔をするんだろう。


 僕はそのまま顔を前に進め、壬生さんの唇にキスをした。


「あ、許可とらずに勝手にキスしたね」


「うん。可愛かったからつい。ダメだった?」


「いいよ。だって彼女だもん。いつでもキスしていいんだよ」


 なんだか無性にむちゃくちゃにしてやりたい、そんな衝動に駆られて、僕は再び壬生さんにキスをした。彼女は特に抵抗することなく。僕の口を受け入れる。


 あんな話、嘘だよ。嘘に決まっている。だけど、今僕がしているみたいに彼女も他の男とキスをしたのだろうか?そんな疑惑が胸の中に広がって止まらない。


「ん、ぷはあ。はあ、はあ、はあ。苦しいよ」


「我慢して。僕のために、もっとキスさせて」


「アハッ!…いいよ、本当は苦しいけど、特別に我慢してあげるね」


 いつの間にか僕は両手を彼女の背中にまわし、その体をしっかりと抱きしめた状態でキスをしていた。


 いくら人の往来が少ない場所とはいえ、ここは外だ。こんなに長々とキスをしていたら誰かに見られるかもしれない。


 どうでもいい。


 今はただ、この目の前にいる女は僕のモノだと、僕が独占しているのだと周りに教えてやりたい気分だった。


「あんな約束しなきゃよかったね」


 壬生さんは僕の耳を甘噛みしながら言う。


「そうすれば今すぐエッチできたのに」


「そうだね。でも約束だから、ちゃんと卒業式まで我慢してね。命令だよ」


「!…はい。わかりました」


 僕はいつからこんなにも独占欲の強い人間になったのだろう。もう彼女のことを絶対に渡したくない。この女は、僕の女なのだ。


「来沙羅は僕の女だよ。そうだよね?」


「はい、壬生来沙羅は、根東司くんの女になります」


 この日。告白から一週間が経過して、ようやく僕らは本当の意味で恋人同士になれた気がした。


 彼女が寝取られることは絶対にない。なぜなら僕の女だからだ。

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