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 壬生さんが行きつけのお店は駅ビルのショッピングモールにあるらしく、僕らはそこに向かって歩いていた。


 ショッピングモール内は冷房が行き届いてるので外と違って涼しいのだが、ただ人目も多く、たまに壬生さんたちの方をチラチラと見る視線がある。


 まあ、そうだよね。ただでさえモデルみたいな完璧な容姿を持つ美少女たち。そんな彼女が短めのスカートで楽しそうに歩いているのだ。特に宗像さんなんてそのたわわな胸の谷間がよく見える大胆な服装なので、余計に視線を集めやすい。


 なんというか、場違い感がすごい。僕みたいな普通の男がこんなゴージャスな三人と一緒にいて良いのだろうか?


「ちょっとトイレ寄っていいか?」


 ショッピングモールを歩いていると、百崎さんがトイレの方を指さして言う。


「あら、なら私も一緒に行くわ」


「おう、来沙羅はどうする?」


「私は根東くんと待ってるね」


 あれ、僕が待つことは決定なのだろうか?


 いや、僕だって女子トイレに行くつもりはないよ?もちろん、行くとしたら男子トイレだ。さっきの電車の件は不幸な事故であって、決して自分から彼女たちに手を出したいと思っているわけではないからね!


 百崎さんと宗像さんを見送り、僕は壬生さんと二人っきりになる。


「ねえ根東くん」


「うん?なに?」


「今日も勝負しようか」


 え?今日って、普通に水着を選ぶだけではなかったの?


 壬生さんはそっと僕に近寄り、腕を組んでくる。彼女は頭をこちらに傾けて、僕の肩に寄りかかってくる。すると彼女の体温が伝わってきて、甘い香りがする。


「今日の十七時までに、瑞樹と杏にバレないように私と100回キスしようよ」


 なんですと!


 それだけだったら、うーん、まあ前回の寝取り競争と比べたらぜんぜん難易度は低いかな?むしろ壬生さんとキスができるなんてラッキーだよね!


「うん、いいよ!」


 今までのことを考えたらぜんぜん難易度が低い、そう思ったからこそ、僕は簡単に返事をする。後になって思えば、壬生さんが簡単な企画を持ち込むわけないのにね。


「よかった!じゃあ失敗したら私、他の男の人に抱かれて寝取られてくるね!」


「え?」


「で、成功したら、無条件で瑞樹と杏、好きな方を抱いても良いよ。なんなら両方でも良いよ」


 なんですと!


 え、無条件?無条件というと、それはつまりどういうこと?なんの条件も無しってこと?たとえ宗像さんや百崎さんを抱いても壬生さんが寝取られる心配はないってこと?いやそれよりも、もっと聞くべきことがあるだろ!この勝負に負けたら壬生さん、寝取られちゃうの!


 しかも前回と違って今回、制限時間が短すぎる!今日中に達成しないとダメって、きつくない?


 それにしてもこんな提案をするってことはもしかして、宗像さんと百崎さんについて壬生さんは知っているのだろうか?


「あの、壬生さん、もしかして…」


「根東くんはすごいね。杏だけじゃなくて瑞樹までセフレにしちゃうんだもん」


 あっちゃー。バレてるー。もう完全にバレてるー。


「いや、待って壬生さん。確かにそういう話はあるけど、僕やってないから!手は出してないからね!」


「そう?でもやったところで隠されたら、私、気づかないかもしれないよ?」


 …え?うーん。いやー、それはないだろ。


 普通の男だったら彼女に内緒でセフレとエッチしてもバレないかもしれない。しかし僕は壬生さんを知っている。


 うん、絶対バレるよな。どんなに隠したところで、壬生さんにはすぐにバレるだろうな。


「信じてほしい。宗像さんとも百崎さんともやってないから!」


「そう?うーん、そこまで言うなら信じようかな?」


 ――まあお尻を触るぐらいなら許してあげようかな?と壬生さんはやけに冷淡な眼差しを向けてくる。


 いや、ほんと、壬生さんはなんでも知ってるなあ。やっぱり隠し事はできないぜ!


「あの、お願いだから聞いてほしいな!本当に触るつもりなんてなかったんです。気づいたら勝手に手が動いてたんです。僕が触りたいのはいつだって壬生さんだけなんです!」


「そんな告白されても困るかな?うーん、仕方のない彼氏だね」


 ――それで、どうする?と壬生さんは続ける。


「勝負に勝ったら、杏と瑞樹を抱いても、ご褒美に寝取られは無しにしてあげる。でも負けちゃったら、私も寝取られに行くね」


「そんな!一体誰と!」


 …いや、論点はそこか?なんで僕は寝取られの人選を気にしてるんだ?見たいのかな?そういう展開を見たいのかな?ダメだぞ、寝取られなんて。絶対にダメだからな!


「根東くんの知ってる人とか、良いかもね」


 と魔女みたいな危険な目をして囁く壬生さんは、本当に僕の喜ぶつぼをよくおさえてる。


 くっそぉ、よりにもよって知り合いが壬生さんを寝取るだなんて、なんて興奮するシチュエーションなのだろう!そんなこと言われたら、わざと負けたくなるじゃないか。


 …なんでだよ?おかしくない?なんで勝って美少女二人とエッチするよりも、負けて彼女が寝取られる方がご褒美みたいな感覚になってるの?おかしくね?普通さあ、逆じゃねえの?


「勝ってもノーリスクでエッチできるし、負けても彼女が寝取られるだけ、根東くんにとって都合の良すぎる勝負だね!」


 そういって満面の笑みを浮かべる壬生さんの眼差しには、悪魔が宿ってるような気がした。


 僕はトイレの方を確認する。ここはちょうど柱があって陰になっているから、周囲の客からの視線が届かない。


「その勝負って、もう始まってる?」


「始まってるよ」


「えーと、勝負そのものを拒否ってできるのかな?」


「だーめ。勝手に彼女以外のお尻を触った罰だよ」


 そんなあ。やりたくないよ、こんな勝負。だって、だって、うーん、あれ?拒否する理由が見当たらないな?じゃあやっても良いのかな?


 …いや、あるだろ。負けたら壬生さんが寝取られるって言ってるじゃねえか!それだよそれ、それがやりたくない理由でしょ!


 こんなの普通じゃない。一体どこの世界に彼氏以外の男に抱かれに行く彼女がいるのだろうか?それを公認し、喜ぶ彼氏なんてどうかしてるぞ!


 まったく、あり得ないよな。いくら彼氏が寝取られ好きの変態だからって、そこまで彼氏のために行動するだなんて、壬生さんは絶対におかしいよ!


 こんなの間違っている。そうだよ、こんなの倫理的にも道義的にもアウトだよ。絶対止めないと!壬生さんを守るためにも、止めないと!


 だって僕は、壬生さんの彼女だもん!彼女が危険なことをしないように止めるのも彼氏の務めだよね!


「壬生さん」


「なーに?」


 うーん、可愛い顔してるな。僕は寄りかかってくる壬生さんの唇にそっとキスした。


「はい、一回目。勝負開始だね」


「…ふ、ふふ、ぷぷぷ、アハ。そうだね💓」


 魔女みたいな嘲笑をする壬生さん。そんなドSな彼女もまた、僕の大好きな壬生さんなのだ。


 …いや、違うだろ。なんで勝負受けてんだよ。お前、断るって考えてたじゃねえか!脳が、僕の脳が僕を裏切るよ!どうしてやめてほしい事に限って率先してやろうとするの!こんなのおかしいよ!


 おそろしい。僕の脳は破壊と再生を繰り返すことで、もしかして新しい脳が形成されているのだろうか?もうそれはもう僕と呼んで良いのだろうか?僕とは違う、もう一人の僕…ピンク色の相棒とでも名付けようか。


 とにかく、始まった以上、もうやるしかない。壬生さんの貞操を守るため、僕は十七時までに壬生さんの唇を100回奪う。残り99回だ!


 …宗像さんと百崎さんとエッチができる件は、うーん、後回しにしよう。


 もちろん、できることならしてみたい。あれほどの美少女だ。エッチしたいに決まってる。そういう欲望はある。しかしなぜだろう?二人とエッチできることよりも、壬生さんが寝取られることの方が重大な気がしてしょうがないのだ。


 とりあえず今は負けないことを優先して行動するべきだよね!


 僕はトイレの方を見やる。まだ来てないな。今のうちにいっぱいチューしておこう。


 僕は壬生さんを見つめる。すると彼女も僕を見返してくれる。本当に綺麗な顔をしている。そんな彼女の唇を、百崎さんと宗像さんにバレないよう、100回僕の色に染めなおさないといけない。


 なんだかとても興奮した。


「壬生さん、勝負だから、多少強引にやっても良いんだよね?」


「いいよ。強引な根東くんも好きだよ、私」


 まだトイレから彼女たちは出てこない。僕は壬生さんの柔らかな唇に向かってキスを連発した。


 ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅ、ちゅー、むちゅ、ちゅー。ちゅ、ちゅ、ちゅ…やべ、二人が来た!


 とりあえず10回はできた。これで残り89回。なんか壬生さんの様子がおかしい。さっきまで魔女みたいな冷徹な眼差しをしていたのに、今は熱っぽく蕩けた目をしている。


「あん、うーん、根東くん、もう終わり💓」


「だって二人来たし」


「もう、焦らさないで欲しいな」


 やばい。僕もやばいが、壬生さんもいちゃラブモードに入っててヤバい。


「ふふ💓」


 壬生さんは嬉しそうな笑みを浮かべて僕の背中に腕を回して抱き着いてきた。


「あん?お前ら、なにいちゃいちゃしてんの?」


「あらあら、妬けちゃうわね」


 あきれたような目をする百崎さんに、困ったような顔をする宗像さん。


「え、あの、なな、なんでもないよ」


「そうだよ、なんでもないよ💓」


「いや、嘘つけよ。絶対なんかあったろ」


 普段のドSスタイルの壬生さんだったら上手く誤魔化せるのに!よりにもよっていちゃラブモードの壬生さんになるから、二人から疑いの眼差しを向けられる。


 今回の勝負は隠密さが重要になってくるのに。これはまずい。


「そ、それより早く水着選びに行こうよ」


「うーん、なんだか不自然だけど、そうね。行きましょう」


 僕の提案に対して、宗像さんはどこか怪しみつつも、受け入れてくれる。


 そして僕らは目的のお店へと向かう。絶対バレてはいけないキス100回勝負が始まった。


 残り、89回。


 それにしても、どう考えても不審すぎる。


 だってさきほどまでこの三人の美少女たち、とても仲良く話していたんだよ。それがさあ、今や壬生さんは僕と腕を組んで密着。なんだか宗像さんと百崎さんとの間に距離感が生じている。


 怪しすぎる。彼女たちからすればトイレに行って以降より、明らかに僕らの行動が大きく変化しているだけに、どうしても百崎さんと宗像さんの疑いの目線がこちらに集まる。


 こんな状況であと89回もキスしないとダメなの?嘘でしょ。すごい警戒されてんだけど!


「なあ、杏。あの二人、どう思う?」


「そうねえ。確実に何かしてるわよね」


「そうだよな。なんだろ?」


「わからないけど、ただ私たちをプレイの道具にされてるみたいでなんだか面白くないわね」


「邪魔するか?」


「そうしましょう」


 ひそひそと宗像さんと百崎さんが密談している。一体なんの話をしているのだろう?正直、嫌な予感がする。


「根東くーん。まだ?」


 普段のクールビューティーな君はどこにいった?まるで甘えん坊な彼女みたいな顔をしてキスを催促しないで欲しい。今やったらバレるでしょ!ちょっと壬生さん、口をパクパク動かさないで!それなんか別の意味で卑猥だから!


「おい、司、俺とも仲良くしろよ」


「え?」


 壬生さんは今、僕の右側で腕を組んでいるわけなのだが、百崎さんが僕の左側にきて腕を組んできた。


 く、まずい。百崎さんのお胸ってかなり柔らかいんだよな。そんな密着するように腕を組まれると、その柔らかな感触のせいで僕の理性が吹っ飛びそうなんですけど!


「来沙羅だけ根東くんを独占してずるいよ。私と替わってよ、来沙羅?」


 そして宗像さんが壬生さんに抱き着いて、引っ張るような仕草をする。さすがに本気で引っ張りはしないだろうが、美少女二人がじゃれつく姿はなんとも可愛くて目の保養になる。


「やーだー。根東くんは私の彼氏だもん。杏は自分の彼氏とイチャイチャしてればいいでしょ?」


「あら、それは無理かしら」


 まあそうだよね、ここにはいないわけだし。


「だって律とは別れちゃったもん」


「え?そうなの?」


 初耳なんですけど。


「だっていくら調教しても、大きさはどうにもならないでしょ?もっと欲しいものができると、今あるものがゴミに見えて」


 へぇ、よくわからないけど、なんだか律さんが可哀そうだなって思った。


 あれ?じゃあ今は宗像さん、彼氏いないのか?百崎さんといい、なんだか僕がかかわったせいで彼氏が振られていくわけだし、なんだか寝取りでもしてるような気分だな。


 いや、僕が直接悪いことをしたわけではないから、僕が罪悪感を覚える必要はまったくないんだけどね!


 僕は悪くない!そうだよ、僕は関係ないよね!きっと僕がいなくても彼らは別れていたはずさ!


 ところでなぜ宗像さんと百崎さんはときどき僕の下半身をチェックするのだろう?よくわからないや!


「あ!あのお店じゃない!」


 ショッピングモールをしばらく歩いていると、水着を売っていそうなお店を見つけた。僕が指さすと、それに釣られて宗像さんと百崎さんがそっちを振り向く。


 むむッ!チャンス到来!


 僕の指に釣られて壬生さんもそっちを振り向こうとしたが、そんな彼女のアゴをつかみ、くいっと僕の方を振りむかせてキスを三回した。


「あ、もう💓」


 いきなりキスされて驚きつつも、壬生さんはトロンと目を蕩けさせて、頬をピンク色に染める。


「強引だね💓」


「あん?お前ら今なにかやったか?」


「え?いや、なにもやってないよ!」


「あらそう?なにかやってた気がするけど?」


「ああ、壬生さんの髪にゴミがついてたから、取っただけだよ!ね、壬生さん!」


「ふふ、ふふふふ」


 なぜ嬉しそうに笑う?演技でも良いからもうちょっとフォローしてよ!


「ふふ、根東くん💓」


 くっ、ダメだ。ドSモードの壬生さんと違っていちゃラブモードの壬生さんはちょっとポンコツかもしれない。くっそ、なぜなって欲しい時に限ってドSモードになってくれないの!


 だが、なんとか成功した。残り86回だ。


 頑張れ僕!絶対成し遂げるんだ!壬生さんを寝取らせないためにも!

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