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 夏休み二日目。今日も今日とて外は暑い。こんな暑い夏の日まで部活に精を出すのだから、体育会系の人たちには恐れ入る。


 僕も彼らのように夏休みの青春を謳歌したいのだが、最愛の彼女である壬生さんがまったく僕に会ってくれない。


 昨夜もスマホでメッセージを送ったのだが、『一週間だけ待って』という返信があっただけで、一向に会ってくれる気配がない。一体彼女は何をしているんだ?まさか本当に修行編に入ったとかじゃないよね?いろいろな意味ですごい心配なんだけど!


 もしも修行編だったとして、一体なにを修行しているのだろう?そしてその修行の成果としてとんでもなく壬生さんの技術が向上していたら、一体僕はどんな反応をすればいいんだ?


 お願い神様、修行編だけは勘弁してください。きっとあれだよね、家族旅行とかだよね。他の男のアレを使った修行とかしてないよね!


 夏休み以降、そんな不安が胸中を支配してしょうがなかった。一人で過ごしているとどうしても壬生さんのことが心配になってしまうだけに、誰かと一緒にいて気分を紛らわせたい。


 そうなると、どうしても百崎さんの顔が浮かんでしまう。


 ちなみに宗像さんもなぜか連絡がつかない。まあ、あの人も壬生さん並みに遊んでる人なので、単純に豪遊しているだけかもしれないが。


 遊び、かあ。そういえば壬生さんと付き合うようになって以来、なんだかんだ僕も楽しんでいるわけだし、それなりに充実した毎日を送っているな。


 確かに9割ぐらいは胸が裂けそうなぐらい辛いことばかりだ。しかし残りの1割で最大級の興奮と感動、そして喜びを体験しているだけに、コストパフォーマンスはむしろ最高レベルで優れているのではないのだろうか?


 とにかくこの一週間。壬生さんと再び会えるその日まで、どうにかして時間を潰さないと。


 ピロン♪


 む?スマホに着信がある。誰だろう?


 スマホの画面を覗けば、百崎さんだった。


『司、今日も遊ぼうぜ』


 昨日同様に遊びの連絡だったのだが、はて?部活は良いのだろうか?


『今日は部活ないの?』


『サボろうぜ』


 ええ、それはなんというか、良いのかな?


 壬生さんみたいにもともとサボる傾向のあった人が部活をサボるというのであればそれほど気は咎めない。しかし百崎さんみたいな部活ガチ勢が部活をサボるというのは、なんだか他の部員との軋轢的な問題が発生しそうで、ちょっと気が咎める。


 いいのかな?いや、これは良くないんじゃないの?


 うん、そうだよな。いくら遊びたいからといって、サボるのはよくないよね。僕は友達として百崎さんに忠告することにした。


 ピロン♪


 おや、追加でメッセージが来る。


『来沙羅のとっておきの寝取られ話してやるぞ』


 …ふむ。そうきたか。


 確かに部活をサボるのは良くないことだ。しかし、世の中には部活より大事なことがある。そういう大事なことを蔑ろにしてまで部活を優先するのは違うのではないのだろうか?


 そうだよ、世の中には大切にしなければいけないモノがある。僕は百崎さんに返事をする。


『わかった。今すぐ遊びに行こう!』


『おう、駅前集合な!』


 こうして僕は百崎さんが部活をサボることを容認した。しかし悔いはなかった。


 …いや、おかしいだろ。なんで寝取られ話なんかで釣られてるんだろう?ふと我に返って冷静になると、自分がとんでもない人間に生まれ変わってしまったような、言い知れない恐怖を感じた。しかしそんなことも、いざ駅前で百崎さんに出会ってしまえば、瞬く間に消滅。今は一刻も早く百崎さんから寝取られ話を聞きたくてウキウキしていた。


「ふー、あっついなぁ。司、早くどこかの店に入ろうぜ」


 確かに今日はとても暑い。それもあってか、今日の百崎さんはその細い足がよく見えるショートパンツでやってきた。


 その上、胸の形がよくわかるようなラフな恰好をしているせいで、歩くたびにプルンプルンと柔らかそうなおっぱいが揺れて僕を誘惑する。


 百崎さんは普段よりスポーツをやっているだけあって、健康的な体をしている美少女だ。それだけに、こういう夏らしい服装と百崎さんの体の相性はとても良く、見ているだけで興奮を煽ってくる。


 ポニーテールをたなびかせながら僕の隣を快活に笑いながら歩く彼女はとても可愛い。


「え、う、うん、そうだね、とりあえず…カラオケにでも行く?」


「うん?なんだよお前、もう聞きたいのか?」


 ハッ!しまった。今日の目的が目的だけに、カラオケなんて言ったら確実に寝取られ案件になってしまうじゃないか。


 …いや、あながち間違っていないか。だって今日の僕は、それが聞きたくて百崎さんと一緒に遊びに出かけてるところあるし。


「…うん、正直、めちゃくちゃ期待してる」


「ったくしょうがねえな。…いいぜ、行こう💓」


 一瞬、ダメかなあと思ったが、意外にも百崎さんは受け入れてくれる。なんだか最近の百崎さんは僕に対するあたりが優しい感じがする。


 まあ、既にあんなことやこんなことしてる仲だもんな。今さら遠慮は不要か!


「へへ💓」


 と可愛く笑いかけてくる百崎さん。道中、彼女は僕と腕を組んで隣を歩いていた。これでは恋人同士みたいだな。そんな彼女と一緒にカラオケ店へ向かう。僕らは受付を済ませると、早速個室に入っていく。


 外の暑さに対してカラオケ店は冷房がちゃんと完備されているのでとても涼しく、居心地が良かった。冷たい風が汗ばむ皮膚にあたって気持ち良い。


「で、どうする?歌でも歌うか?それともさっそく始めるか?」


「うーん、そうだなあ…」


 確かにそういうことをする目的でカラオケ店に入ったわけなのだが、なにも歌わないというのもなんだか憚られるし、一曲ぐらい歌った方がいいかな?


「うん、そうだね、百崎さん、例の話、教えてよ」


 あれれー?僕は一曲ぐらい歌った方がいいって思ってたんだけどなあ。どういうわけか意思に反して別の言葉が口から漏れる。


「へへ、相変わらず変態だな。いいぜ、司が興奮できるように、たーっぷり教えてやるよ。ほら、こっち来いよ、司」


 同じソファに座る僕たち。百崎さんは僕の手を掴んで、近くに座るように促す。しかしこの距離はもうほとんどゼロではないのだろうか?


「なあ、今日は俺のこと、恋人だと思って接してくれよ」


「え?あの…うん、いいよ」


 一瞬、壬生さんのこともあるので拒否した方がいいかな、とも思った。しかし拒否したら百崎さんが機嫌を損ねて話してくれない気がしたので、僕は提案を受ける。


 僕はそっと彼女の背中に腕を回し、百崎さんを抱き寄せ、彼女の耳元で囁いた。百崎さんの耳たぶはなんだか柔らかそうだった。


「ねえ、教えて瑞樹」


 はむ。


「ん…もう馬鹿なんだから💓」


 僕が瑞樹の耳たぶをぱくりと甘噛みすると、瑞樹の口から甘い吐息が漏れた。なんだかスイッチが入ったようで、瑞樹の顔がトロンと恍惚感に蕩けて頬も赤く染まっていく。


「なあ司。来沙羅が今、何をしてるか知ってるか?」


 ドクン。それは今、僕が最も知りたい情報であり、同時に知りたくない情報でもあった。


 やばい、僕の第六感が危険な信号を告げてくる。これは間違いなく僕の心を抉る寝取られ話だ!


「さ、さあ?やっぱり家族旅行かなあ?」


 そんなわけないだろうに、僕はわざととぼける。そんな僕の手を瑞樹は掴み、指を絡めて恋人つなぎをしてきた。


「残念、はずれ」


 くぅ、しまった。答えを間違えてしまったか。でもそうなると、壬生さんは一体何をしているんだろう?正解は何だ?


「正解は、口でご奉仕する練習でした💓」


 な、ななななな、なんだと!やっぱり壬生さん、口の練習をしてたのか!そんな馬鹿な!


 確かにそういう想像はしていた。しかし、想像はあくまで想像であって、事実ではない。こんな事実、知りたかった…いや違う、知りたくなかった!


 瑞樹は発情した女のような、淫蕩な雰囲気の中で言葉を続ける。


「ほら、来沙羅って以前、司にご奉仕しようとしたら、アゴの関節外しちゃっただろ?それがショックでな。どうしたらもっと上手に彼氏を気持ちよくさせられるのか、悩んでたんだよ」


 そんなあ。そんなことで悩む必要なんてないよ!仮に悩んだとしても、僕を相手に練習したらいいじゃないか!一体どんな理屈があれば他の男で練習するの?


「本当は司を相手に練習するのが一番なんだけど、ほら、お前って寝取られるのが好きだろ?だからわざとお前以外で練習することにしたんだってさ」


 僕のせいだった!僕が厄介な性癖を持っていたせいで、彼女がいらぬお節介を発揮しやがった!


 くぅ、やはり僕のせいなのか?こんな面倒くさい展開になっているのもすべて、僕のせいだというのか?…うん、まあそうだろうね。


 ちくしょう、ちくしょう、こんなの最悪だよ!でも興奮する!


「うわ、お前、泣きながら興奮してるじゃねえか。本当に好きなんだな、寝取られ」


 ——だったら俺も今度、練習に行こうかな?と瑞樹は続ける。しかし僕はそんな彼女を強く抱きしめて、


「お願い、それはやめて」


 と止める。


「うん?なんでだ?俺は別にお前の彼女じゃないんだぞ?」


「でも今は彼女でしょ?さっきそう言ったし」


「え?ああー、確かにそうか。へへ、そうだな、確かに今の俺は司の彼女だな。なら大好きな彼氏のためにも、他の男で練習するのはよしておくか」


「ありがとう、本当にありがとう」


「へへ。そこまで感謝されるとなんだか変な気分だな。でもめちゃくちゃ大事にされてるみたいで、気分は良いかも💓」


 ——それでな、と瑞樹は話を続ける。


「来沙羅って意外と負けず嫌いだろ?普段は余裕ぶってるけど、あれで勝負ごとに対してはかなり熱くなりやすくってな。それでほら、俺と杏で司のこと、気持ちよくしてやったろ?それでお前、ふふ、杏の方が気持ち良いって答えたらしいな」


 うっ、やっぱりアレはまずかったか。でも嘘をつけばついたで壬生さん、絶対怒ってたよな。


「来沙羅のやつ、杏に負けてめちゃくちゃ悔しがったみたいだぞ?それも内容が内容なだけに、もしかしたら司のこと、取られちゃうかもしれないって不安で焦ってたってのもあるかもな」


 ——だからどうしても杏に勝ちたいんだとよ、と瑞樹は言う。


「え、ちょっと待って。それってまさか…」


 ここ最近、壬生さんと僕は会えていない。そして、宗像さんとも会えていない。まさか…


「ああ、来沙羅の奴、杏に直接教えてもらってるらしいぜ」


 そんな!宗像先生の講座を受講したのは僕だけではなかったというのか!


 確かにエロのエキスパートみたいな宗像先生に教われば合格率100%は間違いなし!希望校に通えるだけの実力が身につくこと確実だろう!しかし、そんな、だって…


 いや、まだだ。落ち着け僕。まだ結論を出すのは早い。むしろ良かったじゃないか。宗像さんというプロがいて。プロの監修があるなら、安心して彼女を送り出せるってもんだよ!


「杏ってさあ、裏サイトの常連なんだぜ」


「え?」


 なぜここであの学校裏サイトが?


「あそこのランキングに乗ってる男のほとんどは、杏の知り合いなんだよ」


「え?そうなの?」


 まあ、そうだろうなあ。宗像さんみたいな経験豊富な人ならば、そういう付き合いもあるだろう。…まさか!


「ちなみにエッチが上手い女子ランキングで杏は8位だぞ」


「え、そうなの?意外だね」


 それはなんというか、エロエロな意味で意外だった。だってあの宗像さんだよ?絶対校内ナンバー1だって思うでしょ。まさか8位とはねえ。あの宗像さんを押さえつける女子があと7人も我が校にはいるというのか。うちの学校はどうなってんだ?


 もしかしてうちの学校ってさあ、捨てようと思えば簡単に童貞を捨てられる学校なのかな?


 …ところでランキングだけだと僕の方が宗像さんよりランクが上ってどういうことなのだろう?いつの間に僕はそんなレベルに到達してたんだ?念のために言っておくけど、僕、童貞っすよ。


「やっぱり、練習するなら経験豊富な男が一番だって思わないか?」


 瑞樹が怪しい顔で僕に囁いてくる。


「杏の紹介でな、来沙羅の奴、どうやったら彼氏を口で満足させられるのか、たーっぷり他の男で練習してるみたいだぞ」


 な、なななななな、なんだと!そんな馬鹿な!


 壬生さんが、僕の大好きな壬生さんが、今こうしている間も他の男のアレを使って練習してるだと!そんな、そんな、そんなのってないよ!


 嫌だ。嫌だよ。嘘だよね、壬生さん。嘘だって言ってよ。


「来沙羅、最初は苦戦したみたいだぞ。でもな、ほら、あいつ優秀だろ。いったんコツを掴んだらな、どんどん上達してるみたいでな、ついにはランカーの男なんてあっという間に舌だけで…」


 瑞樹の具体的な言葉に胸が張り裂けそうだ。全身が苦痛に苛まれ、頭がどうにかなってしまいそうだった。悪寒が背筋を走り、そのまま体が砕けてしまいそうだ。


 しかし、そんなにも苦しいのに、それでも僕の心臓がドクドクと高鳴って、直接その現場を見てみたいという興奮に支配されていた。


 嫌なのに、本当に嫌なのに、なんでこんなにも僕は興奮しているのだろう?


「へへ、だとしたら、どうする?」


「え?」


「ったく、興奮してるくせになんで泣くんだよ。ほら、拭いてやるよ」


「あ、ありがとう」


 瑞樹はハンカチを取り出すと、僕の顔にそっとあてて涙を拭いてくれた。瑞樹って、男っぽい言動をしているけど、実はすごく優しいな。


「へへ、ったく、本当に変態だな。で、どうするんだ?」


「え?なにが…」


「今の話、本当だと思うか?それとも嘘だと思うか?好きな方を信じろよ。それがお前にとっての正解だからさ」


 ——でもな、と瑞樹は続ける。


「本当のことを教えて欲しいなら、俺のことを抱くといいぞ。そしたらちゃんと教えてやるから」


 そ、そんな!そういうバージョンもあるんですか?!


 今までは話してくれた本人を抱いたら教えてくれるっていう条件だったのに、今回は違う。壬生さんの真実を知りたいなら、瑞樹を抱けという。そんなの無茶苦茶だよ。


 正直、知りたい。真相を知りたい。本当に壬生さんは他の男を使って練習したのか、真実を確かめたい。


 でもそのためには約束を破って瑞樹を抱かないといけない。


 確かに瑞樹を抱くことに関しては、自分で決めた自主ルールだ。僕が勝手に一方的に壬生さんに約束しただけで、壬生さん本人は勝負に負けたから抱いて良いよ、と言っている。


 それはそうなのだ。だいたい今更なにを言ってるんだという気持ちもある。ぶっちゃけ、瑞樹と宗像さんに関していえば、本番以外のほとんどのことはもうやってるわけだし、いまさらエッチしても問題なくね?という気持ちが心のどこかにあることもまた事実なのだ。


 しかし、しかし、しかし、それでも約束した以上は守らないといけないのではないのだろうか?


 だって、約束を破ったら、たぶん、壬生さんが悲しむ。いや、もう十分に悲しんでるかもしれないが、でもそれでもまだ一線は超えてないのだ。本当にギリギリのラインだが、まだラインは踏み越えていないのだ。


 約束は約束。だからそれはちゃんと守りたい。壬生さんのことを大事にしたいのだ。


「瑞樹」


「ん?なんだ?」


「正直、めちゃくちゃ瑞樹のことは抱きたい。瑞樹みたいな可愛い女の子、僕は大好きだし、できれば今すぐ抱きたい」


「うんうん、それで?」


「でも約束しちゃったから、今は無理なんだって。お願いだから待ってほしい」


 はあ、と瑞樹はデカい溜息をつくと、ピシっと僕の額にデコピンをした。ちょっと痛かった。


「ったく。こっちはお前のせいで欲求不満なんだよ。本当に早くしないと他の男に行っちまうぞ」


「え、そうなの。それはごめん。お詫びといってはなんだけど、今日は瑞樹のためにいっぱい気持ちよくしてみせるよ!」


「へ?いや、違う、今のはそういう意味じゃ…むしろそれ逆効果…うわ、馬鹿、ちょっと待て…そこはダメだって…もう、こういう時だけ強引だな…そういうとこ好きだぞ……あん💓」


 まさか瑞樹がここまで欲求不満になっていたとは思わなかった。僕としたことが、なんたる不覚。瑞樹の不満を解消するためにも、僕は彼女を強く抱きしめると、瑞樹が気持ちよくなれるポイントを優しく、的確にご奉仕してあげた。


 瑞樹にはいつも気持ちよくしてもらってばかりで、僕としてもちょっと悪い気がしていたのだ。今日は今までの恩を返す意味でも、瑞樹にいっぱい全力でご奉仕するぞ!


 …

 …

 …

 …

 …💓



「う~ん💓もう、もう、大好きだぞ💓」


 結局カラオケルームでは一曲も歌うことはなかった。僕は時間いっぱいまで瑞樹のために奉仕をし、彼女に喜んでもらった。最後の方になると瑞樹はトロトロに甘く蕩けていた。


「馬鹿ぁ。こんなことされたら余計溜まるだろ…でも好きだぞ💓」

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