第22話

 十分ほど歩いた。最初は物珍しさを感じていたコンクリート製のトンネルが延々と続く光景にも、もう飽きた。


 さらに十分ほど歩いた。前回銃弾を食らった傷跡が痛む。足が疲れてきた。狙撃銃は軽くない。兵士の装備も決して軽いわけではない。


 バックパックも合わせると、総重量は三十キロにもなる。そんな重装備で階段を下るというというのは楽じゃない。


 そしてもう五分ほど歩いたころで、ようやく開けた空間に出た。


 天井から床まで通路と同じコンクリートの、広く殺風景な空間で、壁一面に俺らが下ってきたような階段の出口が作られている。そこから次々と戦闘服の兵士が出入りしていた。


 部屋の中央にはガラス製の円柱があり、そこに扇形のエレベーターが十本ほど綺麗にはめ込まれていて、ひっきりなしに兵士を運んで上下している。


 ほとんどの兵士が武装している。敵首都攻撃作戦の準備をしているんだろう。


 案内人の兵士は迷うことなくエレベーターの一つに近づいた。俺らもそれに続く。エレベーターにはボタンがついていない。どうやって呼ぶんだ?


 俺が疑問に思ったとたん、案内人の兵士はカードをエレベーターの開閉扉にかざした。


 ピーンと音がした。それから三分程度でエレベーターがやってきた。


 防犯対策が鋼の壁だ。エレベーターに乗るのにもカードが必要だとは。軍部は相当心配性らしい。


 下から上がってきたエレベータには、かなりの兵士が乗っていた。その兵士たちが一斉に出てきたせいで、俺らは危うく人の波に流されかけた。


 だが、そのあたり慣れている向こうの兵士たちが、上手く俺らを避けてくれたおかげで、誰ともぶつからなかった。


 その時、真横を通った兵士のエンブレムを確認した。機甲科のものだった。今回の戦闘では戦車も利用されるのか。


 どれだけ大人数を運ぶことを想定しているのか聞きたくなるような巨大なエレベーターに、余裕をもって全員乗り込むと、エレベーターのドアが自動で閉まり、ゆっくりと降下し始めた。


 当然、その間ずっと立ちっぱなしだ。やることがないので、珍しい形のエレベーターの中を観察する。


 時々すぐ隣を他のエレベーターが通過する。隣のエレベーターにだれが乗っているのか分かるのがとても面白い。濃い緑の戦闘服を着た陸軍の兵士よりも、青色の迷彩服を着た海軍の兵士の方が多い。


 そこに、ぽつぽつと灰色の戦闘服を着た空軍の兵士と、それよりいくらか多い陸軍の兵士が混ざっている。


 めったに見ることができないその光景に対して抱く面白さは、目立たないように、念入りに隠された小口径の銃口が設置されていることに気づいた時点で消えた。


 侵入者は問答無用で射殺されるということか。恐ろしい話だ。警告に次ぐ警告をして、ようやく威嚇射撃が許される警察とは違うんだな。


 警察の場合、下手に犯人を射殺すると、それがたとえ凶悪犯であっても野次馬マスコミからバッシングを受けるからな。


 とは言っても、軍隊のこれは明らかにやりすぎだと思うが。もし誤作動を起こしたたら、兵士が犠牲になってしまう。


 そんな、肌がピリピリするような気分は、エレベーターの扉が開いたことで終わった。どこかのフロアに着いたらしい。エレベーターのドアが開く。


 その向こうには、柔らかい光を放つ蛍光灯で照らされた遥か彼方まで続くコンクリート製の長い廊下が続いていた。


 その両側の壁には、規則的に頑丈そうな金属製のドアが付けられている。軍事施設には、デザイン性の欠片も無い。ただ、殺風景だ。


 この基地には一体、幾らかけられてるんだ?少なく見積もっても、天文学的な額に達しているだろう。


 案内人に続いて、俺らは目が回るほど延々と同じ景色が続く廊下を進んでいく。


 大体五分ぐらい、そんな殺風景な環境を歩いたところで、案内人は突然立ち止まると右側の扉にさっきとは違うカードをかざした。


 金属製のドアが滑らかにスライドして開く。自動ドアだ。これ一台取り付けるのに幾らしたんだ?


「宿舎です。ここで待機してください」


 案内人はそう言うと、身をひるがえして去っていった。俺らは顔を見合わせた後、ひとまず部屋に入ることにした。


 コンクリート製の長い部屋は、両脇の壁に鉄パイプを組んだ無骨なベッドが並んでいた。


 二段ベッドではないのは、万が一、奇襲攻撃を受けた際、上の段に寝ている人がすぐに反撃できなくなるからだろう。


 全員が室内に入った瞬間、ドアが自動で閉まった。だが、暗くなるということはない。


 部屋の天井には、暖かい光を放つ電球が等間隔に取り付けられていて、兵士たちがリラックスできる設計になっている。なかなか兵士に優しいデザインだ。


 試しに、少しドアを開けようと試みてみたが、滑らかなデザインの扉は、うんともすんともいわない。どう考えても完全に閉じ込められた。俺らは囚人かよ。


 まあ、そんなことを言っても仕方がない。軍の上層部の横暴さは、兵士一同良く分かっている。何しろ、作戦成功のためなら兵士の命は数字でしか見ないからな。これも、脱走予防かもしれない。


 そのおかげで勝利に導いてもらっているので、文句なんて言えないが。


 俺らは適当なベッドをそれぞれ占拠すると、武器やバックパックなんかをベッドの脇に置いた。いくら体を鍛えたとしても、重い荷物を持つのがつらい作業であることに変わりはない。


 俺はベッドに座ると、自分の狙撃銃を見つめる。四㎞。この距離は銃の精度の限界を、とっくに超えている。銃の限界を超える狙撃をするのは難しい。


 そのフィールドの湿度、温度、地形、風向き、天気など、ありとあらゆる情報を調べて、さらに地球の自転すらも想定に入れた複雑な計算をして、その上銃身をずらさないように力を入れて引き金を引く。


 兵士一人で計算できる範囲を超えているので、スポッターと共に計算を行う。不幸中の幸いだが、氷室は計算が得意だ。


 俺自身も、ある程度計算ができると自負している。四㎞なら、敵に捕捉される前に作戦を成功させられるだろう。


 うん。自信が湧いてきた。きっと大丈夫だ。そうに違いない。自信がないと、結果にも影響する。自信は、実力を引っ張り出してくれるのだ。


 俺は狙撃銃を分解して、整備を始めた。細かなパーツまでピカピカに磨いていく。こうしているときが一番落ち着く。


 それに、できる限り狙撃銃自体の調子ものいい状態で、狙撃をしたい。誤作動で弾が少しでもズレれば、外れてしまう。


 そして、ほぼすべての狙撃に共通して言えることだが、二度目はない。


 俺がのんびりと狙撃銃を整備しながら一息ついていると、突然、ドアが滑らかに開いた。


 人が入ってくるかと思っていなかった俺は、危うくパーツを落としそうになった。誰だ?まさか、あれだけの設備を突破してここまで敵兵が入ってきたのか?


 俺は腰に付けたままのナイフの柄に、手をかけた。


「食料の配給に来ました」


 そこには、巨大なワゴンを持った兵士が一人立っていた。衛生兵か。びっくりした。俺はナイフから手を離した。


 その兵士は、慣れた手つきで全員に食料を渡すと、踊るように自然なステップで部屋から出て、ドアを閉めた。


 渡された食料は、いつも通り、味のしないクラッカーだった。三本あるということは、今日の食事はこれだけなのか。俺は一本目の袋を破いた。


 たとえ慣れていても、味気ない食事というのは食べていて楽しくない。今度休みがもらえたらファミリーレストランにでも行きたいな。


 何もやることがない午前中が過ぎていく。だが、ダラダラしていると体が鈍るので、室内で基礎訓練を行って過ごすことにした。


 だだ、いつ戦闘になるかわからないので、疲れすぎない程度にとどめておいた。今回の狙撃は、できるだけ本調子で行いたい。


 その代わり、狙撃の計算訓練を行うことにした。


 内容としては、自分で風向や気温、地球上での位置などを詳細に決めた遠距離狙撃のフィールドを脳内に作り、遠くにいる標的に当てるための計算をする。


 できるだけ素早く計算しないと、こっちが敵に見つかる。計算速度を上げることは、普通の狙撃ではあまり必要ない。だが、遠距離狙撃になると、状況によっては必要になってくる。


 しばらくそんなことをやっていたら、少しお腹が空いてきた。時計を見ると、そろそろ十二時近い。朝食と同じクラッカーを食べることにした。


 噛み応えのあるクラッカーは、やっぱり味がない。少しぐらい味をつけてもいいと思うが、素早く食べるのに味は不要という、軍上層部の考えがある限りは絶対に改善されないだろう。


 自分たちは安全なところで、シェフが作ったコース料理を食いながら作戦を立てているくせに。ワインも飲んでいるらしい。まあ、すべて噂だが。


 軍部は、自分らが作戦を立てているときの映像も写真も公開していない。インタビューも受け付けていない。


 だが、噂が本当である場合、アルコールが入った状態で、どうやれば、あんな綿密な作戦が組めるのかは謎だ。


 まあ、どんな状態で作ったのであれ、俺らは作戦に従えばいい。犬死はしたくないが、軍部が作る作戦は、兵士を犬死させることはない。


 地味な茶色の包装紙は、ゴミ箱がないので持ち帰りだ。ゴミ袋なんて持ってきていないのでバックパックの中に入れておくしかない。俺は、紙袋をバックパックに押し込んだ。


 夕方近くなってくると、もうやるべきこともなくなった。体力を回復させるため、寝て過ごす。


 俺の予想では、おそらく夜闇に紛れて敵国首都を奇襲攻撃するつもりだ。これは間違いないだろう。狙撃部隊は、敵を混乱させ無秩序をもたらすことができる。


 敵司令官を永遠に葬り去ると考えれば、電子戦部隊よりも有効かもしれない。まあ、地域全体の部隊を無傷で無力化するみたいなことはできないが。


 俺は、夕食のクラッカーの袋を破いた。寝転がったまま食べて喉にクラッカーを詰まらせて戦死したなんてのは嫌なので、体を起こして、もそもそと夕食を終えた。


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