軍事演習 特殊部隊の逆襲

第6話

 今日は、三時半まで熟睡することができた。質のいい睡眠は、質のいい目覚めに直結する。俺は、すがすがしい気分で作業部屋に向かった。


 点呼の準備を整え、後は皆が来るのを待つだけとなった。この間。少し手持ち無沙汰になる。まあ、こうやってぼんやりとできる時間も俺にとっては貴重だ。


 だが、仲間が入ってくるはずの出入り口の引き戸を開けて、同時に俺のリラックスタイムを破壊して飛び込んできたのは、禿頭の基地司令だった。


 もう年なのに、驚くほどの俊敏性を発揮して俺に肉薄する。


「君たちに命令する。向こうとは話をつけた。訓練という名目で特殊部隊本部を襲い、特殊部隊隊長をペイント弾で撃て!」


「はぁ」


 突然まくし立ててきた基地司令に、俺は、何が起きているのかよく分からないまま、気の抜けるような声で了承してしまった。


「今日ですか」


「ああ」


「使用する銃弾は?」


勿論もちろん模擬弾もぎだんだ」


 模擬弾とは、いわゆる青いペイント弾で、銃弾が当たると、青いインクが飛び散る。それによって、被弾を確認するものだ。


 これを使うことで安全に、実戦に即した訓練ができるので、よく軍事演習に使われる。


 俺個人の感想では、被弾したときに口に入ると苦いし、戦闘服と装備を時間をかけて洗わないといけないから、あんまり好きじゃない。


「今すぐ準備しろ。そこまで遠くないから、装甲車で向かう」


 基地司令は、そう言って颯爽と去っていった。何か間違っている。大抵軍事演習とは、事前にしっかりと取り決めを行ってやるものだ。ゲリラ的に開催して、うっかり誰かが実弾を撃ったらどうする?


 だが、基地司令の言うことは絶対。俺は素早く部屋に戻り、軍事演習の準備をし始めた。弾丸を軍事演習用に変え、手榴弾も軍事演習用に変えた。


 うっかり実物を投げれば、同士討ちになることは必須だ。


 再び部屋に戻るとすでに俺の部隊は集合しており、氷室含む全員が『隊長が一番最後に来るなんて!?』といった顔をしていた。ははは。


 俺は素早く点呼を終えると、全員に今すぐ軍事演習の準備をするよう連絡した。それで兵士たちは、ようやく俺が遅刻した理由を理解した。


 だが、俺の部隊の兵士たちは皆、優秀だ。奇襲攻撃の実行にも慣れている。すぐに部屋に戻って、軍事演習の準備を整えた。


 これで、いつでも敵兵もどきを青色にペイントできる。


「今回の演習の理由に心当たりがあるものは?」


 俺がそう聞くと、前列にいたスポッターが手を挙げた。


「言ってくれ」


「はっ。特殊部隊隊長と、わが基地、つまり狙撃部隊の司令は、軍学校時代から仲が悪かったのです」


「私怨か」


「はい」


 なるほど。だから、ペイント弾で狙撃部隊隊長を撃てと。それが勝利条件か。文句を言いたいところだが、訓練には確かにちょうどいい。あいつらは強いから楽しい戦いができる。


「まあいい。俺らは司令の指揮下にある。上官に逆らっていては軍隊は存続できない。行くぞ!」


「おー!」


 俺らは、士気高く部屋から駆け出した。


 そのまま整列して廊下を駆け足駆け足。装甲車やトラックが並んでいる駐機場に駆けこんだ。


 整備や兵士たちが忙しそうに駆け回り、燃料を補給したり、武器を積み込んだり忙しそうに働いている。


 俺らは整備員に、駐機場の一角に案内された。兵士の数をざっと見たところ、五個小隊程度の兵力が参加するらしい。


 装甲車は四人乗り。つまり、四人一組になる必要がある。


 だが、一班、二人余るので、装甲車は合計八台必要だ。班が二つ合わさって四人一組になっていく。流れで、俺と氷室が余りをやることになった。


 広さは普通の自動車程度。車内は暗いオリーブ色で統一されていて、カーナビがあるべき場所には無線機が入っている。まあ、GPSを積み込んだら敵に位置が丸分かりになってしまうからな。


 車の上から顔をだして、機関銃や無反動砲を撃つこともできる。


 俺らは装甲車に乗り込んでエンジンをかけ、無線の電源を入れた。さあ、指揮官は誰かな?


「お前らぁ!絶対に負けるなよ!この一戦にわが狙撃部隊の名誉がかかっていると思え!さあ、我に続け~!」


「司令・・・」


 基地司令の声で無線が入ったと同時に、一台の車が走り出した。あそこに司令が乗っているのか。


「なんか、司令ハイテンションだな」


「うん」


「何かあったのか?」


「一昨日、特殊部隊隊長と酒を飲んでいたら、どっちの部隊の方が強いかって話になって、それで・・」


「事情は分かった」


 軍隊では、定期的に飲み会兼会議が開かれる。そういえば、一昨日がその日だった。だが、ここで話し合われたことは極秘情報トップシークレットのはずだ。


 氷室が何でそんな情報を知っているのか突っ込みたいが、今は我慢だ。


 そもそも、聞いたところで答えてくれないだろうし、もしかしたらその会議の後個人的に飲んで、その時の会話かもしれないしな。


 俺はアクセルを踏み込むと、ハンドルを回した。砂埃を巻き上げ、連隊を組んで、基地内に作られたアスファルト舗装の道路を進む。


 しばらく進むと、高速道路のインターに似た駐屯地出入口のゲートが見えてきた。ゲート職員が土毛無理を上げて突撃する大量の装甲車とトラックに気づいて、大慌てでゲートを開けた。


 そこを、俺らの車がゲート職員に土をかけつつ突っ切っていった。ゲート職員さん。すみません。


 民間の道をこんな大部隊で行くわけにはいかないので、軍が把握している車通りも人通りも少ない寂れた道を行く。農道とか山道が多いため、結構操縦が難しい。


 俺は操縦が下手だ。だが、木にぶつかるとか、溝に落ちた程度なら全く問題ない車なら、話は別。


 おれは、荒っぽい運転で前を走る車についていった。俺らの部隊を最後尾に入れたのは俺の運転を知る基地司令の考えだろうか?


 そんなことを考えながらお昼前。結構な時間運転して、ようやく敵本部から見えない、木々が生い茂る小高い山の上。敵基地にもっとも近いポイントに入ることができた。


 特殊部隊基地はコンクリート舗装された物資輸送用の道がある、そこそこ高い山の頂上にある。


 俺らは、近くの山に穴を掘ってカモフラージュネットをかぶせ、簡単な基地を作って兵士達を休憩させていた。数名の兵士が、常にフィールドスコープで周囲を警戒している。


 敵基地までの距離、ざっと二十キロ以上。いくら何でも、弾は届かんな。敵基地のある山からこの山までの間には、何もない荒野。接近も難しそうだ。


 敵基地のある山には木が鬱蒼と生い茂っているから、攻撃の際には隠れやすい。それはつまり、こっちが気づく前に守備側に壊滅させられる可能性もあるという訳だ。どうにも厄介だ。


 俺らは第一から第五小隊の隊長五名と、基地司令の合計六人が囲む、折り畳み式のアルミ製テーブルに座り、作戦会議を行っていた。


 無線からは、さっき放った斥候からの連絡が入ってくる。どうやら、いつもより警備が強化されているらしい。まあ、当然だ。


 もし、基地へと続く舗装された道路を通れば確実にばれる。敵基地に着くころには皆、全身青色だろう。


「基地司令。何か考えはあるんですか?」


 俺が聞くと、基地司令はにやりと笑って


「ああ。榴弾砲を使う」


「確かに、それならここからでも敵基地を攻撃できるな。だが、狙撃部隊はそんなものを持っていない!」


「武器科に無理を言って手に入れた」


「なるほど。ならいいとして、その後は?」


「別動隊が敵基地に接近。山を登って敵本部を叩く。この部隊は、第一小隊、第二小隊、第三小隊とする。この基地から散開しつつ敵基地に肉薄して、そのままの流れで本部を叩く。第四、第五小隊はここで榴弾砲を扱ってもらう」


 それはいい手だ。


「異議なし」


 全員が頷いた。


「それでは、準備を始めてくれ」


 俺らは、一斉に立ち上がった。まず俺のすべきことは、装甲車にカモフラージュネットをかけて、持ち場に着くことだ。


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