第7話
俺は、砲撃の準備が始まる塹壕を走り抜けて、自分の隊が休んでいる駐車場に入った。
「出るぞ」
俺が一言だけ言うと、全員、休憩をやめてキビキビと車に乗り込んでいく。俺も氷室と一緒に素早く車に乗り込んだ。無線の電源をつける。
「確認」
俺が指示を出すと、次々と連絡が入ってきた。
「一号車準備よし」
「二号車準備よし」
と続いて、七号車まで来たところで
「隊長車準備よし。確認終わり」
と、無線に向けてできるだけ勝利を確信しているような自信のある声を作って兵士を安心させると、今度は周波数を変えて
「第一小隊。準備よし」
と、本部に連絡した。本部に待機している司令が
「了解。三十秒後に作戦開始。絶対に勝てよ!」
熱のこもった声でそう命令した。司令官として間違っていると思うが、この人、指揮だけはかなり優秀なのだ。
誰も想像しないような場所から、誰にも思いつくことができない方法で、最小の犠牲で相手の喉笛に食らい付く打算を立てる。
命を冷静に天秤にかけ、戦場では絶対に情に流されない。まるで司令官の鏡みたいな人間だが、平常時はかなり残念な奴になっている。
書類の管理みたいな、デスクワークは全くダメだし。
顔を撃たれた際、目にインクが入らないようにゴーグルをする。これは訓練なんだ。そう強く感じた。だが、訓練は実戦のように。とても大切な考え方だ。
無線機の音が割れるほどの音量の作戦開始の号令を聞いたと同時に、俺たちは一斉にアクセルを踏み込んだ。
三個小隊規模の部隊が一斉に装甲車で突撃するのは迫力のある映像だが、車の中からは見えない。
そのまま加速して、一気に山を下る。土煙が視界をふさぐ。何本か木を踏んで、車体が大きく揺れた。
大量の車が坂道を駆け下りるその様子は、きっと遥か東洋の地で起きた源平合戦の一幕『一の谷の戦い』さながらだっただろう。
氷室は、ドアにしっかり捕まっている。だが俺は、ハンドルを握っているため、それができない。
頭を数回、頑丈な天井にぶつけた。ヘルメットをかぶっていなければ、死んでたかもしれない。
そのまま、明らかなオーバースピードで荒野へと突入した。遮蔽物はない。敵からの射撃をもろに食らう。
「総員散開」
俺が指示を出すと、全ての車が一斉に散開し始めた。土煙を上げながら散開する装甲車の大部隊は、なかなか迫力がある。
俺が敵基地を見上げると、青い煙が連続して上がっていた。本部塹壕からの砲撃開始だ。
だが、敵も撃たれっぱなしになるはずがない。ドーンと、俺の車のすぐ近くで青い煙が連続して上がった。敵迫撃砲か!
いくつかの車がそれを食らって、青くペイントされて停止した。
だが、周囲を一網打尽にできるような大型の砲弾が飛んでこないのは、最初の榴弾砲でほとんど破壊できたからだろうな。
俺はハンドルを切って目の前に落ちてきた砲弾をよけた。後輪が土を派手に巻き上げる。
俺の背後の山で、青い煙が上がった。本部が砲撃を受けたな。どうも、全ての敵榴弾砲をつぶせたわけではないらしい。そして、残った榴弾砲は本部を叩くのに集中するのか。
「目前百メートル地雷原。迂回せよ」
突然無線に指示が飛び込んできた。本部はまだ生きているな。まあ、榴弾砲が当たりまくって壊滅するようなカモフラージュをしていない。
俺はハンドルを回す。一部の車は、回り切れずに地雷原に突っ込んだ。青い煙が上がって、青くなった車が停止した。
危なかった。そんな感じで、山の麓に着くころには、生存者は半分になっていた。俺らは脱落した車を後目に、敵基地の崖を上り始める。
これは、なかなかきつい。坂が急なうえに、上から手榴弾なんかが降ってくるため、さっきまでの速さで登ることはできない。
俺はハンドルを慎重に回しつつ、できるだけ速度を上げて走る。
氷室が、窓から身を乗り出してライフルを構えた。
近くで携行対戦車ミサイルを構えていた兵士の顔に、青いペイントがされて、ミサイルは明後日の方向へ飛んで行った。
そのミサイルは木に直撃し、下にいた敵兵にインクの雨を降らせた。あ〜あ。あんな間抜けな方法で脱落するとか、同情するな。
だが、敵も特殊部隊。彼らも決して弱くはない。突然、横から五発のミサイルが飛んできた。俺は慌ててハンドルを切る。
全ての車が、ハンドルを切って同じ方向に回避した。ある程度距離をとっているので、玉突き事故なども起こらない。
ミサイルは木や石などの障害物にぶつかり、周囲に青いインクを降らせる。車が少しだけ青く染まる。
だが、基本的に装甲車は車体の何パーセント以上か青色にならなければ、脱落しなくていい事になっている。
そもそも、実戦でもある程度離れた距離の爆風と鉄片で、装甲車が壊れることなんてない。
だが、流石は特殊部隊。その程度の回避行動は予測していたらしい。俺の感覚が、危機を告げる。俺はさっきとは逆向きにハンドルを切った。氷室が窓に額をぶつけた。
「痛っ」
だが、そのまままっすぐ進んだ車は、上から降ってきた大量のインクをかぶる羽目になった。この攻撃で、残存部隊の三割が脱落した。
俺は慌てて上を見る。カモフラージュネットを身に着け、バケツを持った兵士が木の上に立っていた。
バケツのインクをかけるのは、ずるくないか?と思ったが、確かにそういう行為を禁止するルールはなかったはずだ。
俺はアクセルを踏んだまま狙撃銃をつかんだ。つまり、ハンドルを持っていない。交通道路法違反だが、そんなことを言う警察は戦場にいない。
憲兵はいるけど、戦場で切符を切る余裕があるほど、肝の座った奴はいない。
俺は、氷室とうなずき合うと、窓から身を乗り出して狙撃銃を撃った。俺の弾丸はまっすぐ飛んで、携行対戦車ミサイルを持っている兵士の顔面を青く染める。
驚いた兵士の手から落ちてきたそれを、氷室が車上部に付けられたハッチから身を乗り出して、掴んだ。驚異的な動体視力だ。そのままの流れで構えて発射する。
上空で大量のインクが飛び散り、上空にいた兵士の何人かがバケツを持ったまま脱落した。流石だな。一番人が多いポイントを、効率的に破壊する。
悪いことに、ゲームオーバーになった兵士の何人かが、手榴弾のピンを抜いたところだった。生き残った車をさらに削るつもりだったらしい。死んだら投げることはできないので、手榴弾は手の中で爆発する。
それを持っていた人は、周囲の人を巻き込んで、全身青いインクに染まった。気の毒だ。上空にいた敵は、数を減らされ、後は狙撃手たちの狙撃であっけなく全滅した。
氷室は多分、すべて計算してやっている。もし化け物がこの世にいるとした、氷室みたいな奴だろう。俺は何となく緊張しながら、アクセルを踏み込んだ。
ざっと十分ほど。ようやく、フェンスで囲まれた敵基地が見えてきた。ちなみに俺らは、何回か繰り返された襲撃で、かなりの量の携行対戦車砲を奪うことができた。
俺は車に積み込まれているそれの一つを手に取ると、敵の基地へと撃った。
基地で青い煙が上がった。俺らは、基地内に銃弾を送りながらゲートを探す。意外とすぐ見つかった。まあ、簡単にゲートを突破できるとは思っていなかった。
敵は特殊部隊。一筋縄ではいかないだろう。ゲートの作りが俺たちの基地と違った。コンクリートの枠組みに、巨大なフェンスの門。そもそもペイント弾じゃ突破できないだろう。
コンクリートには機関砲やら大砲やらが付けられていて、いつでも俺らを青色にできるように準備している。
さらに、ゲートと施設群の間には何人もの部隊。戦車まである。仲間からの支援砲撃がなくなったあたり、本部は制圧されているか、支援する余裕もないほどの猛攻にさらされているんだろう。
まあ、特殊部隊に攻撃されたんだ。相当な苦戦になっていることは簡単に思いつく。
さぁて。どうしたものか。だが、考える時間なんてものは与えられない。早くしないと、機関砲が火を噴いて、俺らは全員青色にペイントされてジ・エンドだ。
俺の頭は通常の十倍以上の速度で回っている。そして、突然、電撃戦のように閃いた。氷室は気の毒だが、ちょっと頑張ってもらおう。
「氷室。頼みたいことがあるんだが?」
「何?」
「三十秒だけ時間を稼いでくれ」
「了解」
氷室はすぐさまドアから飛び出した。突然物が動いたことに驚いた特殊部隊たちは、そこに向けて時雨のような弾丸を降り注がせた。
銃弾が地面で爆ぜてインクを散らす。氷室は全てを踊るようなステップで回避すると、ライフルを撃ちまくった。
フェンスでは、車などの大きな機械は防げても、ライフル弾を防ぐことはできない。
フェンスの前に設置された遮蔽物から、少しだけ顔を出して銃を構えていた兵士たちが、何人か動きを止めた。その顔は青くペイントされている。
戦車の砲弾が俺たちに向けて発射されるより早く、俺は装甲車から身を乗り出して、狙撃銃を撃った。ボルトアクション、発砲、ボルトアクションと、ほぼ連射していく。
現場指揮官らしき人物が、次々と指揮をやめる。隊長を殺すというのは、狙撃の定石だ。
だが、それだけでは敵司令官を倒すという目的を達成できない。基地内に侵入しないといけない。
俺は、装甲車のアクセルを、強く踏み込みながら、装甲車から飛び降りた。
装甲車はそのまま、スピード違反の切符を切られそうな速度でまっすぐ進んで、すさまじい音を立てて、フェンスを破壊した。
そのまま数メートルほど進んで、コンクリート製のおそらく事務所と思われる施設の壁を破壊して、ようやく止まった。施設内の紙切れやパソコン、机の残骸が、虚しい風に舞う。
「総員突撃!」
生存者たちは一斉に動き出す。装甲車から降りて、狙撃銃を構えて、スポッターはライフルを構えて、突撃した。
敵兵は次々と青い銃痕がついて立ち止まる。俺らも被害がないわけではない。戦車からの砲弾で、一撃で、結構な人数が、一気に脱落した。
真っ先にフェンスの穴を超えたのは氷室だった。そのまま踊るように軽やかなステップで敵の中に入る。
そして、腰から抜いたのは、青いインクが塗られた模擬ナイフ。
彼女の一振りで、特殊部隊数名が脱落した。特殊部隊の兵士たちがそっちに一瞬目を向けたすきをついて、俺らは狙撃をする。
それに驚いて俺らに銃口を向けた兵士を、氷室が背中からバッサリと切り捨てる。
完全にこっちのペースに乗せた。だが、もちろん、相手は特殊部隊。こっちも余裕という訳ではない。
施設から飛んでくる弾丸。狙撃で沈黙させているとはいえ、撃っても撃っても新手が出てくる。その弾丸に、味方の兵士は次々と倒れる。
狙撃も、その一種なのだが、遠くから戦闘を支援してくる火力というのは、とても厄介だ。
だが、俺らはかなりのダメージを受け、死亡判定の出た人(もちろん敵兵)を盾にしつつ、なんとか司令塔までたどり着いた。
特殊部隊との戦いはハードだ。
司令塔の入り口に立っていた兵士を少し離れたところから狙撃して倒すと、そいつらから手榴弾を奪った。
「どうもありがとう」
俺がそう言うと、そいつは苦虫を食い潰したような顔をした。そのまま俺は、氷室と、俺について来た兵力の残存部隊と共に施設内に突入した。
後は、ここの守りを突破して、最上階の指令室にいる特殊部隊隊長に青いインクをかければ作戦終了だ。
だが、ひとまず入り口は何とかなったとしても、その後まで上手く行くとは限らない。
突然、手榴弾が転がってきた。誰が投げたのか?手榴弾が地面を打つ音を立てるまで、そこに人がいることに気づかなかった。流石特殊部隊。一筋縄にはいかないな。
俺は、出入り口に突っ立っている『死亡』した兵士の襟首を掴んだ。
「えっ」
そのまま手榴弾から飛び出してきたインクをその兵士ですべて受け止める。彼の全身は、文字通り真っ青になった。後で戦闘服を洗うときに、かなり苦労するだろうな。
「そこで頭を冷やしてろ」
俺が襟首から手を離すと、その兵士は顔面から青い水溜りに落ちた。俺はそいつの銃を奪って、手榴弾が投げ込まれたあたりにフルオートで全弾撃った。
こういう銃弾を無駄にする無粋な戦い方は嫌いだが、まあ、あるものを使うのは戦場の鉄則だ。
そのうちの何発かはしっかり命中。手榴弾を投げた兵士は、自分が撃たれたことに気づいて固まった。
俺はその兵士に近づくと、また手榴弾とライフルを奪った。ライフルは使わないので、固まっている兵士の顔に全弾三十発撃ち込むと、その兵士に返した。
手榴弾はワイヤーを使って罠に改造して、出入り口に仕掛けておく。
その上、彼の腰に付けられた携帯無線機を奪うと
「助けてくれ!敵襲を受けた!早く来て・・・」
と、付近の味方に向けて放送した。これに騙された兵士たちが、罠に引っかかるといいんだが。
そして今度は腰から自分の携帯無線機を取り出すと
「司令塔のドアに罠が仕掛けてある。注意しろ」
と、仲間に連絡した。
「行くぞ」
俺が仲間に声をかけると、誰かが
「えげつねえ」
と、つぶやいた。失礼だな。これが戦場での正解だというのに。
俺らは、なんか意外と普通のビルっぽい司令塔の階段を駆け上り始めた。敵のいい的かもしれないが、周囲はしっかり警戒しつつだし、残存兵力の一部が倉庫などの施設を占拠して、敵兵を釘付けにしているから大丈夫だろう。
突然、飛んできた青いインクで、狙撃手が一人やられた。俺は素早く銃を構えると、弾が飛んできた机の陰を一発撃った。
銃を構えていた兵士は、身を引く間もなく停止した。早撃ちはあんまり得意ではないのだが、ある程度の水準はできないと困るから、軽く練習した。
五百メートル以内なら何とか投げられた大豆に当てれるレベルには持ってきている。
まあ、俺の本業は狙撃だし、中距離から近距離戦が得意な氷室もいるし、この程度で問題ないだろうが。
そいつから手榴弾を奪うと、腰に付けておいた。罠を仕掛けるとき、手榴弾は結構便利だ。
今回は銃弾を無駄にすることなく、ワイヤーと銃を使って、人が通るとフルオートで発砲される罠を廊下に仕掛けた。
ついでに、余った手榴弾も使って罠を二段仕掛けにした。そいつの無線機を奪うと
「助けてくれ!突破された!」
と、悲鳴を上げておいた。一階のわなにはもう誰か掛かっただろうし、また別の工夫が必要だろう
俺は、そこらへんに転がっている書類やら机やらでバリケードを作った。さっき作った罠と慎重に組み合わせる。もしこれを崩せば、ライフル銃が三十発フルオートで発砲される。
普通に通っても、手榴弾が爆発する。
俺が撃った兵士はもちろん、今さっきこいつに『殺された』兵士まで、俺のことをやばいものを見る目で見ていた。
うん。大体ここが中間地点かな?俺は残り五名程度になってしまった兵士たちに合図して、さらに司令塔を攻略した。
隠れている敵を狙撃したり、机の上にのっていた大切そうな書類を盾にして、撃った特殊部隊兵士をいろんな意味で真っ青にしながら、笑いと怒りと呆れを辺りに振りまきながら進んだ。
仕掛けた罠は五十以上。毎回手口を変えて、半分程度は作動しただろう。特殊部隊はやはり、なかなかのもので、ほとんどの罠が上手く回避されたが、その分、足止めにはなった。
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