首都奇襲攻撃報復作戦、始動
第20話
余りにも多すぎる仲間を失った市街戦から、あっという間に、数カ月が経過した。
俺も氷室も、怪我のリハビリが終わり、日々の訓練や仕事に参加できるようになった。怪我のせいで下がっていた狙撃の精度も、前と同じに回復した。
俊敏性や体力は、まだ全快とはいかないが、特に困るほどではないし、あと数カ月もすれば回復するだろう。
俺は、素早く動くのが得意でない。動体視力も反射神経も、正直に言ってしまえば、並以下だ。
開き直っている訳では無いが、もともと得意ではない分野が、いつもより使えなくても、そこまで困ることはない。
自画自賛になってしまうが、俺は、かけた才能を補うように、集中力がいい。針の穴に糸を通すような狙撃だって、命令とあらば、やって見せよう。
まあ、俺の話はどうでもいい。ちなみに氷室は、もう、前と同レベルにまで、体力を回復させている。並外れた回復力だ。
つまり、俺らには、大きな問題はもうない。まあ人間、命さえあれば、何とかなってしまう
そして、その人間よりもしぶといものが、一つだけある。人間社会だ。
ちなみに、部隊の方は、戦闘で大きく欠けた兵員には、まるで事前に用意されていたかのように、狙撃に長けた新兵が補填として入った。
全員、軍学校を卒業してたいして日が経っていない。まだ、実戦にも出たことがない
まあ、誰しも、最初は
これは俺の持論だが、戦場で心が壊れる人は、大抵、狂気と理性を分けることができない、普通の人だ。
戦場は理性じゃない。狂気だ。向かってくる奴は敵、逃げる奴も全員敵。味方を守るためには、味方以外を、選ぶことなく、全員殺さないといけない。
だが、非戦闘員を殺してはいけないとは言っても、非戦闘員であるかどうかは、無力化してみないと分からない。
そして、戦場の中では、殺す以外の方法での無力化は、不可能だ。生きている人間は、何をしてくるか分からない。
兵士たちに、理性を求めるのは『俺らを守ることをやめて、ただ死んでくれ』と兵士に言うことに等しい。
そんな狂気の世界で、理性と狂気のバランスを崩した人間から壊れてしまう。戦場に行く前に、そのことを頭ではなく、体に叩き込まないといけない。
軍学校は知識を教えてくれる。ただ、現場の感覚は頭に詰めるものではなく、体で覚えるものだ。そうでなければ、せっかくの優秀な兵士が、精神病院に送られることになる。
ここまでは普通の兵士も、狙撃手も同じだ。だが、狙撃手には一つ、他の兵士とは大きく異なる点がある。
狙撃手は、スコープに敵兵の顔を入れて、冷静に引き金を引く。つまり、狂気の中に、理性を持ち込むことを強いられるのだ。
心構えの作れていない兵士が、下手にそれを行うと、まず引き金が引けない。大切なものを守れない。
どれだけ才能があっても、そこで挫折して兵士であることをあきらめた人を、兵士である限り、何度も見ることになる。何度見ても、もう二度と見たくないと思う。
それらの事情から、まだ若い彼らを、戦場に出すことはできない。だが、整備などの作業で、人手が足りなくなることはなくなった。
兵士たちには悲しむ暇もなく、損害の計算、新しい装備の補填、軍本部への報告などの膨大な量の仕事を処理する必要に迫られた。
だが、そんな膨大な仕事も数週間で落ち着き、兵士たちは、日常を取り戻しつつあった。
そんなある日、狙撃部隊基地全体に震撼を走らせ、再び基地全体を非日常へと引き込む連絡が、唐突に飛び込んできた。
『首都が攻撃を受け、被害甚大。一時的に国家機能がマヒ』
この短い文章を、理解しきるのに俺は三秒ほどかかった。そして理解した瞬間真っ先に沸いてきた言葉は「嘘だろ」の三文字。
もちろん、この報告が嘘だと思っているわけではない。比喩である。だが、そのくらいあり得ないことだった。
見張りなどを除く基地の全兵士が講堂に集められ、基地司令の口からその事実が発せられた瞬間、兵士たちは色めきだった。
一部の兵士が『伝令ミスじゃないか』という意見で、また一部の兵士は、『そうなのか』と、冷めた雰囲気で受け止めていた。それなりに練度の高い兵士なら理解している。
戦場に絶対などはない。基地司令は、混錬している講堂内を見渡して、少し混乱が落ち着いたころ合いを見計らって、口を開いた。
「これは事実だ。軍本部は、首都から離れた場所にあったため正常に機能している。だが、警察機構含む、ありとあらゆる国家機能が一時的にマヒした。
かなりの人数の要人が、死亡または行方不明になっている。
現在、軍が指揮を執る臨時政府が混乱の収拾に回っている。あくまでこれは報告だ。君たちは、いつもと変わらずに過ごしてもらって構わない。以上」
禿げた、その不毛な頭皮に反比例するように経験豊富な司令が、落ち着いた口調でそう言って、その場は解散になった。
その後、兵士たちの間で交わされる雑談全てが、首都に関するものに変わった。首都に家族が暮らしている人はみな
そうでなくても、首都が占める我が国のGDPの割合は三十%にも及ぶ。我が国への経済的な打撃は相当なものになるだろう。
陥落しなかっただけ、マシかもしれないが。
俺は頭を振って雑念を払うと、俺は飛んできたオレンジ色のクレーの中央に銃弾を撃ち込んで、腕が回復していることを確かめた。
うん。何の問題もない。俺は狙撃ができればそれでいい。早く戦場に行きたい。もし今すぐ戦場に行けと言われてら、俺は一切
こうやって狙撃の訓練に没頭しているときだけは、人でありたいという思いと、兵士でありたいという思いの歪みによってもたらされる心の奥底に沈むような苦痛から、一時的に解放される。
夕食の時間、食堂はいつもの数倍騒がしかった。
少しでも首都が攻撃されたことに関する情報を集めようと、かなりの人数が一斉に食堂に来たらしい。いつもの数倍の人が食事をしている。
壁を背もたれにしているどころか、プレートを手に持って立ち食いしている人まで現れた。ちょっと気の毒になってくる。
だが出遅れれば、俺も椅子に座れた人に無意味な
まあ、情報を得ることは悪いことではない。俺はそう自分に言い聞かせながら、出遅れてしまった、自分の行動の遅さを、恨めしく思った。
まあ、仕方ないので情報を集めることにする。別に家族が首都にいる兵士に話しかけたりなど積極的に調べるわけではなくて、兵士たちの話の輪に聞き耳を立てるだけだが。
実はサイバー攻撃だったとか、テロリストの攻撃だったとか、少人数によるゲリラだったとか、武装工作員による攻撃だったとか、真偽不明の噂まで出てきている。
最近の戦闘は軍と軍が直撃するだけではない。サイバー攻撃、インフラ攻撃、民間人を巻き込んだ市街地でのゲリラ、電磁場、情報操作からの反戦デモまで、百年前だったら想像もできないほど複雑化、多次元化している。
ぶっちゃけ、相手に攻撃を加えることさえできれば『何でもアリ』なのだ。そのため、イタい中学生が作ったような情報まで飛び交っている。
おかげで、基地は半分混乱状態だ。だが、兵士の心情的には混乱状態でも、皆がいつも通りのことをしっかりと行っていれば、正常に回るのが軍隊の長所だ。
俺は混雑した食堂から離れるため、作った人に喧嘩を売る勢いで食事を終えると部屋に戻った。食堂で情報収集をするのは、デマが多すぎて無理だ。
銃の手入れはこれ以上ないほどしっかりやった後だし、何より疲れていたので、早めに寝ることにした。
俺はベッドに体を横たえて、目を閉じる。しばらくすると、消灯時間になったのか、ふっと電気が消え、部屋は夜の静寂に包まれた。
夜遅く、すでに見張りの兵士以外の基地にいるほぼ全員が寝静まったころ。
俺は、部屋のドアがコンコンと静かにノックされる音で目が覚めた。
どうしたんだろう?だが、相手がだれであれ、この格好で会うのがまずいことだけは確かだ。
下半身は膝までのパンツ、上半身は
俺は何を着るべきか悩んで、つまり、軍服を着るべきか戦闘服を着るべきか悩んで、相手が敵だった場合も考えて戦闘服を選んだ。
俺は素早く戦闘服を着ると、ナイフを持ち、防弾性能もある装備ベストを身に着けると、慎重にドアを開けた。
そこには兵士が一人立っていた。この基地の兵士じゃない。だが、気配から相当な手慣れであることは分かった。
わが軍の戦闘服を着ている。つまり、諜報員でなければ味方。では誰だ?俺はスパイだった時に備え、静かにナイフの柄に手をかけた。
「司令には話をつけています。あなたには『敵首都攻撃作戦』に参加してもらいます」
その小柄な兵士は、俺に一枚の紙を見せながら言った。
そこには軍本部から無制限の権限を与えられている旨と、わが軍の元帥のサインが記されていた。間違いない。この紙は本物だ。
元帥のサインは簡単に偽装できるものではない。それに、軍にかかわるもの全員がその形と癖を覚えさせられる。
つまり俺には、こいつに逆らう権利がないということだ。なら、命令に従うほかあるまい。
「なるほど。で?俺はこれからどうすればいいんですか?」
俺は夜中に叩き起こされたせめてもの抵抗として、嫌味な口調で聞いた。だが、その兵士は眉一つ動かさないポーカーフェイスで
「あなたには、今から輸送ヘリ『星彩』に乗り込んでいただき、わが軍の本部へ向かいます。そこで、第一艦隊五十隻と共に、敵国首都へ向かいます」
と、当然のように言った。なるほど。今回の首都攻撃の復讐をしに行くという訳だ。復讐は大事だ。復讐しなければなめられる。力がない奴は、力がある者に一方的に蹂躙される。世界は優しくない。
だが、俺が聞きたいのはそこじゃない。
「そんなことを聞いてんじゃない。俺の仕事を聞いているんだ」
俺がそう文句を言うと、その兵士は俺の発言を一切無視して、
「これが首都が受けた被害に関する極秘資料です。コピーができない特殊なインクで書いてあります」
俺はそんなことを聞いた覚えはねえ。だが、何かの役に立つかもしれない。俺はA4三枚程度の薄い書類を受け取った。室内に戻ってスマホを取り出し写真を撮ろうとして、兵士に無言の圧をかけられ、止めた。
「あなたは敵国首都が見渡せるポイントに向かっていただき、敵国首都の湾に浮かぶ戦艦の中から、艦隊司令官が載る戦艦を見つけ出し、そこに乗る司令官を狙撃してください。司令官の顔は、まあ軍の教科書に載っているので知っていると思いますが、一応写真を渡しておきます」
「は?」
敵国首都の大まかな地図は兵士全員に配られている。もしそれを可能にするなら、少なくとも湾から四㎞は離れる必要がある。
つまり、四㎞以上の長距離狙撃が必要だ。ほぼ不可能。当たったら、それこそ奇跡だ。その兵士は、俺に一枚の写真を渡しながら
「当たるでしょう?『黒い霧』の二つ名を持つあなたなら」
さも当然のようにそう言った。そして、ついてこいと言わんばかりに歩き出した。俺は、慌てて室内に戻るとバックパックを背負って、彼の後について歩き出した。
俺は『黒い霧』と呼ばれていたのか。初耳だ。なぜそんな
そういえば、特殊部隊隊長には怪物とかいう酷い名前で呼ばれていた気がする。それと関わりがあるのだろうか?
いや。そんなことを考えるのは無意味だ。やめておこう。時として、何も考えないのも賢さになる。考える時間がいつでもとれるとは限らないし、そもそも考えたって分からないことも多い。
兵士の後ろについて薄暗い廊下を歩いていくと、ついに駐機場に着いた。
輸送ヘリは、すでにプロペラを回し始めていた。いつでも離陸できるということか。随分と焦っているような印象を受ける。
早く復習をしたくて、仕方ないんだろうな。まあ、あれだけの兵力が駐屯していながら壊滅的な被害を受けたなんて、軍隊の威信にかけて挽回したいんだろう。
俺と兵士は小走りで機内に入る。驚いたことに、また、クロスシートの並んだヘリコプターだった。地獄行きの片道切符は、快適な旅を楽しめるということか。
出撃はいつでも地獄行片道切符だ。戦場に立つたびに、兵士は死と隣り合わせになる必要がある。
どうやら、地獄行きの輸送ヘリには、俺が一番最後に着いたらしい。俺と兵士が乗り込んだとたん、待ちくたびれたとばかりにに、搭乗口が閉まった。
ヘリの中には、俺が個人的に優秀だと思っている狙撃手たちが
その上、他の小隊から足りない兵士を補充するように、強い狙撃手を選んで集めたようだ。合計三十人程度。一個小隊規模か。
俺は兵士に案内されて、氷室の隣に座った。窓側がよかった。なんて思う余裕など欠片もないほどの緊張感だった。俺を案内した兵士は、そのまま別の席に座る。
ヘリの指揮官は後ろを向いて、俺らが座ったことを確認すると、運転手に離陸の指示を出した。ヘリが離陸する。
特にやることがないので、さっき兵士が渡してきた被害報告を読んだ。
それによると、少数精鋭の降下部隊が首都に降下して、ビルを爆破したり、民間人を殺戮したりして、ざっと一時間程度で素早く撤退したらしい。
首都の基地は何をしていたか。敵兵が降下する際に落とされた爆弾によってダメージを受け、車両などの移動手段が使えなくなり、反撃することができなかったと書いてある。
わが軍の対空砲火は、大丈夫か?
報告書に載せられた写真は、民間人なら直視できないような物が多用されていた。いくら兵士だからって、そういう残酷な物を見るのが平気という訳ではない。
これを編集した人の本心に、これで兵士の復讐心を掻き立てる。という思惑が透けて見えた。
俺は報告書を丁寧に折り畳んだ。もうやることがなくなったので、せっかく椅子があるんだ。目的地まで眠ることにした。
目を閉じると、どっと疲れがわいてきて、すぐに深い眠りに落ちた。
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