緊急出動 市街戦

第10話

 訓練から数日後の夜。突然のけたたましいブザー音で、俺の安眠は妨げられた。


 こんな遅い時間に、どうしたんだろう?緊急出動か、それとも、兵士の睡眠時間よりも重要な連絡事項があるか。


 カチャリと、放送機器の電源の入る音がして、部屋に設置されたマイクから、この狙撃部隊基地を統べる基地司令の声が聞こえてきた。前回暴走した、あの人だ。


『第一小隊は直ちに装備を整え、待機状態にある輸送ヘリに乗り込むこと。繰り返す。第一小隊は直ちに装備を整え、待機状態にある輸送ヘリに乗り込むこと。以上』


 それだけ命令して、放送は切れた。声が真剣だ。訓練ではないな。基地司令は、ふざけた人だが、人命が絡むと、誰よりも真剣だ。


 作戦の詳細情報は、末端の兵士まで下りてこない。兵士は、ただ上官の命令に従えばいい。それがわが軍の姿勢スタンスだ。


 だが、ある程度の現場状況などは、事前に知らされている。就寝前に、メールで短い文章を受け取ったばかりだ。


『市街地の戦闘が激化、近く、出撃することになる』ということだ。


 何か大きな作戦の一部である可能性もゼロではないが、そんなものを現場の兵士が知る必要はない。


 だが、俺たち第七連隊第一小隊。通称『狙撃精鋭部隊』が全員出るということは、決して楽観視できる状況ではないのだろう。


 だが、そんなことは、どうでもいい。


 現場の兵士は、上から来た指示に従う。軍隊には、もっと高いところから戦局全体を見ている司令官がいるのだ。


 俺はベッドから飛び降りると、いつも通りの手順で、素早く戦闘服を着た。


 戸棚から愛用の狙撃銃を取り出し、銃弾を入れずに動作確認をした。問題ない。万が一不調があった場合は、どれだけ忙しくても、修理する必要がある。


 現場では、修理する余裕がない事の方が多い。


 勿論もちろん、銃だけでは戦えない。粘土のような美味くも不味くもない保存食、水筒、サバイバルグッズ、銃弾、応急手当て用の道具ファーストエイドキットなど、必要最低限の装備が入った装備ベストを身に着ける。戦闘中は、このベストに入っている装備だけを使うことになる。


 狙撃銃を肩にかけると、最後に、テントなどの大型の装備や予備が入ったバックパックを背負った。


 鉄製の頑丈な戦闘用ヘルメットをかぶれば、装備は完了。起床してから準備完了までの時間、約四十秒。


 俺は、扉を静かに開け閉めして、走り出した。


 まだ誰も部屋から出ていない。これなら一番乗りでヘリに行けそうだ。俺は廊下を小走りで移動する。途中、装備を抱えて慌てた様子の衛生兵とすれ違ったので、敬礼しながら通り過ぎた。


 輸送ヘリは基地の施設群から少し離れたところにある校庭の三倍はある広場に、装甲車両や戦車と一緒に停められている。


 輸送量なら、装甲車より圧倒的に多い。燃料費もそこまで高くないし、砲弾も当たりにくいし、車よりも素早い。


 何より、地元住民から「不審車両を見た」と通報されて、憲兵と罵り合いをすることにもならない。


 そんな便利な物を軍事演習で使わなかった理由は、コックピット全面のガラスにインクが付くと、前が見えなくなって恐ろしく危険だからだ。


 闇の中で迷彩柄に塗られた輸送用の巨大なヘリが、一部の乱れもなく並んでいるのは圧巻だが、今はその中に一機、バババババと派手な音を立ててプロペラが回っている機体が夜の静寂を乱していた。


 輸送ヘリ『星彩』乗員五人+四十五人乗りの大型ヘリコプターだ。


 わが軍の輸送の要であると同時に、最も多く敵に鹵獲、撃破されたヘリでもある。


 まあ、二つの巨大なプロペラが付けられたダンデムローターという形式のヘリは敵にもほとんど同じものがあるため、動きの特徴なんて初めから知っている。産体制がしっかりと整っているので、鹵獲されてもあまり困らない。


 俺は、二つの名誉ある称号、『輸送の要』『鹵獲、撃破された数最多』を持つそのヘリに駆け寄ると、後ろの搭乗口から小走りで乗り込んだ。やっぱり隊長として、一番最初に到着していたい。


 運転手に敬礼すると、俺は入口から見て左奥。つまり運転席側に立った。この輸送ヘリは震動は少ないが、兵士をより多く運ぶために座席がない。スピードがあるので目的地にはすぐ着くが、その間ずっと立ちっぱなしだ。


 初めて乗った時は結構きつかったが、何度も乗るうちにもう慣れた。人は慣れることができる生き物なのだ。


 タッチの差で兵士たちが到着し始め、次々と乗り込んでいく。氷室も到着すると、俺の隣に立った。基本、ヘリ内での会話はない。というか、連絡が入ったり作戦の説明をされたりするので、そんな余裕はない。


 人生最後の会話可能なタイミングになるかもしれないのに。軍の組織は、とことん兵士に優しくない。


 できることは、塗装されていない規則的にボルトの穴が並んでいる床に、銀色のシートが張られた天井を眺めることぐらいだろう。


 俺のおすすめは、窓の外を眺めることだ。まあ、そんな余裕あればの話だが。


 まあ、俺はそういうおしゃべりが好きなわけではないので、人生最後の会話になるかもしれないタイミングに会話ができないことに困ったことはないし、今後も困ることはないだろう。


 全員乗り込んだところで素早く点呼を行い、俺は運転手に全員揃った旨を報告した。ヘリの搭乗口が閉められ、一段と激しい音を立ててヘリが離陸した。

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