第9話
その後、駆け足で隊長室に走りこんできた、背中に広い被弾跡がある兵士によって、俺らが勝ったことを知らされた。
どうやらその兵士は、背中から榴弾砲のインクを食らったらしい。
その兵士からの報告によると、俺らの司令本部は、特殊部隊の大規模な襲撃を受けたそうだ。ただ、守り切ったらしいが。
正面からぶつかることをせず、少数の兵士を森の中で待ち伏せさせて、突入してきた敵兵、まあ特殊部隊の兵士を、狙撃と罠で撃破する作戦を取ったらしい。
確かに、その方法を取れば、相手が特殊部隊でもある程度戦えるだろう。俺は、本部が陥落しなかったことに、納得した。
俺らの
戦争とは、老人が始めて、若者が死ぬものだ。軍事演習も、老兵が企画して、下っ端の兵士がインクまみれになる。ある意味、戦争と同じだ。
ちなみに、途中から連絡が途絶えたのは、敵の展開した電子戦によって、電波が妨害されていたから。とのことだった。別に、基地司令がぼけてたからではないそうだ。
IT技術の戦場進出が進む今、電子戦というものは本当に厄介だ。そもそもコンピューター自体が砲弾の軌道計算のための計算装置として開発されているし、初のインターネットも軍用の物だったから、まあ、自然な流れともいえる。
その連絡に来た兵士は、俺らの部屋の様子を見て唖然としていた。
たとえ幾度も修羅場を潜り抜けてきた特殊部隊でも、隊長室が、いつの間にか趣味の悪い色に模様替えされていたら、驚くらしい。
壁紙と机は掃除すれば何とかなるかもしれないが、今は何が織り込まれていたのかも分からない、高そうな織物の絨毯とか、壁にかかっている絵(趣味によっては元々青色だった可能性もあるが)とかは、買い替える必要があるだろうな。
まあ、どうせGDPの5%もある防衛費の予算から簡単にひねり出せるんだろうが。戦争には金がかかるからな。いや。使用方面が違う気がする。
絵は、「そういう物だ。芸術の分からん奴だな」で通せても、流石に絨毯は無理だろう。目が痛くなりそうなほど鮮やかな青の絨毯なんて、悪趣味以外の何物でもない。
ちょっと悪いことをしたかなと、少しだけ、そう、ほんの少しだけ反省した。まあ、私情でいきなり軍事演習やる方に、かなり大きな非があると思うが。
俺らは一度敬礼して(一応、階級は相手の方が上だ)さっきのこもった視線を背中に受けながら、隊長室を出た。
早く帰ろう。そして不味くも美味くもない飯を食おう。その時、俺は忘れていた。自分の車がフェンス破壊の際にぶっ壊れているということを。
だが結局、それを思い出す必要はなかった。特殊部隊の整備班が、装甲車を一台提供してくれた。ある意味戦利品ともいえるだろう。頂き物だ。大事に使おう。どうせ戦場に出ればすぐに壊れると思うが。
俺らが突っ込んだときにできた穴から、特殊部隊の、まさに針の穴に糸を通すような運転で装甲車が一台出てきた。どうやら俺が突っ込んだのは、事務所ではなくて車庫だったらしい。
俺は運転手と相手の手を握り潰さんばかりに握手を交わして、車を貰った。一台二千五百万円
氷室は、特殊部隊整備班に何度もお礼を言いながら、俺は一切声をかけることなく車に乗り込んで、我らが基地へと進撃を開始した。進撃の意味は知らない。
途中、青いペイントがされた迷彩柄の車が何十台も、道路を埋め尽くさんとばかりに走っているを見た農家のおじさんが、不審な車を見たと警察に通報したせいで憲兵の連中とひと悶着あったが、夕食までには帰ることができた。
その日の夕食は、いつも通りのメニューなのに、いつもよりずっとおいしく感じた。まあ、運動した後だからだろうな。いつも以上に疲れた。
食事を終えても、すぐに眠れるわけではない。車に着いたインクを、一切残さないように、丁寧に洗う。インクのせいで敵に捕捉されたなんて、笑えるようで笑えない。だって、もしそんなことがあれば、笑う前に殺されるから。
その後、洗濯室に向かい、もちろん、車をしっかり洗うのと同じ理由で戦闘服を手がカサカサになるほど丁寧に洗って、いつもより少し、否。だいぶ遅く、眠りについた。
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