第12話

 幸い、そこまで長時間待たされることはなかった。出撃命令は午後一時ごろ、バックパックを枕にして眠っている俺たちの中に、突如として飛び込んできた。


 軍では、頑丈で軽い電波時計も支給される。針が光るので、暗いところでも時間が確認できる優れモノだ。時間単位で動くこともある複雑な作戦の実行時には、絶対に必要だ。


 今回みたいに、命令がどれだけ遅い時間に入ってきたのか確認するのにも使える。


 伝令の兵士が、ヘリポートに駆け込んできて、息を切らしながら伝令を伝えた。


 その声を聞いたが早いか、俺は飛び起きて頑丈なヘルメットをかぶり、狙撃銃をしっかりとつかんだ。


 バックパックは速度を落とす原因にもなるので、今回は塹壕に置いていく。


 装備ベストに入れられた食料と水だけでも無補給で一日は戦えるし、塹壕が近いから、市街戦が長期化しても食料が切れる前に帰還できるだろう。


 伝令は、命令文が書いてある紙を見ながら息を整えて


「これより、わが軍は市街地へ一斉に突撃する。君たちはヘリコプターでビル上空に向かい、できるだけ散らばった場所に下降してビルから狙撃を行え!」


 と、言うと、走り去った。命令を伝える必要がある部隊が、まだ山ほどあるのだろう。伝令というのは、なかなか大変な仕事だ。


 伝令が命令文を読み上げている短い間に、俺たちは市街戦用の灰色っぽいコートを着て、カモフラージュネットを身に着けてた。素早い行動は奇襲作戦の命だ。


 今すぐ隠れろと言われても、問題なく命令を実行できるだろう。


 俺らは狙撃手とスポッターとの二人一組になり、ヘリに二列で乗り込んだ。点呼をする時間なんてない。俺は目視で三十人入ったことを確認して、運転手に「全員いる」と報告した。


 俺がそれを言うが早いか、ヘリは慌てたように離陸した。そのまま、かなりの速度で上昇する。窓から外を見ると、他にも輸送ヘリが飛び上がっていた。


 俺らのほかにも、ヘリで奇襲攻撃を仕掛ける部隊があるようだ。窓からうかがえる兵士たちの表情は、緊張で強張っている。新兵かな?


 兵士たちが突撃する音と、銃撃の音と光、血の匂いを、感じる。ある程度の高度になったのか、ヘリは速度を上げて、一斉に進撃を開始した。


 戦争の火蓋は、すでに落とされている。敵軍はビルの影から、迫りくる歩兵たちに向けて機関銃を撃ったり、狙撃をしたりしている。機関銃の発砲音が響くたびに、味方の兵士たちが倒れるのが、この高さからでも見える。


 歩兵たちは装甲車両の陰に隠れるなどして対抗しているが、装甲車両の装甲だって一切貫通しないわけじゃない。


 それに、敵から飛んでくるグレネードランチャーの爆発する弾を食らえば、装甲車程度、簡単に吹き飛ばされる。


 塹壕からの迫撃砲による支援もあるが、敵がビルの陰に隠れているため、あまり有効ではなさそうだ。


 あれを何とかしないと、俺らが到着できても歩兵がたどり着けない。


 万が一そうなれば、敵に包囲された状態で退却できずに全員捕虜、又は戦死する可能性が跳ね上がる。


 すなわち、俺らが生き残るためにはあのマシンガンナーを殺さねばならないわけだ。まあ、やるしかないか。


 俺は窓を開けてそこから半身を出すと、暗視スコープをつけた狙撃銃を構えた。照準をマシンガンナーの顔に合わせる。


 引き金を引くと、ビルの窓からマシンガンを撃っていた兵士の顔から血が噴き出した。その兵士はマシンガンに寄りかかるように倒れる。サーモグラフィーの赤と青の画像が、その様子をしっかりと映し出した。


 それを合図に、仲間たちも窓から顔を出してビルへ向けて狙撃を開始した。他の輸送ヘリも、敵に対する攻撃を開始している。


 狙撃手がいないヘリでは、搭載されたマシンガンが火を噴き、夜の闇を紅蓮に切り裂いている。ビルの壁に破片が飛び散った。


 こっちが撃てば、敵もこのヘリに気づいて撃墜を狙うだろう。


 それは、俺たち狙撃部隊が主戦場である都市にたどり着く前に対空砲火で追撃され、任務も中途半端なまま死ぬ可能性があるということだ。


 でも、下で己の足で市街地に向かう兵士たちが戦場にたどり着けなければ、どうせ俺らは死ぬ。なら、やるしかない。


 輸送ヘリ『星彩』には運転席の両脇から発砲できる重機関銃が二基搭載されている。俺らの狙撃を見て乗員たちも腹を括ったのか、それらが一斉に火を噴いた。


 ドドドドと凄まじい音が響き、敵マシンガンナーがどんどん減っていく。


 だが、物事は、そう上手く行き続けることはない。突然、いくつかのマシンガンが俺らのヘリの方を向いた。三人ほどの敵マシンガンナーが一斉に、俺らを撃墜しようとしたらしい。まずいな。


 俺は、俺の乗るヘリを狙っているマシンガンナーの一人を撃った。マシンガンを一つ沈黙させた。だが、残った二つのマシンガンを沈黙させる前に、ヘリに対する攻撃が、開始された。


 ヘリが弾をよけようと、その巨大な体躯を勢いよく回転させて、俺らはバランスを崩す。さすがに、銃を落とす間抜けはいなかったが、全員が派手に床に転がった。


「痛ッ」


 ひじを床にぶつける。腕がジーンと痺れた。しばらく狙撃ができないかもしれない。まあ、到着までに痛みは引くだろうから問題ないか。だが、応戦できなくなったのは問題だ。


 俺が痛むひじを押さえて立ち上がろうとすると、またヘリが旋回した。銃弾がヘリのすぐ横を通過する。


 銃弾が少しかすったのか、キンッと、金属同士がぶつかる激しい音がした。


 近くを飛んでいた味方のヘリに銃弾が直撃した。激しい火花を散らしながらヘリの装甲に穴が開く。運転席のフロントガラスが派手に砕けた。


 どうやら、銃弾はエンジンを貫通したらしい。突然、ヘリが爆発した。数名の兵士が空中に放り出される。


 ヘリは炎を上げながら落下して、マシンガンナーたちの隠れているビルに突き刺さった。ビルの柱をしっかりと破壊したらしく、ビルが崩壊を始めた。


 コンクリートが砕け、鉄骨が折れるすさまじい音を立てながら、ビルは数分で瓦礫の山と化した。歩兵が突入しやすくなった。


 俺はヘリの運転席に顔を出すと、「狙撃ができない。もっと丁寧に運転しろ」と、言った。運転手は前を向いたまま


「そんなことしたら弾丸が当たる・・ガッ!」


 突然、窓ガラスが水晶のように砕けて、銃弾が飛び込んできた。運転手の顔がなくなり、肉片が俺の戦闘服に飛び散る。


 俺は、ヘリが急に加速した衝撃で後ろに転がった。俺は素早く体を起こして、運転席の様子を確認した。


 砕けたグラスがシャンデリアとなって、月の光に煌めきながら地面に降り注ぐ。操縦席の座席や重機関銃は、大量の機関銃を食らって完全に破壊されていた。


 運転席は一瞬で血だまり、肉だまりと化したらしい。運転手、運転助手、指揮官、マシンガンナー二名。間違いなく全員死亡。死亡を確認するまでもなかった。


 本当にまずい。そして悪いことは続くもの。ヘリは、運転手が死ぬ間際にやった操作が原因で風を切る音がするほどの速度で前進している。


 だいぶ数を減らしたマシンガンナーたちのいるビルの真上を通り過ぎ、すぐに市街地の上空に到着した。目的地に到着することはできたという訳だ。目標達成。


 後は、俺らが生きて降りることができれば、ヘリ乗員の任務は完了する。少し高度が低いせいでヘリがビルに当たりそうだ。もしヘリがビルに衝突すれば、多分全員死ぬ。


 幸い、周囲にそこまで高いビルがないので衝突はしていない。もちろん、今のところはだが。


 もし奇跡的にヘリがビルに衝突せずにそのまま進んだら、燃料はしっかりと持つから敵国領土に入って、国境付近の敵基地に配備された対空ミサイルで、ヘリは落とされる。


 何とかしないと、ビルに衝突するかミサイルで吹き飛ばされるかして、俺らは戦死してしまう。やったー、二階級特進だー。と思えるほど、俺は軍人じゃない。


 それに、ビルに隠れた敵兵が窓から身を乗り出して、ライフルでこのヘリを撃ってきているような音がする。気のせいだと思いたいが、多分気のせいじゃない。


 死ぬ方法に、装甲を貫通したライフルで撃ち殺されるというものが追加された。


 どうする?俺は少し考えて、一つ、助かるかもしれない答えを出した。あまり有効な策ではないが、この場で、これ以上の策が出てくるのを待っていたら、みんな死ぬ。


 生き残るには、もうこれしかない。


 ええい。ままよ。


 俺は血だらけの運転席に座って、破損した操縦桿をつかんだ。血で滑るそれを、慎重につかんで、少しだけ動かした。


 高度が僅かに下がって、避けられるはずの目の前のビルをよけることができなくなる。コンクリート製の屋上を破壊しながら、激しく着陸した。墜落と言った方が正確かもしれないが。


 だが、すさまじい衝撃だ。頭がくらくらする。死んでないよね?俺は自分の首に触れる。脈がある。生きている。助かった。


 不幸中の幸いか、ヘリは爆発しなかった。さらに、上下に開閉する搭乗口のところには足の踏み場があった。


 着陸の際、滑って搭乗口までビルの上にのったのは、かなりの幸運だ。もし途中で止まっていたら、窓を砕いて出る必要があった。


 だが、搭乗口のドアは完全に破損している。誰も外に投げ出されなくてよかった。


 俺は運転席から降りると、兵士たちの間を進んで外に出て、地面を見下ろした。案の定、ドアの部品はバラバラになって地面に落ちていた。下にもし兵士がいたら死んでいるか、生きていても重傷だな。


「総員。今すぐヘリを降りて各自戦闘を開始せよ」


 俺は顔を上げると、そう怒鳴った。あっけにとられていた狙撃手たちは敬礼もせず、蜘蛛の子を散らすようにヘリから降りていく。


「氷室。行くぞ」


「うん」


 俺がそう言うと、氷室は小さくうなずいた。


 俺たちは小走りでヘリから降りると、屋上を離れた。ヘリコプターは五人の遺体を抱いて、棺のような静寂をまとい、ビルの上に横たわっている。


 もし市街戦で俺が戦死すれば、このビルが、俺の棺になるのだろうか?


 なぜか、そんな考えが脳裏をよぎった。

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