第18話


 数日後、俺は燃えるような激痛を伴う、麻酔なしの弾丸摘出手術を乗り切った。俺の脛には、口径六ミリの弾丸が埋まっていた。


 手術をした衛生兵が、俺の血が付いた、先端がつぶれて、銃弾らしくない形になった鉄の塊を、見せてくれた。正直言って、あまり有り難くは、なかった。


 手術後に、血だらけの銃弾を見せてくれた、シュミの悪‥‥‥‥、否、とても優しい衛生兵が


「そろそろ、怪我人を後方輸送するヘリの目途が立ちそうですよ」と、優しい声で教えてくれた。目の下に、クマができていた。目も充血している。


 絶対、寝不足だ。自分の足が無事なのか、少し不安になってきた。


 その手術の数日後、俺たちは前線から引くことになった。まあ、負傷兵が現場に留まっても足手まといだ。基本的に負傷兵は、目途が立ち次第撤退する。


 俺も、氷室と同じように貫通していればよかったのに。銃弾が貫通すると、銃弾の持つエネルギーは銃弾と一緒に外に飛び出すので、体に対するダメージが減る。


 そして、帰還の日、俺と氷室は久しぶりに外に出た。まだ怪我の影響は残っているが、野戦病院で軽くリハビリしたので、何とか歩けるぐらいに治っている。


 テントから出た途端、突然辺りが明かりに包まれた。テントは採光窓がほとんどないので少し薄暗い。そのせいで、外がとてもまぶしく感じる。


 俺は少し手をかざして、目の周りに日陰を作ると、外の風景を見た。


 巨大な都市は、地平線が見えるほどまっさらになっていた。様々な色の瓦礫が散乱した地面が、遥か彼方まで続いている。全体的に灰色っぽい光景だ。


 その、あまりにも広大すぎる戦場跡を、施設科や輸送科の兵士が、片付けて回っている。結構な量のトラックに次々と瓦礫が積み込まれ、施設科が作ったらしい道路に車輪の跡を付けて、ひっきりなしに行き来している。


 俺はその光景を眺め、その一か所に目を奪われた。俺たちから一メートルほどの距離に転がっている大きなコンクリートの破片。血の跡があり、生気のない手がそこから覗いていた。


 その手が、最後の力を振り絞ったように狙撃銃を握っている。狙撃中にビルが崩れ、そのまま瓦礫に押し潰されたのか。


 だが、彼が最後に腕を突き出したから銃は、瓦礫に押し潰されることなく無事だった。彼は、きっと銃を大切にする、いい狙撃手だったんだろう。


 俺は、足を踏み出してその瓦礫に近づいた。そこで気づいた。彼の頭が瓦礫から出ている。胴体は完全に潰されたが、頭にはコンクリートが当たらなかったらしい。


 俺は、命のやり取りをした敵兵士の眼を、優しく閉じてやった。氷室は、その様子を感情を一切出さない目で見ていた。


 敵兵にこんな情けをかけるのはあまり感心できる行為ではないだろう。だが、許してほしい。同じ地獄を共有した兵士とは、敵味方問わず堅い絆が生まれるのだ。


 外では兵士たちが、遺体を回収したり瓦礫を回収したりと忙しく走り回っている。だが、俺と兵士の周りだけ一瞬、時間が止まってような気がした。


 野戦病院から出てきた衛生兵が、俺らに「輸送ヘリが来た。駐機場に行くぞ」と、ストレスが溜まってそうな、強い声で言った。


 時間が、動き出す。

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