第17話
次に目が覚めたのは、さっきと同じ野戦病院だった。後方に輸送はされていないらしい。まあ、戦闘の後片付けが忙しくて、そんな余裕はないんだろう。
ただ先ほどとは違い、自分の体力はまあまあ回復している。まあ、会話程度ならできるだろう。この状況について誰かに聞きたい。
そうだ。氷室はそう言うことに詳しそうだ。氷室はどうかなと、俺は横のベッドを見た。氷室はもう目を覚ましていた。
体を半分起こしている。俺も、それに
まだ元気そうではないが、少なくとも意識ははっきりしているように見えた。
「生きててよかった」
と氷室が言ったので、俺が「君もね」と返したら、氷室はなぜか、ふいっとそっぽを向いた。
どうしたんだろう?いや。そもそも俺達にこんなくだらない社交辞令をしている時間はない。
「あの時、いったい何があったんだ?」
俺はしばらく沈黙した後、氷室に聞いた。いったいどんな作戦だったのか、彼女は知っているかもしれない。
「
氷室はそっぽを向いたまま、感情の読めない静かな声で答えた。
なるほど。それなら、これほどの負傷者も頷ける。そんなことをやれば、さらに多くの負傷者が出てもおかしくない。
おそらく、というか、ほぼ間違いなく残りの兵士は帰らぬ人となったのだろう。つまり戦死だ。二階級特進だ。
「敵兵と、敵基地は壊滅したって。さっき衛生兵の一人が言っていた。あと、第七連隊第一小隊は半数が死亡だって」
俺は目を見開いた。
嘘だろ。いや。嘘であるはずがない。氷室は冗談を言わない。だが、俺の脳は一瞬その情報を嘘と認識しようとした。
氷室はすっと俺を見た。いつも通りの無表情だ。乾燥した感情の残骸のようなものを、その瞳の奥に感じた気がした。悔しさ。
兵士になってから、あまりにも多くの死を経験して、悲しみはもはや、ほとんど消えた。摩耗したという言い方が正しいかもしれない。
使いすぎてぜんまいが壊れた悲しみというオルゴールは、もう二度と哀歌を詠うことはできない。
ただ、悔しかった。敵ではなく、味方に仲間を殺されたのが。
俺は顔を伏せた。キーンと耳鳴りがして、衛生兵がベッドの隙間を駆け回る足音が遠ざかっていく。吐き気がするほど苦しい。ここまでの人数の仲間を一度に失うことに、慣れていないわけではない。
俺は、俺の中の人間は、この作戦を組んだ軍師に怒りを向けた。
だが、同時に、俺の中にある理性がささやく。『あの作戦は正しかった』
感情を殺して、司令官を信じて命令を聞くことに徹する。それが不必要に命を散らさずに自軍を勝利に導く優秀な兵士だ。
それができなければ、ただ無意味に犬死するだけだ。それは良く分かっている。誰かに教えられなくたって、よく分かっている。
敵軍は市街戦を得意とする部隊を大量に失い、受けた打撃は、こちら側をはるかに上回る。それに、
その結果を無理やり喜んで、この作戦が正しかったと己を信じ込ませる。そうしなければ兵士なんて精神的な苦痛でやっていけなくなるのかもしれない。
だが、たとえ敵がどれほど被害を被っても、死んだ兵士は絶対に帰ってこないのだ。
俺は狙撃手だ。兵士だ。だが、一兵士である以前に、一人の人間でいたかった。ここで、仲間を悼み涙を流せる人間でありたかった。
だが同時に俺は兵士でありたい。どんな命令だって忠実にこなす一人の狙撃手として、歩みたい。そして、最後は戦場で一生を終えたいとさえ思う。
敵を撃つあの緊張感。全身を優しく包むような恐怖。命を刈り取った時の、まとわりつくような罪悪感とそれを上回る達成感。
それらすべてが、俺を殺し合いへと誘い、決して放してはくれない。兵士であることは、とても難しく、つらいことでもある。
同時に、一度は行ってしまえばもう二度と出ることができない、沼のような面も持っているのかもしれない。
俺はきっと、まだ狙撃手になりきれていない。だが、すでに俺の血で汚れた手は、俺が一人の人間であることを許してはくれない。
俺はどうあるべきなんだ?どうすればいいんだ?
そう問うたところで、思考の深淵が答えることはない。
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