狙撃手とスポッター

第2話

 俺は、兵士だ。


 俺が軍籍ぐんせきを置く、この国の軍隊は今、国境を面した隣国と、戦争をしている。特別軍事作戦とか、色々言い換えることはできるが、俺は『戦争』という呼び方が一番しっくりくると思っている。


 両国共に、広大な領土を有しているため、共有する国境は、広い。そこでは、市街地、森林、荒野、海と、様々な風景を見ることができる。


 戦争前は、国境を挟んで隣人同士という、とても平和的な街もあった。


 我が国が、敵国大使館に宣戦布告と銃口を突き付けた瞬間、そのすべてが、否応なしに戦場になった。


 いきなり戦闘が始まったせいで、民間人の退避ルートなんて、作るどころか、考える余裕すらなかった。


 現場の兵士達は、突然始まった戦闘に、自分の身を守るので精一杯で、できることなど、たかが知れていた。そのせいで、開戦直後の戦闘では、多くの民間人が巻き込まれてしまった。


 もともと、国境では資源をめぐった領土問題が何件もあり、軍隊は国境を挟んで、にらみ合いを続けていた。つまり、一触即発いっしょくそくはつの状態だった。


 そんな中、領土問題のある区域で、敵国が、勝手に油田を採掘し始めた。その区域を監視していたのは、警察ではなく、軍だった。


 当然、情報は、外務省よりも、軍上層部に優先して回される。軍が、これを口実に戦争を始めようとしていることを、情報の回ってこなかった政府は、止めることができなかった。


 どっちが先に宣戦布告しても、おかしくはなかった。相手が挑発したとはいえ、先に手を出したのはこっちだ。そこを言い訳するつもりはない。


 まあ、両国共に、取り返しがつかないほどの被害を受けた今となっては、そんなことに深い意味など、ないのだが。


 敵の領土を、犠牲を払いながら占領解放しても、すぐに奪い返される。


 一方、敵に領土を占領されたら、仲間の命と引き替えにしてでも、奪還した。


 味方が優勢の場所でも、敵軍は強固な陣で、これ以上の進撃を拒む。味方が劣勢の場所でも、我々は強固な陣を敷いて、敵の進撃をへし折る。


 その繰り返しで、いつの間にか、開戦から十年以上が経過してしまった。


 十年もの長い戦争で得られた、数少ない戦果は、せいぜい、兵士の実戦経験ぐらいだろう。


 だが、実戦経験のある軍隊は、経験が物を言う戦場で、実戦経験のない軍隊とは、比べ物にならないくらい強い。


 我が国の兵士の大半は、戦場で、修羅場しゅらばを潜り抜けたことがある。兵士の生存率は90%程度。退役までに、十人に一人は、戦死する。


 そして、運悪く、最前線の基地に配属された兵士の生存率は60%。そんな地獄のような軍隊の中に、俺の所属する部隊はある。


 狙撃部隊。これは、射撃の成績が良い兵士で構成される、狙撃専門の部隊だ。陸軍特殊部隊、陸軍空挺部隊と並ぶ、精鋭部隊と言われている。


 少し、狙撃部隊について、説明しておく。


 狙撃部隊に入るためのルートは、二種類ある。俺みたいに、軍学校卒業後、いったん普通科に配属されてから、上官に推薦すいせんされて入隊するルートと、軍学校を卒業した後、そのまま入隊するルートだ。


 推薦された兵士も、入隊を希望する兵士も、全員、入隊試験を受ける。これで、ある一定以上の点数を取ると、入隊する権利が与えられる仕組みだ。


 その基準は、軍事機密に指定されていて、軍本部の兵士の中でも、一部の人間しか、知らない。もちろん俺も知らない。


 狙撃部隊は、二人一組ツーマンセルの班が五つ集まって、十人体制の分隊、それが三つ集まって、三十人の小隊を形成する。


 狙撃部隊には、総勢三百人十個小隊の兵士が、所属している。これで一個連隊だ。正式には、第七連隊と呼ばれている。狙撃部隊は通称だが、こっちの方が一般的だし、最近は公式の文章でも、こっちで通している。


 特殊部隊、空挺部隊と並ぶ精鋭と呼ばれるからには、もちろん、それなりの実力がある。実際、狙撃とカモフラージュの技術を競えば、狙撃部隊は、他の部隊の追随を許さない。


 実際、前回の軍事演習では俺ら狙撃部隊が勝った。まあ、かなり危うかったし、こっちも、参加していた兵士の半数以上が『死亡』判定を受けた。


 そもそも特殊部隊は、連隊十個で構成されている。三千人、一個師団なのだ。俺らは、人数的な不利を抱えて戦う必要がある。それでも、俺たちは、勝つことができる。


 まあ、特殊部隊のような、司令官の元で優秀な兵士達が、司令官の的確な指示に従って行動するような部隊にとって、俺ら狙撃部隊は、相性が最悪なので、負けるのも、仕方なくはあるのだが。


 司令官の元、しっかり統制が取れている軍隊は強いが、そういう軍隊は、指揮官を撃ち殺せば、指揮系統は崩壊することが多い。もちろん、特殊部隊も例外ではない。


 たとえ特殊部隊でも、否、一人一人が重要な役割を持つ、少数精鋭の特殊部隊だからこそ、狙撃によって受けるダメージは、大きい。


 ある記録では、一個小隊規模の特殊部隊が、たった一人の狙撃銃によって、一個小隊を壊滅させたこともある。


 まるで妄想のようなそれを実現するのが、狙撃部隊の任務だ。


 だが、これだけのことを、単独で実行するのは難しい。周囲に気を配って、敵から身を守り、その場の、風速や、気温、湿度などを精密に計算する。


 まあ、これだけだったら、単独でできる兵士だって、存在しているだろう。


 だが、最も大きな問題は、別の場所に存在している。


 狙撃手の使う銃は精度の問題から、仕組みが単純なボルトアクション式を採用している。


 これにより、ライフルリングなどの、銃の精度を保つ重要な部分に、工夫を入れることが可能になるのだが、一回ごとに排夾、装填をボルトを操作ボルトアクションすることによって行う、つまり手動で行わないといけないため、連射ができない。


 その上、狙撃銃はライフルに比べて、装填できる弾丸の数が、とても少ない。つまり、敵の攻撃を受けると、文字通り、すぐに撃つ手がなくなってしまう。


 それに、狙撃手は、狙撃を行う際、銃弾を敵に当てることに、集中する。つまり、周囲が完全に無防備になる。この隙に、敵に捕捉されれば、死しかない。


 もちろん、単独で戦う狙撃手もいる。ただ、あれは特例と見ていいだろう。凡人にはできない。


 狙撃手が落ち着いて任務を成功させるためには、狙撃手を守りながら、さらに狙撃手が狙撃に集中できるようアシストをするための兵士が必要なのだ。


 そういう兵士のことを、スポッターと呼ぶ。


 彼らは基本的に、狙撃よりも、一般的な撃ち合いや、計測の方が得意な兵士で構成されている。そして、狙撃手と行動を共にするための特別な訓練を受けている。


 スポッターも、万が一狙撃手が死亡した場合、狙撃手に変わって狙撃を行うことになるため、ある程度の狙撃の腕が求められるし、常に、狙撃手と共に活動するため、所属は狙撃部隊になっている。


 つまり、狙撃部隊の半数は、スポッターだ。狙撃手自体の人数は、百五十人程度だろう。少なく感じるかもしれないが、少数で活動する狙撃手の人数は、その程度で十分だ。


 動員したとしても、一個小隊が限度だ。それも、一か所に、一個小隊全員の配備ではなく、一個小隊を戦場全体に配置する方法をとるだろう。


 何度も書くが、狙撃部隊は少数で活動するのが基本なのだ。小隊が全員、同じ場所で戦うことは、まず有り得ない。


 必要はないが、このあたりに、私たちの名前を書いておく。


 俺のスポッターは『氷室』という名前だ。『ヒムロ』と読む。


 俺の名前は『蒼』と書いて『ソウ』と読む。


 氷室は黒髪黒目の人が多いこの国で珍しい銀髪碧眼。さらに、過酷な任務が多い狙撃部隊では珍しい、女性だ。


 だが、兵士全体として見ても、とても優秀な部類に入るだろう。


 一個小隊程度の敵兵なら、余裕で壊滅させることができるほどの実力を持っているが、敵との交戦をできるだけ避けるという基礎がしっかりできている。


 周囲を観察するのが得意で、フィールドの観測も早い。おかげで、こっちは安心して狙撃に専念できる。


 その上、並外れた反射神経と運動神経を持っている。体力と観察力、それと座学で言ったら、俺よりよっぽど強い。


 それだけでも十分すぎるほどの才能だが、彼女はそれだけでなく、音を立てずに行動することが得意という、まさに狙撃手に最も必要な長所を持っている。


 訓練の時には、敵の三メートル以内に近づいても気付かれないという離れ業すらやってのけた。模擬戦では、全く気付くことができないまま、背中からペイント弾の銃口を突き付けられた。


 俺が唯一勝てる技術といったら、せいぜい、狙撃の腕ぐらいだ。


 一狙撃手でしかない、俺のところでスポッターをやるには、もったいない人材だ。


 特殊部隊にでも入った方がいいのではないかと思うこともあるが、スポッターを希望したのは、氷室自身だと聞いている。


 まあ、俺が言うことでもあるまい。

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