誰も一人では戦えない

曇空 鈍縒

プロローグ

第1話

 ここは、立ち枯れた灰色の草が広がる、草原の真ん中。


 かつては、踝ほどまでの草が、青々としげっていたのだろう。そこでは、多種多様な生き物が、思い思いに生きていたのだろう。


 きっとそこは、生命の活力に満ち溢れてみちあふれていたに違いない。だが今、この草原には、その面影すらない。


 冬の寒風に色を失った草たちが、地平線の向こうで、雲におおわれた鉛色の空と同化している。静かで、それでいて騒がしい、死の気配に満ち溢れている。


 俺は、その枯れた草原に半分埋もれるように伏せながら、全長一mほどの狙撃銃そげきじゅうおぼろ』を構えていた。


 俺と共に数々の修羅場をそのスコープに映し、多くの血を吸ってきたその銃口ですら、冷え切っている。


 狙撃銃はライフルとは違う。ただ大量の銃弾をばらまくような無粋ぶすいな武器ではない。


 たった一発の銃弾で、芸術的なまでに一瞬で相手の命に終止符しゅうしふを打つ。そういう武器だ。


 一発撃つごとにボルトアクションで排夾はいきょう装填そうてんを行う。ライフルとは違い、連射はできない。だからこそ、一発に重みが生まれる。


 我が国の技術のすいが詰め込まれた光学装置、どれだけ遠くの風景でも映すことができる高倍率のスコープ。そして一切のゆがみがないライフリング。


 構えると銃床が肩と同化どうかするような感覚になり、グリップを握っているという違和感すら全く感じない。


 量産品のライフルとは違い、一つ一つ、その道を究めた技術者が作ったものだ。彼らのおかげで、俺の放つ鉛玉は敵へと届く。


 構えられた銃口は、ピクリとも動かない。心音、呼吸音、筋肉の動く音。そして、銃の金属が寒さに震える音。


 ありとあらゆる音が打ち消し合い、銃口の周りにはキーンと、研ぎ澄まされた静寂が漂っている。


 俺の隣では、スポッターがカモフラージュネットをかぶり、軽く伏せながら周囲を警戒している。


 彼女は周囲を見渡すために僅かに動いているが、ほとんど音が立っていない。まるで、死そのもののようだ。


 普通、草むらの中で動けば、どれだけ訓練を積んだとしても音がする。枯れて、堅くなった草は踏むだけでパリパリと砕けてゆく。


 彼女は、その柔軟な体を生かして、まるで地面と同化するように周囲を警戒している。虫ですら、彼女の警戒網けいかいもうを超えることはできないだろう。


 彼女のその技術は己の努力で磨いたものだ。これから、ほぼ無制限に伸ばすことができるだろう。


 磨き抜かれた技術は、鍛えられた刃のように敵の命に終わりをもたらす助けとなる。


 だが、余りに静かすぎて、時折入ってくる作戦本部からの無線の音が、耳の奥でやけに響いて聞こえる。イヤホンだから音が漏れる心配は少ない。それに、音なんて必要ない。


「距離千メートル。風向南西、風速三。速度四キロ/h程度」


 おもむろに取り出したレーザー距離計を眺めていた彼女が突然、しっかりした口調でそう報告した。


 俺のスコープには、冬枯れの風景と、草の中を移動する敵兵が、俺がこれから刈り取る命が、映っている。わが軍の偵察に来たのか、歩哨見張りなのか。そんなことは、どうでもいい。


 俺の任務はただ一つ。敵兵を撃つこと。敵にわが軍の動きを知られないようにしつつ、今回の奇襲作戦きしゅうさくせんを成功へと導くこと。俺は狙いを定めて、一切迷うことなく引き金を引いた。


 銃身は熱くなり冷え切っていた銃口からは湯気が立つ。師の静寂は破られ、銃は生き生きとする。


 そして、敵兵は自分が撃たれたことに気づく前に倒れ、俺のスコープには鮮やかな血花が咲いた。



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