第5話 家事って難しい……

 優しい光が差してきた、暖かい……どうやら朝が来たようだ。私はムクッと起き上がり、時計を見た。7時半だった。珍しく早起きが出来たことに驚いていたが、傍にテールが寝ていたことに気が付いた。


「……クスッ」

 可愛い寝顔である。その姿はとても愛らしい――。


(これぐらいならばれないよね……)


 私はテールの寝顔に人差し指をチョンと置いた。すると、テールは少し溶けた表情になった。


(もう一回ぐらい良いよね?)


 私はもう一回、試みた。再び、人差し指を優しく置いた。すると、今度はテールはパッチリと反応した。どうやら、起きたようだ。そして私はテールにやっていたこの状態を見られてしまった。


「あ……これは、違って」

 不意に言葉が出てしまった。


(あーどうしよう、見られちゃった! あれでやめとけば良かった、どうしよう、大丈夫かな、引かれてたりしてないよね?)


「……」

「おはよう、テール……」

 少し沈黙が続く――。


「朝ごはんつくるから、テールはリビングのテーブルに行っててね」

「……」コクンッ

 テールは何事もなく起きて向かった。幸い何も思っていないようだった。それはそれでなんか複雑なのだが――。


 私は台所の前に立った。大きく息を吸う。


(料理ってどうやるんだっけ?)


 そう、私は一人暮らしを始めてから、一回も自炊をしたことがないのである。と言っても、小さい頃にお手伝いは時々していた。ほんの時々……。なぜ今までやって来なかったのか。理由は簡単だ、めんどくさい。これに尽きる。私は一々、材料を決めて、料理をして、食事をし、皿を洗って、片付ける。この一連の流れに時間を掛けたくなかった。それだったら、携帯食料を食べて、外食などをした方がよっぽど効率的である。

 でも、これからはそうはいかない。テールがいる。健康状態も管理するのも監視役としての務め、破るわけにはいかない。


(そうだ、フレンチトーストにしよう! フレンチトーストなら、小さい頃に何回かお手伝いしたこともあるし、大丈夫。料理は大抵、フィーリングでやるって上手い人が言ってた。よし)

 私は調理に取り掛かった。フライパンを取り出し、材料を揃え、エプロンを着けて、手を洗った。そして材料に手を伸ばす。


 出来た――。


 私は盛り付けて、リビングに向かった。そこにはテールが座っていて、ずっと待っていたようだ。


「テール、どうぞ」

「……」


 そこにあったのは、フレンチトーストではなく、真っ黒い炭だった。ものの見事に焦がしたのである。もはや、原形が留めて居ない。


(あー! ほら! やっちゃた! もうこれフレンチトーストじゃないよ! なにこれ!? 全然じゃん! 全然違うじゃん! なにが、『出来た――。』だよ、いかにも成功した雰囲気を出して、しっかり失敗してるし! そして、料理したこともまず無いレベルなのになんでフィーリングで出来ると思ったんだ!? 出来るわけ無いじゃない! まずレシピとかを見ながらやることが基本でしょ!?)


「……」

 テールはずっと自分の前にある炭を見つめていた。


(ほーら! もう! テールが固まっちゃったじゃん! そうだよね…食べたくないよね、こんな炭、今下げるからね…)

 私はテールのフレンチトーストを下げようとしたとき、テールは――。


「……」パクッ

「!」

 テールは真っ黒いフレンチトーストを食べた。

「……」モグジャリ

 テールは少しずつ食べ続けていた。味は見た目でわかるように不味いはずだ。私は罪悪感を抱いた。こんな子供にろくな食べ物を出して上げられないのは最低だと思った。

 私はフレンチトーストみたいな炭を片付けて、テールを連れてあるところに向かった。彼らは居るだろうか。あ、居た。

 私が向かったのはいつものレストランである。そこにはアリスとルナとグリュが仲良くいつものように会話をしていた。


「あれ? リーベさん!」

 アリスが私に気づいたようだ。笑顔が眩しい。

「リーベさん! こんにちは!」

「こんにちは、リーベさん!」

 グリュとルナも挨拶をした。いつ来ても彼らは、元気がいっぱいだ。パーティーで喧嘩なんてしたことがあるのだろうか。


「テール君もこんにちは!」

 アリスは忘れずにテールにも挨拶をした。テールは相変わらず、無口だったが照れそうにしながら会釈はした。


「リーベさんはテール君とご飯を食べに来たんですか?」

 ルナが聞いてきた。確かに私が自ら、ここに来ることは珍しいことだ。大抵、私はアリス達から誘われて行くことが多い。でも、今回はご飯を食べに来たわけではない。ちゃんとした、理由があって来たのだ。


「実はそれぞれにお願いがあって来たんだけど時間ある?」

 私はグリュとルナとアリスに聞いた。いつもだったら、事前に連絡位はするけど、今回はそういうのは無し。アポ無しである。

「ありますよーそれでなんのお願いですか?」

 グリュが答えた。相変わらず優しい。でも、表情が溶けていた、今にも眠そうな顔をしている。そこをアリスがバレないように眺めている。

「グリュとルナにテールを預けて欲しいの、この子に合う服とかも見て欲しくて……」

 このときのテールの服はまだ、私の御下がりだった。テールにはもっと年齢に合った服を着て欲しいと思っている。

「わかりました! 良い服屋さんを知ってるから!」

 ルナが張りきっていた。さすがは情報屋だ。どうやら、この手についてはお得意様である。

「それでは、よろしくお願いします」

「うん! 任せて!」

 そう言ってグリュとルナはテールを連れて行った。身長差からまるで親子のように見えてしまった。


「で!? 私は!?」

 アリスが聞いてきた。どうやら、自分も役に立ち感じの様子だった。私に期待をするような目で見ている。

「何をするの? 買い物? 依頼? もしかして、武器を見るの!?」

 アリスは今にも待ちきれない状態だった。その様子はまるではしゃいでいる子犬、絶対に尻尾を激しく振ってそう――。

「実は……」


◇◇◇


「おっじゃましまーす!」

 アリスは元気良くかつ勢い良く私の家のドアを開けた。そしてドンッと大きな音が出た。これでドアが壊れていないか一瞬心配したが、アリスの明るさと笑顔によってどうでも良く感じた。

「……ただいま」

 私はアリスが開けた自分の家のドアを静かに閉めてアリスと共に中に入った。


「でもまさかリーベさんからこんなことを頼まれるなんて思ってもいなかった!」

「……あはは、よろしくお願いします」

 そう言って、私はアリスに部屋を案内しようとしていた。


 ――数分前。

 私はアリスにお願いした。

「実は……私に家事を教えて欲しいの……」

「へ?」

 アリスはキョトンという顔をしていた。聞こえなかったのだろうか?もう一度言ってみることにした。

「だから、私に家事を教えて欲しいの!」

 さっきよりも大きな声で言った。確実に聞こえたはず、なのにアリスは――。

「へ?」

 この一言だった。はしゃいでいたあの姿はなんだったのだろうか。それとも最初からそんなことも嘘だったのだろうか。いや、違うただ動揺しているだけだ。しばらくアリスが固まった後にやっと次の言葉が出た。

「家事ってあの? 料理とかする?」

「そう」

 私はそのあとアリスに自分が家事が出来ないことと今日の朝に起こったことを正直に話し始めた。

「良いよ! 任せて! 私が直々に教えてあげる!」

 非常に心強い回答だった。この時に本当にアリスに話して良かったと思った。実は、どう思われて、なんて言われるか、怖かったのである。今まで私に尊敬なイメージから失望させてしまうかと思ったからだ。


「でも、玄関とリビングは綺麗じゃん! 普通に暮らせそう!」

 アリスはリビングを見渡してそう言った。

「あの……アリスちょっとこっちに……」

 私はお風呂場に案内した。――そう、例のお風呂場である。本当は誰にも見せたくない、テールですら見せたことが無い。でもアリスを信じて、私は見せることにした。それでも不安は出てくる。緊張と空気が漂う。

「じゃあ、アリスここなんだけど……」

 私はそう告げお風呂場のドアを開けた。

「わ!」

 その部屋に多くの荷物が置いてあった。足の置く場所もない位に散らかっていた。

「な、なるほどねー」

 アリスは少し戸惑っていた。顔が少し崩れている。大丈夫かな――。

「……キッチン見てみても良い?」

 不意にアリスが聞いてきた。


(キッチンは大丈夫なはず! だって今日だって料理したし! ……失敗したけど。でも! 使った皿とかは、ちゃんと洗って片づけたから最悪散らかっていない!)

 私はそう確信した。自らが行った行動が正しく、誠実だと思ったからだ。実は、お風呂場の時に少しダメージを受けてしまったのだ。

 だが、アリスは――。

「……」

 キッチンに着いた瞬間、アリスは固まってその場に立ち尽くしていた。どうかしたのだろうか、見た感じキッチンは掃除をしたから綺麗である。


「リーベさん! どうしたらこうなるんですか!?」

 言葉使いは丁寧だったが、確かにアリスは怒っていた。でも私にとっては、どこが間違っているのかわからなかった。私はひるんでしまい、そのまま棒立ちしてしまった。

「リーベさん!? 料理ってなんなのかわかりますか!?」

「……人に食事を提供することだと……」

 これ位のことしか言えなかった。当然だ、今まで料理をしてこなかったから意識していない。だから本質的に大事なことが把握していないのだ。それにしても異様な光景である、ステータスが別格と言われ、最強と思われている冒険者が今や普通の冒険者に説教をくらっている――。ありえないことだろう――。

「良いですか? リーベさん料理というのはただ人に対して食事を出す場所だけじゃないんですよ?」

 アリスの説明が始まった。何もわからない所から知識を与えてくれることに感謝しながら、しっかりと聞き始めた。

「相手にどのような料理を出したら喜んで貰えるかとか相手が食べやすいような料理を考えて、そしてその為に単純かつスピードを兼ね備えるといけないんです!」

 アリスの説明に私は衝撃を受けた。料理ってそんなに奥深いものなのかと思わなかった――。私は冒険者としての戦術などの知識はあるけど、家事に関してはからっきしりなのだ。

「それでなんなんですかこれ!」

 アリスが指を差す。その方向にあったのはキッチンの壁掛けだった。よく見たら調理器具ではあるものの何でもかんでも掛けてあった。これでは欲しいものが取れないだろう――。

「あとこれとかこれとか!」

 アリスが次々と指摘した。そこには、まな板の上に横に置いてあった包丁や蓋が絶妙に合ってない鍋、コンロの上にはフライパンが置きっぱなしだった。明かされる度に私は全然だめだと恥ずかしくなった。


「だいたいこんな感じかな!」

「アリス……ありがとう」

 色々指摘された後、私はアリスに教えてもらいながら一緒に整理をした。普段ソロとして活動していた私だ。共同作業は新鮮さを感じた。体力は削られていないが、精神面で疲れた気がする。


「じゃあ、次は料理の仕方だね! 今回はフレンチトーストと簡単な作り置きの料理を教えるね!」

「アリス先生よろしくお願いします」

「先生!?」

 アリスは驚いていたがもうこの時点で私はアリスのことを『先生』と呼んだ。もう私にとってアリスは尊敬の域に達していた。


「まずは材料を出して、リーベさん包丁でパンを切ってみて!」

 私は包丁でパンを切ろうとした。期待とこれからの胸に包丁をもっていざ切ろうとする――。


「持ち方が違う!」

 私は殺人鬼みたいな持ち方をしていた。さっそく怒られてしまった。私の期待が不安へと一気に変わった時である。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る