第2話 逃走と恫喝

 薄いカーテン生地から日光が差す。ほんのり温かいと体が感じ、自然と目が覚める。朝が来た——。

 まだぼんやりとしていて目を擦る。部屋全体が見える。いつもの私の部屋だ。家具が整理整頓されている部屋で、お気に入りの武器と防具が集められているのがわかる。自慢のインテリアだ。

 今日は良い事が起こりそうと思いながら、ベットから起き上がる。うーんと背を伸ばし、着替えをして朝食を取る。


「あれ、おいしい、リーベさんに今度教えよ」

 ふいに言ってしまった自分に可笑しく感じて笑ってしまう。


 キッチンに行って、皿を洗って、倉庫に入ってお気に入りの武器と小道具を手に取って武器の手入れを始めることにした。私はこの時間が好きで毎日の日課となっている。自分の使う武器と一対一で真剣に向き合える時間がなんとなく気持ちが落ち着く自分がいた。


 しばらくして——。

 あれ、今日はお昼に、フィシたちと一緒に冒険しに行くんだったっけ、と思い出し急いで身支度を始める。いつも使っている片手剣と防具、ちょっとした食事、そしてバックを準備して家の玄関のドアを開ける。暖かい日、心地いい風、天気も良い。


 この前の街のお祭りでルナが歌っていた歌を頭の中に流れる。気分を上げて軽い足取りでこの街を歩きだす。ふん、ふふん、と鼻歌まで歌い目を瞑り、イメージを映し出す。


(今日はどんなことが起こるのかな~)

 遂に楽しくなって、笑い声を零しながら、少し駆け足になる。


 しばらく歌っていた内にもうギルドの前まで着いた。相変わらず大きいなぁ、と呑気なことを考えながら中へ入る。


「フィシ~!」

「アリス!」

 ギルドに入るとフィシたちがいた。先に来て、待っていたようだ。フィシだけなく、ルナ、コハク、グリュもいる。私たちのパーティだ。今まで何回もクエストを受けて来た、私の自慢の所謂仲良しパーティだ。


「みんな~! 今日は天気がいいね~! どんなクエスト受けに行く? 素材採取? 魔物討伐? 今日調子良いからさ~、私、何でも出来る気がするんだよね!」

「アリス……」

 うん? 空気が思い? そう思った。何かが引っかかっている感じがそこにはあった。何だろう、こう、言葉では言い表せないような違和感のような何かがそこにはあった。


 ——嫌な予感がする。


「…………なにかあったの?」

「それが」

 全員が困惑するような暗い顔をする。同時に心臓の音が早くなるのがわかる。緊張感が全身を駆け巡るのがわかる。フィシは深く息を吸い、話始めた。


「リーベさんとテール君が……」


「…………え」


◇◇◇


「はぁはぁ」

 商店街から逃げ続けてやがて5分くらい経つ。私はテールを連れて走っていた。息も荒く、そして心臓の鼓動も大きくなってきた。


「あ……テール? あそこまで頑張れる?」

「はい……」

「よし」

 私は誰にも目に付かれないような路地に着いて、休憩のために腰を下ろした。深く息を吸って呼吸を整える。

 それにしてもこれは不味い……。


 商店街で冒険者同士が揉めて——。

 街の人にテールが魔物だということがバレて——。

 店に火が移って——。

 そしてあの冒険者たちは——。


 情報が多すぎる。とても一日に起こった出来事だと思えない。いつまでも完結しない物事が頭の中で満たされているようで考えることも怠くなっていた。


(こんな大変なこと今まであったっけ……いやあったわ)

 そう考えることにしていつもの調子を取り戻すことにした。


「リーベさん……」

「ん? どうしたの? テー……!?」

 ふと、顔を見上げるとテールが泣いていた。目から涙を零し、頬に伝ったものを素手で拭っていた。


「ごめんなさい、僕のせいで……僕の……」

 テールはさっきの商店街のことについて泣いているようだった。私はテールに近づく――。


「…………」

「リーベさん?」

 私はテールのことを抱きしめいた。テールの体温が体へ伝わっているのがわかる。心が温かくなるような安心するテールの温もり、そして可愛い。自然と頭も撫で始める。


「あの、リーベさん?」

「……大丈夫よ、テール。安心して」

「……」

「私ね、テールが私のことを思って本気で怒ってくれたの、嬉しかった、ありがとね、テール、私のために怒ってくれて」

「そんな、僕は」

「大丈夫、きっと大丈夫だから」

「…………」

「……取り敢えず、家に帰らない? お腹空いたでしょ?」

「…………はい」

 テールは自分がやったことに責任感を感じているのか、まだ元気を取り戻していなかった。こんな日もある。そういう日はおいしいご飯で作ってさっさと寝るのが一番効く。


 なんとかテールのことをなだめて、私はテールの手を取って歩き始めた。今日は家に帰って少し休憩したら、外食しに行こう。そうだ、テールが前に美味しかったって言っていたあの店にしようかなと考えていた。テールを連れて歩き出すうちにいつも通っている道に出た。


 いつもの道だ、毎日何気なく通っている道だが、今はこんなにも気持ちが落ち着いている自分がいた。今日は本当にいろんなことがあったと頭の中で流れ始める。夕飯の買い出しに行って、変なパーティに出くわして、商店街から逃げ出した。何かの物語に出て来るようなそんな一日だった。

 家に帰ったら、まずは装備を外して、荷物をテーブルに――。


「……何、これ、、、」

 目の前にあったのは、誰かの手によって荒んな状態にされた私の家だった。家の屋根は素材がぼろぼろな状態となっていて、壁にはひびが入っており、大きく赤くバツ印の書かれた落書きも多くあった。


 今にも崩れそうになっている家——。

 これが今の私の家である——。


「……リーベさん」

 テールは私の服の部分を掴んで震えていた。テールにとってその人が与えた恐怖は小さな体にはあまりにも大きすぎることであった。


 思い出の詰まった私の、いや今は私たちの家——。


 最初に住むとわかった時は正直何も感じなかった家だったが、テールが来た時からこの家を好きになっていた自分がいた。


「高かったんだけどな~」

 テールを安心させるために強気になって言ってみたつもりではあったが、心の中の中ではギリギリな状態だった。


 あたりまえに住んでいた家がボロボロになっているのを前にして、私は妙に立ち尽くしてしまっていた。


「おい! こっちにいたぞ!」

 道の曲がり角から出て来た追手に見つかってしまった。


「行こ、テール」

 やや強引にテールを連れて行った。これしか言えなかった。歯を強く噛みしめて私の家を後にする。


 ——しまった。あそこにずっと立っている場合じゃなかった。


「リーベさん! リーベさん! 前に!」

「……!」

 前方にさっきの冒険パーティにいたであろう下っ端のやつらが武器を持って足止めをしようとしていた。


「テール! ごめん! 少し痛いかも!」

「え、あっ、わっ!」

 私はテールを抱きかかえて、下っ端のやつらを飛び越して、彼らよりも少し先の所で着地した。


「テール! 行ける?」

「あ、はい!」

 そうやってまた手を握って走り出した。呼吸が熱く感じる。頭だってもう考えることもやっとで、文字通り精一杯だ。


「テール! 街から出るよ!」

 必死に考え出して出た答えがこの街を離れることだった。きっとこの街では私たちの逃げ場所なんてものはないと思う。それだったら街の外に一旦出た方良いんじゃないかと考えた。


 一瞬だが、テールの方を見てみるとコクンと頷いているように見えたので、私は街の門の方へと向かった。


◇◇◇


 ——同日昼、冒険者ギルドにて。


「どういうことですか! スミレさん! なんでリーベさんとテール君が!!」

 私はギルドの受付所で机を叩いて言った。後ろでは私のパーティの仲間たちが宥めるように心配をしていたが、そんなことに構っている場合じゃないと私は続けることにした。


「お、落ち着いてください、アリスさn……」

「落ち着けるわけがないでしょう~!!」

 スミレさんはヒィッと言って怯んだ。普段私がギルドで声を大きく上げることがなかったからその分の迫力があったのかもしれない。興奮で頭に熱が伝わっていくのがわかる。


「今、この時だってリーベさんたちは大変な目に合っているかもしれないんですよ! それに何もしないんだって、ギルドがすることなんですか!!」

 スミレさんだけでなく、奥にいたギルドの職員たちも狼狽え始めた。みんなが下を見つめ始める。


「スミレ……」

 太々しい声が聞こえて来た。この声はあの事件以来、久しぶりに聞いた。

 ギルド長『ゴート・グランド』である——。


「ここからは私が対応しよう……スミレは下がっておれ」

「……はい」

 そう言ってギルド長はスミレさんを下がらせて、私の前に立った。歴戦の姿なのか、立っているだけで威圧感が凄く感じられた。


「『貪欲の宝玉』……大人数で構成された大規模冒険者パーティ……その総数は数知れず……」

 ゴート・グランデは続ける。


「……アリス・ソンリッタ、リーベ・ワシントンの件、我々からもこの街を何度も救ってくれた恩がある……可能であれば助けたい」

「じゃあ、どうして……?」

 ゴート・グランデは視線を左下の方にやり、そして銀色のした目で私の目を見て静かに言った。


「助けないんじゃない、助けられないんだ」

「……え?」


 ゴート・グランデは目を閉じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る