第2篇 ブルジョワジーの祭典編

第1章 突如の来訪

第1話 日常と来訪者

 良く晴れた日の下がり、暑くも寒くもない、この時期の季節の中で私は包丁を持っていた。

 鋭く研いでこの包丁は切れ味が良くなっており、どんなものでもすぐに切れそうな状態にあった。私はその包丁を前に静かに笑い出す。


(ふっふっふ、これでやっとあの苦痛から解放される)


 私は今日という今日までずっとイライラしていた。いつもいつも手間が掛かっていたし、見ただけでも面倒だなと、少しため息をしていた。やっとだ。やっと解放される。


「……そう! これでやっと! カボチャが切れる~!」

 私は持っていた包丁を使ってカボチャを切り始める。するとカボチャは包丁によって直ぐに真っ二つとなり、半分こになった。


「今まで切るのが大変だったのよね~ もう硬くて硬くて……」

 まな板の上にある半分に切られたオレンジ色のカボチャの隣に包丁を置いて腰を手を当ててそのままストレッチをするように伸び始めた。


「これから何作ろっかな~ スープでしょ? あとはサラダとかでしょ? ケーキとかも面白そうかも!」

 そんな考えを膨らませながら一人でワクワクしていた。


「リーベさん~! どうしたんですか!」

 そういってリビングからテールがテチテチと歩いてきた。小動物のように可愛いので私の胸の中で小さく音が響いてしまう。


「うわっ! リーベさん何!」

 次に気づいた時にはテールのことを抱きしめていた。私の胸でモゴモゴしているのがわかる。腕の力を緩め、片方の手を頭に乗せて撫で始める。あ、気持ちよさそうな顔をしてる。


「それでなにしてたんですかぁ~」

 力の抜けきった顔で質問された。可愛い。ヨシヨシもしてあげよう。

「ふふっ、あれ見てよ」

「カボチャですか?」

「そう! これで夕食、何作ろっか? 何食べたい?」

「何でも良いですけど、リーベさん、冷蔵庫の中、何かありましたっけ?」

「あ」

 テールのことを離して冷蔵庫の中を確認する。

「…………」

「何もないですね」

 ものの見事に殻だった。そういえば今日の昼食で全部使い切ってたっけ。


「テール~ 買い物行く?」

「行きます!」

 リビングに行って財布を持って、荷物を持って、両腕を上げて背を伸ばしてやる気を入れる。


「テール準備良い?」

「はい!」

「それじゃ、行こっか!」

「はーい」

 あの出来事から数日が経ったこの頃。私は相変わらず、ギルドからテールの監視役をやっている。テールは私たち、人間とは違う『魔人族』と呼ばれる種族である。あの日、私は教会でテールと会って、ギルド公認で引き受けることになった。


 商店街に着く、いつもように賑わっていた。ここの商店街は品揃えも良いし、活気があって人気となっている。和気あいあいとしたこの雰囲気が好き。

「さて、材料は……と」

「リーベさん、この玉ねぎ良いんじゃないですか? 形良くても色も良いですよ」

「お~! そうだね~ じゃあ買っちゃおうか~」

「はい!」

 買い出しはいつも二人で行っている。テールがいなかった頃はそもそも買い出しという行為もしなかった。外食で十分だったし、それよりも食事に大して興味がなかった。でも今はこうして、そこそこの気合いを入れて楽しんでる。

「じゃあ、次は……と」


「リーベ・ワシントンだな」


 聞き慣れない声に違和感を覚えながら警戒態勢に入る。

 誰だ——。

 何の用だ——。

 少なくとも私の知っている人ではない。

 妙な感じを漂わせていることから危険を察知した。

 後ろを振り返る。

 人数は5人。

 男性が二人で女性が三人の冒険者パーティ。

 ここら辺では見ない顔だと思う。他の街から来たのだろうか。


「……誰?」

「おっと~ 紹介が遅れました。『貪欲の宝玉』のリーダー、バリュー・ジャードだ」

「貪欲の宝玉……?」

「あれ~知らない!? ちょっとショックなんだけど!」

 そいつの中で丁寧な自己紹介を一頻り終えたのか、普段通りっぽい話し方に変えた。服についている高そうな宝石をたなびかせながら得意そうにものを言った。


「まぁ。良いや、いやね、この街に魔物を庇いながら生活している馬鹿な冒険者がいると聞いてね」

 この男は何かを納得したかのような目をして私のことを見た。その目からはどこからか歪なものを感じた。

「まさかあの有名なリーベ・ワシントンさんだったとはねぇ~」

 その男は口に手を当てて笑い出した。


「何がおかしいの?」

「いや、普通に考えて変だろ」

 笑いながら、その男は続けた。


「そのガキ、魔族だろ」

 バリューはこの商店街いる全員に聞こえるように大声で言った。ここにいる人たちの視線が一斉に集まる。

「なぁ、俺らは人間であって魔族とは対照的な存在だぜ。なんでそんなもんが、魔族の餓鬼を連れて、平然と生活しているのかな? 魔族は俺らの生活を脅かすものだぜ。そんな魔族と一緒に暮らしているお前はなんなんだ?」

「……それは私が監視役として」

「いいや、違うね」

 意気揚々とした気分に浸るかのように男は笑みを零す。


「そもそもからして、監視役だったらそこまでしないだろ、なんで魔族にエサを与えてるんだ~? おかしぃねぇ? そんなん、魔族を自分の手で育てているのと一緒じゃないですか~」

 嫌味、皮肉を混ぜた発現はここにいる人たちを魅了させる影響を与えた。ここにいる人たちが、何かヒソヒソと噂をしているのがわかる。それに察したのか、バリューの後ろのいる冒険者も不適な笑みを浮かばせていた。


「なぁ? どう、思うんだ? 魔族さんよ~?」

「…………!」

 バリューの発言にテールは下に俯いて冷汗をかいて、息を荒くして、過呼吸になり始めた。そのまま膝を崩してしまう。


「おい、どうした、なんとか言ってみたらどうだ? 魔人族なんだろ!? お前!」

 テールは頭を抱えて僕が…僕が…と呟き始める。その見せてしまった弱みをバリューは見逃さず、追い詰めようとする。

「お前が生きてるだけで人に害……」

「……やめろ!」

 バリューが言い終わる前に私は彼の言葉を遮った。私の中で目の前にいるバリューに対して熱が込み上げていた。私は自分の後ろに装備してある両手剣に手を伸ばす――。


「リーベ・ワシントン? なんだい? その伸ばしている手は?」

「……!」

「その刃を私に向ける、それはつまり、あなたは同じ種族であり仲間である私たちに抵抗するっということと同義だが、それで良いのかな~?」

(な、こいつ……!)

 挑発に乗せられた。そう考えた頃にはもう、遅かった。私たちの周りには人だかりがさらに増えてしまった。


「あぁ~良いのかな~?? この街では最強の冒険者って言われてるんだろう? そんな人が魔族を庇って私たち、人間に牙を向いちゃって良いのかな~? 人としてそれはもうはやバカがやることなんじゃないの?」

 周囲がざわつき始める――。眼、耳、場の雰囲気、それぞれが何かの異質的なものを感じ取り、私たちに注目する。


「……リーベ・ワシントン、君はもう俺たちと同じ人間じゃねぇ、お前は魔族同然だ」

「違う! 私は!」

「まだ言うか! 人間じゃない癖に! この化け物が!」

 抵抗をしようとするも、言葉が重なってしまい、思うように発現が出来なかった……いや敢えて発現させてくれなかっただろうと感じる。途方もなく立ち尽くしてしまった時に私は後ろから熱が伝わって来て熱いことに気づく。


「…………!」


 振り返るとテールがキレていた。特有の炎属性を出していた。テールを中心としてその蒼い炎はやがて火柱となって目立っていた。


「きゃぁぁあぁあぁああぁぁあ!」

「熱っ! 危ねっ!」

「おい! 誰か水持ってないませんか!? 店に火の粉が!」

「ママ、怖いよ」


 近くにいた人たちの声が大きくなる。興味から不安、危機、恐怖へと変わり、悲鳴も上げていた人もいた。


「テール!」

 私はテールの名前を呼ぶ。テールは私の声が届いたのか、はっとして正気を取り戻し、冷や汗を垂らしながら、辺りを見る。しかし事態はもう遅かった。この商店街は、もうパニックに陥っていた。


「おい! 寄せ集まったテメェら! よく聞け! この俺、『貪欲の宝玉』のバリュー・ジャードがこの化け物たちを、討伐する!」

 バリューは片手剣を取り出し、私に向けて刃を向けた。テールの方に少しずつ距離を縮める。


「……あぁ、あぁ」

 テールは自体の収集が着かず、思いつめて動けずにいた。私はテールのことを察し、咄嗟に腕を掴んで走りだす。


「テール、逃げるよ!」

 テールは私に身をゆだねるように走り出した。少し、重く感じたがそれどころじゃなかった。


 どこに行こう――。

 どこに行けばいい——。

 わからない。

 でも今は誰も目に着かないような所へ―—。


 ——私は必死に前を向いて走ることしか出来なかった。

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