第3話 貪欲なやつら

 ——街を出た。


 私はテールを連れて、少し離れた、ある程度草木のある所に隠れて追手が来ないことを確認した。


「だい…、はぁ、じょ…ぶ……はぁ、そう…だね」

 激しく息をしながら、テールの方に目を向ける。


「テール…大丈夫? ケガはない…?」

「あの、足が…」

「……ん?」

 見るとテールの右足から血が出ていた。さっきからあの速度で走り続けたからどこかぶつけたのかもしれない。


「ちょっと見せて」

 テールは座って、右足を私に見せてみせた。私は荷物の中から傷塗り薬と包帯を出した。


「……ちょっと沁みて痛いかもだけど、我慢してね」

 そう言うとテールはギュっと強く自分の目を瞑った。少し可愛いと思いながら応急処置を始める。塗り薬を人差し指と中指に乗せて、テールの足に塗り始める。出血こそしていたけど、傷口も小さい方だったので少ない量で済んだ。もう、塗り薬を塗り終わったのに、テールはギュっと目を閉じていた。

 包帯を巻き始める——。テールの足はまだ子どもの足で白く細かった。でも触ってみたら艶やかで滑々としていた。綺麗な足で羨ましいと思ってしまっていた自分がいた。自分の足は色んな所でたくさん戦ってきたからいくつか傷跡が残っているから目についてしまう。そんなことを考えながら私はこんな状況なのにテールの足をしばらく撫でていた。


「あの、リーベさん?」

「あ……ごめんね、もう大丈夫……」

 テールはこっちに向いた時に白髪が動いたことで、今まで隠れていた小さな角が見えてしまった。そう、あの魔人族特有の赤い角である。


「…………テール」


『なぁ、俺らは人間であって魔族とは対照的な存在だぜ。なんでそんなもんが、魔族の餓鬼を連れて、平然と生活しているのかな? 魔族は俺らの生活を脅かすものだぜ。そんな魔族と一緒に暮らしているお前はなんなんだ?』

 商店街の時のバリューの言っていたことが私の頭を過っていった。その言葉は私の中で繰り返し流れ、その他のことにも集中出来なくなっていた。


(私はギルドから命じられた監視役……決してこの子の親じゃない、お世話をしなくても良いし、自分の子のように扱うなんて、私はそれで……それにテールは私たちと違って……)


 ——人間じゃない。


 その頭に付いてある角が何よりもそれを証明していた。


 そう、テールは魔人族だ。


「リーベさん?」

「……え、あ、え!?」

「大丈夫ですか?」

「あ、あっはは~ちょっと考え事しててね~」

「やっぱり、僕のせいで……こんな」

 そう言って、テールは顔を左下に背け、自分自身を思い詰めているような表情をした。


(あ! いけない!)

 そう思って私はテールのことを慰めて、安心させた。やがて落ち着きを取り戻した様子になったからほっと息をつく。


(そうだよね、種族なんて関係ない! テールが魔人族だからなに!? 種族の壁なんて私たちには関係ない!)

 そう自分の中での正当化をさせ、包帯などを片付け始めた。


「……!」

 片付けが終わった時に、妙な感じが体中に伝わった。嫌な予感がする。不穏な空気が漂い、テールを視界に入れる。


「テール! 危ない!」

 一矢が飛んで来た。『貪欲の宝玉』の手下が私たちをまた追いかけて来たのだ。私はテールに矢が当たる寸前で、テールを突き飛ばした。


 しかし——。


「……リーベさん!」

 私の脇腹に矢が命中した。軽傷の部類ではあるが、出血もしてしまい、傷口が熱くなっているのを感じる。


「……はぁ、はぁ、テール、ケガは、してない?」

「僕はいいですけど、リーベさんが!」

「私は、だい、じょう、ぶ、動ける、から」

「……でも」

「テール!」

「……!」

「取り、敢えず、ここから、逃げるよ」

「……はい」

 そう言って、テールは私の手を取った。矢の痛みに耐えながら、私はテールを連れてここから再度、逃走を試みる。


「おい! 見つけたぞ!」

「やれ! 逃がすな! 絶対に捕まえろ!」

 後ろから『貪欲の宝玉』の手下が声を挙げているのがわかる。私たちは街から距離を取りつつ再び逃げ出した。


◆◆◆


「乾杯~!」

「「「「かんぱ~い」」」」

「おい、どうしたお前ら、覇気がないぞ」

「いや~だって、なんで私たちが平然と酒場で乾杯しているのよ」

 俺たちはリーベ・ワシントンのいた街の酒場に来ていた。


「え、だって、そこに酒があったから?」

「ボス、言っている意味がわかりません、もう少し幹部である私たちにわかりやすい説明ってものが出来ないんですか?」

「相変わらず辛辣だな、お前って」

 今、俺に表情一つも変えずに、正論を言ったのが、我が『貪欲の宝玉』の幹部1、このパーティの№2のエレナだ。


 エレナ・フォース

 風属性持ちの双剣士。『貪欲の宝玉』の幹部1で№2の実力の強さを持つ。基本ポーカーフェイスな女性だが、発言の一つずつに強さを持っている。内のパーティで心理戦が絡むゲームに敗北したことがない。あと、少し癖のある魔物のぬいぐるみが好きで、この前店で売っているものを見た時に嬉しそうなオーラを出してた。


「ボ、ボス……今日、何でも食べても良いんですか……?」

「おう! 良いぞ! 何でもたn」

「嫌! でもそんな私にそんな食べる資格なんてないんです! 私に食べられる料理がもう可哀そうです! 良いです! 私なんて、私なんて……」

「メグ、落ち着け」

 この今、凄い速さで取り乱したのがメグだ。


 メグ・プロフ

 光属性持ちの僧侶。ひ弱な性格の女性だ。大規模パーティの中での高い回復力を兼ね備えている。ただ、そのひ弱な性格が問題となっており、人と関わることが苦手。自分に対して自信がなく、何かやろうとしても自分には資格がないと言い始め、自分の行いに悔い改めるという行為をよくしている。しかし一人で出来る作業や勉強はとても早い。ありえん程早い。


「ガハハハハハッ! おい! ボス! そのリーベ・ワシントンという奴はこの街、冒険者の中でも強いと言われているんだろ! 俺、そいつとやってみたいんだが」

「落ち着け、ダマン」

 ダマンはまた勇ましく笑い声を上げて、勢いよく酒を飲んだ。


 ダマン・スウォット

 無属性の男性。所謂巨漢で内のパーティの中では一番大きい。その体は鍛え抜かれており、見た目通りパワーが自慢。凄い所が特に目立った武器の装備はなく、腕っぷし一本で幹部のクラスまで登って来た。本人曰く、「早寝早起き、三食、飯を食うこと、それを毎日やることが重要だ」とのこと。


「それにしてもボス~なんか~楽しくなって~来たんだけど~気のせい~かな~?」

「ネオン、お前もう飲んだのか」

 ネオンは酒を飲んで眠たくなって来たのか、首をコクンコクンと動いていた。


 ネオン・コンシキュース

 闇属性の鉄砲使い。お姉さん気質な大人の女性。戦闘においては冷静な判断で自ら戦局を変えたことのあるくらいの実力を持っている。鉄砲使いと闇属性の相性を理解し、自分が有利に立つような立ち回りをする。またサキュバスのように男を誘惑し、惑わせることもする。しかし努力は普通に褒めてくれる、普通にいい人でもある。そしてお酒に弱い。


「おい、お前ら飲みあまり飲み過ぎるなよ、ただでさえ人数が多いパーティなんだからこんなところで一気に飛ぶなんてこと……」

「まぁまぁまぁ、ほら、ボスも飲んで飲んで」

「うぐっ……」

 俺はネオンに無理やり、酒を注ぎこまれた。喉の奥に炭酸と辛さが蔦ってくるのがわかる。


「どう? ボス?」

「……うまいな」

「でっしょ~」

「今まで色んな街を訪れて来たが、ここまでのものは中々なかった! おい! これ、もう1つ頼もう!」

「ガハハハハハ! やっとボスも飲む気になったか」

 そうやって私たちの前に酒が置かれ、俺たちはワイワイ、談笑しながら酒を飲んでいた。


「そ、そういえば、ボス」

「ん? なんだ、メグ」

 メグがふと何かを感じたかのような声色で喋り始めた。

「な、なんで、ボスはあの、イーベ・ラシンドン? でしたっけ、に吹っ掛けるようなことをしたんです?」

「リーベ・ワシントンな」

「す、すみません! ここの会計は私が払うことにしますので!」

「いや、いい、丁度良いや」

 そう言って俺は手に持っていたグラスを置いて、みんなに注目して貰うようにした。


「おい、お前ら、良く聞け、言ってなかったんだがな、我ら『貪欲の宝玉』に依頼が来た」

「い、依頼主は……?」

「俺らの街のギルドのトップからだ」

「え……」

「依頼内容は、2つ。1つはリーベ・ワシントンのとこのいた魔人族のガキ。そいつを闇市場に売りつけることだ」

「あの、坊ちゃんのこと~?」

「あぁ、そうだ」

「んふふ、ゾクゾクしてきちゃ~う」

「それでもう1つは、この街のギルドの買収だ」

 俺の前にいたアイツらは全員、目を見開いて俺の方を見る。


「……ギルドの買収?」

「そうだ」

「あ? それってどういうことだ?」

「確かに、俺たち『貪欲の宝玉』は商いをしながら、大規模な冒険者パーティを抱える、裕福パーティであることは確かだ」

「そうだよな! ボス! 今まで買収したとこなんて俺たちにメリットがあったから冒険で手に入った金で買収したんだぜ? それなのにギルドなんか買収したって金の足しにもならねぇじゃねぇか!」

「確かに、武器屋とか道具屋と違って買収したってビジネスに移すことなんか出来ない」

「じゃあなんd……」

「依頼主の狙いはそこじゃねぇ、依頼主が狙っているのは買収した後の経済の衰退だ。大抵ギルドのある街はギルドを軸に経済が回っていると言っても過言じゃない。依頼主はギルドを買収した後に起こる街の経済が衰退して、そこで暮らせなくなった人たちをうちの街に引きずり込ませて労働者として働かせることが目的らしい」

「ろ、労働者が増えれば、依頼主の街は栄える……」

「そういうことだ」

「「「「…………」」」」

「ボス。なんでそんな大事なことを今まで報告しなかったんですか? ついに頭だけが火属性になったんですか?」

「……いや、なんか、カッコイイじゃん、こういうの滅多にないし」

「馬鹿なんですか?」

 エレナの冷たい視線が痛い。怖い。だが、俺はなんとか持ち堪える。


「……でもボスゥ~そんなこと私たちに出来るの~?」

「何言ってんだ。俺たちは『貪欲の宝玉』だぞ?」

 そう言って俺は魔力を使って形を作り出す。この俺、バリュー・ジャードは土属性だ。こうしてチェスの兵隊の駒を作り出した。


「良いかい? これは1つのボードゲームだ」

 俺はテーブルの上に兵隊の駒を置く。


「俺たちにはたくさんの手札がある」


◆◆◆


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

 あれからどれだけの時間が経ったのだろう。いつの間にか空は暗く、夜になっていた。私とテールは未だ逃げ出していた。胸が熱い、でも脚を止めるわけには……


「行け! 矢を放て!」

 複数の矢が私たちに向かって飛んで来る。私はテールを守るためにテールを後ろにやり、前へ出る。


「……はぁぁぁぁぁあああ!」

 私は炎属性で飛んで来た矢を焼き尽くした。


「さっ! テール! 行くよ!」

「リーベさん!」

 急に痛みが走った。さっき矢が命中していた脇腹から出血していた。


(軽傷だと思って油断した、不味い、このままじゃテールが……)


 体勢を立て直そうにも激痛が走り、上手く立ち上がれない。テールも私のことを引っ張ろうとするが、当然の如く、ピクリとも動かなかった。


「やっと、追い詰いたぞ! そこで大人しくしろ!」

 追手に追いつかれた。人数もそこそこいる。少しずつにじり寄って来る。私は少しでも守れるようにテールを庇った。


「そこにいる魔人族を明け渡せ」

「……嫌よ」

「調子に乗るなよ……!」

 追手は私のことを蹴り飛ばそうとしたその時——。


「ウガガガァァァァァァオオオオオオオオオ!!!」


 怒号の鳴き声が聞こえた。一喝。追手たちはその場で立ちすくんでしまう。


 私はその声の方へ向くと、何かが必死になって走ってくるのがわかる。


 やがて奥から飛び出して来て颯爽と私たちの前に来た。


 月光に照らされてその何かは明らかとなる。


 それは黒の縞模様を纏わせている。


 ——壱匹の黄金色の虎であった。

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