第4話 壱匹の黄金色の虎
——壱匹の黄金色の虎。
私たちを覆い隠せるようなその大きな虎は、私たちを庇うような佇まいであった。その虎はずっと『貪欲の宝玉』の追手たちに威嚇し続ける。
「怯むな! 相手はたった一匹だ! やれ!」
追手たちのリーダー的な人が指示を出した。
「ウガガガァァァァァァオオオオオオオオオ!!!」
追手たちは虎に向かって襲い掛かった。
追手たちはそれぞれ武器を持って応戦したが、虎は巧みにかわし反逆の準備を始める。
「クソッ! オラァ!」
追手の一人が片手剣で斬りつけようとした瞬間、虎は高く飛び跳ね、前脚で追手の一人を叩き出した。
そして後ろから近づいて来た敵に対しては爪を生やし一気に3人切り付けた。
「弓矢兵! 放t……」
「ウガガガァァァァァァオオオオオオオオオ!!!」
敵の司令官の声に反応してすぐに身を翻して、その虎は矢が放たれる前に直進した。
「なんだこの化け物!」
「ウガガガァァァァァァオオオオオオオオオ!!!」
その虎は前脚で叩き落とし、払い除ける。
「……っく、こいつ」
「ウガガガァァァァァァオオオオオオオオオ!!!」
「……ぐ」
「ウガガガがガガガガアアアアアアアアアアガガガ!!!!!」
虎は威嚇を含め、追手に対して一喝する。
「…………引け! 全員引くんだ!」
その掛け声と共に、追手たちは全員引き出した。
「……ウゥウゥ」
追手たちが引いた後にその虎は私たちの方に静かに歩み寄って来た。
「リーベさん」
テールは目の間に徐々に近づいて来る虎に怖がって私の服を掴んで来た。でも私はそんな状態のテールをよそに何か違和感があった。
(……ここら辺にこんな狂暴な虎、または虎の魔物なんて住み着いてなかったし、出現した報告もギルドからはない。それにこの虎は私たちのことを庇ったようにも見えた。……でもどうして? まさか……)
その虎は私の目の前まで辿り着いて、私の目を見た。私と目があった後、今度はテールと目を合わせた。
虎は「ふん」と鼻を鳴らした後、地面から蹴り上げ飛んだ。そして虎は空中で白い煙幕のような煙を漂わせ、私とテールから見えなくなった。
すぐにその煙は消え、スタっと着地し、その姿を現す。
「……」ニコッ
「コハク!」
虎の正体はコハクだった。コハクは私の方に来て、凄かったでしょと言わんばかりの輝かしい目を私に見せて来た。可愛い。
「コハクさん!」
「……!」
コハクはテールを見つけると一目散に駆け寄って抱きついた。
「コハクさん! ちょっとやめ、擽ったい」
「……!」キラキラ
コハクはテールに獣人族特有のスキンシップをした。羨ましいな~とか二人とも可愛いな~とか思ってしばらく時間を過ごした。
「……!」
コハクはこっち来てと言っているようにハンドサインをした。
「コハク、私、脚が動けなくって……」
そう言うと、コハクは私の脚を確認する。
「……」ム~
「……!」
コハクは私に近づき、私のお腹に腕を通した。
「え、ちょ、コハク!?」
「……!」キラキラ
「コハク……」
私はコハクに担がれる状態となった。今、コハクの右肩に乗っている。
「あの、コハク、これ、ちょっと……」
(あぁ~なにこれ~! 恥ずかしいんだけど! 降ろして欲しいんだけど、降ろしたところで、脚が動かないから、歩けないし、あぁ~でもこの状態のままって言うのは、あ! テール! テールにこんな姿を見せて引かれたらどうしよう、え、え、え、無理無理無理)
私は自分の頭の中で葛藤が巡りに巡り続け、湯気が出て来るんじゃないかと思うくらい熱くなって来た。視線を漂わせると、テールを見つけた。
「…………あ、テール」
「リーベさん……」
心の中で何かが砕けるような音がした。コップのガラスが割れた時のようなそんな音だった。今まで、数多くの傷を負って来たが、それのどの傷よりも上回ってしまう気さえした。
(引かれた……絶対に引かれた……明日からどんな顔して会おう……)
こんな状態の私を他所にコハクは歩き始めた。コハクが動く度に体が揺らされているのがわかる。すぐに向かうと思ったがまだ一つやることがあるらしい。
「……!」
「え、コハクさん、その手は何?」
「……!」コクン
「え、あ、ちょっ、コハクさん!」
「…………」
「…………」
「……!」キラキラ
テールも担がれた。今、コハクの左腕の中にいる。そう、二人揃ってコハクに担がれたのだった。
「あの、コハクさん、僕、歩けますから」
コハクはイヤイヤと言わんばかりに首を横に振った。コハクは意外にもこの状態を気に入っていた。私たちに力持ちであることを自慢したかったかのようにも見えて、妙に満足気で満たされた達成感の噛みしめている顔をしていた。
(でも、どっち道、動けなかったからこれはこれで助かっている……かも)
まだ羞恥心の方が勝っていた。やっぱりこの体勢は恥ずかしい。でもテールも一緒だと考えたら変に安心してしまっていた自分もいた。色々と感じる中、結局ここは、コハクに任せようという結論が出て、胸を降ろすような気持ちになって私はこの体勢のまま、コハクに揺らされて貰うことにした。
「コハク、じゃあ、お願いね」
「……」コクン
そう言ってコハクは歩き出した。私とテールの2人を担ぎながらだから重たいかな、と思ったが本人は全然そんなことはなく、いつも通り元気な様子だった。
(ね、眠いかも……)
ここまで、休まず走り続けて、追手とも戦って体には疲れが溜っていたのだろう。急に眠たくなって来た。
コハクが道を歩いていくことによって良い感じに揺らされて、しかもコハクの柔らかい、モフモフとした体毛が体温に近い温かさでこれも気持ちよく感じてしまう。
やがて、私の瞼が重たくなって目を閉じてしまう。
「……あ、リーベさん」
「……」シー
「……そうですね、ふふっ」
コハクとテールはリーベの寝顔を微笑ましい気持ちで見ながら行った。
◆◆◆
——街の宿の部屋にて、夜。
俺は椅子に腰かけてやっていた、事務作業を止めて、部下からの報告を聞いていた。
「……報告は以上か?」
「……はい」
「そうか、ご苦労だった。あとはこっちでなんとかやっとくから大丈夫」
「はっ!」
俺は部下からの報告を受けて、少し困惑していた。
「なんだぁ! ボス! どうした! しけた面したがって!」
「ダマンか」
ダマンは部屋のドアを開けて、端に寄りかかっていた。
「いや、さ……」
「なんだよ~ボス、らしくねぇ~いつも通り、胸を張ればいいじゃねぇか!」
そう言ってダマンはドアを閉めてじりじりと近づいて来る。
「……それが、この街の近くの虎が表れて、やられたらしい」
「…………虎?」
そう言ってダマンは少し曇った表情をした。
「……え、あ、虎?」
「そうだ」
「うーん……」
ダマンは徐々に眉間に皺を寄せ始める。そう、この街の周辺の事前情報を怠った訳ではない。寧ろ、入念に調べた方だ。土地の形、魔物、この街の近隣、人数、植生まで調べた。勿論、リーベ・ワシントンとその魔人族についてもだ。
「少なくともわかることはあの虎はイレギュラーとしての登場したということだ」
「……ボス、ということは」
「……あぁ、リーベ・ワシントンの関係か何かだろう」
そう呟いて、俺は左手を口に当てて考える。
(……あの虎がリーベ・ワシントンであるのなんらかであることは確定、しかし、ではあの虎はどこから? 魔物たちの生物環境の変異? それともこの地域外で何かあったのか? だとしたら、ギルドは早急な通達をするはず。リーベ・ワシントンが呼び寄せた? いや、そんな余裕はないし、与えさえもしない)
「少し前に飼い始めたんじゃねぇか、ボス?」
「……ありえなくもないが、その可能性は大分低いと思うぞ、ダマン」
ダマンは水分の抜けきったしょぼんとした顔をした。
「……いずれにしても、俺たちが考えている以上よりもリーベ・ワシントンは脅威であることはわかる」
「これからどうすんだ、ボス」
「大丈夫だ、まだ手札はある」
そう、言い残し、俺は途中のままだった事務作業を再開した。
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