第9話 迷子
――あの後から一日が経った。
朝、昼、夕、夜となった。
私はテールと一緒に家に帰ってきた。今までとは違う、どこにでもあるような普通の部屋、普通のキッチン、普通の天井——。カーペットの踏み心地が良く今日も少しザラザラとしているテーブルの側に座る。
今日の夕食はどうしよう。そうだ! 今日は新しい料理に挑戦しよう。
「テール今、夕食を作りに行くから待っててね」
「……」コクンッ
私はキッチンに向かいエプロンを身に付けて色々な調理道具を出した。
「えーと、今日の夕飯は……」
「リーベさん!」
突然、家のドアが開き誰かが叫んだ。アリスが来たのだ。
「リーベさん! フィシ見なかった!?」
「見てないけど……」
不穏な空気が漂う中、緊迫した状況が張り巡らされている。
「どうかしたの?」
私は咄嗟にアリスに聞いてみた。嫌、私の本能からアリスにこう伝えろと命令したんだと思う。それくらい重要なことだと察したのだ。
「それが……今日、みんなでクエストを受けようとしているんだけどフィシをいくら待っても来ないの!」
「え!?」
フィシが来ない——。そんなことがあるの。フィシはこのグループの中では誰よりも仲間を気にして行動する真面目な人だ。勿論、今まで遅刻がしたことが一度もない。
「でもたまたま遅れているということは……?」
やっぱりそう考えてしまう。それが一番現実的で合理的だと思ったからだ。でもアリスは次にこう言った。
「ギルドにも確認しようかと思って行ったんだけどそれでね……」
月が子狐色に照りつき、夜の暗さが深まり、吹雪のように冷たい風が肌を刺す中アリスは核心に迫る発言をした。
「この四人でクエストが始められるようになっていたの」
普通、グループでクエストを始めるにはメンバー全員が集まってから出来るということになっているのだ。当日グループの一人でもその日突然、病気や怪我などの理由でクエストに参加出来なかったら、全員クエストに参加出来ない状態になる。なぜこのようなシステムになっているのかというと、その方が安全に受けさせることが出来るというギルド自体の考えだ。このシステムはこの街にギルドが出来てから一度も変わらず続いていることは少し有名な話だ。それ程多くの冒険者(私以外)に配慮している。
――つまりこの状態ではフィシがグループを抜けたまたは行方不明ということだ。
私たちはすぐに家から出た。なんだか嫌な予感がしたのだ。この感じは溜らなく嫌だ。不安が煽り六人でこの街を駆けて行った。
「フィシ~どこ~!」
「フィシ~!」
「……」キョロキョロ
みんなフィシを必死に探した。中央、横通り、街角、路地裏、隅々まで探した。何処かに出て来て欲しい。早く出て来て——。この一心しか無い。
「いた?」
「いない……」
アリスとグリュが互いに残念そうな顔をしていた。何処にもいない。気配すら感じない。
深くなる夜。募る不安。増加する最悪の事態の思い込み——。
(どこに行っちゃったんだろう……)
私もこう感じ始めた。さすがに状況も状況だ。焦って来ていたのだ。
「……!」
テールが何か気づいたようだ。
そこには——。白いローブを着こなして紳士的な立ち振る舞いでそこにあの彼が立っていた。
「フィシ!」
たちまちアリスが大声でフィシを呼んだ。いた、いたのだフィシがそこに今、この時間、この空間に存在している。
「どこに行ってたの? 心配したんだよ?」
アリスはフィシに声を掛けた。同時にそこにいた私たちも一時安心していた。
「ねぇ、ギルドに行ってさクエストの再登録しようよ!」
そう穏やかな声で言って、アリスはフィシの手に触れようと伸ばしたら——。
「……」
フィシはアリスの小さな手を払いのけた。突然のことでみんな動揺するまでもなく、硬直したのだ。
―—フィシが攻撃した。
「え? フィシ?」
ルナがこの空気の中やっと声を発した。その次にフィシは静かに話始めた。
「……俺はもう、仲間に戻らない」
フィシは私たちにそう告げた。それは誰しも予想もしていなかった言葉だった。仲間に戻らない?なんで?
「なに……言ってんの……」
ルナの声が少し震えていた。フィシのその発言は多くの衝撃を私たちに与えた。あの仲間思いのフィシがなんで?疑問しかない。
「……俺は前からその魔物が嫌だった、なのにお前らはなんでそんな奴と仲を良くしているんだ」
フィシは私たちに訴え掛けた。内容は私たちとテールのことについてだった。
「そいつは魔物だぞ! 俺たちが殺すべきなのは当たり前だろ!」
誰もその場にいた者は声を発することが出来なかった。そこに居たのは本当にあの頃のフィシなのだろうか——。
「フィシ……何を言って」
「……もう良い、うんざりだ!」
フィシは何かを取り出して私たちに見せつけた。それは試験管だった。しっかりと木の蓋がされていて、中に液体が入っている。その液体はピンク色で夜のせいなのか明るく発光していた。
◆◆◆
私は男に付いて行ってから古臭いある店に着いた。そこはBARだった。内装が木造で出来ており如何にも柄の悪い人たちが沢山いた。
「まぁ、そこに座って」
「はい」
私は男に言われ席に座った。意外にも椅子は座り心地は良く、悪くない。
「今、何か頼んでくるから何が良い?」
「いえ、特に……」
「わかった」
そう言って私は店の奥に行った。周りを見渡す。酒の種類が沢山並んでおり、カウンターテーブルには少しおしゃれな感じのランプが置いてあった。天井には特にこれといった珍しいものが無い。
「お待たせ、これで良かったかい?」
「あぁ、はい」
私は男が持ってきた飲み物を飲んだ。基本的には甘い味付けで少し酸っぱく、それでもとてもひんやりとしていて飲みやすかった。
「それで何があったんだい?」
「……実は」
私はこれまでのことを男に話した。嫌、ただ言葉を適当にそれも結構、雑に吐いていただけなもかもしれない。
自分の過去のこと。
自分の今のこと。
あの魔物が来たこと。
あの魔物が来てからみんなが奴と仲良くなったこと。
あるだけ話して、でもまだ言い足りず、ずっと話続けていた——。
どのくらいの時間がたったのだろう、気づけば夕方になっていた。
「なるほどね、そんなことがあったのか」
「はい」
男は私の話をずっと聞いていた。こんな話を名前も知らないような奴がずっと聞いてくれたのだ。
「そうか、それは大変だったね」
「まぁ、はい」
「でも今の話を聞いて具体的な解決方法がある」
「え? なんですか?」
「その魔物とやらテールと言ったかな? ……殺せば良い」
「……!」
突然の発言で驚いた。私は自分の調子を変えて私に話した。
「君はそのテールというものに酷く憎しみや憤怒を感じていることは間違ってないね?」
「……はい」
(なんだこの男、急に話し方を変えて来た)
「魔物は君たち冒険者にとっては討伐の対象であることは当たり前だし過去もそうだし未来もそうだ」
「……はい」
「ならもう、殺れば良い」
「……でも」
「そう君は過去の出来事から殺すことは出来ないよね?」
「……はい」
男は私の話からまとめくれていた。
「それで本当に良いのか? 君は」
「……え?」
男は私に問いかけた。
「君は僧侶という立場からあまり機会は無いが魔物を討伐するという冒険者だ」
「……はい……でも」
私にはまだ迷いがあった。確かに冒険者として魔物、所謂モンスターを討伐することは当たり前だ。しかし私に出来るのだろうか—―。こんなことを考えていたら、男が言葉を発した。
「君はもうそれで良いのかね?」
「……?」
「もしテールという奴が君の仲間や友達を襲うことがあっても何もしないのか?」
「……それは」
「君はまだ覚えているんだろ、自分の過去について」
「……!」
「平和だった古郷を悉く、全て奪った種族は?」
(そうだ魔人族だ。あの魔人族が私の人生をなにもかも変えた。友を奪い、古郷を奪い、家族を奪った。本当だったらこんなことになっていない、あいつらのせいであの魔人族のせいで)
「……こr」
「ん?」
「殺したい!」
「ほう」
「あいつらのせいでこんなことになった、あぁもう嫌だあの魔人族いや、全ての魔人族をこの手で息の根を止まらせてやりたい!」
「いいねぇ、その意気!」
男は笑みを浮かべ私に応援した。
「そんな君に良いもんをやろう」
「なんだよ?」
「これだ」
男が取り出したのは試験管だった。中には液体が入っていた。
「これを飲めば身体能力が格段に強化出来る優れものだ」
「そうか!」
私はすぐに取り上げ、もの欲しそうに観察した。
「これであの魔人族を殺すことが出来る!」
そう言ったら、気持ちが高鳴り始めた。
(今まで何も出来なかった頃とはもう違う、身体、魔力、知識、経験、必要なものは全部揃っているという完璧な状態だ。殺したい、今すぐにでも会って殺したいんだよ、俺は!)
「では、私はこの辺で」
男はこの店から出て行って別れた。そして俺もすぐに準備に取り掛かった。試験管を握り締め、ギルドに行っては易々とパーティーの脱退を適当に尚且つ雑にして、装備を整え、魔人族の弱点を今までの経験と知識から頭に入れた。
(待っていろよテール、お前が悪いんだ君が魔人族なのが悪い、ざまぁねぇ)
◆◆◆
「あぁ、最高の気分だ」
フィシはそう言って、私たちに見せるように試験管の蓋を開けて——。
――そして飲んだ。
すると同時にフィシから、禍々しい魔力が勢いよく溢れ出た。それは黒い紫のオーラが流れているみたいだった。眼は赤黒くなり、武器用の杖を召喚する。
「……テール」
フィシが静かに喋りだした。そして——。
「今日を持ってこのまま死ね!!!」
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