第4章 今を生きるものとして
第19話 あれから
だけど、今、私は、ここで、死にたくない、、、
――どのくらい歩いたのだろう。
――どのくらいの時間が経ったのだろう。
私は目的も無しにただ彷徨っていた。どこかに行きたいところとか、どこか目指して場所があるとかそういうものではない。闇雲に彷徨っていたのだ。
力のこもってないような目で辺りをみる。目に写った背景は、酷い光景だった。木はあるが殆どが枯れており、緑の草花よりも色の抜けた白色の雑草が全体を占めている。正に典型的な荒地だった。
私は何も考えず、歩き続ける。結局ここがどこなのかわからない以上、どうでもよかった。
――痛い。
私は地面にある石につまずいて転んでしまった。受け身を取れずに前から倒れ込んでしまう。全身に痛みが走り続け残っている感じがした。
痛みに耐えながら地面から顔を背け、横にする。すると目の鼻の先に赤い実のなっている草があった。手を伸ばせば簡単に取れる位置にあって、何よりも食料にすることが出来る。
しかし私はこの赤い実を取ることを躊躇ってしまい、そのままずっと見つめていた。
その赤い実は苺。花言葉は『幸福の家庭』。
途端、私は目から涙が溢れて来る。同時に雨が降って来た。私は泣いていた。体が濡れ始め冷たくなるのを感じるも顔が熱を帯びていることは変わらなかった。
古郷は焼かれた。
親や友達は今はもういない。
崖から落ちたが自分だけが生き残ってしまった。
服はボロボロ、脚だってもう土や泥に塗れている。
人が怖い。怖くなった。誰も信用できない。
孤独。
なんで? どうして? なんでなんでなんでなんで?
何か悪いことしちゃった? 誰かを嫌ってたの? なんでこんなことしたの?
なんでこんなことになったの? なんでみんな殺しちゃったの?
古郷を襲った理由は? みんなを殺した理由は?
ねぇ、なんで!
ねぇ! 教えてよ!
ねぇ、教えてよ。
誰か、ねぇ。
――もう、わからないよ。
雨が激しくなる中——。
私は遂に泣き叫んでしまった。力が入りすぎてしまい、過呼吸が起きてしまう。苦しい。辛い。気持ちが落ち着かない。体なんて動かしたくない。もうここから逃げたい。逃げたいよ。
あの頃を返して――。
目を瞑りながら私は必至に心の中で願う。
次に目を開けた時には、自分は家のベットの上に居て、お父さんとお母さんがいて、友達も学校の先生もいて、みんなで勉強しながら、何気ない暇な暮らしに充実感を覚えてしまう、そんな世界が返って来て欲しいと懇願しながら私は目を強く瞑る。
お願いだから、これが全部嘘で作り話であって欲しい。
私は意を決して目を開ける。
そこはさっきからずっと見ている荒野が広がっていた。
これが現実。それでも期待をしてしまうこの世界。
私はゆっくりと起き上がり、また歩き始めた。雨の降る音がする。不思議だ。もうだれも話す相手もいないというのにこの雨の音を心地良く思っている自分が確かにいた。
襲撃に合う前の日常は雨なんて嫌いだった。
雨が降るせいでみんなで外に出て遊ぶことが出来ないし、どこに行こうとしても晴れの日よりも苦労していた。洗濯物だって乾きにくくなるし、家がジメジメしてしまう。そんな雨が嫌いだった。
そんな雨だが今は良いと思っている自分がいる。
服に雨が濡れてしまい、冷たいし、肌にピッタリと着く感性が気持ち悪いし、最悪だ。
だけど水の滴るあの音がどうしても心地よく聞こえる。私の気持ちを宥めるかのようなあの水の音。精神が落ち着いてくる。水面が凪いだのと似ていた。
ボロボロの服で裸足のままこの道を進む。
また彷徨い始める。雨で顔が濡れてしまうが、腕を使って水滴を払って雨で濡れてしまった髪をクシャクシャにする。
私はまた一歩、脚を動かし、少しずつ、歩み始める。
――数分、数時間、数日の時間が経過した。
未だ、私の気持ちは変わらなかった。死にたくない、ただ生きたい。これしかなかった。荒地、山、谷、色んな所、色んな気候、色んな自然。多くを見て、歩いてきた。
少し身体が前よりも痩せこけた気がする。
腕だって、脚だって細くなった。気づけば猫背になった。目は半目。両腕はダランと下がってしまい上げようとすると節々に痛みが走り出してしまう。身体のあちこちには傷ついた跡が目立つ。歩いていること自体がもはや凄い状態だった。
それでも私は前を向いて、意識が朦朧としている中、歩き続けている。ずっとずっと歩き続けていた。
時間さえ忘れていた頃に——。
私はあの時、彷徨い続けいつしかある廃村についたそこで少し休憩しようと思い腰を掛けた。食料もなければ、水もない――。ただ座ってボーとしている。青い空で時々橙色へと変色し、やがて絵の具で青と黒を混ぜたような色になった。これほど芸術的な変化を見てきたのに――私は何も感じなかった――。なにも考えず、なにも思わずただ時間が過ぎていった。
「ねぇ、君……」
「……!?」
私はその時、不意に呼びかけられ、現実へと戻された。私はもう、その頃には対人に恐怖を感じていた。
――嫌だ来ないでくれ。
そうだった私はあの時――。
人が怖かった。あの頃の生活が本当に大好きだった。何も怖がらず、何も気にしない。そんな生活が私は一番好きだった。でもあの頃はもう無い。もう無くなった。どこを必死に探しても見つからない。
奪われたのだ、人間に。
突然、攻めて来て、古郷を赫に変えて友人、先生、家族が殺されて――。
私の目の前で母親を切った。
そして私だけが目的もなく、何をして良いのかわからずぼんやりと生き残ってしまった。
そんな現実に、私は信じることが出来なかった。認めたくなかった。なぜならこれを認めてしまったら家族と友人と古郷に二度と会えないという焦燥感が湧いてしまうからだ。
だから声を掛けられたときに、私の心臓が掴まれた感じがした。恐怖である。過去の記憶がフラッシュバックしてもう掻かないと思っていた汗が流れ出た。死の匂いがした。
だから私は逃げ出した。必死になって走った。頭の中は既に真っ白になっていて他のことを考える余裕すらなかったのだ。
――しかし今はもう違う。
教会が崩壊した時、その人は自分の身を犠牲にして私を庇ってくれたのだ。教会が崩壊する寸前、私は転倒してしまう。私が原因である。私のせいで教会が崩壊したのだから見捨てても良かったことなのにその人は身を乗り出して私を助けた。
その後に治療もしてくれた。
その人が私の足に触れたとき、寂しさから解放された気がした。
今まで、誰とも会えず、会わず、孤独のみを隣にして果たすことの不可能な幻想ばかりを見て来た。
苦しかった。辛かった。でも口にすることは許されない気もしていた。
でもその人の治療は丁寧で温かさを感じた。その温かさは優しくてあの頃と同じ。そう私の脳裏には古郷の思い出が鮮明に色鮮やかに蘇る。
上手く思い出していた時に私は静かに泣いていた。恐怖で泣いていたんじゃない。何か別の物を感じとって泣いていた。
あの廃村で出会ってから私の生活は変わった。
私が害になるかもしれないモンスターであることにも関わらず、殺さずに、家に招いてくれた。こんな身寄りも無いような自分に服を着せてくれた。人間の友達も出来た。私は人と話すことが怖くて出来なかったけれど、その人達は私と優しく接してくれた。
そして夜には一緒に寝てくれた。
――温かかった。
人肌に触れた時のあのぬくもりに会うのは久しぶりだった——。
たまらない嬉しさを感じた。思い出したのだあの頃の日常を。何気ない日々、温かい日差し、共に笑い合える人達。
私はこの暮らしが好きになっていた――。
オーランド・アンシア。二週間後、私たちは彼と戦闘することになるだろう。私の古郷を襲った犯人。
――もしも負けてしまったら?
不意に頭の中に過った。
もしみんな倒されたら?
もしみんな怪我したら?
もし、もし――。
みんな死んじゃったら?
どうなるの? 殺される? また一人? また奪われる? また孤独?
嫌だ! 嫌だ! そんなのは嫌だ! でも今までだって大変だったし苦戦もした。
ということは今度は本当に――。
嫌だ! 嫌だよ! また一人ぼっちになってみんなに会えないの?
そんなの嫌だ! 負けたくない! また、またみんなが!
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。イヤダ。
嫌だ!
◇◇◇
「……!」
そこはリーベさんのベットの中だった。隣にはリーベさんが寝ている。汗を掻いていて、呼吸も少し荒くなっていたことに気づく。
「……あぁ、さっきのは、夢、だったのか?」
さっきのが夢だったと気が付いたら少し安堵する。眼を動かして、見慣れた部屋を見てもう少しでも落ち着きを取り戻そうとしていた。
「……ん、うん? どうしたのぉテールゥ~?」
リーベさんを起こしてしまった。
◇◇◇
深夜にテールが起きていた。いつもはぐっすりと眠っているテールが起きていた。
「……ん、うん? どうしたのぉテールゥ~?」
起きたばっかりの声だったから上手く喋れなかったけど取り敢えず聞けた。
「すいません、怖い夢を見てしまって……」
よく観察すると、汗を掻いていて息遣いが少し荒かった。
「どんな夢を見たの?」
「昔の自分の記憶とか、あと……」
「あと?」
「オーランド・アンシアについてです」
そう言うとテールは体を丸めて縮こまって、首を左右に振った。
(あぁ~なるほどね)
この子はさっきからずっと不安に駆られていたかもしれない。居酒屋でみんなでご飯を食べている時にテールの皿の料理だけまだまだ沢山あったのだ。
(いつもより食べてないな~って思ってたけど、そういうことだったのね)
私はテールをこっちに引き寄せて、抱きかかえながら、頭を撫でる。
◇◇◇
リーベさんを起こしてしまったことを申し訳ないと思っていると——。
「……!」
リーベは私を引き寄せて、抱きかかえながら、頭を撫で始めた。私は驚いてリーベの方を見る。お互いの顔が向き合って距離が近い――。
するとリーベは私をしたに向かせて、さらに大事そうに抱き始めた。二人はベットの中で密着してる感じになった。
(え、あの、リーベさん!?)
胸の音が強くなってなんだか早くなっている気がする。私が感情的になって動揺しているとリーベは話始めた。
「大丈夫よ~テール」
「……!」
「大丈夫、大丈夫よ~テール」
「リーベさん」
私は大人しくなってその後の言葉をゆっくりと聞き始める。
「今まで良く頑張って来たね~うん! 偉い! でももう大丈夫だよ~悪いやつはみんな、私が倒してあげるから心配しないで~。ねっ?」
―—温かい。
リーベの肌に触れた時にそう感じた。私の全身にリーベの体温が水のように流れていくのがわかる。自然と安心感が湧いて来る。この温かさが心地良く、やがて瞼が重くなり始めて、そしてまた眠り始めた。
◇◇◇
(良かった。安心して眠ったみたい)
私はテールが眠ったことを確認して少し笑顔になった。
(ほんと、寝顔は可愛いんだから)
私はそっと撫でながら眠気をまた感じて静かに瞼を閉じる。
またあの頃と同じように二人とも一つのベットでお互い眠った――。
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