第20話 不変の洞窟

 ——数日後。


「テール、準備は良い?」

「はい!」

「良し!」

 私たちは武器、防具、回復薬などの準備を整えていた。この準備のために今日は早めに起きて、顔を洗い、朝の食事も早めに取って歯も磨いた。


 家のドアを開ける。天気は晴れていて、らしくもない爽やかな風が私たちを包み込ませるように吹いていた。これからアリスたちと合流する。


「……いい天気ね」

「……そうですね」

(……気まずい)

 私はテールの顔を伺う。良く見てみたらテールの表情は硬くなっていて、決してあのいつものような笑顔とは程遠い顔をしていた。家にいるときは優しく時には無邪気にそれはそれは本当に子どもような笑みを見せているのだ。


「……テール、手を繋いで歩こっか?」

「え、あ、はい」

 テールは戸惑いを見せながらも私の手を握った。中央の道の真ん中を一緒に手を繋いで歩いて行く。周りの人からしたら私たちは親子のように見えているのだろうか? そんなことを考えながら、もう一度テールの顔を一目見る。


(……ほっ)

 テールの顔は少し柔らかくなっていた。緊張が解れたみたいで良かったと思いながら道なりに沿って進む。


「……着きました」

「……着いたね~」

 私たちはアリスの家に着いた。今日の集合場所はいつものレストランではなく、アリスの家だ。一応集合時間ピッタリに着いた。みんなはもう来ているのだろうか?


「あ、いらっしゃい~!」

「お邪魔します」

「あ、あの、お邪魔します」

 アリスの家に上がるとルナ、グリュ、コハク、フィシ、みんな来ていた。


「あ、やっと来た! 遅いよ~」

「ルナ、ごめんなさいね、待たせて」

「テール君もおはよう!」

「ルナさん、おはようございます。」

「相変わらず良い子だね~テール君は」

「グリュ、テールの為にとって置いたお菓子だけど、食べてないよな?」

「フィシ~いくら僕でもそんなことしないよ~」

「あはは……フィシさん、ありがとうございます」

「いや、これぐらい良いよ。お菓子はテーブルの上にあるから自由に食べなさい」


 テーブルの上にはお菓子の盛り合わせがあった。バスケットの中には様々な色のしたクッキーが沢山置いてあった。テーブルを挟むようにソファが二つあり、片方のソファにはコハクが座っていた。テールはコハクと向かい合うようにもう片方のソファに座った。

「……」ジー

「あ、コハクさん」

 声を掛けられたコハクは少しの間テールと対面になって座っていたが、突然ソファから飛び降りて、テールの隣に座り始めた。

「……」ジー

「お、おはよう」

「……」ジー

「こ、コハクさんも一緒に食べる?」

「……!」ニコッ

(テールとコハクっていつも一緒にいるよな~)

「リーベさん!」

「あ、ごめん、アリスなんだっけ?」

「だから作戦会議しますよって!」

「あぁ、そうだったね、あはは……」

「……また呑気に何か考えてたんですか?」

(ギクッ!!)

「……う~ん?」

「あ~いや~その~」

「まぁ、良いです。でもそろそろ始めますからね~」

「あ、はーい」

 部屋がガヤガヤと賑わっている中、アリスは大きめの地図を持って来て、広げて見せた。

 

「は~い、みんなこっち来て見て~」

 アリスに呼ばれ、私たちはテーブルの周りに集まった。


「私たちの今居る街はここなんだけど……これから私たちが向かう場所はここよ!」

 アリスは地図に指を差して私たちに見せる。


「……不変の洞窟」

 私は言葉を漏らしてしまう。


 ——オーランド・アンシア。私たちは今から彼に会いに行く。


「どこら辺にあるの?」

「地図に依ると、この街から南の方角……で合ってる、フィシ?」

「合ってますよ」

「ここからだとどれくらい?」

「多少は時間は掛かるかもしれませんね」

「……なるほどね」

「リーベさんはこの洞窟に行った時はあるんですか?」

「近くまでは行ったことはあるんですけど、あまり記憶にありませんね」

「う~ん、そっか」

 その洞窟は、私たち冒険者でもマイナーな所であまり情報が無いことで有名な場所だ。ギルドのクエストでもその洞窟による依頼は少ない。なぜなら、あそこの地域には村や町などの人が住んでいる集落が無いからだ。だから魔物による被害報告も討伐依頼も皆無に近かった。唯一合った事件として、ある冒険者が帰るときに酒に酔っぱらっていたせいかその洞窟近くに武器を置き忘れてしまったというものだけだ。その武器だって後日、普通に戻って来たという――。何ともあっけない事件として、ギルドから処理されている。


 その洞窟は今、この時代からあのような感じではないらしい。昔からずっとあんな感じなのだ。ここまで何もないという所からギルドの探検隊も手を付けていないのだ。


 その洞窟は文字通り変化がない、変化を見せない、何も変わらない。


 不変。


 やがてその洞窟は『不変の洞窟』と呼ばれるようになった――。


 私たちは今からそこへ向かう。何があるか、わからない。でも行かないといけないのだ。


「……」

 テールが深呼吸をした。緊張しているせいか、また身体が固くなっているのがわかる。

「……!」ギュ

 コハクはテールの両手を包み込むようにギュっと掴んだ。

「コハクさん!?」

「……」

 コハクは真剣な目をしてテールを見つめる。どうやらテールを安心させようとしているのだ。


「そうだよ~テール~大丈夫だよ~」

 グリュの温かい言葉が続く。

「ここにはみんながいるじゃないか~」

「そうだよ! テール! 心配することなんかないよ!」

 アリスが続く。みんなが次々とテールを励ました。そうだ、テールだけ思いつめるようなことじゃない。ここにはみんながいる。だから大丈夫。それで十分じゃないか。


「みなさん! ありがとうございます!」

 テールは元気になって笑顔が零れた。

 改めて私たちは良いパーティーだと自覚する。元々私たちは仲が良かったものの別々で行動してた、ある二つのパーティーだ。しかし今となってはその二つのパーティーが一つに重なっている。

 冒険者の中で一時的な協力を結んでも、報酬の取り合いで事件が起こるなんて話は良くある。

 しかしこうして私たちはお互いに信頼感という目には見えないものを持って団結という透明なものだが確かにそこにあるもので構成されている。

 だから自然に自信に満たされていく感じがしていた。


「よ~し! じゃあ帰ったら御馳走いっぱい食べて! カッコいい武器を買いに行こう!」

「それはアリスがしたいだけでしょ」

「じゃあ、リーベさんにも御馳走作り手伝ってもらいますね」

「え、あの、アリス!?」

 みんなが声を上げて笑い始めた。なんだその表情は。

 アリスの顔はまるで魚を持って華麗に逃げ去るネコみたいな目をして煽りながらこっちを見ていた。クッソ腹立つ。


 私は仕返しとしてアリスの両方のほっぺを掴んで強めに左右に引っ張る。

「ひはい、ひはい、ヒーヘしゃん、ほへんってひはいひはいひはい」

 アリスのほっぺを良く伸ばしているとテールが言った。

「僕はリーベさんの手料理楽しみにしてますね」

 私はアリスのほっぺから手を離す。アリスは自分の両方のほっぺを手で擦り始めた。アリスのほっぺから離した私の手はテールの頭のところに行き撫で始めた。


「……テールがそこまで言うんだったら頑張るか~」

「なんかリーベさん、テール君に甘くないですか……?」

 膨れ上がった、自分のほっぺを撫でながらアリスは言った。

「アリス、もっと強くつねられたい?」

「あ、大丈夫です」

 みんながクスッと笑い始めて、またこの空間は暖かく包まれた。こんなくだらないもので笑い合えるこの退屈で暇な日常が永遠に続かせないといけないと私は志した。


 私たちはそれぞれ行く準備をする。自分の職業にあった武器や道具を揃える。準備が出来た人からアリスの家の外で待って集合する。フィシ、ルナ、アリス、コハク、グリュ、テール、そして私という順番で外へ出た。


 これから不変の洞窟、オーランド・アンシアの居るところへ向かう。


 街を出た私たちはこの先の景色を見ながら、視線を前にして歩き始めた。強くもないが決して弱くない風が追い風として吹いていて私たちの背中を押し始めた。途端、脚が少し速くなる。


 草花が風に煽られて、木についている葉が揺らがせている、爽やかなあの風は私たちの決意の象徴と表現出来るほど静かに見守っているようだった。

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