第21話 本当にここ?

「ここが……」

 テールが息を飲む。私たちの前には洞窟の入口があった。

 不変の洞窟の入口である。

 それにしても洞窟の入口にしては本当に目立たないところにある。私がこの前に訪れた洞窟は火山の一部の中に洞窟があるような感じの所でそれは見ただけで圧力が掛かるほどの力強い入口だった。

 対してこちらは影が薄かった。野原に溶け込み過ぎてて、普通の人だったらきっと気づくことが難しいもので、本当に普通だった。普通でこれといった特徴が無い、ノーマルである。もはやモンスターが争って削れた跡だと錯覚してしまうほどある意味上で滑稽なものだった。


「ねぇ、フィシ」

「ん? なんだい?」

「本当にここ?」

 聞いてしまった。ついに聞いてしまった。我慢出来なくなったのだ。だってこんなにも平和でのどかな所にやつがいるとは思えない。


「ち、地図上ではここのはずだけど……」

 そう言ってフィシは目線を横に逸らした。フィシですら困惑している。フィシはもう一回地図を広げて、あれこれと確認をする。


(まぁそれはまだ良いんだけど)

「……」

「……むにゃ」

 グリュが寝ていた。良く晴れていて青空と少しある白い雲の下の草原の元で、気持ちよさそうな寝顔をしている。

 しかもその周りでアリスとルナが正座をしてその寝顔を拝んでいた。何かの信者かシスターかなと思うぐらいジッと見つめていたのだ。


「……」

「え、あの」

「……君たちは本当に良い子だね」

 コハクとテールは私の近くでずっと大人しく待機をしていた。どっちが大人でどっちが子どもなのかわからなくなって来る。忽ち二人の行儀のよさに私は頭を撫でてしまう。


「二人には本当に助かるよ……それに比べてあの人たちは」

「あ、今、私たちのこと悪く言おうとしたでしょ」

 アリスがこっち方を向いて言った。

「リーベさん、地図を見てみましたがやっぱりここで合ってるみたいです」

「あ、フィシありがとうね~」

「無視するな!」

 アリスが突っ込みを入れる。


「……あ」

 テールのお腹が鳴った。

「テールお腹減ったの?」

「あ、はい」

(そういえば、ここに着くまで休憩はしたけど、それらしい食事はしてなかったっけ。そういえば私も少しお腹が空いてきた気がする。ならここですることは……)


「よし! じゃあ、ここでピクニックしよっか!」

「はい!」

「フィシも良いかな?」

「僕はみんなに任せますよ」

「コハクは……」

「……」キラキラ

(うわっ! 凄い楽しそうな顔してる)

「うん! わかったよ~コハク。そっちの三人も良い~?」

「さんせーい」

「はーい」

 私たちは準備に取り掛かった。フィシはグリュのことをまず起こしてみんなが座れそうな所を探した。アリスとコハクとテールは荷物を管理してもらって、私とルナで簡単な手料理を作り始めた。


「へぇ~こんなものもあるんだね~」

「そうなんですよ、ここ最近注目される技術から作りだされた簡易的なキッチンらしいです」

「流石、情報屋」

「ふふん! まぁ当然ですよ!」

 ルナが満足気に胸を張ってドヤ顔をした。


 二人で料理をしているとルナが突然こんなことを話始める。

「そういえば、変わりましたよね」

(変わりましたよね? あぁ……多分きっと)

「テールのこと? ねーこっちも嬉しいよ!」

「テール君もそうですけど私が言っているのはリーベさんのことですよ」

「え? 私?」

 ピンと来なかった。確かにテールと会う前と後では生活が変わったが、私自身が変わったことなんて家事が出来るようになったぐらいではと思った。


「え、そう? そんなに変わった?」

「はい、変わりましたよ~あ、こっちの野菜お願いします」

「あ、はい」

「前までは、仲が良いですけどやっぱりリーベさんは強くて凄い方で言葉使いも丁寧だったからどこか距離がある感じがしたんですよね」

「まぁ、そうだったのかな?」

「でもテール君と出会ってギルドから監視役に任命されてから、親しみやすくなってきたというか感情的になって来たというか前よりも確実に仲が良くなった感じがした!」

「そう、かもね」

 そうだ。テールと出会ってから生活が変わり始めたが、同時に私自身も変わり始めたのだ。一人の生活から二人の生活になったことで今まで見ようとしなかったものが見えるようになった——。これは決して悪いことではなくむしろ喜ぶものとして私は捉える。

 そう余韻に浸りながら私はルナに言う。


「確かにちょっと変わったかもね~流石は情報屋」

「ま! これぐらいは見抜かないと!」

 ルナがまた嬉しそうにする。

「でも変わったのはリーベさんとテール君だけじゃないですよ」

「というと?」

「あれを見てください」

 ルナの視線の先にはアリスとフィシがいた。


「フィシ、フィシ~!」

「ん? どうしたのアリス……」

 アリスはフィシの頭の上に花の冠を乗せた。中心が黄色くて、周りが白い小さな花で作られた花の冠だった。

「これどうしたの?」

「これさっきね、コハクたちと一緒に作ってたの~」

 フィシは少し恥ずかしそうにしているのかアリスと視線を外す。

「フィシ~似合ってるよ!」

「……うぅ」

 フィシはゆっくりとアリスの目を見ている。アリスの目はとてもよく輝いていて、無邪気というものをそのまま具現化されているのではないかというぐらい明るかった。

「……」

 フィシは自分の頭の上にあったアリスの作った花の冠に手に取ってアリスに被せた。

「フィシ!?」

「うん。やっぱりこういうのはアリスの方が似合ってるね」

「え、あの、そんな、こと言われるなんて」

 アリスが顔をリンゴのように赤くして両手を顔に当てる。照れていた。でもどこか満足そうな感じがした。

「ア、アリス……」

 ふいにフィシはアリスと目が合ってしまい、フィシも俯いて照れてしまう。


「ね? そうでしょ?」

「確かに」

 私たちは二人のことを見ながら料理の続きをした。


「お待たせ~」

「はいよ~」

 料理が出来たので、私とルナはバスケットを持って、場所を取ってくれたフィシたちの所へ向かう。

「ルナ~お腹空いたよ~」

「はいはい。今出しますからね~」

「テール、お腹大丈夫? 結構時間あったけど」

「あ、大丈夫です!」

「……!」キラキラ

「コハクもありがとうね。テールの面倒を見てくれて」

「……」エヘヘ

(やだ、この子なんて可愛いの)


「そういえば何作って来たんですか?」

 フィシが首を傾げてキョトンとした顔で聞いてきた。

「今日は外で食べるってことでこんなものを作りました~!」

 ルナは得意げそうにしながらバスケットにかかっている布を取った。バスケットの中に入っていた料理はサンドイッチだった。しかも種類が豊富にある。

 アリス、グリュ、フィシ、テールは「おお~!」と声を上げる。コハクは相変わらず、無言だったけどとても嬉しそうな目をしていた。


「どうぞ~召し上がれ~」

 ルナが言った後に、みんながバスケットからサンドイッチを取って食べ始める。もちろん、私とルナもいただいた。


 みんなが美味しそうに食べてる中、私は少し緊張していた。

 ルナの作った料理は間違いなく美味しい。それはそうだ、普段から料理をするということを習慣化しているから手際も良いし、なんといっても外でも料理をするということに慣れていた。

 しかし、私は最近やっと身に着いた感じのまだまだ伸びしろがたっぷりある冒険者だ。なんでこんな風に思っているのかというと、実のところ、私は外に出て料理をしたのが今回が初めてだったのだ。自分の家だったらこんなことは、まず思わないけど今日は違う。いくらサンドイッチだからと言って、気を抜くことは出来ない。食材の切り方で味が大きく違って来るとぼんやりだけどどっかで聞いたことある。

 しかも今、この瞬間に私はみんなに料理を振舞っているということになってる——。


(あぁ~大丈夫かな~。落ち着け、落ち着くんだ私。大丈夫、きっと大丈夫。ルナに使わせてもらったキッチンだって清潔感あって綺麗だったし、使いやすかった。それに今回はサンドイッチだ。複雑な調理方法なんてない。でも、でも、あの時ちゃんと意識して切ってたっけ? 中の具材が簡単に外に出ないようにちゃんとパンを挟んだっけ? 不味い、不味い、不味い、不味い。どんどん緊張して来た。もしもアリスたちに気を使わせて、無理に笑ってもらって、本当は味が微妙だったのに、美味しかったよ~なんて言われたらどうしよう。そんなの無理! 絶対に無理! そんなこと言われるぐらいだったら、まだギルトから強制的にお願いされたどうしようもないクエストをやってた方が本当にマシよ!)


「あ、あの、リーベさん大丈夫?」

「ひゃい!? ん? うん。あ、ぁ、だ、大丈夫よ~」

 私は緊張のあまり、顔を引きずった感じの微笑んでいる顔をしていたと思う。繕った優しめの笑顔だ。しかしどこか私の緊張感が漏れていたのか、それとも今の私の心情を表している青黒いオーラ的なものが出ていて、アリスに伝わってしまったんだと考察する。

「何~今の声~」

 恥ずかしい。本当に恥ずかしい。よくわからない返事が出てしまった。なんだ『ひゃい!?』ってせめてもっとまともな返事が出来たでしょ。本当は心の中でめっちゃ慌ててます感が半端ないじゃん。でもさ、アリスもさ、あんなに笑うことなくない? いや確かにへんな感じの声を出しちゃったけどさ、察してよ! アリスならわかってくれるでしょ!


 私は自分勝手な考え事をしつつ、顔が妙に引き攣った微笑んでる風な笑顔を続けた。そしてこれもなんとも自分勝手なことではあるが、私の中のアリスに対する好感度が著しく下がった。因みに青黒いオーラ的なものも続けて出ている。


「このサンドイッチ本当に美味しい~」

 アリスが突然呟いた。これは本当に本心から『美味しい』という気持ちから出て来る音量が低いが、自分の中では高く感心した時に出て来る呟き方だった。

「あ! それね! 僕も食べたよ! 美味しかったよね~」

 グリュが賛同する。その後にコハクとフィシが共感して頷いた。


 アリスが美味しいといったサンドイッチはBLTサンドイッチ。

 ——私が作ったサンドイッチだ。


 今まで出ていた青黒いオーラがすぐに明るくて暖かみのある黄色いオーラに変わった。体中にあった本能的に入っていた力も抜けて楽になる。繕った笑顔も既にやめていて満足気のある自然な笑みを零し始める。

 そしてなんとも自分勝手なことだが、さっき著しく下がったアリスの好感度が急に上昇した。180度変わった。


 ありがとう。本当にありがとう。アリスの友人になって心の底から良かったと思う。家事も教えてくれたし、本当にいつも優しくて、人間として出来ていて尊敬する。いつもありがとうの気持ちを込めて心の中で深くアリスに感謝した。


 綺麗に手のひらを返したことを自覚しないで、私は手に持っている食べかけのサンドイッチを再び食べ始めた。


「リーベさん、良かったね~」

「うん!?」

 ルナに図星を突かれて、私は喉を詰まらせてしまった。


 ——この後、咳がしばらく止まらなくなり、みんなに心配されてしまったのはまた別の話である。

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