第22話 無音と音色と奴

 ピクニックを終えた私たちは洞窟の探索を始める。今、思い返してみたら敵の拠点の前で食事を取っていたことにやばいと思う。だから私はその分、気を敷きしめて探索をしていた。


(それにしても……)


 この洞窟に入った時から思っていたが、これといった音がなくただ静かだった。普通、洞窟の中には魔物が襲ってきたりするのが普通にあるのだが、この洞窟は何もなかった。魔物の鳴き声もないし、居る気配もない。主に聞こえてくるのは、洞窟内を歩いている時の私たちの足音とそれぞれの防具から若干出てる金属音の音だけだった。


「こんなにも魔物が出てこない洞窟なんてあるんだ」

「ねぇ~不思議~」

 アリスとグリュが会話を始める。これから魔物が出て来るかもしれないっていうことを構わずに普通に話始める。


「確かに少し異質ですね」

「やっぱりフィシもそう思う?」

「えぇ、まぁ」

 フィシもこの異変に気付きはじめる。いつも通りだったらこの辺で魔物との戦闘っていう状況もありえるのだ。しかし何もない。何も起こらない。怪我とかしないっていうことを考えてみれば、別にこれはこれで良いのだが、どこか違和感が頭の中を過ってしまう。


「……」

「ん? テールどうかしたの?」

 テールはどこか上の空になっていてぼーっとしていた。

「あ、いや綺麗だなって」

 私はもう一度この洞窟の辺りを見渡す。そこには、青白く光っている苔が所々に少しずつ散りばめられてあった。どうやらこの洞窟では照明の役割になっている感じがする。


「リーベさん、僕ここ好きかもしれない」

「……そうだね」

 確かに綺麗だなと思う。この何もない洞窟の中に一点ずつに光っているその苔は何処か愛らしさを感じてしまう、そして耳を研ぎ澄まして聞くとほんの一滴の水が滴って落ちる、あの音がする。透明感のある澄み切ったあの音は、気づいたら心が落ち着いていた。この洞窟の本来あるべきの自然さをより引き立っていてその美しさについ少しだけ感動を覚えてしまう。


 しかし進めば進むだけある疑問が募り始める。


 ——本当に奴がここに居るのか、と。


 確かに、オーランド・アンシアはここで決着をつけようと言った。だけどこの洞窟の奥に、奥に進むにつれてこの幻想的な景色が広がるばかりでオーランド・アンシアの配下にいる魔物も一切出て来る気配もない。


(オーランド・アンシア、本当にいるのか? いたとしてもなんで何もしてこない?)


 わからない。わからないことが多すぎる。


 そう思いながら、私はアリスたちと一緒に奥へと進んだ。


「リーベさん、あれ……」

 アリスが指を差した先にあったのは、下へ降りることの出来る階段だった。この洞窟に入って割と奥の方まで進んだが、特にこれといった分かれ道もなく、難なく進むことも出来た。そしてここに辿りつくまでに魔物は一匹も出てこなかったため、全員無傷だ。あったのは光る苔と滴る水ぐらいだった。危険なところもなかった、むしろ音に癒されてここまで来たと言っても良いくらいのものである。


「……行ってみよう」

 全員が準備したのを確認して、いざ階段を降り始める。妙に緊張感が体中を巡りに巡って来る。鼓動が早くなり、奥の部屋の全貌が少しずつ見えて来る。それに比例して心臓の音が早くなり、大きくなり、意識し始める。

 最後の段に脚をつけて、奥地全体を視界に入れる。


 ——奴がいた。


 奥地の広がっている部屋のその壁の方に奴がいた。オーランド・アンシア、その人である。彼は以前とは違っていて、今度は前の方を向いており、適当に腰を掛けながら試験管を持って何かの研究をしている。でも風貌は変わってなく焦げた茶色の髪をしていて白衣を着ていた。


「……来たね、ようこそ」

「オーランド・アンシア……」

 オーランド・アンシアは片手に懐中時計を持ち始めて、時間を確認した。


「……丁度、二週間、ぴったりだね、流石だ」

「……」

「すまない、お世辞は苦手だったかい?」

 この男は何がしたいんだ。初対面の時からそうだったが、この男の考えていることがまるで読み取れない。


 お前は何がしたいんだ?

「お前は何がしたいんだ? と思っている顔をしているね」

「……!」

(な、心を読めるのか?)

「まさか、心なんて読めないよ、ただそんな予感がしただけだ」

 オーランド・アンシアは立ち上がって、真面目な顔でゆっくりと話始めた。


「まぁ、少し話をしようじゃないか」

 敵意を感じなかったのか、その男の動機を知りたかったのか、私たちはオーランド・アンシアと話をすることにした。


 その男はポケットに手を突っ込んで語り始めた。

「君たち、洞窟内にあった光る青い苔を見て来たかい?」

「……お前、まさか」

 一斉に私たちは口を手で隠したが、その男は私の身を案じ助言をする。


「あ、いや毒とか発生させたとかじゃないよ? あの苔は普通に無害な植物の一種に過ぎない代物だよ、で? どうだった?」

 その男はもう一度、私たちに問いかける。

「とても綺麗でした」

 私はその声の主を聞いて驚いてしまう。その男の質問に答えたのはテールだった。私はテールが答えた後、テールの前に立ち防御体勢を取り始める。


「そうか、そうか、これは嬉しいことを聞いた」

 その男は少し、微笑み顔を見せて、無邪気な気持ちになって明るく、行儀よく話始める。

「実はあの苔を栽培したのは私なんだよ」

 え。

 その男はその後、苔を作りだした軌跡について色々話出した。この洞窟に合っていただとか、品種を改良するのに苦労したとか、そもそも環境に対応させるのが大変だったとか、断片的なところしか聞き取れなかった。


 この男があの美しい自然風景を作りだしたというのか。でもそれは一体なぜ。何が目的なんだ。普通だったらその苔に毒でも仕込んでおけば、自分が有利な立場で戦闘が開始出来るはずなのは充分にわかっているはずだ。


「綺麗だったでしょ、何もないこの洞窟に手を加えることでこれほど美しく感じるようになる。これはほんの君たちへのおもてなしだよ」

 確かにあの洞窟の中は自分も楽しんでいたと振り返る。


 この男は一体——。


「さて、本題に入ろう」

 私たちは急に現実世界へと引き戻される。全員が意識を吹き返したかのように、眼の前にいる者を敵と判断する。


「君たち、この世界には選択肢が沢山あることを知ってるね?」

 その振舞っている姿は、さっきの気兼ねなく気楽に話していたその男がいつのまにか消えていて、別の人に変わっていた。

 いや違う、これが彼自身の性格であり、本性。


 ——オーランド・アンシアだ。


「この長く生きていた時間の中で君たちは一体どれほどの物、事、ひいては概念を選んで来たか、覚えてはいるかい」

「……」

「まぁ、覚えてないだろうし、私も正確には記憶していない」


 オーランド・アンシアは私たちに教えるように説明を続ける。

「だがな、その選択肢によって、大きく変化を起こすことが出来る。以前いくつもの街や村を焼き払い、お前たちの仲間討ちを計画して、件の森で多くの冒険者に傷を負わせ残虐の限りを尽くしたが、現に、この洞窟の装飾が私が手掛けたという事実に対して、君たちは私の人としての印象というものを大きく変えた。短時間ではあるが、私による恨み、反撃、憎しみという明確に殺意の感情を打ち消し、疑問、困惑、混乱という不可思議なものを産み出させることが出来た、違うかね?」

「……何が言いたい」

 オーランド・アンシアは調子が乗って来たのか笑いながら明るく話はじめる。

「面白いとは思わないかね? 一つの選択によって、人間の心理というものを操作することが出来るんだ。僕はこの力が楽しくてしょうがないのだよ。何かを選んだことによって起こりえるこの現象を研究せずにはいられない。こんな私だが、この力や現象というものを世の中のためにも有効に使いたいとも私は思っている。しかし残念ながら選択出来る範囲というのは人それぞれなのだよ。私はその与えられなかった人たちを救いたいのだよ」


 ——救いたい? 何を言っているんだ。


「良いかい? この地に生きる者はみんな平等ではないのだよ。産まれた時からある程度の選択権が決まっている。体力、知力、環境、才能、人のしての位ってものが決まっているのだ」

 オーランド・アンシアは徐々に声を荒げ、自分の抱え込んでいた鬱憤を晴らすように勢いをつけて言う。

「それに抗おうとして努力を積み重ねようともしても選択肢の多い奴らは簡単にその目を摘み取り、のし上がり、まるでさも、最初から無かったかのように平気な顔で優越感に浸るのだ」

 彼は何かに反抗するような決意を掲げて訴える。その姿は何処か哀愁を感じさせる。


「——いつだってそうだ。成り上がった勝者は選ぶことすら許さなかった人たちに対して見向きもせず、平然とした顔で裕福に暮らしてやがる。こんなものは不平等だと思わないかね?」

 オーランド・アンシアの圧力に私たちは怯みつつあった。驚くことに彼はただの興味関心で行動していた訳ではないことに気づく。


「私はこんな世界を変えて全ての人が平等になるようにしたいんだ」

 オーランド・アンシアはそう言って自分の態度を改めて、落ち着きを取り戻し、静かに私たちにこう言った。


「どうだ? 君たちもより良い人たちを救うために私に協力しないか?」

 オーランド・アンシアは私たちになんと誘ったのだ。

「……私たちがお前に協力するとでも思った? そんなことしないに決まってるじゃん」

 もちろん断った。なんだったらこんなやつに手を貸すわけ無い。理由なんてそれで十分だ。


 私はある疑問が湧き、オーランド・アンシアに言った。

「まさか、私たちをここに呼んだ理由って……」

 そうだ。なぜ、私たちをここに呼んだのだろうか。それほど、世界を変えたいのだったら一人で出来るはずだ。ならどうしてだろう。


「主に二つある。私が『君たちを呼ぶ』という選択をすることによって君たちが私に協力をするかもしれない可能性が生まれること、まぁ今その可能性が無くなったわけだが、それともう一つ……」

 そう言って、オーランド・アンシアはポケットから試験管を取り出して私たちに見せつける。


「これを試すことが出来る」

 オーランド・アンシアが取り出したのは、あのピンク色の液体が入っていた試験管だった。

「フィシ君は覚えているんじゃないかな、あの時の試験管だ」

「……」

 フィシは静かにオーランド・アンシアを睨んでいた。


「この試験管もう完成している。この試験管は私の研究の最高傑作と言っても過言じゃない、これを使えば誰もが簡単に身体能力を上げることが出来る優れものだ。これを作りだすにはある工夫が必要でね……」

 オーランド・アンシアはもう一つのポケットから別の試験管を取り出した。


「これが見えるかね? この液体を混ぜて完成する」

 その試験管に入っている液体の色は赤かった。ただ赤いのではない。真っ赤で黒いのである。そしてオーランド・アンシアは試験管を揺らして見せる。ドロドロと火山のマグマのようにその液体は流れていた。


「——これは血だよ。人間のね」

 その試験管の液体は人間の血液だった。戦慄する。空気が死んだ感じだった。途端に恐怖が私たちを覆う。


「まさか、、そんな、僕は、あの時、飲んだのは……」

 フィシは余りの衝撃にパニックに陥って、息遣いを荒くする。地面に膝を着き、過呼吸になった。


「フィシ!」

 アリスはフィシの姿を見て近くに寄って、抱きしめて、「大丈夫だよ、落ち着いて、大丈夫だよ」と何回も言って、気持ちを落ち着かせようとしていた。


 オーランド・アンシアはフィシの様子を見て、笑いを堪えることが出来ず、クスッと笑った後、「イヒヒ、アハハ」と笑い始めた後、腹を抱えて大声で笑いだした。

「全く、フィシ君は面白いねぇ~君に渡したものはプロトタイプであり試作品だよ。人間の血じゃなくて魔物の血を使っているものだ。だから、もう、そんな惨めな格好を晒さないで落ち着きたまえよ~ホントに~はっはっは」

「その血はどうやって手に入れたんだ?」

「……前に話した村を襲った私の傘下たちが居ただろ?」

「まさか……」


「——全員殺した。もちろん、彼らも選択肢を多く持った不平等の奴らだったからだ」


 なぜこの男はこんなに冷静になって話しているのか私には理解出来ない。多くの人を殺したのにも関わらず平然としている。狂気的で姿である。


「それじゃあ、そろそろ始めようか」

 オーランド・アンシアは試験管を開けて、人間の血液が入っているピンクの液体を全部飲み干した。


「……これは凄いな」

 外見は変わらなかったがオーランド・アンシアから赤黒いオーラが流れ出て、体中に刺青が出現した。フィシが飲んだ時とオーラが少し違う。禍々しく、より激しく、より強大な力となっていた。


「この力で平等な世界を作りだすことが出来る、まずは……」

 その男は目を限界まで大きく開き、私たちに一言言う。


「——君たちにはその糧になってもらおう」

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