第23話 選択肢
——私は冒険者になりたかった。
かっこよくて、勇気があって、いつか人を救えるような、誰もが夢を描くそんな英雄になりたかった。
「無属性ですね」
5歳の頃、街の医者にそう言われた。一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
「え?」
「だから無属性ですね」
ここでようやく同じことを言われたことに気づいた。無属性、私が。
「そんな……」
「残念ながら」
「どうにかならないんですか!」
この時に産まれて初めて本気で激怒した。涙を流しながらも大声で医者に訴え掛ける。
「すいません、こればかりはどうしようも……」
「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だなんで!」
5歳ながら現実を突きつけられるこの現状、無論納得も出来なかったし、受け入れることも出来なかった。
「僕は、僕は、魔法使いになりたかったんだよ、魔法で敵をやっつけて、頭も良くなって味方をサポートして、みんな憧れる魔法使いに……」
私は泣いて、過呼吸になって、息を何度も切らし、また泣いて、目の前にいる医者に言い続ける。
悔しい、ただ悔しかった。必死だった。こんなことになるなんて思わなかった。
——でも現実は変わらなかった。
「無属性でも冒険者に成れる道がある、無属性の人は身体能力が高い傾向があってね、剣士とか武闘家とかに向いてるからそっちの方だと君はきっと良い冒険者になれるよ」
医者からそう言われて、私は悔しくて堪らなかったが泣きながらもしっかりと聞いた。
そうだよ。まだ冒険者にはなれるかもしれない。
自分はやっとの思いで気持ちを落ち着かせることが出来て、次は剣士や武闘家などの無属性を活かした冒険者になると決意した。
「あぁ~また風邪ですね、いつものお薬用意しておきますね」
私は一周間に一回のペースで体調を崩していた。自分の身は病弱体質だったらしい。高熱で咳が出て体も思うように動かせることが出来ない状態で頭痛が酷く、基本ずっと寝ていないといけない状態になっていた。
無属性で体が弱い。つくづく私は冒険者に向いてない人だと現実が突きつけて来る。
でも諦めなければきっとなれるよね——。
だってお伽噺に出て来た勇者は決して諦めなかったことで世界を救ったんだから。
私はその頃から体が弱いのにも関わらず、必死に努力をした。体力を上げて、勉強をして、魔法が使えない自分を認めて、私は科学の技術を上げた。味方をサポートをする回復薬や魔物に有効な毒の実験に成功した。
15年後。
私は冒険者になれた。ギルドにも登録してパーティにも入れた。
私は自分の夢がここでやっと叶ったのだと思い。自分の努力に誇り持てるようになり自信がついた。
しかしそう長くは続かなかった——。
「おい、回復薬を早くくれよ!」
「でも、これは僕の分で……」
「うるさい、使うぞ」
私はパーティの中では対等の対応をしてくれることは無かった。なぜ、そうなったかというと、無属性で体力が無かったことが原因だった。あれ以来、私は体力を付けたのだが結果は魔法使いよりも酷いものだった。なので冒険者の中では役立たずという扱いとなった。自分で作った回復薬は勝手に使われて、毒で魔物を倒すという戦闘スタイルというところから異質なものだと気味が悪いものとして見られた。
このような日々が続き、私の防具や武器などが新調されなかった。自分だけがボロボロな身なりである。それでも私は冒険者を辞めたいとは思わなかった。
それはいつか私の力で人を救えるものが必ずあると信じていたからだった。
——ある時。
「……なぁ、早くやれよ」
「本当にやらないと行けないんですか……?」
「しょうがないだろ、クエストなんだから」
「でも彼らにはもう敵意がないですよ……見逃せて上げるってことは出来ませんかね?」
「ダメだ、そいつらを殺すことでボーナスが貰えるだろう、それに冒険者が魔物を殺すことなんて当たり前だろ」
目の前にいたのは三匹の虎の魔物だった。しかしこの魔物たちはまだ子どもにも満たないくらいの赤ん坊たちと言えるくらいだった。私たちを見て怯えていた。当然だ、この子たちの親を殺したのは紛れもない私たちである。
「ほら、早くやれよ」
私は剣士から手に収まるくらいの小型の短剣を渡される。
「……」
手が震える。剣なんて初めて握った。この刃で私は今から斬る。斬る? 誰を? あの子たちを? 誰が? 私が?
「あ~もう良いから」
剣士は自分の腰についている剣を抜き、一匹ずつ斬り始めた。小さく鳴いて倒れて力尽き、死んでいく。三匹の虎の魔物たちは切口から血を流していた。
「あ……あ、あ」
私は膝から崩れ落ち、言葉もこんな感じで拙く発しながら泣いた。私たちだ。私たちがあの子たちの命を奪ったのだ。私がしばらく泣いていると剣士が近づいて一言喋った。
「お前、本当に使えねぇな」
「……!」
私はついに限界が来て、その剣士に殴ろうととびかかった。が、剣士は簡単に私の拳を片手で受け止める。
「ん!? なんだよお前!」
剣士は私を投げ飛ばして木にぶつけた。背中に痛みが走る。
「そんなに痛かったら自分の作った回復薬使えば良いじゃん」
「……調子に痛ッ!」
私は剣士に腹を思いっきり蹴られた。途端、自分の腹を抱えて蹲る。
「もう、お前なんて要らねぇ、悔しかったら強くなって来いよ、まぁ無理だと思うけど」
「……ま、待て」
剣士たちは笑いながら私を置き去りにしてその場を去った。最後の彼らの姿は今でも決して忘れることが無い。
その後、私は一人でなんとか街まで戻って数週間が経った。
ある日——。
私はソロとしての活動をこなそうと、ギルドに向かっていると突然、悲鳴が聞こえた。悲鳴を聞こえる方へ向かうと、ある少女が襲われていた。その少女は腕を強く引っ張られていて必死に抵抗をしていたが、まだまだ力が弱いせいか振り払うことが出来ない状態だった。
「……アイツは」
私は目の前の光景を疑う。
その少女の腕を掴んでいた奴は、前のパーティにいた剣士だった。
「おら、さっさと寄越せよ」
「やめて、それは今日のご飯を買うためのお金なの」
「うるさい」
剣士はその少女のことを殴った。痛いっといた少女は目に涙を浮かべる。
「やめろ!」
気づいたら、私は剣士の前に現れていた。胸の奥に熱く何かが込み上げているものが体中を巡っていることがわかる。
目を見開き、息を荒くして、距離を詰める。
「おう? なんだお前、生きていたのか」
剣士は笑いながら私を馬鹿にするように言う。でも今回はそんなことで怒っているわけじゃなかった。
「その手を離せ」
私は剣士に圧力を掛けて言う。
「は? お前、こいつとなんかあんのかよ」
「……特に理由とかいるのか?」
なんだこいつっと剣士は言う。誰かを助ける為に明確な理由なんて要るのだろうか?
「冒険者としてこんなこと恥ずかしくないのか」
刹那、剣士は少女の壁の方にぶん投げる。壁に大きくぶつかった少女は痛いっと言って項垂れる。
「……お前!」
「っち、めんどくせぇ、またぶっ飛ばしてやるよ」
そう言って、剣士との戦闘が始まった。一人の少女を助けるための戦闘だ。
冒険者対冒険者の戦い。
人間と人間の戦いだ。
こんな戦いにきっとこれといった意味なんてものはないし、誰も得なんてしない。
だけど私は今ここで行動という選択をしないときっと後悔することだけは確かにわかっていた。
戦いは直ぐに終わった。
——私は地面に着く。負けた。
ただ敗北したんじゃない。私は剣士に傷の一つもつけることが出来なかった。
「おい、じゃあ連れて行くぞ」
「やめろ!」
必死に叫んで訴え掛けるが剣士は無視する。少女は恐怖心から身動きが出来なかった。
「逃げるんだ!」
「嫌……いやだ、来ないで……」
剣士はその少女の腕を強引に引っ張り強制的に連れて言った。
「助けて、やだよ、助けて~!!」
その少女の声はここら空気の中に響き渡る。その中で私は何む出来ずにただ少女の悲鳴を聞いていることが出来なかった。
——なんでだ。どうしてだよ。
私は今までの人生で間違ったことはしていない。むしろ自分なりの環境というものを認めて自分なりの努力を精一杯やった。
夢であった冒険者にもなれた。私はこれから彼らと、お伽噺に出て来るような英雄たちと、同じ冒険者として、人を救い、街を救い、平和をもたらせる、そんな存在に一緒に目指すと志していた。
しかしこの世界では違っていた。
強者が弱者をいじめ、傷つけ、最悪命を奪う。
こんなのは間違っている。
正しい思想を持つ人が間違った思想を持つ人に好き勝手されてはいけない。
なぜこんなことが起こるのか。——選択だ。
元々、選択肢が多く与えられた者が強者となり、選択肢が与えられなかった者が弱者として強者によって将来与えられるはずの選択肢が奪われて断たれてしまう。
強者はなるべくして成っていて、好き勝手されることが許されて、弱者である我々はただそれをじっと見ていることしか出来ないのか。
——そうだ与えられる選択肢を全て平等にすれば良いんじゃないか?
ふと、頭に思い浮かんだ。一瞬何を思いついたのかと思ったりもしたが、その思考はより正確により計画的に、ついには自分自身の天命だと正当化し始めた。
——そうだ、間違っているのは強者と弱者という概念そのものだ。
全ての選択肢を平等にしてそこから対等に立たせれば、世界はきっと良い考えを持った人たちで溢れることが出来て今後、間違ったことが二度と起きることが無い世の中になる。
これだ。これこそだ。平等で平和につながるんだ。
それから私は選択肢の平等を掲げて、日夜活動を続けた。
どんな手を使ってでも成し遂げたい——。
まず選択肢を平等にさせる為に強者から全部奪って、それにより弱者を上にさせることにした。
だから比較的平和で裕福であろう人間と魔人族の村をいくつか襲うことにした。
次にこの村を襲うための兵が必要だと考えて、手っ取り早く手に入れたかったから人体、神経に快楽を与えることが出来る麻薬を開発した。
予想外にもこの麻薬のお陰で人を多く獲得したことに私は段々と楽しくなっていった。
そして次々と村を襲った。村を襲ったことで手に入れた資金で次の研究に取り掛かる。一部、襲撃から逃げ出した人間一人と魔人族一人がいたらしい。まぁどうでも良いなと適当に済ませていた。
私が次に研究をしたのは誰もが簡単に身体的能力を上げることが出来る薬だった。この開発に成功したら、弱者が強者へと変わって間違った考えを消せることが出来る。
——随分と時間が掛かってしまったある日。
村を襲わせに行かせている奴らからある噂が聞こえた。
「なぁ、この女知ってるか?」
「あぁ~勿論だ。リーベ・ワシントンだろ?」
「アイツ、今の冒険者の中で一番強いらしいぜ」
「あぁ~やっぱりそうだろうよ。なんせ50匹いたワイバーンを5分で討伐したそうじゃないか。それにギルドからも別格の強さだとよ」
——リーベ・ワシントン。
そんな奴がまだこの世界にいたのか、さぞかし強者として生きているんだろう。
そいつは多分、私が今まで生きていた苦労なんてものは一切わからないんだろうな。
そういう圧倒的に強い奴が英雄になれたりすんだろうか。
私はこの時にほんの僅か嫉妬していたのかもしれない。
冒険者で噂になるぐらい強くってきっと信頼もされているんだろうなと思ってしまったからだ。
どこか嫉妬心から憎しみも出ていた感じがする。
平等な世界にそんな奴はいらない。
私は自分の役目を使命を思い出し、その後個人的にリーベ・ワシントンについて調べた。
そうしたらリーベ・ワシントンと仲の良いパーティの一人の男と接触することに成功した。名前はフィシ。私はフィシという男に試作品の強化薬を渡して実験してもらった。
実験は失敗したらしい。報告班から聞いた。蒼い炎に包まれたらしい。その男はある程度戦闘したもののやはりリーベ・ワシントンと自分のパーティに負けたらしい。
私は実験からある考察する。
——魔物の血であれ程の強化が得られるんだったら、魔力を多く含んでいる人間の血だったらもっと得られるだろう。
私は麻薬を欲しいならこっちに来てと言い、来た人たちを自分の手でみんな殺し始めた。
とりあえず麻薬を渡しておけばこいつらは寄ってすがるほどだったから本当に操作するのが簡単だった。
迷いなんて無かった。むしろ自分のやっていることが正しいとさえ思った。
こうして薬が出来た。
あとはこの薬を私が飲んで、世界に証明させるだけだ。
最初から選択肢が与えられなかった弱者が最初から選択肢を多く与えられた強者に勝って世界を変えることを——。
私はオーランド・アンシア。
冒険者になりたかった一人の弱者である。
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