第24話 今を生きるものとして
「——君たちにはその糧となってもらおう」
オーランド・アンシアがそう言った時、私たちは自分たちの武器を手に取る。
「……行くぞ」
戦闘が始まった。今回の全ての戦いだ。私たちの目の前にいるのは黒幕——。
相手は人間。
魔物ではない。
だがこれは決闘や喧嘩ではない。戦闘だ。
人と人が争うのだ。
私はアリスと一緒に走り出し、前線へと出る。その男も前衛へ出て迎え撃つ。
「……な!」
「……どうだこれ凄いだろう?」
男は【雷】属性を纏わせた私の両手剣と【氷】属性を纏わせたアリスと片手剣をそれぞれ片手で受け止めた。嘘だ、結構力を込めて入れたはずと思っていたら男が口を開け始める。
「……でもここまでは予想外かもしれないな」
そう言って、男は私たちを振り飛ばした。勢いが凄かったが何とか体勢を戻して着地した。ついでにアリスも受け止めた。
「身体強化、魔力暴走、魔力維持、魔属性付与、魔力の具現化……なるほど、この薬を大量生産に成功したら……」
男は何か察知して首を曲げて確認する。男の目にはルナの姿が映った。ルナは弓矢で矢を射た。
男へ向かった一本の矢はそのまま真っすぐへ進む。その男はこれぐらいと言って手を前に出して止めようとする。
「……なに!」
男に命中するはずだった一本の矢は当たろうとする少し前の距離で弾けた。一本の矢だったものが三本へ分裂して襲い掛かる。
しかし男は一瞬、驚きはしたがすぐに冷静さを取り戻すかのように少し目を細めて、片手から魔力を出して三本の矢を受け止めた。
「……え」
ルナが様子を見て立ち尽くしていると、男は受け止めた三本の矢にさらに【風】属性の魔力を付与してルナにカウンターを仕掛けた。
ルナがやばいっと思っていると、突然ルナの前に魔法陣が展開された。その魔法陣は【土】属性——。
「ゴーレム! ルナを守れ!」
ゴーレムがルナの前に召喚されて、両腕を前に出し攻撃を防いだ。
「ありがと! グリュ!」
「はいよ~!」
「余所見してる場合かね?」
あの一瞬で男はグリュの近くまで寄っていた。
「グリュ、危ない!」
「……!」
男はグリュに拳で攻撃する。
「ほう……これはやるね」
「……っぐ」
「ただ短剣で受け止めているわけではなくそこに【土】属性の魔力を込めて防御力を上げたのか」
男が分析している間、グリュはずっと男のことを睨みつけていた。その表情をみて楽しくなったのか男は口にする。
「でもこれに【土】属性をのせたらどうなるかな?」
グリュが徐々に押し負けそうになる。魔力量が男の方が勝っており、このままだとごり押しされそうな状況だった。
グリュが苦戦しているとフィシが杖で男に攻撃する。男はグリュから離れてフィシの攻撃を避けて距離を取った。
「グリュ、大丈夫か?」
「……なんとか」
「待ってろ、今回復してやる」
そう言ってフィシはグリュに回復魔法をかけた。するとグリュについていた傷口がなくなって行った。
「フィシく~ん、邪魔しないでよ~」
「……黙れ」
「おっと」
コハクが前線に出て男にパンチをしたがかわされてしまう。
「……!」キッ
「……ほう」
コハクの攻めが始まった。
コハクが攻めに攻めて攻めまくる。
間合いを詰めてパンチやキック、如何にも格闘技をどんどんと出した。
拳で突き、蹴りを見せて、相手の隙を伺い服を掴み投げることも目指していた。
しかし男は華麗に交わし続け、距離を取り始める。
「……」
コハクは男の行動を読んだのか、次の手段に出た。
「……!」
コハクは地面に一歩前脚を出して踏み込んだ。
何かくると察した、その男は大きく距離を取ろうするが——。
「危な……!」
その男に矢が一本通った。男はその矢を避けたが、少し体勢を崩した。
——隙が出来た。
コハクはこの隙を逃さまいとに拳を突き出した。その業からは虎が浮き出ており襲いかかるように見える。
「……!?」
コハクの拳が捕えたのは男の手だった。受け止められたのだ。
「……!」キッ
コハクは次に脚を蹴り上げてそのまま飛んで後ろに一回転をする龍が天に昇るように浮き出ている足業を出した。
しかし男はそれも避けて距離を取ることに成功してしまう。
「……残念だったね」
コハクは男の方を睨んだが男は余裕の表情を見せる。
「おっと……」
突如、男の周りに蒼い炎が出現した。
「……オーランド・アンシア」
「テール君か、まさか君が戦闘に参加するとはね」
そう言った後に男はテールの方を見て笑った。
テールが手をかざす。すると火柱が出現して、その男を丸みこんだ。
「……」
「いや~凄かったよ」
男は平然とした姿でただヘラヘラと馬鹿にするような笑顔でいた。
「ちゃんと当てたはず」
「当たってたよ、ただ私の防御の方が上回っただけ」
「そんなこと……」
「じゃあ、次はこっちの番だね」
男はテールの間合いにすぐに入った。速い。あまりの速さにテールは気づくのですら遅れてガードを取ることが出来ない。
でもそんなことは構わずに容赦なしに男は魔力を込めて手刀で攻撃する。
「……ほう」
「……!」
私はテールが当たる直前のところでテールを庇って両手剣でガードした。
「リーベさん!」
「大丈夫? テール」
「流石、ギルド最強とだけ言われているだけある」
「……っく」
私は両手剣で、男を振り払う。
(テールにケガは!? ……良かった大丈夫みたい)
私は安堵して再度、オーランド・アンシアの方を見る。
男は変わらない様子で、ずっといつでも来いと言わんばかりに佇んでいた。
「……!!」
余裕そうな感じだったその男はなぜか急に自分の服の上から胸を掴み苦しみ始める。
「……ッグ!? アガァッ!!」
(なんだ? 急に?)
少し様子を見ていると高熱の病気に襲われた症状みたいな反応をしていた。
その男はついにもがき崩れて地面に膝と両手をついて必死に耐えようとしていた。
(運動不足による過呼吸? 嫌、そんなわけない)
ついに男は咳に襲われてしまい、徐々に体を丸めてしまう。
「ガハッ! ゴホッ!! アガァッ!」
その後も咳が出続け、少しずつ激しくなる。そして——。
——その男の方から地面が赤く染まった。
オーランド・アンシアの口から吐いて出て来た血が草原に付着したのである。
やがてオーランド・アンシアの咳が止まり、口を拭って、ふらつきながらゆっくりと立ち始める。
「……なるほど、副作用か」
オーランド・アンシアは自分の手についてしまった血を眺めながら、呟いた。
「きっとこの戦闘が長引けば長引くほど私の体力が尽きて自滅するだろ、良かったなお前たち」
「……それでも好き勝手させるとでも?」
「……まぁそれは確かにさて続きを始めようか」
そう言って男は魔法陣を展開して【炎】【水】【風】【土】【金】【氷】【雷】【光】【闇】の属性を出した。
「これらの属性を全部合成させて……」
男が両手を組むようにして合わせるとそれぞれの属性が融合されて一つとなり光となった。
「そして魔力を応用させると……」
一つとなった光は魔力に宿して自分に装備した。
「……さて」
その男はこっちを向いてニタニタと笑い出して一言言った。
「来い……」
男の姿はさっきと変わった様子は特にない。しかしこの男は何処か何か得たいの知れない何かを隠しているように見えた。
私がまだ分析しているとアリスが颯爽と前へ出た。
「待って! アリス! 行っちゃだめ……」
私は大声で止めようとしたが、アリスに届いてないせいかそのまま攻めてしまった。
アリスは自身の剣に氷を纏わせて斬りかかろうとするが——。
「……!? 何これ!?」
アリスの持っていた剣は男に当たる前に空中で止まっていた。
男は笑いながらアリスのことを振り払い、壁に激突させた。
「アリス!!」
私たちはアリスのところまで駆けつけ身を案じる。
男は語り始めた。
「魔力を自分の描く思い通りに操作出来るようにした、さっきの攻撃が空中に止まったのは私の魔力で防いだことに過ぎない」
男はこっちを見て今度はゆっくりとした口調で話始める。
「では、今度はこっちから」
男は手を前に出すと私を元に魔法陣を出現させる。
「……何これ」
私たちは必死にその魔法陣から離れようとするが身動きが取れない状態になっていた。
「……これは」
見上げるとそこには原石みたいなものがいくつもあって空中で煌めいていた。
「じゃあな……お前たち」
「リーベさん」
「テール!!!」
男は手を握ってそのまま下す。
——次の瞬間その原石は私たちに降り注いできた。
「……」
男の目の前には攻撃を喰らって、横に倒れ込んでいる私たちがいた。
「これで私の証明が出来たよu……」
「ま、まだ」
私がゆっくりと立ち上がり、それに続いてアリスたちも起き上がった。
「……なんだ、息災だったか」
(一か八かだった)
攻撃を受ける瞬間、村でオークたちをやった時のように両手剣に風属性を付与させて大きく振り回す真空波を出して威力を削いで、テールに全体回復魔法と防御力が増加させる魔法をかけて貰った。これで何とかはなった。
しかし普通に受けたら確実に死んでいた——。
「でも次こそは……!!」
男は膝を着き、息を切らしながら、苦しそうにもがいていた。
「……ッグ!? アガァッ!! ゴホッ!! アガァッ! アガァッ!! ゴホッ!! ゴホッ!! ガハァッ!」
男はまた口から血を吐きながらゆっくりと呼吸を整えようとしていた。その姿は自分の魔力に飲み込まれるようだった。
「……あーしんど」
私はこの男の状態を見て、頭の中に馬鹿げた言葉が並べられた。本当に馬鹿げた言葉だ。これを言ってしまうと今まで起こった過去を否定することになる。でもその言葉たちは頭から離れなかった。
「ねぇ、もうこんなことやめない?」
言った本人ですら心の中では驚いていた。しかしどう考えてもこの戦いに意味なんてものは感じなくなっていた。
「……同情したつもりかい?」
一見、男はその場に立ったがふらついている。そして両腕も力が上手く入らないのか下がっていた。もうきっと副作用がそこまで進んでいるのだろう。
「最後の戦いにしよう」
ふとその男は言った。
「今から自分の中に残っている魔力を全て身体能力強化に注ぐ」
そう言って魔法陣を描き、淡々と準備を始めた。
「お前たち7人、全力でかかって来い」
そう言い終わると自身の身体強化の魔法を唱えた。さっき一つのまとまった光の放っていた魔力は次第に黒く、紅く、紫色のような色に変色し、なんとも禍々しいオーラのようになった。男の姿は依然変わりなく、ただ本当にオーラを纏った感じだった。
私たちはそれぞれ武器を手に取り、力を込めて握り始める。
自分たちの中にある最後の力だけを頼りにして前へ出る。
——戦闘が始まった。
お互いが目的にために、目的のためだけに刃を揮うのだ。
前へ出る。正真正銘最後の戦いである。
「……!」キッ
まずコハクのインファイトが始まった。攻めの姿勢が入り続ける。しかし男はコハクの拳や脚をいなし続けた。
「……!?」
男はコハクの腕を掴んだ。コハクは抵抗しようとするがその腕を離すことが出来ない。そしてその男はコハクを大きく投げ飛ばした。
「……コハクさん!」
吹き飛ばされたコハクをテールが両腕でキャッチした。勢いがあったのか一回転をしたが、上手く受け止めることが出来た。
「コハクさん大丈夫?」
「……」コクン
(ナイスキャッチ、テール! さてと……)
テールとコハクの安否を確認した私は前へ出る。
「……! リーベ・ワシントン!」
男は私に気づき、眼の形を変える。
「アリス! フィシ!」
私は二人の名前を呼んでアイコンタクトを送る。二人はそれを了解し、連携を取り始める。
私とアリスは武器を持って戦闘に出る。私たちは斬撃を連発させるが、男は回避し続ける。
しかし私とアリスは先を読んで、私の攻撃を男にガードさせることに成功する。身体能力増加のお陰なのか、男は右腕だけで私たちの剣をガードしていた。
距離が詰まる——。
「ねぇ、なんでこんなことしたいと思ったの?」
私は質問した。すると男は少し息が詰まった感じで答える。
「……正しいものを正しいと証明したいだけだ」
そう言って男は左手を出し、親指と中指を使って音を鳴らし、衝撃波を出した。私とアリスは衝撃波から弾かれ大きな隙を生じてしまう。
「……しまっt」
「遅い」
男は拳に魔力をのせて、突き出そうとする。
「これは……」
「フィシ!」
男の拳は私たちに当たる寸前にフィシが出した防御用の魔法陣に当たった。それによって魔法陣は砕かれたが、私たちに当たることはなかった。
「……あれは」
ルナが三本の矢を放つために弓を弾いていた。
「ゴーレム!!」
「……な!」
グリュがゴーレムを召喚させて男に攻撃しようと拳を前へ出す。
「……くっ」
男はゴーレムの拳をいなして、一撃でゴーレムを粉砕させた。
「なんだと!」
真正面から粉砕されたゴーレムの欠片からなんとグリュが単独で身を乗り出した。グリュは自身の短刀に土属性を付与させて攻める。
「はぁあ!!」
「……ぐ」
グリュの短刀は男の手のひらで止められていた。岩石の塊のような形となったその短刀は男の身体を刺すことは出来ない。しかし——。
「なに!?」
グリュは瞬時に土属性で壁を出現させた。そして力を込めて、短刀を押し込ませようとする。
——これによって男は逃げることが出来なかった。
中途半端に避けたら、グリュの勢いによって体が抉られるからだ。
「ルナ!! やって!」
ルナはグリュの言葉を聞き矢を放つ。三本の矢はグリュと男の方へ真っすぐ向かう。
「この野郎!!」
男はそう雄叫びを挙げた途端、グリュが出した後ろの壁を破壊して後ろに下がった。グリュはその衝撃で前へ倒れてしまう。
男は飛んで来た、三本の矢の内、二本避けた。
「……がぁっはぁ」
男は避けている途中に発作が起こってしまい、一矢だけ左腕に命中してしまった。
「……ふぅ……ふぅ」
男は息切れをしている。顔色も少しずつ青く、悪そうな色になっていた。
「さぁ、ど、んどん……来い」
戦況としては特に変わらなかった。しかし、今まで圧倒的だった状況が持久戦になるにつれて、ほぼ互角の戦闘力までになっていた。
「……そうこなくちゃね」
男は少しその光景を見た途端ニヤケ顔をしてしまう。
男の眼に映ったのはリーベ・ワシントンとテール・ソリが歩いている姿だった。
「……リーベさん」
「テール、行こう!」
「はい!」
背の高い少女と背の低い少年の2人が互いに魔力を高める。
「次で最後だな」
男は静かに誰にも聞こえないくらいの声の大きさで呟いた。
男は自分の中にある体力や魔力を振り絞って身体強化に変えた。
リーベとテール、オーランド・アンシアがお互いに前へ出て特攻する。
——鍔迫り合いだ。
リーベの魔属性が込めた両手剣とテールの蒼い炎、オーランド・アンシア自身が交わった。
正義の戦い。自分たちの正義のために戦うのだ。
今を生きるものとして。
最強と云われた少女と希望を見出した少年は目の前の命と目の前の絆のために、努力を重ねた男は不平等な世界にいる多くの命と絆を全て平等にする為に——。
冒険者と冒険者が争うのだ。
長く続くと思った交戦だと思ったが一分後、勝敗は直ぐにやって来た。
「はぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
競り勝ったのはリーベとテールだった。
オーランド・アンシアは大きく体勢を崩してしまう。
その隙にリーベの両手剣とテールの蒼い炎がオーランド・アンシアの体をX字型に斬撃を与えた。
斬りつけられたオーランド・アンシアは仰向けになってそのまま倒れた。地面に血が流れる。
「……わざとだな」
「……」
オーランド・アンシアは察したかのように静かにそういった。
「切口が浅すぎる、副作用が進んで弱体化してるからって手を抜いたな?」
「……リーベさん」
「テール……大丈夫だから」
(そう、私は手を抜いた。戦闘が長引くにつれて副作用が進んでいることが分かったからだ。もうこの男はとっくに戦闘出来るほどの体力と魔力は全て切れていたんだ)
「なぁ、生れつき選択肢に恵まれた最強なあなたに問いたいことがある」
「なんだ?」
「私は間違っていただろうか?」
「……」
「私は冒険者の頃に誠実に生きて良かった生き物、そして人間を強者に埋もれてしまう世界からみんなを救いたかったんだ」
「……」
「そう、まるであの絵本の中に出て来たヒーローみたいに……」
「……」
「……かっこよかったなぁ」
オーランド・アンシアは少しずつ声が薄れていった。しかし彼の瞳の形はとても穏やかでどこか悟った感じの目をしていた。
「……オーランド・アンシア、あなたがしたかったことは決して間違っていない」
「……うん?」
「でもあなたが世界を救うために何人の人を消した。それが間違いだったかもね」
「……そう、か~」
「……」
「そこ、だったんだね」
どこか、寂しげな表情を浮かべたその男は私たちから視線を逸らし、洞窟の天井を見上げる。
「……私が旅立った時はこの洞窟の中に居させてください」
「……な、お前」
「……血で争った仲ですが、どうかお願いします」
「……」
「おめで、とう、君たちパー、ティ、の勝ちだ」
「……オーランド・アンシア」
「……嗚呼、最後に一回でも風の良く吹く草原を目に焼き付けたかった」
——戦闘終了。
私たちはオーランド・アンシアに勝利した。
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