第3章 取引と歩み
第9話 取引と歩み
「意外と元気そうじゃないか、リーベ・ワシントン」
「……バリュー・ジャード」
「最強の冒険者と言われているあなたに名前を覚えて貰えただなんて光栄だね」
私はテールのことを後ろに誘導し、自然に私が前に形を取った。その光景を見てバリューはフフッと軽く笑い出した。
「まぁ、少し落ち着けよ……悪い話ばかりしたいわけじゃないんだ」
「……テール! コハク! 行くよ!」
私はテールとコハクに言い、ここから離れようとする。
「良いのかい?」
バリューは嫌らしく笑みを浮かべながら私たちに言った。私はどこか恐怖のような得体の知れない大きなものを感じて、脚を止める。
「……何をする気だ?」
「なんだと思う? 当ててごらんよ? 簡単な問題だ」
「ふざけるなよ」
そう言って、私はバリューのことを睨んだ。それだけじゃない、自身の魔属性、魔力が私に乗り掛かり、次第に迫力のあるものへと変わっていった。
「……ひぃい、どうするんですか、ボス、めっちゃ怒ってますよ」
メグはそう言って、バリューの後ろに直ぐに隠れた。しかし、バリューはメグの行動、そして私のことを気にも留めずに普通に会話をするように話出した。
「リーベ・ワシントン、良いか? 今、この街には俺のパーティのメンバーがそこら中に潜んでいる」
バリューはそのまま落ち着いた口調で話し続ける。
「――もしここでお前たちが立ち去ったら、俺はパーティ全体にこの街の住人を襲うように指示する。良いかい? 俺の指示一つでこの街全体の住人が被害に合うことになる」
私はその言葉を聞いて途端、自分の大剣を装備してバリューに刃を向け、切りかかろうとする。バリューは自分が刃を向けられていることにも関わらず、寧ろ調子の乗った声色で言い始める。
「あー今ここで俺を倒そうとしても、内のメンバーはこの街の住人を襲うようにと事前に指示しておいた。だから、わかるね?」
私はバリューに当たる寸前で大剣を止めた。直前で無理矢理止めた影響により、風圧が発生する。しばらく沈黙が続いた後、私は大剣を後ろに控え、テールとコハクのところまで身を引いた。
「さて、取引をしようじゃないか」
バリューは両腕を少し高く上げ自分を大きく見せながら高々に声を発した。
「魔族テール・ソリをこちらに渡せ」
「誰がそんなこと」
「……!」
「待て、お前らそんなに熱くなるなよ、この取引はお前たちにとっても良い話がある」
自分を誇らしく思っているその笑みは私にとって不快でしかなかった。しかしバリューはそんなことをお構いなしに私たちにとっての内容の部分を語り出す。
その内容は――。
——その魔人族をこちらに差しだしたら今後『貪欲の宝玉』はこの街とは二度と関わらないことを誓う。
「どうだ? 悪くない条件だろ?」
貪欲の宝玉であることから金銭的なもの、例えば巨額の金を与えるとか、一生遊んで暮らせるような贅沢をさせるようなものを提示するかと思っていたが、実際は金ではなく、行動と宣言に近い制約、契約だった。そういう意味で彼は経営者なのだろう。
「……ふざけるなよ! そんな条件を出したらテールを渡すと思っているのか!」
「……!」コクン
「テールは渡さない!」
バリューの話を聞いた。よく聞いた上で、いや、正直よく聞かなくても私とコハクの返事は決まっていた。
――テールは渡さない。
気づいたら息が荒れていた。吐いた息が熱く、熱を帯びた状態であったことに気が付いたのはそれほど遅れた時ではなかった。
――それでいいんだな、魔人族テール・ソリ。
決して大きな声ではなかったがしかし力の込めた言葉がそこにはあった。
「……え」
急に呼ばれたことで困惑しながらバリューを見るテール。しかしバリューはテールの気持ちを他所にジッとテールを見続ける。
「良いかい? 魔人族テール・ソリ……」
「お前、テールに何を……」
「お前たちは取引相手じゃない!」
一喝。バリューは話を遮って、強制的にテールに話す空間を作り出した。
「……テール・ソリ、お前がこの街にいることでどれ程の影響が出て来るのかわかっているのか?」
バリューは冷たい視線をテールに向けて問い始めた。
「この街にお前が住み続けている限り、俺たち貪欲の宝玉は何度もやって来てこの街の住人たちを襲い続ける」
「……」
「冒険者が魔族を討伐することは当然のことだ。その行為を協力せず、邪魔をする一はたとえこの街の住人でさえも容赦はしない」
「…………」
「お前のせいで怪我をして、血が流れて、重症になる人だって出て来るだろう。建物だって崩れて、場合によっては死人だって出てくるかもしれない」
「……………………」
「お前は俺たちと同じ人間じゃない。魔人族だ」
淡々とテールに言い聞かせるバリューはまるで魔術師のような言葉巧みに言葉を並べて追い込んでいった。一方的な弁であったもののテールは素直に聞き入れてしまう。冷汗を流し始めるテール、息も荒くなり過呼吸にような状態になってしまう。吐いた息が段々と強まっていく。
——賢いやつであれば、どうするべきかわかるよな?
「テール……?」
私の瞳にはテールがバリューの方に歩み出した光景が目に写った。
「テール! 何してるの? こっちに戻って……」
気が付いたら自分の声が震えていた。目の前の光景が信じられず、また信じたくなかった。しかしテールは一歩、また一歩とバリューの元へと歩き出していた。
「……!」
コハクも必死にテールを説得しようとするが、テールの脚が止まることはなかった。
「テール! テール!」
私は必死にテールの名前を呼びかけた。二回、三回となっていくに連れて強く言っていた。自分の身に任せて声に弱さが滲み出ても止めることはしなかった。
「テール……!」
特に大きな声を出した時に、テールは脚を止めてゆっくりとこちらに振り向いた。しかしテールは私とコハクの様子を見て寂しそうな顔を浮かべていた。
「――リーベさん、ごめんなさい」
「テール……? 何を言っt……」
気づいたときには私はコハクと一緒にギルドの床に倒れ込んでいた。首の後ろに強い痛みを感じる。私とコハクの名前を呼ぶテールの大声が聞こえた。
「ご苦労だったな、エレナ」
「久しぶりに凄く疲れました。ボス、もう仕事したくないです。やめていいですか?」
「そんな淡々と言うなよ」
エレナはボロボロで少し荒れてしまった服装をしながら、双剣をしまいボスの所に近寄った。顔は眠たそうで如何にも疲れている様子であった。
「……あ、あなたは」
「あ、ご友人の方々は無事ですよ。まぁ、しばらく動けなくさせて貰いましたが、命に別状はありません」
「な、何を言って……」
そう言い終わった後に、私の意識は薄れ始めて朦朧としてきた。段々と目の瞼が重くなって視界がぼやけてしまう。
(あぁ、だめ、待って、テール……こっちに……)
体力が抜けて、手に力も入らない。私は私から離れていくテールの姿を最後にやがて視界が真っ暗になった。
◇◇◇
二人が気を失った後、私は強く歯を噛みしめバリューの元へと歩み寄った。自分の中で色んな感情が動いている中、自分の無力さがより痛感し、何も言えなかった。
——賢いやつであれば、どうするべきかわかるよな?
バリューの言っていたことがずっと脳裏に響き続けて離れない。
私は、魔人族だ。
リーベさんやコハクさんと違って一緒じゃない。
私がこの街でいることで人に迷惑を掛けるんだったら、私は――。
「やぁ、歓迎するよ。魔人族テール・ソリ」
バリューは勝ち誇った感じを出し、私のことを煽るようにして言葉を投げかけた。
「改めて自己紹介をさせて頂く、俺は……」
「早くして」
ほんの少し、ほんの少しだけこの男に抵抗したくなった。悔しかったんだ。目頭が熱くなってきたのがわかる。自分の顔をバリューに見せることは出来なかったが、それでも我慢強い姿だけを保とうとしていた。
そんな私のことをバリューは静かにずっと見ていた。
「……ボス、言われてますよ? 早くしたらどうですか?」
「エレナ、お前のせいで雰囲気が薄れたぞ」
そう言ってバリューは私から視線を外し、メグの方に目をやった。
「メグ、あの二人に結界を張ってくれ」
「あ、はい、張らせて貰いますね……」
杖を振ると、リーベとコハクを閉じ込める光属性の結界が張られた。
「こんな感じで、良いですかね? ボス……」
「あぁ、そうだな、上出来だ」
メグが張った結界を見た後、バリューはテールの方をまた見始める。
「改めて歓迎するぜ。魔人族テール・ソリ、『貪欲の宝玉』へようこそ」
みんなやられた。とまた現実であることを自覚する。
「行くぞ」
バリューはエレナとメグに命令し、私達はこのギルドから出て行った。そしてバリューはギルドの広場に召集された貪欲の宝玉の部下全員に私を捉えたことを報告し、貪欲の宝玉全員を連れてこの街から出て行った。
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