第6話 おかえり!

 私はあの時、彷徨い続けいつしかある廃村についたそこで少し休憩しようと思い腰を掛けた。食料もなければ、水もない――。ただ座ってボーとしている。青い空で時々橙色へと変色し、やがて絵の具で青と黒を混ぜたような色になった。これほど芸術的な変化を見てきたのに――私は何も感じなかった――。なにも考えず、なにも思わずただ時間が過ぎていった。


「ねぇ、君……」

「……?!」

 私はその時、不意に呼びかけられ、現実へと戻された。私はもう、その頃には対人に恐怖を感じていた。


 ――嫌だ来ないでくれ。


 そうだった私はあの時――。


「テールくん?」

「……!」

 私はハッとして眼を見開いた。視線の先には少年少女の二人。どうやら私は少し前のことを思い出して酔っていたようだ。……もうこういうことをするのは辞めることにしよう――。迷惑は掛けたくない。


◇◇◇


「大丈夫?」

「……」コクンッ

 テールは頷いていた。体調は悪くなさそうで良かったと安堵した。私は先ほどリーベさんに頼まれて、グリュと一緒にこの子の服を買いに行っている。今日の気温が少し高かったし途中からずっと無気力気味に見えたから、熱中症かと疑ったのだ。

 私達はその街をしばらく歩いた。街並みとしてはレンガで作られている家が多く、灰色の石で道が続いている。その道の傍には、ちょっとした観葉植物や花が彩っていおり、その近くには外灯が等間隔で設置されている。そして所々に屋台があり、商売人の明るい声が飛び交い賑わっている――。この街は普段からこんな感じだから、こっちとしても気分が良くなるのだ。


「それでルナどの店に行くの?」

 グリュが聞いてきた。

(ここら辺ではやっぱりあそこかな!)

 

 私は迷わず歩いた。グリュとテールも後を追うようについてきた。私はこの街のことなら大体の店は把握しているから、良いお店を知っている。だから自信がある。


「着いた!」

「ほぇー」

 グリュが新しいものを見た時につい感心するような声を上げた。店は綺麗な白い外壁が目立ち、三角屋根で看板が立派に飾ってある。ジャケットを着て、メガネを掛けているレッサーパンダがトレードマークだ。とても可愛い。さっそく入ろう――。私はグリュとテールを連れて、店に入った。

 店内は清潔感がある雰囲気だ。空気も綺麗に感じる。外からでは良くわからなかったが中は意外と広い。第一印象はもちろん二重丸、ここら辺では私のお気に入りの店なのだ。


「いらっしゃいませ!」

 相変わらずの店の中を見ていたら、奥から定員が出てきた。身長は高い方で、一生懸命な姿が見えてくる元気一杯な女性だ。

「この子に合う服を見て欲しいのですが……あれ?」

 さっきまで、ここにテール君が居たはずなのに居なくなっている。そしてグリュも居ない、どこに行ったのだろうか――。


「なんだろーうこの服ーテールも見てみる?」

「……」コクンッ

 二人は近くのトップスコーナーの方に居た。普段、こういう所に来ないのか大いにはしゃいでいる様子だった。

「楽しそうですね」

 店員さんがそう言った。私はヤレヤレと思いながら、あの子のですとテールを紹介した。


「お願いします」

「お任せください」

「ほら! グリュ! テール君! 行くよ!」

 私は二人を呼んで、買い物を始めた。


◇◇◇


「ふぅ~」

 私は一息ついていた。絶賛、今は買い物中である。

「まさかアリスがこんなにも厳しいなんて思わなかった……」

 私はキッチンで怒られたあの後アリスにこっぴどく家事について教えてもらったのだ。料理では包丁の持ち方から皿や調理器具の片付け方、お風呂では湯舟の適切な温度から壁や天井の掃除の仕方、洗濯では服の洗い方や畳んでからの収納の仕方など、家事に関してのあらゆる分野を教えて貰ったのだ。これが一週間ではなく、たった一日で教えてくれたのだ。

 感謝はしているのだが、今は疲労の方が大きい。流石に疲れた。冒険者としての疲労とは大違いである。


 だけど、私はアリスから「作り置きが出来て、尚且つ簡単な料理を教えるからこの食材を買ってきて!」と言われて、外に出ている。……因みにアリスは私の家で掃除や整理整頓をしてくれている。この街で優しい女性ランキングがあったら私は真っ先にアリスに票を入れるだろう。


「さてと後は……」

「あれ? リーベさんじゃないですか!」

 声の主はスミレさんだった。ギルドの制服と違って黒いズボンを履いていて、少し柄のある服を着こなしていた。客観的に見たら、色男である。

「どうしたんですか? こんな所で? あ、もしかして……」

 スミレさんは右腕を胸部の所に持って行き、左手を口元の方に持っていき考え始めた。最近の探偵ものでもハマったのだろうか。

「買い物ですね?」

「当たりです」

 スミセさんは嬉しかったのか両手でガッツポーズを取った。


「え? リーベさん料理出来るんですか?」

(うっ)

 痛い質問をされた。この質問に対しての回答は少し考えなければならない。なぜならスミセさんは天然毒舌体質なのである。

「……まぁ程々ですが……」

 この回答で大丈夫かと心配していると――。

「さすがですね、やっぱり女性ならば家事ぐらい出来て当然ですよね! 家事が出来ない女性なんてこの世に果たしているんですかね? 逆に見てみたいですね! ま、絶対に居ませんが!」

(グサッ)

 私の中にある何かが強烈なダメージを受けた。めっちゃ重い――。危機は回避したのになぜかダメージを受けてしまうこととなった。


 そしてスミレさんはというと普通に笑顔である悪意が無く、純粋な笑みである。これで悪意が無いとは本当に信じがたい。


「ん? どうかしました?」

「……いえ」

 私はその場を後にしようしたらスミレさんが呼び留めた。


「リーベさん! お疲れ様です! 頑張って下さい!」

(……本当に顔だけは良いんだよなー)

 私は適当に会釈をしてスミレさんと別れた。少し肩の力を抜いて、私はバックを片手に持ち、買い物を続けることにした。


 ガチャ……バタンッ

「ふぅ~」

 やっと自宅に着いた。

「リーベさんおかえり!」

「ただいまアリス」

 アリスはエプロンを着て待っていたようだ。自分の家から持って来たものだろうか良く似合っている。


「買い出し行けました?」

「何とか出来ました……」

 私は買って来たものをアリスに見せた。

「どれどれ~あ!」

「どうかしましたか?」

「リーベさん……お肉買い忘れてます」

「え?」

「買ってきてください!」

「行かないとダメですか?」

「ダメです! 行ってきてください!」

「はーい……」

 私は家から出て、もう一度店の方に向かった。まさかまた行く羽目になるとは――。でもアリスはこんなミスはしないだろうと考えると改めて尊敬した。


 大空が藍色になりつつある夕方になった頃—―。


 私はお肉を買って来た後、家に戻ってアリスからレシピを教えて貰っていた。ただ作り方だけでは無く、細かい所の解説や工夫を教えて貰った。途中から本気で料理人かと思った。


「ただいま!」

「リーベさん今戻りました」

 ルナとグリュがテールを連れて帰って来たようだ。私は二人を信頼しているがそれでもテールを心配してしまう。

「ルナとグリュいらっしゃい、そして今日はありがとう」

 私は二人にお礼を言って、テールを探した。正直もう気が気でないのだ。それを察したのかルナがニヤリと笑った。


「リーベさんどーうしたんですか?」

「あ、いえ、これは違って……」

「大丈夫ですよ、テール君こっちへ来て」

 ルナがテールを呼ぶと後ろから静かに出てきた。

「……」

 テールは見違える程変わっていた。オレンジ色の半ズボンで白いシャツを着ていて黒のインナーとその上に藍色の少し大きいチョッキを着ていた。

「テール……おかえり」

「……」コクンッ

 テールは変わらず無口だった。するとルナが「テール君似合っているでしょう~!」と言って自信満々の表情を見せた。

「えぇ、とっても似合ってて可愛いわ!」

「……」

 するとテールはグリュの後ろに行って両手で顔を隠して、隠れた。どうやら褒められて恥ずかしくなったのだろうか耳まで赤く染まっていた。

「他の服もいくつか買っておいたのでどうぞ」

「本当に! ありがとうございます」

「……」オロオロ

 テールはまだ顔が赤くなっていた。こんな感じの服を着たことがなかったのかもしれない。——大丈夫、ちゃんと似合っているよ。それを見たグリュが「あはは」と笑い、ルナが自慢げに胸を張り、私とアリスはテールを面白がって見てた。この部屋はすっかりと賑やかで和やかとなりしばらくそのままの時間が続いた。


「はい! それはさておき」

 いきなりアリスが両手を合わせて音を鳴らし注目を集めた。

「この部屋どう?」

 アリスがみんなに聞いた。無論この部屋とはリビングのことである。

「凄く綺麗!」

「住み心地よさそうで良いと思う」

「でしょでしょ!」

 アリスは私の方を見て良かったでしょと言わんばかりと顔をしていた。


(アリス、ありがとう)


 私はアリスに心の中で感謝を告げた。今回に限っては本当にアリスに助けて貰ってばっかりだった。自分の知らないことを多く知っていることはこんなにも有難いことを今日学んだ。そしてこの人達を大切にしたいと思った。


「ねぇ、折角だしリーベさんの手料理を食べてみたくない?」

(え!?)

「それ良いかも! 丁度、歩き疲れてお腹が空いていたんだよね」

「僕も食べたいかな、お腹減ったし」

(え!?)

「じゃあリーベさん! 頑張って下さいね! メニューはフレンチトーストでお願い!」

「……はい」

 私は勢いに負け、みんなに料理を振る舞うこととなった、不安な気持ちでエプロンを着ていると――。

「リーベさん!」

 アリスに呼ばれた。どうかしたのだろうか。

「さっき私が言った所を手順の通りに行くと絶対に上手く出来るから頑張ってね! テール君に朝のリベンジを見せよう!」

 そう言ってアリスはルナ達の所に戻った。これ程までに安心出来る応援など今まであっただろうかいや、無い――。私の不安は消えた状態となり、料理を始めた。


(よし、手を洗った後に、ボウルに卵と砂糖を入れて良く混ぜてその後に牛乳を入れてまた良くかき混ぜる。これを容器に移して、パンを浸す。浸している間にフライパンにバターを敷いてっとパンを焼き始める、ふちの部分の色が変わってきたら、裏返して、良し! 上手くいった! 裏側も焼けたら、お皿に盛りつけてバターを乗せたら、完成!)


 私は出来上がったフレンチトーストを持ってアリス達の所まで行った。それぞれがテーブルの周りに座って待っていた。私はアリス達の前にフレンチトーストを置いて私も自分の分を持ってテールの隣に座った。


「おいしそう」

「いただきましょ! アリス挨拶お願い!」

「良いよ! はい! それじゃあ、いただきます!」

 アリスの挨拶と同時にみんなが一斉に食べ始めた。私を除いて―—。私は朝の件もあったから少し抵抗がありみんなからの評価を気になっていた。


「おいしい!」

 アリスとルナとグリュが同時に言った。その声を聞いた途端私は肩の力がグッと抜けた気がした。良かった――。


「盛り付けも良いし! 味も良い!」

「絶妙な火加減、だけど決して熱くなくて直ぐに食べれた!」

「リーベさん! 良かったね!」

 ルナとグリュとアリスからそれぞれ褒められた。少し照れてしまう。でもテールは大丈夫だろうか――。

 私は隣にいるテールの方を恐る恐る見た。


「……」モグモグ

 テールは満足そうな顔をしながら、フレンチトーストを食べていた。朝とはまるで違う。普通に美味しそうな表情をしていた。

 私としては、たまらなく嬉しかった――。久し振りに生き甲斐を感じていた。私が喜びに浸っているとアリスから「リーベさんの分も食べちゃうよ」と言われたので自分の分のフレンチトーストを食べ始める。


 (今日の夕食は本当に美味しい)


 私はテールの隣でそう思いながら、この時間を楽しんでいました。



 

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