第16話 オーランド・アンシア

 一連のことがあった後、私たちは先を急いだ。


「この先が最奥地です」

 フィシが告げる。いよいよか——。今回の事件の黒幕。一体どんなやつだろうか。


 青々とした山道のような地面を踏みきり、私たち一同はたどり着く。


「……」

 広い。ただ広い。ここが最奥地。森の最奥地はどんなものかというとまさに野原そのもの、子供が遊べる遊具とかもある程度は設置が出来るくらいの平らで何もない場所である。


(やっぱり変わらないな~)

 実はここに来るのは初めてじゃない。何回か行った時ある。でも目立った変わりようは一切ない。それがここの良い所なのかもしれない。


「リーベさんあれ……」

 ルナが指を差す。あ、そうだ、呑気なことを考えている場合じゃなかった。ルナの指の差す方向を見てみる。


 ——誰かいた。


 でも誰かはわからない。目を細めてみてもわからないレベルで遠いところにいる。しかし何やら作業中のようだ。

「テール、大丈夫?」

「……うん」

 全員で近づいてみることにした。


『一番奥なんじゃないかな、確か一番広かった気がする』ルナの仮設と一致している。森の中、一番奥、数々の冒険者、顔の明かされてない指名手配犯、条件は揃っている。


 少しずつ近づく。段々と近づくにつれてその人の特徴がわかって来た。背は比較的高く、スラっとしている。身体つきからして性別は男性。髪は焦げた茶色で長さは普通、服にかからない程度だった。来ている服は白く長めでフィシの着ているものと少し似ていた。


「……」

 そろそろ気づいても良い距離なのに、この人は一切こちらを見てこない。というか、私たちにずっと背中を向けて作業している。気づいてないのだろうか。いやそんなわけない。普通に声が届く範囲だし、足音だって聞こえているはずだ。


 ……というかむしろ。

「……ん~ここはむしろこうするべきか、いやでもこれはこうするべきだよな、さてどうしたものか」

 なんか自分の世界に入ってしまって声が掛けづらい。それにしても器用である。背中越しで詳しくはわからないのだが両手を少し上げて色々と試行錯誤している。


「あ~でもこんな感じなのかな」

(……あれは!?)


 ——私たちが見たのはあの試験管だった。例の事件からずっと見て来たあの試験管である。


(じゃあこの人が……)


「あの……」

「あぁ~ちょっと待ってくれ、今良い所まで行ってるんだよ。話はもう少ししてからにして欲しい。今は集中させてくれ」

 声を掛けたが男は私の言葉を遮り、むしろちょっと調子の良い感じで喋りだした。でもここで律儀にもこの男の要求を飲むわけにはいかない。


「……オーランド・アンシアさんですね」

 私がそういうと男はピタッと手を止めた。しばらく静止した後に頭を掻いた。


「……参ったね、こんなにも早く気づかれるとは」

 男は振り返りながら言葉を続ける。

「一体誰だい、ギルドの人達か? それともあの中で生き残った運のよい冒険者さんたちか? それともおとぎ話に出てくる勇者さんかな?」


 フィシが「……お前は」と驚いたような声を上げたと共にその男は軽蔑した感じで言葉を発した。

「あぁ君たちか……」

 自身の本音を漏らしてしまったことが不味かったのか、その男は自棄になり「はぁ……」とため息をついて礼儀正しく態度を取り始めた。


「これは、これは、リーベ・ワシントンさんじゃないですか初めまして——」

「そんなことは良いから」

 私は男の取り繕った丁寧な『ご挨拶』を遮った。今更急にそんなことされてもただむかつくだけだし時間も無駄だ。男は急に真剣な顔になり、言葉を出した。


「いかにも、私がオーランド・アンシア、その人だ」

 事実がわかり、私たちはそれぞれ武器を取り、身構える。


「なぁんだよ、そんなに怖くならなくても良いじゃないか」

 微笑むような顔をしてる。

 なんだこの男、自分が今までしてきたことがわかってないのか――。


「あれ? そこにいるのは……」

 キョトンとしたような顔つきで何かを発見したようだ。


「フィシ君じゃないかぁ! 再開出来て嬉しいよ~ 元気してた~?」

「ほざけ外道が」

 点と点が繋がって一つの線となった。フィシの言っていた男の人とはこのオーランド・アンシアだった。


「酷いなぁ、あれ君は……」

 男はまた何かを吟味したかのような目つきをした。


「君、その角……あ! もしかして魔人族かい?! 名前は? 名前はなんていう?」

「……ソリ・テール」

「そうか! テールっていうのか、まさか魔人族の生き残りがいたなんて思わなかったよ~」

 え? それってどういうこと? 男は完全に気分が良くなったのか、それとも私たちの疑問丸出しの顔色から察したのか、わからないけど語り始めた。


「昔、私が研究をしていた頃に、ど~にも素材が足りなくなってね、でもそのモンスターの素材を一々、別個体で取るのは非常に面倒だろう」

 男は白衣のポケットから試験管を取り出して語りながらまた研究を始めた。


「だからもう全部襲うことにした。見る通り、僕は研究者だろ? だから適当に薬なんかを発明して、それらを欲しがる人たちを雇って片っ端から村を襲わせたんだ。いや作った薬を見せようかと思ったんだけど、もう無くてしかももう作れそうにないんだよね~ あぁ残念」

 笑っていた。その男は普通に笑っていた。それを見た度自分の中にある何かが沸々と燃え上がるような気がするとみるみる力が籠った。


「……らは?」

「え?」

「その襲った村はなんだと聞いている!」

 男は待ってましたと言わんばかりの表情をして「うふふ」と笑い声を漏らしたのちおう告げた。


「大きく分けると二種類。一つは魔人族でもう一つは人間が住んでいた村を襲ったよ。合計で13個の村を襲った。その中で魔人族の村が12個で、最後に人間の村を1個だけ襲ったんだよね~ いや~魔人族の村は比較的簡単だし全然良かったんだけど、人間の村は流石にあれじゃん? 不味いって思ったから~ もう殆どいないであろうと確信した僕はね、人間の村を襲いに行く人たちに魔人族の変装をして行ってもらったんだけどね~ ほら人間に角をそれらしくつけたら魔人族っぽく見えるじゃん?」


 じゃあこの人が、そう思った時に男は話を続ける。


「で、後に来たギルドから派遣された人たちに捕まった奴がさ、魔人族に変装したことがばれて、後にギルドから良く調べられてのか、僕の作った薬がさバレちゃって挙句の果てには僕の名前もバレて直ぐに指名手配にされたよ~ はっはっは」

 高笑いをしていた男とは裏腹に、この中で唯一人間じゃない者は真実に直面して動揺していた。まだ幼い年頃なのにこのような事実を目の前にして正気でいる方が難しいのだ。


「いや~ まさか魔人族の生き残りがいたなんてこれは思わなかった」

「いい加減にしろ!」

 フィシが耐え切れなくなりついに声を荒げた。


「……そういえば面白い報告があったな——」

 面白い報告? 

「人間の村と魔人族の村を襲った時に仕留めきれずに走って逃げ切った奴がいたとからしい」

「「……!」」

「人間の村の方では、途中で見失って逃げ切ったらしいけど、確か魔人族の村の方では……」

「やめろ」

 不意に私はそう言った。自分の中で直感的に危険だと思ったのだ。だが男は私の言葉を無視して言葉を続ける。


「——崖から落ちたらしいな」

「……!」

「まさか崖から落ちたんだから生きてるなんて到底思うはずがない、でもまさかあそこから生存するなんてね~ ん? 魔人族、その目はなんだ?」

 この世界でたった一人の魔人族の目は少しの潤いと確かな決意が溢れていた。


「……君たちさっきから怖い顔をしないでくれたまえ、確かに私は人間の村を襲った悪い奴だが、魔人族を襲ったことは何も悪くないはずだ。君たち、冒険者だったら馬鹿でもわかるはずだ。人間が魔物を討伐をする当たり前のことじゃないか~ なのになぜ君たちはその魔人族に加担する? その少年が哀れで醜く、可哀そうな姿を自然的に晒したことによって母性でも目覚めたのか? そんな動機だったらとんだ馬鹿々々しい愚かな選択の一つだよ」

「黙れ」

 私も流石に頭が切れてしまい、強めな口調に変化してしまう。


「……ふっ、それが君たちの選ぶ選択なんだね」

 私たちはそれぞれ武器を持って、一斉攻撃を仕掛けた。もはやこの男に言葉を掛けることなんてない。オーランド・アンシア、ただこの一人に対して、全員で包囲するような感じで私たちは向かった。


「——残念だが、今死ぬわけにはいかないんだよ」

 そう言った途端、この男の前に稲妻が落ち、私たちを弾いた。


(どういうこと?)


 この野原は天気が晴れ、雲一つない正に快晴である。しかしその思考をすぐに放棄するべきだと気づく。


『ホォォォォォォォォォオ"オ"オ"ン』


 私たちの前に現れたのは、鹿の魔物だった。身体が大きく月白色で一部が赤色が目立ち、毛並みの先が一本ずつ藍色をしている。


「その魔物は私の研究によって産まれたものだ。そこら辺に魔物よりも圧倒的に強い。では精々頑張ってくれたまえ」

「クッソ、待て」

 男は魔物にこの場を任せて、その場を去ろうとしていた。


 しかし去り際に——。

「二週間後、不変の洞窟に私の研究所がある。そこで決着をつけよう。まぁその前にそいつを倒して生き残れたらな」


 そう言ってオーランド・アンシアは森の奥に姿を消した。

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