第7話 双剣を持つ上品な女性

「ごきげんよう……親愛なる皆様方」

 その女性は上品に挨拶をし、少しずつ頭を上げてこちらを見るようにする。

 私たちの中で一番早く動きだしたのは、アリスだった。アリスは咄嗟、床から脚を蹴り上げるように上げ、その女性との距離を一気に詰める。

 自分の腰に装備していた片手剣を抜き、鳥のように飛び掛かる。


「……流石ですね、でもいいんですか?」

 小さく一言呟いた女性はすぐに自分の武器を取り出し、倒れているグリュを起こし私たちに見せつけるように自分の前に出した。

「……!?」

 一気に前へ出たアリスだったが、グリュを前にして脚を止めてしまう。


「……卑怯者」

「こうした方が私にとっていいので」

 そう言うと、その女性は自分の持っている短剣の先をグリュに近づける。青緑に光る短剣にグリュの顔が写しだされる。


「そういえば、自己紹介がまだでしたね」

 思い出したかのようなキョトンとした顔をし、改めて軽く挨拶をしてその女性は紹介をし始めた。


「貪欲の宝玉所属、第一幹部エレナ・フォースです。以後お見知りおきを」

 淡々とした自己紹介が終わると、ルナが睨むような顔をしてエレナに話しかける。

「エレナ・フォース……貪欲の宝玉のメンバーの中でも特に強いことで知られている冒険者、幹部の中でも最速最強という名義がある」

「あれ? そんなに有名なんですか、私……」

 意外にも言われた当人は少し驚いた様子を見せた。自分が有名だってことを知って少し嬉しそうにしながら頬を赤らめた。


「何しに来た? グリュを放せ」

 エレナはハッとし、ここに来た目的を思い出し首を横に振った後、私たちに告げた。


「取引に来ました。私たちのボスからです」

 静寂がこの部屋を支配する中、エレナはゆっくりと内容を話始める。


「魔族テール・ソリをこちらに明け渡してください。そうすれば、この方を開放します」

 大方予想通りの内容、しかし確かな力が込められていた。だから軽率な行動がみんな出来なかった。もちろん、テールのことをエレナに渡したくない。しかし渡さなかったらグリュがどうなるかわからない。どちらだって欠けたくない、だからこそどちらだけ取るという選択もしたくなかった。

 その場にいた私たちはみんな立ち止まってしまう。


(どうしよう、なんとかしてグリュを無理矢理引きはがす? ダメ……あの剣がグリュの近くにある限り、強引に引きはがしたら刺さる可能性が高い。じゃあ魔力を使って……でもそんなことをしたら、コハクの家だけじゃなくて周りにも被害が広がるかもしれない。そうなればバリュー・ジャードの思う壺だ。なら! 魔力を極限まで圧縮させて放つというのは?)

 私は自分の魔力を右手の人差し指に集中させ、狙いを感覚で定める。


「余計なことしない方がいいですよ、リーベ・ワシントンさん? この距離であればどんなことがあっても私はこの方を刺せます」

 自分の中から熱が込み上げるような感じがしたが、すぐに堪え私は魔力を解いた。振り出しに戻され、私たちは完全にエレナの手のひらの上で弄ばれてしまっている状態になってしまった。


「さぁ、どうします? 時間は限られてますよ?」

「そんなの……決まってる」

 力の宿ったその声は私たちがよく聞いたことのある声だった。左手に魔法陣を宿し、訴え駆けるように左手を上に出した。


「……出て来い、ゴーレム!!!」

 グリュの声に応じて、二人の足元に魔法陣が浮かび上がり、地ならしと共に中からゴーレムが出て来始めた。

「……これは」

 突然の地ならしによって、エレナは態勢を崩してしまう。その隙からグリュはエレナから解放された。


「グリュ! こっちへ!」

 アリスはグリュのところに駆け寄り、グリュのことを受け止めた。

「フィシ! お願い!」

「わかった」

「コハク! リーベさんたちを連れて逃げて!」

「……!」コクン

「リーベさん! テール君を連れて引いて! ここは私たちに任せて!」

 ここまでのことを事前に打ち合わせも無しに判断し指揮を取ったアリスの掛けた言葉はどこか逞しく感じた。私は自分の装備を今一度整え、手に力を入れる。


「アリス……ありがとう!」

 アリスに伝わったかどうかは定かではなかったが、そんなことにも気にしている場合じゃなかった。私はコハクの前に行き、しゃがむ。そして顔を上げてコハクの顔を覗き込むようにして見た。


「コハク……テールを守るために案内してくれる?」

「ぼ、僕からもお願いします、コハクさん!」

「……」コクン

 コハクは首を立てに振り、こっちと小さい手で招いた。裏口から抜け出すとアピールをし、私たちを案内した。


「このまま、行かせません」

 エレナは魔法陣から抜け出そうと立ち上がり、直ぐリーベたち追いつくために力を入れて一歩踏み出す。


「うん、これで大丈夫……」

「これは……」

 エレナが気づいた頃には、もう身動きが取れなくなっていた。金色の鎖が魔法陣から伸び、エレナの腕や脚に縛りついた。


「あれだけじゃ簡単に突破かもしれないから魔法陣を二重にして展開させた。その鎖は罠として設置した」

「これは一本取られましたね、ところでもう一つはどうしたのですか? 不発に終わったのですか?」

「もう、忘れちゃったの? でも、そろそろかもね、あっでも少し遅れるかも、僕と一緒でお昼寝が大好きだから」

「あなた、何を言って……」

 エレナが言い終わろうとした瞬間、カタカタカタとやがて大きくなった音を出してやがてエレナの前に姿を現した。


「…………これがゴーレム?」

 そのゴーレムはいつもグリュが召喚しているゴーレムよりも少し巨大で腕や肩など、光り輝かせるような大きな鉱石があり全体的に屈強なものとなっていた。


「吹っ飛ばせ! ゴーレム!」

 グリュの指示を聞いたゴーレムは左腕を高く上げ、助走を付けてエレナに拳を突き出した。ゴーレムの拳を喰らったエレナは金属製の鎖が解け、一直線へと遠くに飛ばされた。衝撃によって出来た鈍い重点音が鳴り響く中、ゴーレムは魔法陣の中へと戻っていった。


「……はぁはぁ」

「グリュあまり大声を出すな、今助けてやる」

「……ありがとう、フィシ」

 そう言って、グリュはフィシの胸の内で眠るように目を閉じた。


「リーベさんたちはもう行ったかな?」

 アリスが後ろを確認すると、そこにはさっきから見てきたコハクの家の部屋が広がっていて、リーベたちの姿はなかった。

「コハク、大丈夫かな」

 ルナもアリスに連れて後ろを振り向いて静かに言った。

「そこは、リーベさんの心配じゃないんだ」

「リーベさんはまぁ、強いから」

「そうだけどさ~」

「それよりも……この部屋」

 先程の戦闘の影響で、コハクの部屋は荒れてしまい、リビング付近ではグリュが召喚したゴーレムの影響で砂まみれになってしまっていた。華やかだった部屋が今や月光も吸い込まれるような状態になってしまっていた。


「コハク、こんな家になったけど住めるかな?」

「う~ん、いざとなったら野宿出来るんじゃない? ほら、猫みたいなところあるし」

「いや、家に入れてやれよ」

 ルナが突っ込みアリスはあっはは~そうだね~と明るく言った後、コハクの家の玄関の先に目を向けた。


「……それよりも今はこっちかな~」

 アリスは片手剣、ルナは弓を装備して戦闘態勢を取った。立ち込めて、舞い上がる砂埃の奥から徐々に人影が表れて来た。その人影は女性らしい身体つきで上品な身なりをして両手には青緑色のした双剣を装備していた。


「やっぱり幹部クラスの人となると簡単にいかないよね~」

 砂埃の中からエレナが出て来た。エレナは右手に持っていた双剣の片方を上げて、勢いよく振り下ろし、砂埃が吹き飛び消えていった。


「今のはいい一撃でしたよ? あんなに飛ばされたのは久しぶりです」

 いい一撃と言いながら、それらの言葉は全部乾いているように聞こえた。

「本当にそう思ってます?」

「えぇ、普段から人を褒めない私が言うんだから間違いないです」

((その割には無表情なんだよなぁ))

 アリスとルナは同時にそう思った。


「しかし、だからと言ってここで引くわけにはいかないのです」


 エレナは呼吸を整え、集中力を上げると共に戦闘をする構えを取った。

「ルナ、準備いい?」

「出来てるよ、矢もたくさんある」

「フィシ! グリュのことお願いね!」

「わかった」

 アリスは片手剣に氷属性の魔法を付与させて、氷の剣を作りだした。


 前を見る――。敵は幹部の中で最速最強。


 アリスは息を飲み、自分の中で武者震いが起こっていることに気づく――。


 それでも目を閉じてゆっくりと目を開けて手に力を込めて氷の剣を握る。


「ねぇ、幹部さん?」

「はい? どうしました?」

「私たちがあなたに勝てたら、あなたの持っているその双剣について教えてよ」

 意外なことを言われて、エレナは疑問を抱いた顔をして、アリスの意図を探ろうと質問をした。


「それは、私から情報を抜き取ろうとするつもりですか?」

 いや――。と言ったアリスは少し笑顔になってエレナの質問に答えた。


「私、武器を見ることが好きなの」

 エレナはクスッと笑顔を見せて、――約束しましょう、と答えた。


 3秒間その場が静まった後、アリスとエレナは同時に前へ走り込む。


 戦闘が始まった。


 アリスの氷の剣とエレナの双剣がぶつかり合いキンッという高い音を出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る