第27話 失う前にもう一度


「ふざけんじゃねぇぞッ! このクソアマッ!」


 女子トイレに金髪茶肌ギャルの怒号が響いた。

 激昂したギャルの暴力を振るわれた椿姫は床に崩れ落ちていた。その彼女を、追い打ちをかけるかのように取り巻き二人が蹴りつける。苦悶の声を上げようがお構いなしだ。


「どれもこれも真っ白……。れいかっち、これ全部なにも入ってないよ!」


 椿姫の持ってきたファイルを一枚ずつ確認している取り巻き一人がそう言った。


「だろう、なァッ!」


 れいかっちと呼ばれるギャルは渾身の蹴りを椿姫の腹にお見舞いした。


「うっ……」


 椿姫はなにも抵抗せずに蹲って相手の蹴りを受け続ける。

 数分の間蹴り続けられ、金髪ギャルは蹲る椿姫の髪を掴んで吊るし上げる。


「舐めてるにもほどがあるだろ。おまえの秘密バラしちゃってもいいんだぞ?」


 ギャルは低い声で脅す。ギャルの頭の中では椿姫は怯えて謝って、しまいには頭を垂れて次は必ず持ってこさせる、などと安易な考えがあった。だが、椿姫が動揺を見せたのは一瞬のことで、真っ直ぐな眼差しをギャルに向け、


「佑真と約束したから」


 短くそう言った。


「あ? なに言ってんだ?」

「……初めはね、大したキッカケじゃなかったんだ。本当に偶然だったの。でも、その偶然がわたしを変えてくれた。今ここに居られるのも、ぜんぶ彼のおかげ。だからせめて、約束だけは果たしたいの」


 酷い目にあったというのに椿姫は柔和な笑みを浮かべてそう言う。痛みで苦しみ悶えていたのが嘘のように、椿姫は言葉を続ける。


「それにね、ちゃんと謝りたいの。いつも佑真に助けられてばっかりだったから恩を返したかったんだけど、またわたしのせいで傷つけちゃった。都合のいい話だけど、また一緒に部活動したい。ちゃんと謝って許してもらいたい。佑真に報いたいの」


 思いの籠った椿姫の言葉。情けなく今更なんなんだと文句を言いたくなるような戯言。だが、純粋な気持ちは馬鹿を見るような目で鼻で笑われる。


「へぇ、なる。おまえあの根暗が好きなのか。アハハッ! あんなクズのことが好きなのか。何人もの人生を狂わせたヤツを。メッチャウケる」

「人生を、狂わせた?」

「なんだ知らねぇのか? この学園だと噂なんかすぐ消えちまうからわかんないだろうけど、あのクズのせいで五十人以上の生徒が退学にされてんだよ。中には教師も数人クビにされた話だってある」

「それは……、その人たちが悪いことをしたからでしょ」

「はあ? なわけないでしょ。あのクズは気に食わなければたとえ無実だったとしても、あることないことを盛って脅迫して、従わなければ公開処刑するような奴だぜ? その中にうちのダチも入っててな、でっち上げの罪で退学させられちまったよ!」


 椿姫とってすべて耳を疑うものばかりだ。金髪ギャルが言う、佑真が罪もない生徒を気に食わない退学まで追い込むなんてまずありえない話だ。椿姫の知っている佑真は人に興味がなく、常に受け身の状態で待っている。危害を加えないかぎり、煽られても動かないような男だ。そんな彼が無闇に人を陥れるようなことはしない。

 だが、椿姫には感情を剥き出しているギャルから嘘は感じられない。

 事実とも、嘘ともいえないギャルは息を吐くように話し続ける。


「結局、天瀬は周りの空気を読まない大馬鹿なんだよ。うちらのおかげで学園の空気を中和してやってんのに、茶々入れられるせいでいつも台無しだよ」

「佑真は馬鹿なんかじゃ……」


 口答えする椿姫に、金髪ギャルは髪を引っ張られて黙らせられる。


「馬鹿だよ。人間様はな、自分らの群れとフラットな空気を大切にしたがる。うちらわね、そんな枠組みから外れた奴らで楽しんでんだ。誰も気に留めねぇだろ? 見て見ぬ振りすれば平和があるんだからリスクを冒おかしてまで他人を庇ったりしない。どうせ価値のない奴は誰からも相手にされないし、逆に助けるなんて考える奴は迷惑がられる。その場の空気を壊す奴はみんな嫌いだよな。そんな奴は異端者だ。それで訊くけど、うちらなにか悪いことしてるかな? 役割もあげてやってんのに」


 ギャルは言葉を続ける。


「ええ、『天才』と『天災』だっけ? せっかく区別する言葉があるんだ。偽善者には『天災』ってお似合いだ! 天瀬もそいつらと同じ。変にデシャバって人助けして頭おかしんだよアイツはよ。根暗の癖に、サボり魔のくせに、気持ちわりぃオタクのくせに、いっつもでけぇ口叩きやがって! 腹立つんだよ! あんなクズ死ねばいいんだ! どうせなんの役に立てねぇ欠陥品がよ!」


 ギャルが吐き捨てた瞬間、椿姫は足を退かし、手を掴んで床に転ばした。

 見様見真似の護身術。油断していたおかげで軽く捻るだけで勝手に体制を崩してくれた。運が良かっただけだが、今の椿姫にとってはどうでもいいことだった。

 尻餅をつくギャルに向けて


「佑真を悪く言わないで!」


 椿姫は激情の赴くままに叫んだ。


「確かに、すべて良いことをしてるとは言えないけど、それでも佑真は自分なりに考えて頑張ってる。わたしだって佑真のことよくわかんないし、理解できてるわけじゃないよ。だけど、それを知ったような口ぶりで佑真を馬鹿にするのは絶対に許さない!」


 佑真を想う気持ちとどうしようもない怒りを弱った自分を奮い立たせ、椿姫はすべてを吐き出すかのように叫んだ。ギャルたちに到底届くはずのない無意味な言葉だとわかっていても好き勝手言われるのは椿姫には我慢ならなかった。


「ふーん、そうか。結局おまえも同類ってわけね」


 ギャルは椿姫が吠え終わるのを見て、どうでもよさそうに鼻で笑う。ギャルは立ち上がるとスカートをはたき、椿姫に蹴りを入れた。


「うっ……」


 弱っていた椿姫は糸の切れた人形のように倒れた。

 ギャルは椿姫の髪を巻き込んで襟首を掴むと引きずった。


「おい、そこのドア開けろ!」

「りょッス」


 ギャルが取り巻きに命令すると、待ってましたとばかりに個室のトイレの扉を開け、言われるよりも先に便座を上げた。準備が完了したのを確認したギャルは椿姫の顔面が便器内に入る位置まで持ってくる。

 椿姫も、次に自分がどうなるのかぐらい察しがついた。


「や、め……」


 弱々しい椿姫の言葉が届くはずもなく、ギャルは頭を鷲掴んで便器の中へ突っ込んだ。

 便器の水に顔面が浸かり、必死に暴れる椿姫を取り巻きたちが抑え込む。一瞬、引き上げ、椿姫が空気を吸って咳き込んだ瞬間を見逃さずにもう一度便器の中に突っ込んだ。

 それを何度も繰り返される。


「かはっ!? ……ケッホ……けほッ、けほッ……」


 椿姫は酷い嘔吐感に襲われる。何度も便器の水に浸され、苦しくなっていく息を整えられるわけがなく、呼吸する瞬間を狙われて浸され、水を何度か飲んでしまった。

 ギャルはまた椿姫の顔面を便器に突っ込み、今度は長く便器の水に浸す。ぶくぶくと苦しくて暴れる彼女を押さえつける。


「かはッ!? ……かひゅぅ……ひゅぅ……」


 便器から引き上げられた椿姫の無様な姿を見てギャルたちは爆笑していた。


「きったねぇ。あれだけ虚勢を張っていたわりには持たかったねぇ」


 ギャルは椿姫を個室からゴミのように投げ出し、近くの個室の扉をノックする。


「ようやくオレのお出ましってわけか。まったく時間取らせんじゃねぇよ。座ってるのって結構疲れるんだぜ? あとでこの負債はうめろよな」


 ノックとともに男の声が返ってくる。個室の扉が開き、個室から男が出てきた。髪を金色に染めたいかにもチャラそうな風貌の男だった。


「もちろんさ。楽しみにしてなよ」

「おう。……んで? その女か? おまえが言ってたの?」

「そうさ。約束どおりの高級肉よ」


 なぜ男が女子トイレにいるのか、誰も気にした様子はなかった。

 だが、その男を見た椿姫だけは凍りついていた。


「なんで、ここにいるの……」


 椿姫は震えた声で訊く。


「なんでってオイ、久しぶりだっていうのにもう忘れたのかァ? お互い男と女として付き合ってた仲じゃねぇか」


 男はへらへら笑いながら答える。


「あなたと付き合ったことなんてないっ!」


 その返答に椿姫は否定した。


「付き合ってたじゃねぇか。一緒に肩汲んで夜の街を散歩したじゃねぇか」

「違う……しつこい女の子に諦めてほしいから、って言うから一週間だけフリをしてただけじゃない。本当に付き合ってたわけじゃ」

「冷てぇなぁ。付き合ってたじゃねぇか。写真だってちゃんとあるんだぜ? ホラ」


 男がそう言うと携帯を取り出して、写真を映した画面を椿姫に突き出すように見せる。


「ふざけないで!」


 偽りのツーショット。男に抱き寄せられて苦笑いを浮かべる椿姫の写真。それが映る携帯の画面ごと椿姫は振り払った。

 カツッ、と男の携帯が無機質な音を立てて床に落ちる。男は椿姫の拒絶を意に介さず、後頭部を掻きながら困ったような顔をして携帯を拾い上げた。


「困ったなァ。そんなに否定しなくてもいいじゃねぇか。こりゃお仕置きしてわからせてやらねぇとダメだな。なあ、いいんだよなァ? ヤっても?」

「好きにしな、約束だし。この女をブチ犯しちまいなよ」


 男はギャルからの了承を得ると、嬉しそうにニヤニヤと笑い、


「よっしゃ! それじゃ遠慮なく頂くとするぜ。前は綺麗にはぶらかされてお預けばっか喰らってたからな。なんてったって美少女コンテスト一位を取った身体だァ。ようやく念願の美女の身体を喰えるなんて夢みたいだぜェ!」

「その発言はちっと気に障るんですけど」


 男の発言に少し不快そうに呟くギャル。


「悪い悪い。おまえも最高の女だぜ」


 嫉妬するギャルを抱き寄せて身体を弄りながら男は弁明する。ギャルは満更でもないような顔をしながら、男になにか耳打ちをして離れた。


「おっと、待たせちまったな、椿姫。さぁ、始めようぜ?」

「気安く……呼ばない、で……」


 椿姫は今まで味わったことのない危機感に襲われた。すり寄ってくる男から身体が勝手に後ろ向きに逃げていく。けど、すぐに壁に背中を合わさり、逃げ場を失った。

 男の隙を突いて脇の下を通り抜けて逃げようとした椿姫だが、


「おっと」


 男は簡単に腕を掴まれてしまった。男の力強さに椿姫はなすすべがなく、そのまま個室のトイレへと連れ込まれ、投げられるように便座へ座らせられた。


「そう逃げんなよ。こっちはおまえみたいな女をずっと待ってたんだ。ヤラずに帰すのは勿体なさすぎんだろ。俺と一緒に楽しもうぜぇ♪」

「い、イヤ……。イヤ!」


 個室に追いやられ、逃げ場を失った椿姫の表情は絶望に変わる。


「おっと、暴れそうだからちょっくら押さえてくんねぇかな」


 男がそう言うと、ギャルと取り巻き一名が椿姫の手足を掴んで拘束する。椿姫は抵抗しようと暴れるが、もう簡単には逃げられなくなってしまった。


「イヤ……イヤッ……」

「その顔いいね。すんげぇそそられるぜ」


 男のニヤけ顔がさらに増し、涎を垂らす。

 その男の姿に椿姫は恐怖した。女性として生理的に嫌な類のものを感じさせ、さらになにもできない状態にただ屈辱的に犯されるという恐怖が椿姫を満たす。


「イヤだ……来ないでよ……近寄らないで……」


 椿姫の間合いに男は入った。男の手は椿姫のスカートの金具を外し、チャックをゆっくりと開放していく。椿姫の反応を楽しみながら上半身の制服の上着を広げ、剥き出しになったYシャツを引き千切るように胴体を開いた。

 ボタンが飛び散る音が小さく鳴り響く。男が決して強引に入ってはならない未知の領域。拒絶する椿姫を構うことなく無断でこじ開けたエデン。最終的に残った赤いスカーフすら取り去り、それを男はどうでもよさそうに投げ捨てた。


「ウヒョー。淡いピンクの下着とか興奮するじゃねぇか」

「み、見ないでッ! イヤだ……だれか、助けてッ!」


 男は椿姫の素肌を無断で触れる。羞恥に顔を赤らめて身を捩る椿姫は涙を浮かべた。椿姫の意図など関係なく、その反応に男はさらに舞い上がる。


「恥ずかしがる仕草もいいねェ。でもほかの男の名前を出すなんざいけない女だ。これはたっぷり躾けてやんねぇとな」


 勝手に盛り上がる男は次第に触りかたが大胆になっていく。腹部から胸のほうへと手を滑らせてブラに指を引っかける。


「つーか汚ねぇな。れいかっち、トイレにぶち込むのは勘弁してほしかったぜ」

「べつに大丈夫でしょ、アンタなら。もしキスもするんだったら、あたいとするときちゃんと口ゆすいでからにしてくれよな」

「へいへい、りょーかい」


 椿姫を襲いながら会話をする男とギャル。口ぶりからして椿姫が約束どおりに指示に従ったとしても男の餌食になるのは決まっていた。

 初めから椿姫は八方塞がりで、なにをしても不幸な結末を迎えるだけであった。

 ブラに引っかかった男の指に力が入る。強張る椿姫の表情にギャルと取り巻きは楽しそうに嘲笑いながら、


「盾突くからこうなるんだ。ホーラ、男からしっかり愛を受け取れよ。そしてちゃんと、大好きな天瀬に愛の営みを見てもわなきゃなァ」


 ギャルは嫌味ったらしい笑みを浮かべてそう言った。

 どうすることのできない状況の中で椿姫は孤独に絶望して涙を流す。心がひび割れる音ともに崩れて折れていく。視界が徐々に黒く染まっていくなかで、


「助けて……、佑真――」


 到底届くはずのない願いを掠れ震える声で呟く。

 裏切ってしまった大切な人に。無様な姿で。

 椿姫のブラが少しずつ上へずらされていく。その現実を直視できるわけがなく、椿姫はなにもかもを諦め、そっと目蓋を閉じる。逃げ場を失った涙が一気に流れだし頬を伝う。

 走馬灯のように流れてくる佑真との思い出が椿姫を苦しめた。想いが、後悔が、絶望が、自分の不甲斐なさが、涙を大きくさせていく。

 もうダメ……もう、会えない。


「ごめんなさい……佑真――」


 佑真に言いたかった言葉が自然に出た。


「イタダキマース!」


 男は獣のように息を荒立て、一気にブラを上へズラす。

 その瞬間、女子トイレの扉が勢いよく蹴破られた。

 バコンッ、と音とともに扉に背を預けていた見張り役の女は蝶番ごと蹴破られた時の音と見張り役の悲鳴が、女子トイレにいる全員を静止させ、男の手も止まった。そして、全員の視線は自然と大きな音のしたほうに向く。


「いつまでやってんだよ。あんまり遅いもんだから本読み終わっちまったじゃねぇか」


 面倒くさそうな口調で、気怠そうな身体をゆっくりと動かしながら女子トイレに堂々と侵入してくる影。謎の介入によって周りは状況についていけずにいたが、聞き覚えのある声に消えかけていた希望が再び椿姫の心を灯し、溢れ出る涙とともにか細い声で呼んだ。


「……佑真、君!」

「よう、随分とヤバそうな性獣に襲われてるじゃねぇか。様子から見るにギリギリのタイミングでの登場ってか。まさに主人公登場って感じだな」

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