第6話 個人依頼


 翌日の放課後。透はボロボロの姿になって部室に現れた。

 変形はしていないものの顔面には複数の痣を作り、頭髪は暴風を受けたかのようにボサボサ、骨は折れてないようだが、立っているのがやっとのようで、その辺で拾ってきたであろう木の棒を松葉杖代わりに突いていた。


「……。随分と派手にやられたもんだな」


 何気に佑真がそう言うと、透はダムが決壊したかのように号泣した。

 それからは負傷した透に変わって、佑真は緑茶を淹れて透の目の前に出した。


「ありがとう……佑真」


 少し落ち着きを取り戻した透は、佑真にお礼を言ってお茶を啜る。


「その様子だと、俺の秘密道具は通用しなかったようだな」

「おかげで江崎センセーを余計に怒らせちゃった……」


 ああ……、と佑真は察しがついた。


「やっぱ通用しなかったか、アレ」


 佑真が作った秘密道具は正道には通用しなかった。中にはかなりの自信作もあったはずなのだが、透の様子から見るに効き目はなかったようだ。佑真自身、あの超人に小細工が通用しないことはわかり切っていた。

 身体能力と頑丈さだけでは、この学園で正道の右に出る者はいないだろう。正道と同じようにステータス割り振りがバグっている佑真でも敵対は避けたいほどに。

 透は秘密道具に頼らず、最初から逃げに転じていれば逃げ切れたかもしれない。透の身体が丈夫で多少の負傷は平気だったとしても、今回で懲りてもらわないと次は病院送りだけでは済まなくなってしまうだろう。それだけは避けたい。もし入院という事態になってしまったら今まで透任せだった面倒事に佑真が出席する羽目になる。


「ま、これに懲りたらからかい過ぎるなよ。入院だけはマジで勘弁してくれ」

「佑真……もしかして心配してくれてるの?」

「いや、肉壁役がいなくなるといざって時に自分の身を守れない」

「僕が心配じゃないのかよ!? 慰めてよ佑真ぁ……」


 泣きつかれても佑真は冷たい目を向ける。


「都合のいい言葉が聞けると思うなよ。これからは人のことを考えて行動しろよ」

「人のこと言えないじゃん」

「俺でも程々にしとるわ」


 不貞腐れた透を横目に、佑真は身体中の力を抜いて椅子に凭(もた)れかかる。

 そこで透は、佑真の様子に違和感を覚えた。


「あれ? 今日は本読んでないね?」

「読み終わったからこうしてる」

「でも、まだストックあるでしょ? いつもだったらそれ読んでんじゃ――」


 透は佑真のカバンを勝手に拝見する。教科書以上の数十冊のライトノベル。だけど一冊を除いてどれも手をつけた痕跡はなく、栞すら挟まっていなかった。


「………………」

「……、ああはい。わかりました。そういうことね」


 なにか察した透はこれ以上聞くことはなかった。


「ああぁ……」


 気の抜けた声を出した佑真はさらに脱力する。

 恋桜の花吹雪第一巻を読み切ってしまった佑真は、次巻の発売日のことしか考えていなかった。本当ならじっくり読むはずだった小説。物語が進展していくにつれて読み耽ってしまい、気づけば昼休みの途中で読み終わっていた。

 予備の小説は持ってきていたのだが、気分ではないので本を読む気にはなれなかった。


「……。最近、視線を感じるんだよな」


 退屈だった佑真は、透に近況報告をする。


「えっ? 急に霊能者アピ? ジョブチェンするの?」

「なぜそうなる。違うわ、マジもんの人の視線だ。最近、つっても、あの手紙が送られてくるようになってからだが。帰り道でもたまに同じような視線を感じる」

「視線? 佑真の気のせいじゃなくて?」

「ああ、始めはまったく気にしてなかったが、今考えると誰かに確実に見られてる。おそらく例の手紙の送り主だ。帰り道は……大方偶然見かけたからだろ」

「ああぁ、あのラブレターのことねぇ。てことは、同一人物からでいいのかな?」

「そうなるな。ったく、一々無視されてんのわかってるはずなのに一向に終わる兆しがねぇ。いっそのこと本人の前で破り捨てたほうがいいのか? どう思う透」


 佑真はそう言いながら振り向くと、羨望(せんぼう)の眼差しを向ける透の姿があった。その様子を見た佑真は嫌な予感を感じた。


「良かったじゃん佑真! それだけ愛されてるってことだよ! 手紙を破いても焼いても丸めても錬成しても諦めないその根性ッ! 佑真の良い彼女にもなるッ! いや、絶対! 佑真の理想の良いお嫁さんにもなると思う! なんせ全部手書きだからねぇ」


 予想が的中した佑真は溜息を吐く。だけど同時に透の放った言葉を聞き逃さなかった。到底見過ごすこともできないような言葉を。


「おい。なんで全部手書きだってこと知ってるんだ?」


 佑真は透に指摘する。

 瞬間、透の口から、あっ、と言葉が漏れ出る。そして、その反応で佑真は察した。


「……、なにか知ってるんだな?」

「あ、いや……」


 満面の笑みを浮かべているつもりの透。だけど、その笑顔は引き攣っており、額には汗を滲ませ、さらには目を泳がせている。かなり動揺している様子だ。

 だが、あまりの挙動に佑真は呆れ、思わず溜息を吐いてしまった。


「まあ、深く追求するつもりはないけどよ。その気になったら教えてくれ」


 そう言うと透は少し驚き、


「ありがとう。そうしてくれると助かる」


 嬉しそうに笑う透。佑真の本心からしてみれば、実害もなければ興味もない。不利益だけこうむりたくない。追求したらしたらで更なる面倒事に巻き込まれることを考え、触れず放置することが一番の対抗策だと答えを導く。

 それに、助かるなら簡単に口を滑らすな、と佑真は思いながら、


「嘘こけ。そう仕向けたんだろ。わざとらしい」


 瞬間、部室の扉をノックする音が鳴る。


「あら、仕事のようだね」

「……。そうだな。さて、今日はどんな阿呆が来たかな」

「どうぞぅ、空いてますよ」


 透のそう扉に呼びかけると、部室の扉が開かれる。


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