第5話 秘密のカップル教師
依頼達成後。佑真たちは情報部に戻り、すぐに江珠と教師を呼び出した。
さすがに今回のことは教師にネタバラシ。なにか言われるかと身構えてはいたが、苦笑を浮かべるだけで逆に感謝されてしまった。まあ、感謝など最初からどうでもよかった佑真は素っ気なく話を進めた。
内容は徹底的な釘刺しだ。大量の約束事を結ばせた。用心深くなることに越したことはない。懸念すべきことはメモ帳に書かせた。
重要なのは、江珠が将来を掴むまで清い関係でいること、それを厳守させた。だけど、学校生活を維持したまま二人の関係を平和な青春を続けられるよう、入念にアドバイスもした。具体的には要注意人物リストと徘徊ルート、頼れる教師も教えた。
二人は嫌な顔を一切することなく了承し、二人は間を開けて帰路についたのだった。
「ようやく、この案件も終わったな」
「そうだね。ハッピーエンドになってなによりだよ」
透は嬉しそうに言うが、その言葉に佑真は溜息をつく。
「なに言ってんだか透は。あいつらはこれからだ。まだ一章か二章が終わったぐらいだ。なにもかも解決したわけじゃない。ハッピーエンドには遠すぎだ。それを忘れるな」
「ああ、そうだね。ごめん、僕そこまで考えてなかったよ」
と言いながらも透なりに想定しているだろう、と佑真は思った。透は発言とは裏腹によく考えて行動している。ハッピーエンドと軽々しく言うぐらいなのだから間違いはない。
「……んじゃ、もう疲れたし帰るとするか。透はどうする? このあとラノベを買いにいこうと思ってんだが、透もどうだ? 新刊かなり出てるぞ」
「ん? ああ、僕はちょっとべつの案件で相談をしなきゃいけないから無理かな」
「ほう? 俺が知らないということは個人依頼か」
「そう。だから一緒には帰れんのだ」
珍しいこともあった。個人依頼は情報部の特定の人物に依頼をすることだ。
透には変な秘密主義者で佑真にすら報告することは滅多にない。だが、今回はそんなことをせずに個人の依頼があるんだ、と報告してきた。
おそらく透の思惑は間接的にでも佑真を関わらせる気でいるのだろう。透がなにか口にするときはなにかあるのだ。けど、極力関わり合いたくないのでなにも言わない。片足突っ込んだら確実に巻き込まれるから。
「そうか、それじゃ、ここで解散だな」
「いや待って、途中まで僕も着いていくよ。昇降口までは同じ道だからさ」
佑真がラノベをカバンに入れている時に、透が慌ててそう言った。
「ん? その辺の空き教室にでも待ち合わせしているのか?」
「まーね。一階からいける地下一階の空き教室にはかなりの確率で人は来ないから、絶好の相談場所なんだよ。どう? 佑真も空き教室使う? 女の子を連れ込むにはうってつけだと思うんだけど」
「え、なに言ってんの? 透じゃあるまいし。そんなことしたら淫獣コンビとしてさらに悪評が広まっちまうだろ。この淫獣めが」
今回の依頼で屋上を生徒が寄り付かないよう占拠したことで佑真たちの悪評が更新されてしまった。ただでさえあまり良い評判ではない最悪コンビが、女を人一人寄りつかない空き教室に連れ込んだらさらに悪評が広がるのは確実である。
透の評判は落ちないのだ。ただ佑真は落ちる。確実に。
「……僕って女タラシに見えるのかな?」
「なに言ってんだ。顔見りゃ一発だろ」
「僕の顔は一体どうなっているの!? 割と普通の顔をしてるはずなんだけど!?」
「まあ、透の顔はべつにいいとして。さっさといこうぜ、淫獣」
「透! 僕の名前は透だから! ちゃんと撤回してよぅ!」
いつもの茶番を繰り広げながら、帰宅の準備を終えた佑真は部室から出る。その佑真に続いて叫びながら着いてくる透。なにか言っているが佑真は気にしない。
廊下は窓から差し込んでくる太陽光で朱色に染まっている。太陽が半分ぐらいが沈んでしまえばこの廊下も薄暗くなって気味悪くなるだろうが、明かりがつくからあまり関係ない。窓の外を見ながら佑真は、透が施錠を終らせるのを待った。
けど、透は施錠をせず、佑真に満面の笑みを向けて、
「よし。さて佑真、さっさといくべさ」
「よしじゃねぇよ。鍵かけないのか?」
佑真は指摘する。
「え? ああ、そういえば言ってなかったね。これから江崎先生たちが来るからいいんだ」
「ああ、なるほど」
それを聞いた瞬間すぐに察した。
江崎先生は情報部の顧問だ。佑真たちが情報部を設立する際に、江崎を助けたことがあり、その恩返しのつもりで顧問を引き受けてくれた教師だ。気が向いた時にしか顔を出さない教師だが、顧問としての責務はしっかりと果たしてくれている良い教師だ。
「部室を使うということは、桐沢先生も来るだろうな」
「そうだよ。久々にお付き合いしてる彼女さんと楽しくお話ししたいんだってさ」
「へえ、いつもは恥ずかしがってなかなか来ないくせになぁ」
「そこがまた二人の可愛いところでしょうよ」
そこまで言って佑真たちはニヤニヤとした顔を浮かべる。初々しい恋愛なほどそそられる。これも人間の本能なのではないのだろうかと考えると笑ってしまう。
二人で廊下を歩き、渡り廊下に差し掛かる。
「いつになったら江崎先生は、桐沢先生を押し倒すんだろうか」
突然、真剣な面持ちで透が変なことを言い出した。
「いや、それは俺たちが気にするとこじゃないだろ」
さすがに佑真は透の発言にはツッコミを入れた。
「でもね、あまり進展ないとねぇ。背中蹴りたくなるじゃん」
「押すんじゃないんだな。だが、二人のペースがあるだろ。とくに江崎は奥手だし、彼女さんはマイペースで防御力ゼロだしな。だから暖かく見守ることに徹しろ」
「いや、そういうことじゃないんだよね。ほら、桐沢センセーって超有名人じゃん」
「……、あー」
透が苦笑しながらそう言うと、佑真は彼がなにを言いたいのか察した。
「このことは本当に他言無用だもんねぇ」
「そうだな。なにせ桐沢先生は元アイドルだしな。引退してもいまだその人気は健在。学園に在籍している中にはファンもいる。そのせいで下心満載の教師どもが桐沢先生を狙ってるのは一目瞭然だしな。生徒でも狙っている奴はいるし、もし付き合っていることがバレれば既婚者や彼女持ちはともかく、嫉妬深い輩が絶対にやらかすだろうな」
「この学園って、新卒みたいな若い先生が地味に多いもんねぇ。中には熱狂的なファンもいるみたいだし、問題を起こしてもおかしくないしね」
周囲の人には二人が付き合っているとは公表していない。よく一緒に行動しているらしいが、親しい先輩後輩で通っている。元とはいえ、桐沢は引退後も熱烈なファンがついている。テレビにも度々呼ばれているらしいが、今は教師として携わっているため断っているとのこと。所属していた事務所は恋愛禁止が厳守だったことで攻撃的なファンが多く、元とはいえ、いまだ事務所の息がかかっている状態で、公共の場で仲良くするのは江崎に危険が及ぶ。超人で定評のある教師であってもなにが起こるかわからない。なので身の安全を考え、情報部の部室を軽いデート代わりの場にしてもらっている。
現時点では問題ないが、いまだ問題を抱えるカップルに佑真たちは溜息が尽きない。
「どうしたんですか? 佑真君。透君。二人して暗い顔しちゃって」
「あ? ああ、噂をすれば桐沢先生じゃないですか」
「あ、本当だ。こんにちは桐沢センセー」
声をかけてきたのは噂をしていた江崎の恋人、
アイドルとしての魅力はいまだに健在。普段、会話をしない間柄の一般男性なら真面に会話はできないだろう。二人は慣れているため動揺することはないが、ただ一人、佑真は初対面で芙美の美貌を目の当たりにして表情筋が微動だにしなかったのは言うまでもない。
「先生がここにいるってことはもう部室にいかれるのですね。随分と早いことで」
「いつもより早く切り上げることができたので、ちょっと早めに来ちゃったんです」
「なるほどぉぅ。そんなにも彼氏とイチャイチャしたくて張り切っちゃったんですかぁ?」
「~~っ! ち、ちがっ、そんなんじゃっ!」
ニヤっとした顔の透がそう言うと、芙美の顔が徐々に紅潮していく。ここぞとばかりに透はさらに追い打ちをかける。
「桐沢センセー顔真っ赤じゃないですかぁ。もしかして図星ですかぁ?」
「か、からかわないでくださいよぅ。これでも一応先生なんですからっ」
弱気な声で言いながら上目遣いで訴えてくる芙美。一様、元とはいえアイドルだ。軽く受け流す程度の技術と精神力を持っていると思うのだが、佑真たちの目の前にいる生物は素の反応しか見せない。アイドルとしての威厳はなにも感じず、ただのポンコツ教師でしかなかった。本当にアイドルだったのだろうか。
「冗談ですよぅ。あまり本気にしないでください。さってと」
「透。そろそろやめとけ」
透の悪癖で会話が悪化する前に佑真は止めにかかる。
「ゴメンゴメン。もうちょっとだけ」
透は佑真の警告を無視して話を続ける。
「桐沢センセー。ちょっと気になったことがあるんですけど。最近、江崎先生になにか求めていたりしますか?」
相手のカップル事情に踏み込んだことを質問を始めた。なんとも直球な質問に佑真は少し呆れる。あまり他人のプライベート関連には深く追求しないのが情報部の鉄則なのだが、それを無視して透は好奇心を優先した。まあ、鉄則とはいえ、情報部の規則は口で言っているだけなので効力は皆無だが、透には甲斐性がないようだ。
「~~ッ!」
もう茹ダコのように顔が真っ赤な芙美。それでも羞恥に耐えながら頑張って口を開き、
「……えっと、その、あのね? きっ、キスがまだなので……キスが、したいです……」
「えっ? 桐沢センセーは抱かれたい?」
「……えっ? ……~~ッ!」
透の発した言葉に思考停止してしまった芙美。数秒後に思考が追いついた瞬間、芙美は口をパクパクさせながら真っ赤だった顔をさらに紅潮させた。
「……あわ、ぅあ、……あぁ」
「超初々しいぃ! ああ良い、超良いっ! マジで乙女だぁ乙女先生だぁっ! おっと、ごめんなさい先生。恋する乙女先生が見たくて、ついイジめたくなりましてぇ」
芙美の反応にご満悦な透は満面の笑みを零す。
だけどその反面、芙美は羞恥に満ちた顔をしながら透を睨みつけて、
「もう透君のことなんて知りませんからっ!」
間抜けな声を出す透に、芙美は一喝して足早に情報部へ向かっていった。
「……、ありゃりゃ。ちょっとからかい過ぎたかな――ぐえっ!?」
振り向きざまに透の額辺りを佑真によって思い切り鷲掴みにされ、身動きが取れないほどの力を込められる。
「おまえは一体なにを訊いてんだ。そういう内容は訊かないって前に決めたよなぁ?」
低い声で訪ねる佑真。透は手で周りが見えないせいで置かれている状況を理解するのにやや遅れた反応を示し、息を震わせた。
「いや、その、ちょっとした好奇心で、イダダダダダダッ! 力入れないで! 頭蓋骨が、頭蓋骨がぁあああ! リンゴを割る感覚で割れちゃう! 割れちゃうってば!」
透の頭蓋骨がミシミシと音が聞こえてくるようなほどの握力で締め上げられていく。
「イダアアァァァァッ! ちょっ、佑真、ゴメンって! ほんの出来心だったんだよ! 反省するからこの手を放してぇ!」
「やめとけ、って言っただろ。二人の関係が危うくなったらどうすんだ?」
「いや、そのぅ……イダダダダダッ! とりあえずアイアンクローを解いてぇっ!」
無理やりにでも佑真の手を引き剥がそうと奔走する透。だけど解けるどころか、佑真の力が徐々に強くなり、爪まで食い込んでくる始末だった。
そのときだ。
「おう。どうした、こんなところで」
「――ッ!?」
聞き覚えのある声を聞いた瞬間、透の顔が一気に青ざめる。
「え、江崎センセー……」
「んあ? ああ、江崎先生ですか」
噂をすれば、普通棟の方向から悠々と歩いてきたのは芙美の彼氏である
「よう。なんだなんだ。また仲良しごっこしてんのか?」
佑真たちの様子を見た正道は呆れながらに言った。
「とくにこれといったもんはないッスよ。ただこいつには躾が必要だと思いましてね」
「あがっ!? おおおおぉぉぉぅ……イテェ……」
佑真の技から開放すると透は激痛が走る頭を抑えて蹲った。
「ところで江崎先生。こっちに来たってことは部室に?」
「ああ、そうだ。鷹山から聞いてなかったのか?」
「ついさっき聞かされましたよ」
「そうか。それじゃ、すまないことをしたな。おまえらの部室占領しちまって」
「いいスッよべつに。どうせ今日は早く帰るつもりだったんで」
「なら、いいんだがな」
バツが悪そうに言う正道。本当なら自分たちで解決するべきことだが、正道たちの場合は二人で解決できるようなほど規模が小さいわけではない。佑真たちはそれを重々承知している。成人二人では到底解決できる問題ではないこともわかっている。正道は生徒である佑真たちを巻き込んでいることに少なからず申し訳ないと思っているだろう。
だから佑真は溜息を吐いて、
「江崎、俺たちに負い目を感じてるなら筋違いな話だからな」
そう言うと正道はさらにバツが悪そうに後頭部を掻き、。
「教師を呼び捨てにするな。あんまり酷いと生徒指導室行きだからな。んじゃ、芙美先生が待っているだろうし、俺はもういく。おまえらも気をつけて帰れよ」
「先公に言われなくてもそうする」
「……。天瀬、前々から思ってたことだが、たまに攻撃的になるのはなぜだ?」
「さあ?」
「さあ、っておい、なんで目を
佑真の対応が面倒くさくなった正道は、適当に挨拶を済ませて部室へ向かっていった。
正道を見送った佑真は、蹲る透と同じ視線になるように屈んで、
「痛みは引いたか? 透」
「……な、なんとか」
「これに懲りたらちょっとは控えろよな」
佑真はそう言うと、透の二の腕部分をを掴み、立ち上がるのを助力する。
透の痛みが引くのを待ち、昇降口へと歩き始める。
「はあ……、もう桐沢センセーをからかうのはやめます……」
「当然だろ。つーか、まずはデリカシーのない質問はやめることだな。桐沢先生は筋金入りのドジっ子属性を兼ね備えているんだ。もし、さりげない質問で二人の仲を引き裂く結果になったら江崎先生に示しがつかなくなる」
正道は、佑真と透にとって部室を立ち上げるために協力してくれた恩がある。だから先生たちになにかあった場合でも力になれるよう二人の関係を全力で支えていきたいのだ。透の何気ない言葉や、くだらない出来事で破局してしまってはひとたまりもない。
「ふふふっ、それだったら大丈夫だよ佑真! 今日は二人の仲をもっと良くするために部室にある秘策を置いてきたからさ!」
今までの弱々しさはどこへやら、透は自信満々に高らかに宣言する。満面の笑みで言われても説得力がない。しかし否定ばかりもできない。もしかしたら、良い方向にいくかもしれない。透が変な方向からアプローチしなければ。
「どんな秘策だ? 二人の秘蔵アルバムでも見せる気か?」
「違うよ! なにを言っているのさ。そんなチャちなもんじゃないのよこれが」
あの部室に一体どんな秘策を用意したのだろうか、と佑真は不安になってしまう。透の様子を見るに、自分自身に来るリスクすら考えてはいないだろう。
「なんと、なんとですね!」
透は拳を強く握りしめて、
「お茶請けのお菓子と一緒に、避妊具を一箱分、容器に入れてきました!」
その瞬間、佑真の思考が停止した。
「どう? これで江崎先生も桐沢先生もウィンウィン、ってね☆」
胸を張って自慢できるようなモノでもない。先程のこともあるというのに、これでは鎮火寸前で油を注いだのと同じだ。佑真は溜息を吐き、
「ホントに馬鹿だなおまえは。自分から死ににいくようなことしやがって」
「どういう意味ッスか? 先輩」
「江崎先生の逆鱗に触れてどうすんだ、って」
「……あっ」
あとから降りかかるであろう災に気づいた透は徐々に顔が青ざめていく。もうなんていうか、救いようがないと佑真は思った。
「安心しろ、透。多分、多分だけど大丈夫だ。腕の一本や二本ぐらいは持っていかれるだけだ。万が一だけど、肋骨も何本か持っていかれる覚悟はしたほうがいいかもしれない。ついでだけど、そのまあまあ良い顔は綺麗に戻らなくなるかもな」
「大丈夫じゃないじゃん! 死んじゃうって! 重傷どころか洒落になってないって!」
「諦めろ。さすがに江崎先生を止められる自信がない。それに透が蒔いた火種じゃないか。火消しぐらい自分でやれよ。こういうのは最後まで責任を取らないと」
「そんなぁ……」
無表情で佑真がそう言うと、透は割れ欠けた頭を抱えた。
刹那、部室方面から走ってくる足音が接近してくる。しかも、ただならぬ殺気を撒き散らしながらこちらに向かって来ている。
まあお察しだろう。正道が鬼の形相をしてこちらに走ってきた。
「鷹山ァァァァァァァァァァァァッ!」
「ギャアアァァァァァァァァ来たアアアアァァァァァァァァッ!」
怒りが頂点に達した正道を見た透が絶叫する。
「ゆ、佑真!」
「知らん」
「お願いだから! ――そうだっ! 佑真の作った秘密道具貸して!」
「べつにいいが……」
「あとで返すからッ! なんならお金払う」
「ほらよ」
レンタル料を取れるので、佑真はカバンから素早く秘密道具の入った布袋を透に手渡す。
「ホント現金な人だねぇッ! でも、ありがとう!」
透はそう言うと、すぐに布袋から秘密道具を取り出し、
「そりゃぁッ!」
全力で壁に向けて投げつけた。
透が投げたのは、佑真お手製のスーパーボール。見た目はなんの変哲もないスーパーボールだが、通常の物よりも良く弾む。全力で投げたヤツが着弾したら痛いでは済まない。
それを容赦なく四方八方に全力投球する透。勿論、良く弾むスーパーボールは跳弾を繰り返し、加速がついたスーパーボールは正道を襲う。
正道は仕方なく立ち止まり、迫りくるスーパーボールを着弾しそうなものから素手で受け止める。わずか数秒の出来事、正道はすべてのスーパーボールを捌き切った。
隙を作った透は佑真に振り向き、
「それじゃ僕は急ぐね!」
「おう、個人依頼頑張れよう」
透は窓を開け、着地に丁度良い木に向って飛び降りていった。
「待てエエエェェェェェェッ! 逃がさんぞ鷹山ァァァァァァァァッ!」
怒り狂った正道も近くの窓を開け、地面目掛けて飛び降りていった。相変わらずだが、正道は洋画の緑の巨漢同様の力を秘めているのではないだろうか、と考えさせられる。
「………………」
一人取り残された佑真は、何事もなかったかのように昇降口に向かった。
昇降口に着く頃には日も傾いて、薄暗くなっていた。
「さて、本屋によって帰るか、な……」
いつものように佑真は早く帰りたいがために靴箱を開けると、見覚えのある真っ白い手紙が靴の上に置いてあった。
「……、またか」
連続で来られるとさすがの佑真でも呆れてくる。手紙を広げて内容を確認しても予想していたとおり同じ筆跡のラブレターだった。梶本江珠から依頼を受けた一週間前からずっと手紙を送られている。何度来ても答えは同じなので早々に諦めてほしい。
一回でもラブレターを捨てられたら精神的にも辛いと思うのだが、このラブレターの主はどうやら鋼の精神を持っているようで往生際が悪い。
「……、めんどくせぇ」
溜息混じりに言い放った佑真は、手紙を封筒に戻し、フリスビー感覚で手紙を投げる。そのまま綺麗な回転を効かせたラブレターはゴミ箱へ入っていった。
「……ふぅ」
一息つく佑真は踵を返した瞬間、視線のようなものを感じ取る。
周囲を確認するが、それらしい影は見受けられない。だが間違いなく佑真に向けられている視線だ。どこかで佑真を窺っている。なにを目的として窺っているのか知らないが、危害を加えてくるわけではなさそうだ。本当なら捕まえて理由を吐かせたいところだが、依頼もあって今日は疲れている佑真自身は正体を暴く気にはなれなかった。
今も尚、視線を感じる中で佑真は気にすることなく、
「さて、ラノベぇ」
そう呟きながら靴に履き替えて学園を出た。
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