第7話 不快な存在


「失礼する」


 情報部の部屋に姿を見せたのは眼鏡をかけた短髪の男子生徒だった。いかにも私は優秀です、みたいな雰囲気を漂わせいた。

 対面早々、男子生徒は佑真たちを見るなり鼻で笑った。


「ここが情報部というやらか、いかにもレベルの低いバカが集まりそうな場所だな」


 部室を値踏みをするかのようにジロジロと見て、まるで汚物でも見るかのように見下してきた。しかも男子高生は眼鏡をわざとらしく、くいっ、と上げた。


「そうか。とりあえず名前を」


 そんな横柄な態度を無視し、佑真は男子生徒に尋ねる。それと同時に、カバンに収納していたラノベ、『オレの彼女は無愛想二巻』を取り出す。


「人に名前を聞く前に、まず自分から名乗るのが礼儀なのでは?」

「……。面倒くさいヤツだな。言わなくても知ってるだろ? 手塚壮一てづかそういち

「ふん。低レベルの『天災』でもボクのことを知っているようだな。天瀬佑真あまがせゆうま


 手塚壮一てづかそういち。二年D組。黒色の眼鏡をかけており、目が鋭いのが特徴的。雰囲気的には優秀な生徒のような感じがするが、どうにも見掛け倒しのような男だった。

 部室内に妙な緊張感が漂う。佑真はなんとも思っていないのだが、壮一はどうも嫌悪の眼差しで情報部の二人を見ている様子だ。


「ま、まあ、なにか飲みます? 緑茶、紅茶、珈琲がありますがなにがいいですか? あ、茶菓子はポテチとフライドポテトとありますがなにがいいですか?」


 壮一にそう訊きながらも透は勝手に緑茶とポテトとポテトチップスを用意する。


「ふん、そんな貧相な食べ物を誰が食すか。それも全部ジャガイモ、君はもっと菓子の品質を考えたらどうなんだ? 学園には著名人や大手企業のご令嬢などが在学しているのだぞ。コンビニで売っているような物を出さないでもらいたい。これだから低レベルの平民どもは困る。自分らのレベルでも大丈夫だと思っているところが本当に低レベルだ」

「あ?」


 さすがの言いように能天気な透も切れ気味になる。満面の笑顔でいるが、透の額に青筋が浮かび上がっているのが佑真にははっきりとわかった。


「まあ、お茶も菓子もいらないならそれはそれで手間が省けていいけどな」


 佑真はそう言い、フライドポテト一本だけ摘まんで口に運ぶ。

 壮一が、お嬢様やご令嬢のなにを知っているのかはわからないが、佑真の認知では彼が言う庶民様が腕によりをかけて用意した料理を食堂で普通に食べている光景しか見たことがない。屋上とかでコンビニ弁当を貪るご令嬢しか知らない。


「ま、それはいいとしてだ。不本意だが君たちには頼みたいことがあるのだ」

「なきゃこんなとこに来ないもんね。……坊ちゃんだし、いろいろ大変そうだし」


 若干、興奮気味の透が皮肉まで言う始末。そんな壮一は不愉快そうに透を睨みつけてから咳払いをして言葉を続ける。


「単刀直入に言おう。この学園の生徒会の副会長にストーカーが付きまとっているんだ。本人はまだ気づいていないみたいだが、なにかと心配だ。現段階では危害はないものの、いつ襲ってくるかわからない。だから君たちには、ストーカー退治をしてほしいのだ」


 鋭い目つきとは裏腹に壮一は真剣な表情で言う。佑真はラノベのページをめくり、淡々と読みながら依頼内容を聞いている。ラノベを読みながら溜息混じりにテーブルを人差し指で軽く二回ほど叩いて、透への合図を送る。

 テーブルを二回叩く。それは相手が嘘をついている、という意味だ。内容は様々だが、情報部を悪用しようとする馬鹿はいる。その今回の馬鹿は当然の如く壮一のわけだ。


「で、肝心な報酬は?」

「報酬だと? そんなものが必要なのか?」


 さも知らないような口ぶりの壮一。まあ、本当に知らないだろう。


「ボランティア活動してるわけじゃねぇからな。それにここのルールでもある。依頼内容に見合った情報を自分自身から提示する。他人に言えないような秘密や思い出となんでもいい。それを報酬としてもらう。まあ、引き受けるかは俺ら次第だがな」


 ラノベを読み続けながら、佑真は淡々と言った。


「情報が報酬だと? 情報を得てなにに使う気だ?」

「そこからは僕が説明するよ! 情報部は基本、ありとあらゆる情報を保存し管理するのが活動内容で、それは報酬としてもらった情報も同様。たまに脅しに利用するけど悪さしなきゃ大丈夫、そこは安心してね。まあ、もしも誰かが悪用したら悲惨な目に合うけどね」

「つまり、都合の良い言葉を並べた悪用する部活動というわけか。ふん、いかにも低レベルのやることだな。さすが悪行高い情報部だ。実に小物らしい部活動だ」

「……。カチーン」


 満面の笑みで透がキレた。目が笑っていないので殺意と見て違いないだろう。そんな透を見ていた佑真は呆れながらラノベのページをめくり、即座にテーブルを指で早めに四回ほど叩く。これは、落ち着け、という意味の合図だ。

 今にでも壮一に詰め寄りそうな勢いだったが、音に反応した透は深呼吸をして落ち着いた。物わかりがよろしいことで、と佑真は思いながら読書を一時中断する。


「で? 自分を犠牲にできるのか? 言っとくが報酬である情報は前払いでもらう。できないならさっさと帰れ」

「……。他人の秘密や情報じゃダメなのか?」


 壮一の発言に、佑真は呆れた。


「なに言ってんだかおまえは……。他人の情報を売って信頼を失いたいのか? さっき透が言ったとおり情報部は基本、自らが収集する情報がおもだ。しかし依頼主の場合、自分自身を対価としてもらわなきゃならない。それ以外はハッキリ言って迷惑だ」


 ついでに佑真は追い打ちをかけるように言葉を続ける。


「自分を犠牲にしてまで守りたいモノがあるからここに来たんだろ? 今更、自分を犠牲にできないとか言うまいな? まあ、前払いでハッピーエンドになる保証はない。失敗する可能性だってある。けれど、それでも助けたいというのなら、自分を対価として払うぐらい安いことだろ? それでも自分の身大切さに犠牲にできないなら、守りたい気持ちも嘘ってことになる。勢いだけでここまできた腰抜け、ってな」


 佑真は不敵に笑う。臆病者へ向けた言葉のナイフ。躊躇する者には突きつけれたら胸にくる苦痛だろう。だが、壮一は気に入らない様子。なぜ本当のことを言われて怒りを覚えるのか佑真は不思議でならなかった。

 壮一は数秒ぐらい睨んでいたが、諦めるように溜息をつく。


「わかった。ボクの情報をくれてやればいいのか?」

「最初からそうしとけよ」


 呆れながら佑真の視線は本に向く。

 壮一から語られる赤裸々な思い出と秘密。聞いてて頭が痛くなるような内容ばかりで本の内容が頭に入ってこなかった。耳障り、と言っても過言ではない。

 情報としては軽薄で、羞恥の事実が濃密に語られている。対価にならない。


「佑真ぁお茶入れるぅ? ついでに菓子も」

「いや、このままでいい」

「はーい」


 佑真がそう言うと冷めかけたお茶を啜り、そっとテーブルに置く。


「んじゃ、帰ってくれ」

「え? 今……なんと、言った?」

「聞こえなかったか? 帰れと言った」


 無表情のまま佑真は冷たく言い放った。

 壮一は、佑真がなにを言っているのか着いていけずにいた。


「そんじゃ、この話はこれで終わりってことで。お引き取りを」

「ま、待ってくれ! ここは情報をくれてやれば引き受けてくれるんだろ?」

「言ったはずだ。引き受けるか引き受けないかは俺ら次第だ。決定権はこちら側にある」


 冷静に答える佑真。そして、透は壮一を宥めようと言葉をかける。


「そうだよ壮一クン。どんなに見繕っても受けない時は絶対にあるから」

「偏差値の低い貴様は黙ってろ! 世の中のゴミクズが!」


 壮一は激情の混ざった罵声を透に浴びせ、パイプ椅子を蹴りつける。威嚇のつもりなのかわからないが、不幸なことにテーブルにパイプ椅子が激突してしまい、衝撃で湯呑は倒れて中身の緑茶がテーブルにぶちまかれた。

 あぁあ、お茶が……と佑真は少し残念がった。

 一方で透は激オコ。今にでも殴りかかりそうなくらい満面の笑みで拳を握っている。そのまま壮一に前進しようとする透に、落ちていたバールのような物を拾い、首根っこに引っかけて思い切り引いた。


「へごるぉっ! ……ぬぅわあにするんだよ佑真!」

「それはこっちの台詞だ、透よ。感情的になるのはおまえの悪いところだ」

「でも! 言われるだけは我慢ならん! もうグーで殴ってやりてぇ!」


 カム着火インフェルノ。そんなどこかのサイトで見かけたような言葉が似合うほど、透は激怒していた。だが、同時に佑真は呆れた。確かに佑真も壮一が許せない。美味しいお茶を零したことに悪びれる様子もなく、意味もなくキレていることに。

 だが、怒るほどでもない。


「落ち着けっての。こんな話がある。争いは同レベル者としか起こらない。ということは、ここで手を出したら透はこいつと同類になる」

「ゲッ、ならやめる。それだけはマジで勘弁だよ……」


 一瞬で透の怒りが収まった。感情に流されやすいところがあるが、諭せばすぐに理解してくれるチョロさは評価に値する。それに同類にされるのが余程嫌なのだろう。まあ、そのほうが佑真にとって都合はよかった。


「ふざけんのも大外にしろよ! クズの集まりが!」

「俺たちはクズか。そうかもな」


 佑真は素っ気なく肯定する。


「そうだ、クズだよおまえらは! なんの社会にも貢献できない残念な単細胞だ!」

「そうかぁ。でも、僕らにとって褒め言葉でしかないんだよねぇ」


 罵倒されようとも透は爽やかな笑みを浮かべている。

 壮一はマヌケな顔をして、はぁ? と首を傾げている。罵声を浴びせたのにも関わらず、なぜ佑真と透は平然としていられるのか、理解できていないように見えた。


「あえて言うが、俺たちはクズと言われたところでなんとも思わねぇんだわ」


 無表情で淡々と言う佑真。自分がクズ、それが言えるのは佑真たちがそれを自覚しているからだ。開き直り、と言われたところで、佑真たちはなにも感じない。なにも思わない。


「佑真の言うとおり、と言いたいところだけど、僕はそれほどでもないけどねぇ」


 透が笑みを浮かべたまま言う。


「ああ、そうだったな。透はクズよりバカのほうだったな。この俺としたことがおまえの属性を忘れるとは、等々俺の脳がおかしくなったようだ。マジですまんな」

「ちょっ!? 僕の属性をバカに決めつけるのやめてくれないかな!? あと、その冗談はマジで洒落にならないからやめてくれ!」

「事実は事実。おまえをバカじゃないと誰か証明してくれるのか?」

「うっ、それは……」


 佑真は透の肩に手を置き、


「大丈夫だ。おまえが成績がどんなに低くても、隠密に長けた才能を持っているんだ。それをうまく使えば、尾行などの仕事にはつけるはずだ。これで将来も安泰だ」

「それって尾行以外の仕事は未来がないって言いたいわけ!?」


 ほぼ事実なのだから仕方がない。


「ふざけるのも大概にしろ! 聞いているのか天災どもがッ!」


 佑真は壮一を見て不敵に笑う。


「……。つーか、思ったんだけどさ。その天災という言葉を使うのはやめといたほうがいいぜ? それはこの学園では差別用語だってわかってるはずだ」

「それがどうした。所詮底辺は底辺。なんの才能も持たない愚図をどう言おうが、ボクの勝手だ。それともなにか? ボクに指図するのか?」


 本当に人を見下すのがお好きなようで、と佑真は思った。だが、壮一の反応が哀れで醜く、それで面白くて、今にでも腹を抱えて笑いたくなるほど滑稽だった。


「そう勝手に思い込んでろよ。一々キレることしか脳のない単純思考の壮一クン?」


 不敵に笑って挑発する佑真。血走った目で睨みつける壮一。一触即発の状態。そんな状況下においても透は呑気にも二人の様子を見守ることしかしていなかった。


「ふん、ボクにそんな口を聞いていいのか?」

「ん? なにがだ?」


 佑真から笑みが消え、無表情で質問する。


「ボクは手塚グループの次男だぞ? 父に頼めば貴様らを糸も容易くにこの学園から退学させることだってできるんだぞ? 金魚のフン付きでな!」

「ふーん、それで?」

「退学させられたくないなら大人しくボクの要求に従ってもらう。無償で副会長を助けて来いよ! ミスすることなく完璧に依頼をこなしてこい! これは命令だ!」


 佑真と透の学園生活の危機だ。なのに二人の反応は薄い。


「おい聞いているのか! ボクは手塚グループの息子だぞ! 言うことを聞か――」

「言うことを聞かないと痛い目見るってか? たかが次男風情が俺たちを退学まで追い込めるほどの力があるとは思えんのだがな」

「な、なにをっ!」

「テメェが正真正銘の嘘つきだからだ。いやぁ、訊いてるこっちは超つらかったぜ。呆れてなにも言えねぇよ、まったく」

「ボ、ボクが話してる情報は全部事実だ!」


 だが、佑真は攻め立てる。


「嘘を隠すのが下手ですねぇ。うちの透のほうがよっぽど才能がありますねぇ。――そのあからさまなほどの動揺。目の泳ぎかたも凄いな。汗のかき方も」


 壮一は佑真の変貌ぶりに困惑していた。それも無理はない。今まで無表情だった佑真が悪魔のような不敵に笑っているのだ。


「手塚壮一。二年D組十七歳。可哀そうなことに彼女もいない。趣味は歴史、乗馬、と表向きはそうなっているが、実際は、特殊性癖のR指定のビデオ鑑賞。七葉市にある風俗店通い。といったところか。未成年なのに凄いな。ガキが一丁前に大人の世界に腰突っ込んでるとか、これはある意味勇者だな。いや、獣といったほうがいいのか?」


 佑真がそう言い放つと壮一の顔が青白くなっていく。


「嘘を言うのは止めたまえ! ボクを誰だと――」

「手塚グループの息子。だけど次期総裁でもなければ権力を振りかざす権利もないただの次男坊、でしょ? 君は。〝バカ〟な僕でも知ってるよ」


 壮一の言葉を遮って、透は一部強調しながらもそう言う。

 そして、佑真は不敵に笑いながら、壮一にトドメを刺しにいく。


「ああ、そう言えば、テメェの情報はまだあったな。勉学に励んでいたのかイマイチ信用ならねぇが、偏差値のかなり高い高校に入試を受けたものの、あっけなく落第し渋々この学園へ進学。そして次はより有名な大学へ進学するために進学科を選ぶが、その高いレベルの勉強についていけずに成績は最下位。典型的なまでのお坊ちゃんな性格で自分は特別だと思い続け、ついには自分はこの学園には合わないんだ、と言い張るばかりで現実逃避。自分の思うようにいかないことがあるとすぐにキレ出すという始末。本当に滑稽だ」


 饒舌に佑真は壮一へ攻撃を続ける。


「ああ、なんだっけか。小学校の作文発表会で人に立つカリスマ性を持ち、皆を引っ張っていく才能がボクにはある! なんて自信満々に言ってたらしいな」

「な、なぜそれを!? どこでその情報を手に入れた!?」

「お生憎様、テメェのようなヤツに教えるワケねぇだろ。他人に言うほど俺は甘くない。もし知りたいのなら、もっと上質な情報を持ってきたらどうだ? 嘘つき君?」


 壮一の言葉を一蹴する佑真。テーブルに、トンッと持っていたラノベの本体とカバーのズレを整えて手と一緒に脇に隠す。


「ストーカー話は全部でっちあげで、本当は助けた伝手で生徒会に入るのが目的。そして売ろうとしていた元の情報はテメェの兄、手塚(てづか)明宏(あきひろ)の物。ったく、まさか自分の兄を陥れようなんてな。兄が悲しむだろうなァ」

「な、なぜそれを知っているッ!?」


 驚いた表情で動揺する壮一だが、佑真の口角はさらに上がる。


「なぜだろうなぁ。ま、教えねぇが、諦める気にはなったのか?」

「あ、諦めるとは?」

「察しが悪い次男は嫌いだ。ストーカー行為などを止めて真っ当に学園生活を送るか、このままストーカー行為を続けて人生を棒に振るか、選べと言っている」

「そ、そんなこと一つも言っていないだろ?」

「かぁ……、解釈すらできねぇのか? マジで頭が悪いんだな。普通詳しく言わなくてもすぐにわかんねぇかなぁ。……ああ、面倒クセェから言ってやるよ。ストーカーの犯人はテメェだ。副会長にも言質は取ってあるから言い逃れはできねぇぜ? 証拠もたっぷり……あとはわかるだろ? これからを自分の取る行動がさ」


 壮一の言葉に佑真が嘲笑(わら)う隣で透も無垢な笑みを浮かべながら、


「これで人の上に立とうとしてるんだから終わってるね」


 透が煽ると壮一は殺意に満ちた視線を向ける。一方で透は、キャー怖い! と気持ち悪い演技をしながら佑真が盾になるように隠れる。


「ま、どう終わろうが勝手だが、この現状をテメェの兄と親に教えたらどうなるんだろうなぁ? 考えるだけでも、とても面白いことになりそうじゃねぇか?」


 佑真はそう言って不敵に微笑む。


「しょ、証拠がないだろ? つきつけられるような証拠が! 貴様らが集めた情報をボクの家族に言いふらしたところで、ボクが否定すれば問題ないのだよ! 悪評の多い部員の情報、手塚グループの者。どっちが信用されるか言われなくてもわかるだろ?」


 本当に悪知恵だけは働く壮一だった。だが、対策もせずに挑む佑真と透ではない。多分、壮一の予想では、紙に綴った情報しかないと思っているのだろう。けど、情報部が所持している情報は予想を遥かに超える代物だ。甘く見られては困る。

 佑真は面倒くさそうに椅子から立ち上がり、ラノベをカバンに突っ込み、代わりにポケットから携帯を取り出して画面を壮一に向けた。


「そうか。んじゃそれとなく送っとくよ。収集した情報と動画と録音した会話をな」


 佑真はそう言って、ある一つの動画を再生した。


『わたしはあなたが好きじゃありません』


 とある三年生の女子生徒の声から始まった。それは窓際から夕陽に照らされる体育倉庫の動画。三年生の女子生徒と壮一が映る何気ない告白現場だった。なんの問題もなく始まった動画だが、


『ボクの言うことを聞けないのか!? 大人しくしろ!』


 数秒後には壮一が上級生の女性に暴力を振るう動画となった。


『や、やめて……、わたしは、好きな人がいるの……』

『ボクに逆らった罰だ! 手塚グループの者であるこのボクに逆らうからだ!』

『い、いや……、た、助けて……』


 壮一が上級生に手を伸ばしたところで、佑真は音を下げて画面を手で覆った。


「おっと、この先は刺激が強過ぎるな。有料コンテンツだ」

「な、なぜ、それを……」

「いやな。偶然だったんだが丁度仕掛けたばかりの隠しカメラにテメェらが映っちゃったわけよ。本当はべつの案件で仕掛けたつもりだったが、この日は運が良かったんだろうなぁ。依頼の報酬が偶然にも増えちゃったのよ。マジでウマウマだァ!」


 動画は佑真に画面を手で塞がれて見えない。無音にされていることもあり、なにが起こったのかよくわからない。けど、最後のところだけ、佑真はわざと音量を通常に戻した。


『もし誰かに言ったら、おまえのあられもない写真を学園内にばらまいてやるからな!』


 動画の中の壮一がそう言って、最後に女子生徒の啜り泣く声で動画が終了する。

 黙り込む壮一に今まで黙っていた透が無邪気な笑みを浮かべ、


「いやぁ、これで君の未来も潰えたね。進学して立派に卒業して伝手で手塚グループの企業に就職するはずが、まさか学生で終わるなんてね。現在の会話もしっかり録音、録画もしている。実の息子の素行を見たら両親はどうなっちゃうんだろうねぇ?」


 透の言葉に壮一は焦り始める。


「ふ、ふざけるなァァァァァァ!」


 すると壮一は発狂し、偶然視界に入った隠しカメラを棚から強引に取り出して床に叩きつけた。五万もした隠し撮り用カメラは一瞬にして亡き物にした。

 透は呆然と立ち尽くし、あぁあ、と呟く。当然佑真も溜息を吐いた。


「話し合おうじゃないか。いくら欲しい? できるかぎりの金額は出そうじゃないか!」


 急に交渉を申し出る壮一。だが、佑真は言う。


「俺らはべつに金が欲しくてやってるわけじゃないんでね。そういう口封じには乗らん。情報部に仕掛けたカメラはあと三台残ってるから誤魔化そうとしても無駄だ」


 佑真はもう一台の隠し場所を指差した。


「――ッ!」


 またカメラを破壊しようと壮一は動くが、佑真はそれよりも先に動き、壮一の鳩尾に目掛けて蹴りを入れる。壮一は膝から崩れ落ち、蹴られた腹を抱えて蹲(うずくま)った。


「そう何台も壊されてたまるかよ」

「こんなことして、ただで済むと思ってるのか……」

「ハッ、なに言ってんだか。半狂乱になって人のカメラ壊しておいて。また壊されそうだったから大人しくさせただけの話だろ」

「壮一クン。これ以上罪を重ねないほうがいいよ?」

「黙れ底辺が!」

「成績底辺に言われてもなぁ」


 透が珍しく人を論破する。


「よし、こうしよう。今すぐ立ち去り、二度と情報部の部員全員に顔を見せないと約束するなら見逃してやるし、公表しないでやる。お情けでストーカーの件も無視してもいい」

「……脅しか? このボクに?」

「どう思おうがテメェの勝手だが。早く決めてくれ。ほれ早く。醜態晒して立ち去るか、暴れて社会的信用を失うか。選べよ、テメェの人生」


 最後に不敵に笑う佑真。壮一は悔しそうに佑真たちを睨みつけ、


「覚えていろ! 貴様らをただで済まさないからな!」


 扉を強く閉め、壮一は部室から退散する。不幸なことに壮一が力強く閉めたせいで扉の不透明な硝子に亀裂が入ってしまった。


「……。明宏先輩だけにはチクるか」

「鬼だね、佑真は……」

「お茶の恨みは怖いぞ」

「ガラスじゃないの!?」

「ガムテープでも貼っとけ」


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