第8話 人知れぬ場所で
「クソッ! あの情報部どもめが!」
情報部から惨めに退散してきた壮一は、掃除ロッカーを怒りに任せて蹴りつけていた。
自業自得なのにも関わらず、自分が悪いんじゃない、すべてあの情報部が悪いんだ、と身勝手な解釈で正当化しようとしていた。壮一が反省するはずがない。未だに自分が特別だと思っているのだから。当然、自分が悪いとは思っていない。
「覚えてろよ、情報部……!」
壁に寄って、俯きながらそう言った。
だが、激情というものはそう簡単に収まってはくれない。壮一は、どうしたものかと考えたが、良いアイデアが思いつかず、途方に暮れていた。だが、今の壮一は鬱憤を晴らしたくて仕方がなかった。行きつけにでもいこうかとも考えていた。
そのとき、女子高生が視界に入った。
「……。そうだ、アイツがいたじゃねぇか」
ニチャァ、と壮一は笑う。
「待ちたまえ、君」
「……。な、なんですか?」
壮一が声をかけると、女子生徒は嫌々言葉を返す。
「君は例の娘だよな? この学園では人数こそ少ないが顧客を持っているあの」
「ひ、人違いじゃないですか?」
「いや、確かに写真で見た顔と一致する。おまえだろ」
黙り込む少女に、壮一は思ったよりゲスな笑みを浮かべる。
「ボクはちょっと疲れていてだね。君がボクのストレス発散を手伝ってくれると助かるのだが。金額は弾ましてもらうよ。一時間後指定した場所に来い」
「い、いや……。本当に人違いです! それでは!」
慌てて逃げようとする少女に、正直、壮一はイラッときた。
「おい!」
逃げようとする少女を思い切り殴っていた。鈍い音が廊下内に響き渡り、少女は殴られた勢いで、壮一が蹴りつけて半開きになった掃除用ロッカーに身を打ちつけて倒れてしまう。衝撃で空いた掃除用ロッカーからは、ホウキや塵取り、中に立てかけてあった半分の掃除用具が倒れ、少女を下敷きにする。
そして、壮一は掃除用具を掻き分け、倒れ込む少女の髪を掴み、宙へと持ち上げる。
「ボクの言うことが訊けないのか! ボクは手塚グループの者だぞ! 逆らったらどうなるかわかってるはずだ。底辺の売女がッ!」
「……けど、わたしは」
怒声を浴びせる壮一に、少女は霞むような声で断ろうとする。
「……。そうか。それじゃ仕方ない。この写真を学園内に広げるしかないな」
壮一は懐からある写真を取り出し、少女に見せる。
その写真を見た少女は目を見開いた。自分の姿が映っている写真である。
「やめ、て、ください……。言うことを聞きますから……! なんでもしますから……! それだけは……本当に……やめてください……!」
震える声で壮一の誘いを受ける少女。本心は嫌だとしても逆らうことができない状況。苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、小刻みに震える少女に目もくれず、返事に満足した壮一は用済みになった物を捨てるかのように髪を放した。
「フン。最初から従ってればいいんだ玩具が。一時間後にいつも男を連れ込んでいる場所で待っている。来なかったらどうなるか、わかるよな?」
壮一はそう言い残してその場から立ち去った。
残された少女は上体だけを起こし、自分を抱きしめようにして身を縮こまる。静寂に満たされる廊下に、彼女の抑え込もうとした悲痛の感情が声となって漏れ出る。誰一人といない陰る廊下で、気持ちが落ち着くまでただただ独りで慰めるのだった。
――――
壮一が立ち去ってから約一時間。部室には平和が訪れていた。
「はいお茶。ついでに追加の菓子」
「いやだからなんでフライドポテトなんだよ」
なぜか追加されるジャンクフードに突っ込みながら、二人は呑気にお茶を啜っていた。
「で? 本当に送ったの? あの情報」
「ああ、送ったぞ。そしたら報酬くれるみたいだぜ」
「へぇ、律儀なお兄さんだね。それに比べて、どこをどうしたらあんな弟君ができるのか」
「まあ、出涸らしだから、ああなるんじゃねぇの?」
あの出来事があった後、すぐに壮一の兄、
壮一の悪行をすべて話し、証拠となる動画や録音データもあると明宏に伝えると、欲しい、と言うので情報部のルールに沿った要求をしたところ、あっさり交渉成立した。
そのおかげでお茶の復讐が終わったので佑真は満足していた。まったりお茶を啜っていると、部活終了を知らせるチャイムが学園中に響き渡る。
『下校の時間になりました。校内に残っている生徒は速やかに下校してください。また、学園に残る生徒は、担当の教師に許可を頂いてください。薄暗くなると危ないですから、寄り道しないで下校してくださいね。さようなら』
チャイムが鳴り終わると、心癒されるような女性の声が学園中に響き渡る。
この時間になると放送部が部活終了のシメとして毎日のように放送が入るのだ。この声の正体は放送部のマドンナと呼ばれる有名な女性生徒の声だ。
「相変わらず、綺麗な声だよねぇ。放送部の天使ちゃん」
「ああ、本当にな。うちに欲しいくらいだ」
「佑真……セキセイインコじゃないんだから、もっと言いかた変えたほうがいいよ?」
「誰がペットに欲しいと言った」
そんなやり取りをしながらテーブルの上を片づけて今日の活動は終わった。
他愛のない会話をしながら昇降口に向かい、各々の靴箱から靴を取り出そうと開ける。
「ん? あれ?」
佑真が自分の靴箱を開けると違和感を覚えた。いつもなら二日前に新調した靴に白い手紙が添えられていたのだが、その手紙が今日にかぎって添えられてなかった。
「どうしたの佑真?」
「いや、なんでもない。ただ今日は手紙がないんだな、と思ってな」
「ふーん、どれどれ……ホントだ。手紙がないねぇ。……可笑しいなぁ」
「なにか心当たりがあるような口ぶりだな」
「い、嫌だな。佑真の勘違いだよ。僕はただ、毎日欠かさず送られてきたラブレターが途絶えるなんて不思議だなぁ、と思って。ここまで送っておいて諦めるとは到底思えないんだよね。なにかしらのトラブルに巻き込まれてるのかなぁ、って考えてみたり?」
「ふーん。まあ、いいや」
やけに必死に弁解する透だが、この件に関して追求しないと佑真の中で決めているので、これ以上訊くこともなく、靴に履き替えて昇降口を出る。透もそれに続く。
「佑真、今日どこかで食べていかない?」
「………………」
「佑真?」
「……ん? ああ、なんでもない。今日もいきつけの店でいいだろ」
「りょーかい。さて、今日はなに食べようかなぁ」
満面の笑みで言う透。そんな透を横目に、佑真は妙な胸騒ぎを感じていた。今日はなかった手紙と透の言うトラブルの話を聞いてから、嫌な予感がしてたまらなかった。
「佑真ぁ、食べ終わったらさ。ゲーセンにでもいかない? 音ゲーで対戦しようぜぇ」
「……。ああ、いいぜ。負けたらジュース一本な」
「乗ったぁ!」
きっと気のせいだ、と思い直した佑真は、透のくだらない話に花を咲かせるのだった。
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