第9話 最悪な手段
壮一との騒動があった翌日。佑真たちは何気ない日常を送って放課後を迎えた。いつものように部活動を開始し、小一時間が過ぎた頃、情報部から出る男がいた。
その男に続き、見送るために入り口に立つ佑真の姿もあった。
「この度は本当に、弟が迷惑をかけてすまなかった!」
男は深々と頭を下げた。佑真に頭を下げるこの男は
部活動を開始と同時に訪れ、騒動の件に謝罪を受けた。当然その謝罪は受け入れられ、それからは情報の交換を行い、一番の被害者である女性のことを話し、今に至る。
「いや、もういいんで。早く彼女のところへいってください」
「ああ、本当に今日はありがとう!」
そう言って、明宏は急いで走り去っていった。
明宏の背中を見送った佑真は、一息つくと扉を閉め、自分の席に戻る。
「今日は早く終わってよかったぁ。でも、なんでガラにもなく助言したの?」
「……あ? なにが?」
「お節介とかそういう面倒くさいこと絶対にしないじゃん。依頼完了後は不介入だし、こういう場合、よっぽどのことがないと佑真は動かないよね?」
「べつに大した理由じゃないさ。今回の被害者、
「だから後押しするようなことを?」
「鉄は熱いうちに打て、と言うだろ? それに止まったままにしとくのも癪だしよ。動ける手塚明宏から歩み寄ってもらうことにした」
「なるぅ。でも驚きだよね。まさか二人が両思いだったことに」
「俺も知ったときはマジで驚いたよ」
今回の唯一といっていい被害者、
「確証はなかったが、写真を見せたときの反応を見たかぎり、明宏先輩が好意を寄せていた女性であることで間違いないだろう」
「でも、変な巡り合わせだよね。まさか加害者を通しての運命的な繋がりとはね」
「悲惨とも言える繋がりだがな」
情報を渡すと同時に、明宏から対価として『好きな人いるか?』と質問をした。対価としては小さいながらも、佑真にとって十分な価値があった。おかげで積極的に会う口実を作り、二人が結びつくきっかけを作り上げることができた。
「あの壮一に脅されて以来、幾度にも渡って壊れるまで辱めを受けた。今じゃストレスで倒れて病院で寝たきり状態だ。ちったぁ明宏が役に立ってくれることを祈るばかりだ」
「なにそのロマンチック。ワクワクしちゃう!」
なんか透が楽しそうに身体をウネウネさせる。気持ち悪い動きを横目に、佑真は自分の湯呑を取り、ぬるくなったお茶を啜る。
「まあ、病院の知り合いからの頼みだったしな。都合がよかっただけだ」
「そうなの?」
「ああ。心から寄り添えるような人がいたら協力を仰いでほしいとな。適任がいたから良いが、まったく面倒なことを頼まれたもんだよ」
「ほうほう」
「ま、良い療養になることを切に願う。まあ、これからが先輩たちの正念場になるんじゃねぇの? もろもろな問題が山積みだし」
「うーん、でもそうすると清奈先輩がもし男性恐怖症なってたりしたら本末転倒じゃないかな? 壮一の件もあるし、血は繋がってるわけだし、フラッシュバックでもしたら」
「元に戻れない、と思っているのか?」
佑真の返答に、透は苦笑いをしながら頷く。佑真は一度、腕組をしながら考え込み、
「さあ? その先のことなんて知らね」
「するだけやってそれ!? 対策すら考えてなかったの!?」
「まあ、入院してから男に接触した際のトラブルはなかったみたいだしな。前に面会したことあるがそんな感じはなかったし、大丈夫じゃね?」
「そ、そういうものなのかなぁ?」
情報収集をしている際、佑真はついでにと清奈に接触している。軽く話す程度には問題はないが、知らない男が近づくと怯えてしまうらしい。完全に拒絶するほどではないが、今後の課題だろう。
「まあ、俺たちが心配してもしょうがないだろ。つーか、心配そうにしているわりには大して気にしているわけでもないんだろ?」
「あれ? バレちゃった?」
「俺にバレないとでも? アホ」
「いやーん、もっと罵っしてぇ……ふぐゥおわッ!」
至近距離にいたこともあり、佑真は透のあまりの気持ち悪さに鳩尾を殴ってしまった。
「うお……、冗談……だよぅ……。ちょっとしたお茶目なジョーク……だから」
「おまえのジョークは洒落にならん。自重しろ」
「善処します……」
透は鳩尾を抱え、膝から崩れ落ちる。
項垂れる透だが、すぐに頭を上げ、
「ん? あっ、ああああああっ! そうだった! 今日依頼があることすっかり忘れてた! ごめん佑真! あとお願いしていいかな? もういかなくちゃいけなくて」
「べつにいいが。依頼なら付き合うぞ?」
「大丈夫だよ。今回は生徒会からの依頼だし、頼まれた情報の渡しにいくだけだよ」
そう言うと透は渡しにいくのであろう厚みのあるファイルをカバンに入れた。
「そうか。ならあとのことはこっちでやっとく」
「ありがとう。それじゃ、あとのことはお願いねぇ」
透は笑顔でそう言うと、早々に部室を出ていった。
「……。んじゃ、まだちょっと早いけど、帰るか」
開きっぱだったラノベを閉じた佑真は、いつものように物を整理して、部室を施錠し、今から依頼者が来たとしても絶対に受けつけたくないので、足早にその場から去った。あとはいつもの如く、昇降口へ足を進めて自分の下駄箱を開けた。
「……。んあ?」
瞬間、マヌケな声を出してしまった佑真。目の前にある自分の靴の上に添えられてあるのは見慣れた真っ白い手紙である。もう懲りたものだと思っていた手紙。昨日で終わったのだと気を抜いてしまっていた。もう終わったはずのラブレターがあるのにも関わらず、さすがの佑真も驚く気にもなれず、逆に冷静になって頭が冴えた。
「終わってすらいなかったのか……。ったく、どれだけ諦めが悪いんだよ。普通ならもうとっくに諦めているはずだよな。なんでまた……」
毎度ラブレターが送られてくるのは、答えを出さないのが悪いのかもしれない。佑真自体はラブレターを処分することで答えを出しているつもりだが、傍からすればただ逃げているだけだ。事実、佑真は逃げている。それは本人も自覚している。
だけど、佑真にも事情があるのだ。だからこうして逃げている。それは仕方ない。しかしラブレターを女の目の前で破り捨てて、絶望する顔を見るのは好きだ。だが、今まで近寄ってきた女性とは違って諦めが悪過ぎだ。このままでは平行線のままだ。
「屋上にいって答えないとダメかねぇ」
佑真は溜息を吐き、手紙の内容を確認するために仕方がなく読む。
――――
初めまして、天瀬佑真君。
本日は、大事な話があってこの手紙を書きました。
もし時間がよろしければ、今日の放課後、五時三○分くらいに、屋上に来てください。
待っています。
――――
予想していたとおり、手紙には同じ文章が綴られていた。
「いつも同じ文章……こんなにも変わり映えがないと飽きるな。しかも手書きで、どういう気持ちで同じ文章書いてんだ? こんなヤツためにわざわざ足運ばなく、ても……」
変わり映えのない文章の手紙。だけど今日の手紙には続きがあり、そこに綴られていた内容に、佑真は目を見開かずにはいられないかった。
――――
来ない時は屋上から飛び降りて死にます。
もう、生きていく自信がないで、この手紙は今日かぎりにします。
その時は、サヨナラ。わたしのことはなかったことにしてください。
――――
と書かれていた。
「………………。ははっ、冗談キツいぜ。そんなことできるわけ、ない、だろ……」
断言できない。こういうのは本当に自殺の可能性があるかもしれない。来ない相手への脅しの可能性は否定できないが、自殺されるほうが洒落にならない。誘われているとしても屋上へ向かわないよりはマシだ。佑真の中で葛藤が生まれる。
「は、ハッタリなんかに乗るわけ」
自分に言い聞かせようとして、佑真はおもむろに時間を確認する。
「五時二五分……。あと五分しかねぇな。どうする。いくか、いかないか……」
突然現れた葛藤。時間が差し迫っている中、徐々に冷静な判断力が失われていく。額には汗を滲ませ、うまく息ができない。
脅しに決まっている。そのはずなのに、本当に死んでしまうのではないか、という不安に駆られる。葛藤の中では次第に嫌な想像だけが膨らんでいく。佑真にとっての恐怖が。
そして、脳裏に蘇るのは大切な人が自殺したその日の光景。目に焼きついた過去の記憶だ。あの時に抱いた感情が、気持ちが、自分の中で時を越えてまた色づこうとしていた。
「――ッ! ……あーもう、この高齢社会で若者の死体が増えるのは勘弁だ!」
佑真は苛立ちながら、屋上に向かって全力疾走する。
一気に階段を駆け上がり、息を荒くなっていくのを感じながらも、二階、三階、四階、五階、とぶっ通しで屋上へ向かった。
「さすがに、キツイな……」
だが、時間は待ってくれない。最上階に辿り着いた佑真は荒い息を整えながら、屋上の扉に手をかけ、屋上の外に出る。
「……くっ!」
瞬間、眩い光が視界を奪い、佑真は思わず手で覆う。
だが、それも一瞬のこと。数秒もすれば光は静まり、視界には太陽が沈むにつれて作り出された、陰りながらも眩い世界が広がる。
そこには、一人の少女の姿があった。
真っ赤なマフラーを巻きつけた少女が。
「待ってました。天瀬佑真さん」
少女は背を向けたままそう言った。
「おまえか……手紙の送り主は」
少女は真っ赤なマフラーを風に吹かせ、
「はい。わたしが、あなたに手紙の送った張本人です」
佑真に振り返って嬉しそうに微笑んだ。
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